食後のティータイム
お待たせしました。
「……ごちそうさまでした」
「美味しかったのだ。だけど、これがコメなのか? あんなガチガチで食べるところが少なく、全然美味しくなかったのがこんなにモチモチした歯応えになるだなんて……凄いのだ。これが料理の力なのだな?」
空になった食器を見ながら、オレは満足気に口にする。
向かい合う形で座り込むE-0のほうは、コメの味に満足しているのか何処となく嬉しそうに見える様子でコメが美味しくなった理由に首を傾げているようだった。
というか、本当に美味かった……。久しぶりのコメだからという理由だけれど、本当に美味かった……。
はふ……と、息を零しながらオレはインベントリから取り出したポットへとお湯を注ぎ入れる。
すると、紅茶の香りが周囲に充満し、匂いに気づいたE-0がピクリと鼻を動かすのが見えた。
「何なのだそれは? 料理なのか?」
「いや、これは普通にお茶だな。……本当なら煎茶とか緑茶系が飲みたいんだけど運が悪いことに在庫がない。だからその代用としての紅茶だな」
「うーむ、良くわからないのだ」
オレの言葉が分かっていないのか、それともお茶を飲む感性と言うのが理解出来ていないのかわからないが、彼女はそう口にしながら首を傾げる。
そうだな、彼女にもお茶の味を知ってもらうか。
頭の中でそう考えながら、インベントリからティーカップを2つ取り出す。
そして、取り出したカップへとオレはポットを傾ける。
するとポットから琥珀色の液体がカップへと注がれて行き、暖かい湯気が立ち上っていく。
「珍しい匂いと、澄んだ泥水みたいな色なのだ」
「ど、泥水って……、酷い言いかただな。はい」
苦笑しつつ、2つのカップに紅茶を注ぎ終えると1つをE-0に差し出した。
差し出された彼女はいったいどうしたのかという風に、オレを見る。……ああ、分かっていないのな。
「お前の分のお茶だから飲んでみろってことだ」
「なるほど。それじゃあ、いただくのだ」
「ああ、熱いから気をつけ――ああ、言わんこっちゃない」
「……熱いのだ。口の中がヒリヒリするのだ」
オレが注意する前に、グイッとカップを傾けたE-0だったがすぐにカップを戻すと……無表情ながらもどこかムスッとした様子でオレを睨み付けて来ていた。
……どうやら、かなり熱かったのだろう。
そんな彼女の様子を見ながら、オレは頭を押さえる。
「それは火傷って言うんだよ。……というか、熱い物を食べたり飲んだりした覚えは無いのか?」
「なるほど、これが火傷なのだな? 知識では知っていたけど、なってみるのは初めてなのだ。
しかもその口ぶりだと、熱い物を食べたらなるのだな? だったら、我々はならないわけなのだ。何時も果物ばかり食べていたのだから」
「そ、そうなのか……」
果物だけって……、良く栄養失調にならなかったな。
それとも、このロリ体型が果物ばかり食べてた結果なのか?
などとマジマジとE-0のロリ体型を見ていたのがばれたのか、やはり無表情ながらも機嫌が悪そうな感じに彼女は口を開いた。
「お前、なんだか凄く失礼なことを考えているような気がするのだ」
「し、してないよ。まったくしつれいなことなんてかんがえていないよ?」
「……そう思っておくのだ。それで、この火傷はずっと続くのか?」
「いや、しばらくそのままにしておけば良いけど、少し熱いのは控えたほうがいいな」
「分かったのだ。熱いのは怖いのだ。だから、食べないようにするのだ」
オレの言葉にE-0はそう返事を返すのだが……あれ? このままだとこいつって料理食べなくならないか?
……なんだかそんな気がするから、一応誤解を解いておかないとな。
「ちょっと待った。何も料理が全て熱いわけじゃない。それに熱かったら冷ませば良いだろ?」
「冷ます? 水を入れるのか?」
「……ああ、そこからなのか。冷ますのは水を入れるってのもあるけど、少しだけ冷ましたいときはふーふーと息を吹きかけて適温にしたりする。だな……こうやって」
手本を見せるように、オレはカップを口元に寄せるとふぅふぅと息を吹きかける。
カップの中の紅茶は吹きかけられた息によって波紋を作っていき、見てわからないけれど少しずつ温度を下げ始めているだろう。
そんなオレの様子をE-0はジッと観察するように見ていた。……が、オレの真似をするように口をカップの近くに寄せるとふーふーと息を吹きかけ始めた。
時折、力を込めすぎているのかカップの端から中身が跳ねているが、顔に掛かっていないから熱くないのだろう。
しばらく吹きかけて、程好い温度になっただろうかと思いつつ、オレは口をカップから引き離す。
「よし、これぐらいで良いかな?」
「いいのか? だったら、飲むのだ」
「ストップ! ちょっと待ったっ!!」
オレの言葉に反応し、すぐさまカップの中身をいっき飲みしようとするE-0を呼び止める。
呼び止められた彼女は、いったい何なのだ? とでも言うようにオレを見てくるが、止めるに決まっている。
「こういう場合は、いっき飲みせずに少しだけ飲んでみて熱いかどうかを口の中で判断するんだ。大丈夫だったら飲めば良いけど、熱かったら困るだろ?」
「なるほど、そういうことなのだな? だったら、少しだけ飲んでみるのだ」
言いたいことを理解してくれたらしく、E-0は頷きながらカップを少しだけ傾ける。……温度は大丈夫だったらしくすぐに戻さないようだったが、初めて無表情な顔を崩し始めた。
とは言っても、美味しいという意味ではないようで……眉が少し寄ったぐらいだけれど微妙そうな表情だった……。
「どうした、熱かったのか?」
「熱くはないのだ。多分これが絶妙な温度という物なのだ。だけど、これは渋々で苦いのだ」
「……ああ、そういえばお茶初体験だったんだったな。悪い、だったらこれでも入れるか」
多分だがこのロリエルフ、お茶初体験の上に基本的に食べているのが果物などと言った甘めの物だから、口の中は超絶甘党なのだろう。
だったら、普通に入れた紅茶は香りは良いけど少し酸っぱい上に口の中がザラザラとする物にしか感じないはずだ。
失敗したと思いながら、オレはインベントリから蜂蜜を取り出す。砂糖を入れるのがいいと思うけど、紅茶には蜂蜜を入れるのが好きなんだよな。
プレイヤーが作成した蜂蜜用の瓶の持ち手を掴みながら、E-0のカップへと近づけさせる。
初めは何なのかわからず少し警戒していた彼女だが、瓶から漂う甘い香りに鼻をヒクヒクさせて興味を示しているようだった。
何というか、動物みたいな子だな。そんな第一印象を抱きながら、カップの中へと蜂蜜を注ぎ込む。
トロリと垂れながら蜂蜜が瓶の中に入り、これ以上垂れないようにスライド式の蓋を閉じてインベントリの中へと戻して代わりにスプーンを取り出してカップの中を軽く混ぜる。
「さ、飲んでみ」
「わかったのだ…………っ!? こ、これは、果物と違った甘さなのだ。花の蜜の味なのだ」
「だろうな。で、飲めるか?」
「大丈夫なのだ。これなら飲めるのだ」
オレの問いかけに、何処となく嬉しそうに返事を返すとE-0はコクコクとカップの中身を飲み干していった。
それをオレは満足そうに見つつ、少しだけカップの中に蜂蜜を含ませて飲んだ。
久しぶりに蜂蜜を入れた紅茶を飲んだけれど、紅茶独特の渋みとともに仄かな酸味と甘みが口の中に広がるのを感じる。
……うん、美味しい。
「それにしても……」
「うん?」
紅茶を味わっていると、不意にE-0がポツリと呟くのが聞こえ、そっちを向くとやはり無表情ながらもどこか思い悩んでいるような気配を放っているのに気づいた。
どうしたのだろうか?
「料理というのは凄いと思うのだ……。だから、認めたくは無いが、我々から離れて行ったイワンたちが良くするのも頷けると思うのだ……」
「えーっと、ついさっきから気になってたんだけど……我々から離れたってどういう意味なんだ? あと、イワンって誰?」
「我々はさっきイワンについては言ったのだ。まさか、聞いていなかったとでも言うつもりなのか?」
「……悪い。色々と聞き流していた。何時言ってたんだ?」
「お前、アホなのだ」
オレがきっぱりそう言いながら謝ると、幻滅しましたと言わんばかりの無表情でスッパリとオレにそう告げた。
……な、なんか辛辣じゃね?
心の底からそう思っていると、心底呆れましたとでも言うようにハァー……と溜息を吐く。酷い追い討ちだ。
「もう一度説明するのだ。イワンは我々から別たれたエルフの一人で、エルフの集落を統治している者なのだ」
「要するに集落の長ってことだよな?」
「そうなのだ。集落は森の境界の辺りに造られているのだ」
「なるほど……。それで、度々出ている我々から別たれたと言うのはどういう意味なんだ?」
所謂、群れを作っていたのだけれど何かが遭って距離を取ったってことだろうか?
そう思っていると……。
「我々は元々は一つだったのだ」
「うん?」
「一つだった我々は大いなる母の元に居たのだ。けれど、そこから放たれ……エルフという存在となったのだ。
我々エルフは同じことを考え、同じように行動していた。ただそれだけの存在だったのだ。
けれど、あるときから自分たちの世界の見え方が変わってきたのだ。世界が見えるようになった……といった感じなのだな。
そして……」
E-0は悲しそうな表情を浮かべながら、泉を見た。
「我々はステータスを見る方法を知った。そして、知ったのだ。
我がE-0、イワンがE-1……、我々だった者たちは既に我々ではなかったということを……」
「同じ名前になってると、名前の後に数字が追加されるんだよな……ゲームとかの名前って」
昔からあるネットゲームでも、Tarouとかでも後ろのほうに-53494って感じに名前が付いて、Tarou-53494って感じになるのをオレは思い出す。
けど、多分Eという名前だったのがナンバリングを付けられたことで自分たちは違う存在だと理解し始めたんだろうな。
「そして、彼らは今の名前をいろんな呼び方に変えて、それを自分たちの名前としたのだ。
けれど我は我々から離れたくなかったのだ。だから、彼らに着いて行かなかった。だから、一人きりなのだ」
「寂しく、ないのか?」
「わからないのだ。だけど、我は絶対にE-0であって、我々のままで居たいのだ……。だから、お前は我をイワンたちと同じような名前で呼ぼうとはしないで欲しいのだ」
言ったら全力でぶん殴る。そんな気配を感じさせながら、どこか暗い眼差しをオレに向けてきた。
……事実、E-0の名前で浮かんだ呼び名があり、言いそうになってたオレだったが、先手を打たれたようだった。
そして更に彼女はもう一手オレに打ってきた。
「料理は美味しかったのだ。ありがとう。
だけど、お前と一緒に居たら我は我々から切れてしまいそうな気がする。だから、お前をイワンのところに送り届けるのだ。……が、今日はもう遅いから、明日なのだ」
「…………わかった」
絶対的な拒絶。そう心から感じながら、オレは頷くことしか出来なかった。
だけど、出会って一日しか経っていないのに拒絶されたということは……気に入られているってことでいいのか?
オレはそう考えながら、E-0を見ていた。
次で話が動き出します。




