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時間潰しの海釣り

 …………しばらく潮風に浴びたお陰か、少し冷静さが戻り始めてきた。

 え? 誰か今、冷静なんて言葉はお前には無いだろって言わなかったか? 一応、あるはずだぞ?

 ……本当だからな?


「なんて馬鹿なことを言ってるけど、今戻っても微妙過ぎる空気になってるよなぁ? だったら船室に篭ればとか思うけど、部屋がわからない」


 自分の現状を呟きながら、オレはどうするべきかを考える。

 ……近くを見渡してみるが、船員が見当たらないのは……多分色々と作業をしているからだろう。

 仕方ない、船員が甲板に上がるまで何かしているか。


「とは言っても、何をするか……だな。瞑想とか? いや、出来ればここでしか出来無いようなことをしてみたいな」


 呟きながら、オレは周囲を見渡す。

 とは言っても、オレの見える範囲にあるのは甲板と青い海ぐらいなものだ。……って、青い海?

 その瞬間、オレはピンと頭の中に閃いた物があった。


「確か、作ることは作ったけど……全然する機会が無かったのがインベントリの中に…………あった!」


 インベントリから目的の物を探し出し、それを掲げると有名な青狸風に効果音とともにそれの名前を告げた。


「てってけてーっててーんっ♪ す~~っごいつりざお~~~~っ♪♪」


 それは見た目は普通にただの木の枝に糸が括りつけられた……所謂、田舎の子供が夏休みに糸の先端にトンボを括りつけてブンブン振り回したり、ザリガニを釣るときに使用するような外見の釣竿だった。

 だがそれは見た目だけだ。こんな見た目だけれど、実際の性能は洒落にならなかったりする。

 何故なら、この田舎の子供が振り回しそうなデザインの木の枝……実は上級レアアイテムである世界樹の枝だ。

 アイテムの説明では、この世界のどこかにある世界樹から落ちた枝。使用者の魔法の使用をアシストする。という物で、魔法を使えるプレイヤーだったら垂涎物だったりするが、前のときは魔法は使えなかったのでこうするしか使い道が無かったのだ。

 けれど魔法が使えないからと言って宝の持ち腐れではなく、折れ難いししなり易いという釣竿にするために生まれてきましたとでも言うような枝なのだ。

 そして、糸は上級素材である極楽蜘蛛(パラダイススパイダー)の糸だ。

 極楽蜘蛛の糸の特徴は、自身のMPを消費することで糸の長さを自由に調整することが出来るというもので、噂だと最長5キロメートルまで伸ばしたプレイヤーも居るというものだ。

 しかもこの糸のもうひとつの特徴としては、送るMPが多ければ多いほど切れ難いという特徴もあるのだ。

 ……まあ、もう一度言うけど、前のときは魔力の使い方は全然だったから、伸びるだけですぐ切れるという難物だった。

 だったら作るなという話だろうが、使わない物が揃ってたら作りたくなるというのがプレイヤーだと思う。

 使わなくても作りたくなるのが宿命だ。


「――っと、一度使っても大丈夫か試してみるか。お蔵入りになってたから使ったのは1回だけだったし……」


 呟きながら、オレは何も付けられていない糸の先へとインベントリから取り出した小石を括りつけ……枝を振るって海に向って投げつけた!

 投げつけられた小石は枝をしならせ、糸とともに海へと飛んで行く。本当ならば糸はすぐにピンと張って小石は船の側面に当たるはずだったが、MPを消費することで糸はぐんぐんと伸びて行き、ボチャンと海の中に落ちていった。


「……大丈夫そうだな。だったら一度戻して、そのあとでこいつを糸の先に括りつければ良いな」


 そう言いながらMPを消費し、伸ばした糸をリールでも使っているように巻き戻していって手元まで戻した。

 ……糸も切れそうな様子も無いし、特に問題が無さそうに見える。


「だったら、今度はこれで試してみるか」


 オレはインベントリから、糸の先に括りつけるための釣り針とそれに取り付けるワーム型の疑似餌を取り出す。

 まずは鋼鉄で作られた先端に軽いけれど錘がついた釣り針とスライムゲルを固めて作った疑似餌だ。

 糸の先端に釣り針を結ぶ……のだが、正直なところ釣り針の結びかたなんて知るわけが無い。

 なので固結びだ。固結びならちょっとやそっとじゃ千切れないだろう。固結びナンバーワンだ。


「さてと、それじゃあ……何が釣れるかわからないけど、やってみますか」


 そう言って、オレは釣竿を構えると振り被り――降ろす、その瞬間ヒュッと風を切る音とともに疑似餌を括りつけた釣り針は空中を駆け抜けて、船から多分100メートルほど離れた場所へと落ちた。……と思う。

 さてさて、何が釣れるかなーっと……。


「この世界の海の魚って、どんなのが釣れるんだろうな……。沖合いだからマグロっぽい赤身の魚とかが釣れたら面白いし、マグロじゃなくて、ブリっぽいのでも良いな。……まあ、技術は無いに等しいから、釣れたら御の字……と思えば良いか?」


 というよりもそもそも、時間潰しとして行っている行動なのだからと考えながら、MPを消費しつつ糸を戻していく。

 海の中で疑似餌はどんな動きをしているのかはわからない。けれど、優雅に……とは行かなくても、グネグネと泳いでいるだろう。

 そう思いながら糸を戻していたオレだったが、急に――


「う、うわっ!? な、なんだぁ!!?」


 突然力強く引っ張られる感覚に驚きの声を上げた。

 もしかして、何かが釣り針に掛かったのかっ!? というか良く引っ掛かったな!!

 驚いたけれど、同時に何が掛かったのかと気になりつつオレは釣竿を引っ張る。すると、よほどの大物なのか、釣竿は一気にしなり始め……ミシミシと音を立てる。


「くそっ! これはヤバイ!!」


 下手をすれば折れるかも知れない。直感がそう叫び、オレは急いで釣竿にMPを注いで竿の補強と同時に糸を伸ばす。

 一気に伸ばしたお陰か、軋みをあげてしなっていた釣竿はピンと真っ直ぐに戻り始めた。……が、それは一瞬のことですぐにまたも曲がり始めた。


「一体どんな大物だよっ!?」


 驚きつつも、オレは引っ張られる釣竿を引きながら、注ぐMPの量を増やして途中で糸が切れないように強化を施していく。

 というか、これだけの大物だから……船って大丈夫なのか?

 …………ま、大丈夫だろう。

 そう思っていると、ドタドタという足音が聞こえ、バンと力強く船内の扉が開かれる音が聞こえた。


「な、何が起こっているのだっ!? この船の揺れは!! ……って、エルサァッ!?」

「な……何してるのかなー! エルサお姉さんーーっ!?」

「いや、見れば分かりますけど……釣りッスねぇ……」

「というかいったい何を釣ろうとしているんだ!?」

「むしろ、こんな船で魚釣りをするのが可笑しいと思うなぁ……!?」


 そんな声が背後から聞こえるが、振り向く余裕がオレには無かった。

 って、やっぱり揺れていたんだなー……。

 そう頭の片隅で思いつつも、オレは釣竿を動かし……糸を伸ばし縮みを繰り返していく。

 だが、相手もオレを吹き飛ばしたいのか、それとも釣り針を抜きたいのか横移動をしたり、一気に引っ張ったりと繰り返していく。

 そんな中、ようやくオレの釣竿に掛かっている獲物が何であるかが判明した。


 ――ザッバ~~~~~~ンッ!!


 まるでイルカやシャチが海上を跳ねるかのようにそれは、自らの存在を誇示するように海上を跳ね……その姿を現した。

 今乗っている帆船よりも遥かに太い胴回りに、海上を跳ねて再び海中に戻るまで全然途切れることが無い長くうねった胴体。

 更に長くうねる胴体は、陽の光を浴びて表面の鱗がキラキラと虹色に輝いているように見え、見ている者を魅了させるようであった。

 そして、再び海上に出された頭部を見ると……釣り針が刺さっているであろう口は巨大で、糸の先の釣竿を握り締めるオレを睨みつける瞳は戦う意志を感じさせるものであった。

 再び海中に戻る中、その頭にはその存在が何であるかを知らしめる大きく光り輝く白色をした二本の角がはっきりと伸びているのが見えた。


「……えっと、あれって…………」

「龍神……だと!? あれはまだ出る予定は無いはずだっ!?」


 背後から信じられないとばかりのテラっさんの声が聞こえた。その声に、他の人たちの驚く声が聞こえたり息を呑むのが感じられた。

 見間違い、かと思ったら本当に龍だったらしい。しかも、龍神って……神!?

 戸惑いつつも、その姿を見て……鈍いオレでさえ理解出来た。

 あの龍は……よくよくダンジョンに居るようなファイアドラゴンなどの竜でも、シーサーペントなどの亜龍なんかでもない。あれはこの世界を生きてきたれっきとした本当の龍であるのだと!!


『GURRRRRRRROOOOOOOOOOOOOOOONNNN!!!』


 その龍から咆哮が放たれ、その直後から……周囲の天候が荒れ始めた。

 雲ひとつ無い晴天だった空が、一気に黒雲が立ち込め……ゴロゴロという雷の音が響き始めた。

 って、な――なんだぁっ!?


「な、なにが起きてるっすか?!」

「龍神の能力だ! 天候が荒れるぞ、気をつけろっ!!」

「っ?! ぜ、全員船内に逃げ込めっ!! そこなら一応は無事のはずだ!!」


 ハロンさんの戸惑う声と、テラっさんの声。そして、誰かが言った声と同時に船内へと逃げていく音が聞こえる。

 その辺りから、ポツリポツリと雨が降り始め……一分もしないうちに叩きつけるような大雨へと変化した。

 そのせいか、温かかった気候が急激に寒くなり、体がブルリと震える。


「エルサ! 速く釣竿を手放して中に入れ!!」

「あ、ああ……、分かった。とりあえず、途中で糸を切っても後から生えるから問題は無いよな……」


 雪火の声に従って、オレはギシギシと軋みを上げる釣竿に括りつけた糸をMPを途切れさせることで切ろうと試みる。

 ……が、何故か上手くいかない。どうしてだっ!?

 戸惑うオレだったが、釣竿はなおも軋みを上げ……船が大きく傾いていく。

 というか沈没しないのが奇跡だというくらいだぞ!?


「――くそっ! 何で切れな――――え?」


 ツルリ、そんな言葉が似合うかのようにオレの足は滑り――視線が荒れた海から黒い空へと変化し、背中に衝撃が走った。

 多分、濡れた甲板に足が滑ったのだろう。

 そう思ったときには既にオレの体は船の甲板から離れており、海へと投げ出されていた。


「エル――――さとるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」


 必死に手を伸ばす雪火の姿が眼に映る中、オレの体はドボンッという感触とともに海に沈み……急激に引っ張られるのを感じた。

 足場がなくなったため、引っ張られ始めているのだろう。


「がぼごぼがっ!? ごぼぼ!!」


 息をしようにも呼吸が上手く出来ず、最悪なことに開けた口や呼吸をしようとした鼻に海水が入って鼻と喉の奥がつんとし始める。

 これは……やばい!?

 そう思いながらも、凄い勢いで流されていく状態をどうにかしようと思うのだが、パニクった頭では碌なことは考えることが出来ないらしい。

 手を放す? それをしたら、この龍がオレを食い殺すのではないのか? そんな不安が渦巻き、どうするべきかを考えようと頭をフル回転させる。

 ……が、呼吸が出来ず、意識が朦朧とし始めた頭では何を考えていいのか分からないらしい……。

 肺の中の酸素が無くなり始めてきているのか、頭が朦朧とし始める。


 くそっ、何とかしないと……! なん、とか……しない……と………………。


 さむ、い……ぃ、しき………………が――――――


 ガンガンとし始めた頭と、闇の中へと落ち始める意識……。

 そんな中、オレの背中は岩礁にでも当たったのか、激しい衝撃を受けた。


「がっ!? ――――ご、ぼぉ……が」


 背中に衝撃が当たり、肺から残りの酸素が洩れ……オレの意識は完全に闇の中へと沈んでいった。


 …………これは、しんだな………………。


「エルミリサ、完!」


「ならねぇよ!!」

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