シャイリィの研究者・3
「君達、リアラの知り合いみたいだけど――」
シリスが口を開いた。声音がすっごい冷え冷えとしてる……!
「俺は君達に覚えがない。特にそっちの――ジオとかいう守護聖霊の方。〈原初〉の聖霊がリアに近づくのを、俺が見逃すはずがない。なのにどうして、俺の記憶にない君達が、リアと知り合いなんだ?」
………………。
ええと待って。ちょっと待って。なんかシリスのその言い方からすると。
「ストーカー?」
あっけらかんとネクトが言った。
うわ、ちょっとそれは直接的な表現だよネクト……!
「誰がストーカーだって?」
「君だよ君、『風』の〈原初〉。だってリアラが君と会ったのはリアラが都を出て行く直前のはずだよねぇ。でもその言い方だとそれ以前からリアラのことを見てたっぽいし。しかも交友関係っていうか関わった人間とか聖霊を把握しているって自負してるみたいだし。それ立派なストーカーだと思うよ?」
うわわわ、なんか険悪な雰囲気が増してる……! どうするのこの状況。誰が収拾つけるの?! あたしが仲裁するの!?
「……そうか。あれは主の視線だったか」
全く空気を読まない様子で、静かに言ったのはジオだった。
シリスが無言で――そして威圧をたっぷりこめた瞳でジオを見る。
「あの研究所は、外部からの『聖霊』の干渉を阻むようになっていた。それによっての妨害がまず一つ。そして研究所を出てからしばらくは、我が全てをリアラから遮断した。聖霊の力に触れさせぬようにと。故に主は我らがリアラと共に在ったことを知らぬのだろう」
「そんなこと出来るのか? 〈原初〉の聖霊っつったって、シリスも『風』の〈原初〉なんだぜ?」
ガイエンが問えば、ジオが淡々と答えを返す。
「我は『闇』。眠りと安寧を司る〈原初〉。安寧をもたらす為ならば、我は何事をも成し得る。それが同じ〈原初〉の聖霊に干渉することであろうとも」
「つまり『風』の〈原初〉よりジオは格上だってことだよ。慢心しすぎなんじゃない?」
見た目だけは朗らかな笑顔でネクトが追い討ちをかけた。
……こういう人だって言うのは分かってたけど、火に油を注ぐような発言だけはしないで欲しかった……。
シリスは一瞬何かを言おうと口を開いたみたいだったけど、すぐにそれを閉じて悔しげに唇を噛み締めた。ああなんかまた自己嫌悪に陥ってるっぽい気がする……!
フォローとかした方がいいかな、とか考えてると、ネクトが部屋の隅で何かごそごそやってから近づいてきた。
「そうそう。はい、これ」
ぽいっと半ば投げられるような形になったものを慌てて受け止める。
手の中のものをまじまじと見つめてから、一体どういう心積もりなのかさっぱり分からなかったので尋ねた。
「何ですかこれ」
「見て分からないのかな、リアラ? そこまで馬鹿だとは思ってなかったんだけど」
「そういう意味じゃありません。なんでこんなもの渡すのかってことです」
ネクトが渡してきたものは、漆黒の短剣だった。柄も鞘も刀身も漆黒。綺麗だけど渡された理由が分からない。
……っていうかこれってもしかして。
「まあ、護身用? 俺サマのには劣るけど、それなりに役に立つと思うよ」
「流石に長剣は扱えないだろうと思い、短剣にしたが……他のものの方が良かったか」
二人の言葉に予想は確信に変わる。いやでも、やっぱりそんなことをする理由が分からない。
「どうして……」
「あって困るようなものでもないでしょ」
そういう問題じゃない。だって、これは――。
「魔物が、出ただろう」
ジオが言う。それはジオもネクトも知るはずのないこと。だけど知っていることに不思議はない。この大陸で魔物が出たなら、それをネクトが感知できないはずはないのだから。
「大陸中の魔物掃討したはずなのにさぁ、よりによってリアラを狙って魔物が出たとか俺サマのプライド的に許せないんだよねぇ。例外が一度でもあったっていうなら二度目がないなんて誰にも言えないし? 保険だよ保険」
「我と我が主の約定にも反する。受け取るといい」
それを言われてしまえば、受け取らないなんてことは出来ない。
きっと、ネクトとジオ以外で言えば、あたししか知らない彼らの『約定』――契約の形。ネクトがそれにどれだけ固執しているか知ってるから、拒否なんて出来るはずもない。
『殺して殺して殺して、――殺しつくして。完膚なきまでに滅ぼすよ。それが俺サマの生きる理由だ。大概の人間なんて俺サマにとってはゴミ同然だから、人間を守るなんて虫唾が走るような動機じゃない。ま、刷り込みみたいなものだね。俺サマの記憶の始まりは憎悪だからさぁ』
ネクトがどうしてそれをあたしに教えてくれたのかは知らない。
ネクトに大切なものなんてないし、ネクトにとって世界中の人間は平等に無価値だ。
だけど、知ってる。
きっと、恐らくは唯一、あたしはネクトにとって、『例外』であることを。
大切なんじゃない。守ってくれるわけでもない。それでも。
他の人と区別されて扱われていることを、知っている。
『この大陸の魔物は掃討し終わったから、次は別の大陸に渡ろうかなぁ。東の方の大陸が魔物の巣窟だって聞いたんだよねー。面白そうだと思わない?』
『全く思いませんけど』
『俺サマにとっては面白いんだってば。まったく、なんでリアラはこんなにノリが悪いのかなー』
『そんな話題にノリたくないだけです。危険からは出来る限り離れていたいので』
『そう? だって危険の只中の方が生きてる感じしない? ま、リアラは弱いからねぇ。連れて行ったらすぐ死んじゃいそうだなぁ』
『そういうスリルを味わうタイプの人間じゃありませんから。……いつ、行くんですか』
『まだ決めてないよ。まあ、近いうちにね。安心しなよ、連れて行ったりしないからさぁ』
『そうですか、それはよかったです。あたしはまだ死にたくありませんから』
『俺サマだって死にたいわけじゃないけどね?』
もう遠い昔に思える記憶。一緒に居た期間なんて、実のところそう長くなかった。
それでも、多分。あたしがこうしていられるのは、ネクトとジオのおかげなのも確かなこと。
『愛情』とは呼べないその不確かなものは、確かにあたしの支えだった。
「わかりました。有難く頂いておきます」
そう言えば、ネクトはいつもの胡散臭い笑顔を浮かべて、ジオは無言で頷いた。
「あ、一応使い方みたいなの教えとく? 今なら俺サマ直々に教えてあげるけど」
その言葉に少し迷う。そろそろシリス達にも詳しい説明をしたほうがいいような気がするんだけど、ネクトの気が変わってしまうのも困る。
「どちらにしろ、少し時間を置いたらどうだ。……しばらくは共に過ごすのだから」
あたしが悩んでるのを悟ったのか、ジオが助け舟を出してくれた。「それもそうだねぇ」とネクトが言って、さっさと部屋を出て行く。
本当、好き勝手生きてるよね、ネクトって……。
「……部屋に案内する。ついてくるといい」
ジオはジオで、やっぱりマイペースに返事も聞かずに歩き出している。
……まあ、こればっかりは諦めるしかないよね。二人ともそういう性格だもんね。
シリス達に色々説明するにしても落ち着ける場所の方がいいから、とりあえずはジオについて行こう。
ちらっと背後を見ると、シリス達もちゃんとついて来てくれてるみたいだった。
……なんかすごい微妙な顔してたけど。ガイエンはともかく、シリスはさっきネクトに言われたことでちょっと落ち込んでたりするっぽいし……どうフォローすればいいんだろう。
あ、っていうかどこをどう説明すればいいのかな。シリスとガイエンはどの辺りの説明を求めてるんだろう。
話す段になってから順次説明していってもいいんだろうけど、一応考えといた方がいいかなぁ。
気付かれないように小さく溜息を吐く。
こういうことに悩む時が来るなんて、前は想像もしてなかった。
変われば変わるものだなぁ、本当に。




