懐かしの味
ブックマーク、評価ありがとうございます。
ササッと早着替えを行い、オレは部屋から出る。
服は、ここ最近着ている服装である村人ルックだ。
所謂ファンタジー特有の木綿のような素材の半袖に同じ素材の八分程ある裾のズボンというラフな服装だ。
髪型はちょっと動き易さを求めて、ポニーテールにして頭の後ろに大きめのリボンで結んでいる。
「…………こんなもんだよな?」
軽く呟きながらオレは階段辺りにこの建物を造ったであろう職人が設置した鏡で全身を見る。
本当ならば、女性らしくワンピースタイプの村人ルックにしたほうが良いのだろうが……たまには男っぽい衣装に身を包みたいんだ。
……え、男っぽい服装が言いならHUNDOSHIでも穿けって? ……き、気のせいか、今一瞬そんな声が聞こえたような気が……。
ま、まあ、気のせい、気のせいだ。幻聴に違いないんだ……!
断じてオレ自身の願望なんかじゃない筈なんだ……!!
「っと、危ない危ない、行き過ぎるところだった」
悶々と悩んでいると落ちあうための部屋を行き過ぎていたため、少し戻ってからその重厚な扉を開けようとした。…………が一度ノックするべきだと考えて、ノックを行う。こういうのは大事だ。
『はーい、どなたですかぁ?』
コンコン、と扉をノックすると扉越しに2ヶ月振りに聞く樹之命さんの声が聞こえた。
なので、オレは返事を返す。周囲を凍えさせるようなジョーク交じりに……。
「あー、オレオレ、オレだよオレ」
『…………あ、生憎とオレオレ詐欺は受け付けておりませんのでぇ』
『いやいや、樹よ。あれは扉越しでも分かるじゃろ?』
『あー……まあ、そうですけどぉ……』
大分昔から度々行われた詐欺っぽく自分であると告げると、樹之命さんはボケているのか本気なのか分からないまま返事を返し、離れようとしていた。
けれど、彼女の背後にいるもう一人の彼女……というか神様が彼女にツッコミを入れてくれる。
神様への返事を聞くと、ボケていることが理解出来た。……良かった、本気で信じていなかったようだ。
そう思っていると扉が開かれ、2ヶ月振りに樹之命さんと対面を果たした。
「久しぶりです、エルサさん。元気そうで何よりですねぇ」
「そっちこそ元気そうで良かった良かった。中に入っても良いか?」
「はい、どうぞどうぞぉ~。でも、全員集まっていないので、ちょっと待たないといけませんけどぉ」
「大丈夫だけど……、まあ食事しても問題は無いか?」
「はい、問題ありませんよぉ。というよりも、うちらも食事中でしたからぁ~」
軽く話をしながら、樹之命さんの案内で室内に入ると甘じょっぱい香りが漂ってきた。この匂いは……。
「卵焼き?」
「はい~、和食で揃えてみましたぁ」
ニコニコ笑顔の樹之命さんの話を聞きながら、テーブルのほうを見るとブシドーと流星さん、嵐牙さんが食事を取っていた。ジ・ゴールドのクソジジイは居ないのは分かるけど、ブラッドレックスさんとサンフラワーが居ないのはまだ到着して居ないからだろう。
そう考えつつ椅子に座ると、樹之命さんがインベントリ内に保存していたであろう和食の定食がオレの前へと出された。
その定食を前にして、オレは感心と共に言葉を漏らした。
「……おぉ、ちゃんとした和食だ…………」
「ゲーム内だとしても2ヶ月近く和食を食べていなかったら恋しくなったので、ブシドーさんと一緒に作りました~」
「そうか……、ご苦労様、樹之命さん、ブシドー」
「どういたしましてぇ~」
笑顔の樹之命さんとブシドーに向けて感謝を言うと、片方は返事を返し……もう片方は恥かしいのとご飯を口に詰め込んでいるから返事を返すことが出来ずに頷くだけだった。
そんな2人に感謝しつつ、オレは目の前の定食を食べ始めることにした。
テラテラと光を放つ白ご飯、ホカホカの湯気を放つ味噌汁、黄金色の卵に白身が少し見える卵焼き、すぐ側の海で釣ったかエルフから買ったであろう魚の塩焼き。
先ずはどれから食べるべきか、そう考えるが……味噌汁の味がご飯の全てを決める。そう考え、味噌汁から飲むことにした。
「…………ずずー……あぁ、うまいー」
持ち上げた椀の縁に口をつけて、味噌汁を啜ると……口の中にあっさりとしているけれど、しっかりとした出汁の旨味と味噌の辛味が広がった。
久しぶりに味わう味噌汁の味にオレは素直に美味いことを告げる。
その言葉を聞いて、嬉しかったのか樹之命さんがニコニコと微笑む。ブシドーが飲んでいたお茶を咽たのも見えた。
けれどそんなことでは動じるわけがないオレは、味噌汁を啜り具材を食べる。
具材はワカメと豆腐だったのだが、話を聞くと豆腐は樹之命さんの手作りだそうだった。
そのことに驚きながらも、今度は白ご飯を食べるために味噌汁の椀を置いてご飯の椀を取り、箸である程度の量を摘むと口に含んだ。
「……硬すぎず、軟らかすぎず、モッチリとした食感を感じさせられる……うん、美味しい」
数週間振りに食べるご飯の食感にオレは笑顔と共にご飯の感想を告げる。
ちなみに数週間振りというのは、オレ自身米は持っているけれど……量が多い訳ではないので節約をしていたのだ。
……え? 色々あってだいぶ使っただろうけど、米俵1個分は残ってるんじゃないかって? さて、なんのことだか? きおくにございません。
などと馬鹿なことを考えつつ、白ご飯を楽しむと今度は魚の塩焼きを食べることにした。
「見た目は……アジっぽいけど、どうなんだろうか?」
「食べてからのお楽しみですよぉ」
アジっぽい魚を見ながら呟くオレの言葉に、樹之命さんは期待してくださいとでも言うように笑みを浮かべる。
なので、オレは食べてみることにした。どれどれ……。
「……身は白身っぽいな。味は……え?」
箸で皮を剥ぎ、身を摘み……マジマジと摘んだ身を見ながら口へと入れた。
すると身に擦り込まれた塩の味と共に噛み応えの良い食感が口の中に広がった。
例えるならば……鰤のような脂が乗っている上に噛み応えのある魚のようであるのに、味わいはしつこ過ぎず白身魚を食べているようなあっさりとした感じだった。
「どうですか~、このお魚。脂がぎっしりなのに、胸焼けしないんですよぉ」
「これって……料理次第で色んな味わいに変化出来るんじゃないのか? それに、食感も」
「たぶんそうなんですよねぇ、きっと料理人プレイヤーの人たちの工夫で面白いことになると思いますよ~」
そう樹之命さんが言うのを見ながら、オレは醤油を掴むと焼き魚へとかけた。
材料で味は引き立つだろうけれど……今は食べることに集中したいのだ。
「……おぉ、醤油をかけたら今度はまろやかな感じになった。それに、醤油の味に魚が負けることがないし、魚の味もしつこくないし……骨も取り易いから結構食べ易いな」
魚の感想を言いながら、皿に置かれた一尾を丸まる食べ終えると……最後に、この美味しそうな卵焼きに手を付けることにした。
黄身の黄色と白身の白色、その二色と焼き色の茶色の三色で織り成されたそれは自分で切るようにしているのか、1個丸まる皿の上に乗せられていた。
「さて、卵焼きはどんな味かなー。ではいただきます…………あ」
美味しそうだけれど、味はどうだろうか? そう思いつつ、箸で食べ易いサイズに切ると……それを摘んで口に入れる。
すると、卵焼き特有のボロッとしているけれど固まっているあの食感が口の中へと広がり、同時に醤油の塩味と砂糖の甘さが口の中へと広がった。
出汁巻き卵でもない、上手に作ったわけでもない……何の変哲も無い、一般家庭の卵焼きだ。
だけど、その味をオレは何も言わず、目を閉じ、味わうためにゆっくりと噛み締める。
ホロホロと、巻かれた卵が口の中で解れて行く。
……ああ、この味。この味は、懐かしい……。
そう心の底から思いながら、オレは卵焼きを呑み込み……また箸で卵焼きを分けると、今度はご飯と共に口に含んだ。
甘辛い卵焼きがご飯と混ざり合い、独特な味わいが口の中へと広がって行く。
うん、この味、この味だよ……!
「エルサさん、美味しそうに食べてますけどぉ。そんなにこの卵焼きは美味しいんですか~?」
美味しそうに食べていたオレを見て、樹之命さんが問いかけてくる。
なのでオレは答える。
「何処にでもある卵焼きだけど、それが良いんだよ。けど、それが良いんだよ……ありがとな、ブシドー」
樹之命さんにそう答え、そのまま向こうで食事をしているブシドーにちゃんと礼を言う。
この味を知っているのは、まちがいなくブシドーなのだから。
お礼を言われたブシドーだが……食事中に話をしないようにしているのか、彼女は何も言わずに頷くだけだった。
もしくは照れ隠しなのだろうか? 何だか頬が紅く見えたし。
……本当、ありがとうな。久しぶりに味わったよ、この味……。
そう心から思いながら、オレは朝食を食べるのだった。
裏話:
オレオレ詐欺はこの時代では偽造するほうが難しいので流行っていません。
ですので、行う場合はそれ相応のリスクと見返り(金回収)が出来ないと大赤字となります。
なお、本人は気づいていないだろうけれど、警察には情報筒抜けなので騙して金を手に入れた瞬間、お縄に付く段取りとなっています。
……結論:詐欺、駄目絶対。
卵焼きの味わいは、分かり易く言うと……子供がくっそ大好きな、砂糖で甘く味付けしてほんのちょっぴりしょっぱい味わいと言う感じです。
ちなみに砂糖たっぷりだと焦げ易いですよね。
でも、子供は凄く喜びます。




