船内コミュニケーション(前編)
お待たせしました。
「…………うん、これぐらいで十分かな」
あれから1時間ほど経過し、沖合いに出るまでずっと風魔法を行使していたエクサだったが、少し吹いていた風が強くなったと思ったら、突然そう言って魔法を行使するのを止めた。
まだ沖合いに出ただけなのに、突然魔法を使うのをやめたエクサをオレは首を傾げながら見る。
多分、オレ以外の何名かも首を傾げていることだろう。そう思っていると、視線に気づいたエクサがオレを見る。
「これ以上魔法を使っても意味が無い、此処まで来たら普通に……」
――ビュゥオオオオオオオーーーーッ!
エクサが言葉を言い終わるよりも先に背後からビュウと強い風が吹いてくるのを感じ、その風を受けて垂れ始めていた帆が再び張り始め、船が前進していくのを感じた。
これは一体どういうことなんだろうか? そう不思議に思っていると、エクサが上手く説明しないだろうと理解しているであろうテラっさんがオレを含めた理解していない面子に説明をする。
「要するにだ。エクサが言いたいのは、沖合いには遮蔽物が無いから普通に吹く風も強い。だから、港から出るときは風魔法を使ったが此処からはもう自然の風で移動というわけだ」
「なるほど……、遮蔽物が無いだけでこれだけ強い風が吹くんだな」
「そういうことだ。とりあえず、風も強いし、船員の邪魔になるから船室のほうに入ろう」
そうテラっさんが言うと、理解しているとばかりに他の面子も頷き、一向は船員の案内の下に扉を開けて船室へと入っていくので、オレはそれに着いて行く。
その間、オレはチラチラと階段を見たり、廊下を見て行きながら歩いていた。
……その様子を近くを歩く雪火は何してるんだとばかりに見ているが、別に構わないだろう?
だって、この世界でも前の世界でも船に乗るのは初めてなんだ。だから漫画やアニメとかで描かれている表現とどう違っているのか気になるじゃないか。
――船は男の浪漫なんだよ! ……乗ったことが無いから、多分だけど。
多少変に思われがちだったが、そのお陰で想像していたものと違った中身に驚き、少し落胆しつつも新しい経験に胸がドキドキしていた。
学校の階段のように踊り場がある人が5人並んでも降りることが出来る広めの階段か、それとも人1人しか通れないため往来が激しい小さめの階段なのかと思ったら、その中間ほどの2人は楽に通れる階段で角度も急という訳でもなかった。それに、場所によっては小さな踊り場もあったりした。
けれど、これぐらいの船ならば当たり前なのかも知れないな。
通路も1メートルの幅も無い狭い通るのも億劫な空間かそれとも船の真ん中を居抜くように造られた巨大な物かと思ってみれば、普通に向こうから来る相手とすれ違うことが出来る幅があったりもしたし、真ん中を打ち抜くように広く造られている訳でもなかった。
どちらかと言うと、主要な通路は広くて船員のみが通る通路は狭く造られているようであった。
そして、船員に案内された船室は談話室だったらしく、幾つかの椅子が壁に置かれ、丸テーブルが部屋の真ん中辺りに3脚ほどあり、部屋の隅のほうにはバーカウンターらしき物があった……その背後の棚には飲み物のボトルが幾つも置かれているのが見えた。これでピアノとかビリヤード台とかがあったら本当に豪華客船の談話室だな。
そんな風に思っていると、我先にと言うかのごとくジ・ゴールドがバーカウンターの中に入りボトルを引っ張り出していた。
許可を貰う前にそこに向かうだなんて……、何てがめつい上に意地汚いオッサンなんだ!
「ほう、これは良い酒だな。好きに飲んでも構わんのか?」
「はい、これは皆様に。と用意された物なので頂いてください」
「そうか! ならば、頂くとしようか」
ジ・ゴールドはそう言うと、喜々としながらインベントリから陶器製のコップを取り出してドクドクと音を立たせながら封を切ったボトルから琥珀色の酒を注ぎ始めた。
……本当は硝子製のコップが良いだろうけれど、硝子ってまだなんだよなぁ。ちなみに家で使っている食器も木や陶器だ。
そんな風に思っていると、並々と注がれた琥珀色の液体をジ・ゴールドは美味そうにごくごくと飲み干しており、ぶはぁと美味そうに酒臭い息を吐き出していた。
その様子に他の面子も呆れ返っては居たが、手慰み程度に飲み物でも飲むかという結論に達したらしく、ボトルを見に行き始める。
「……さと――、エルサはどうするのだ?」
一瞬、今まで通りの名前で呼ぼうとした雪火だったが、周りに他のプレイヤーが居ると言うことと……前にニィナに吠えられたのが原因かオレをエルサと呼びながら尋ねてくる。
飲み物か……。
「まあ、飲める物があったら飲むってことで良いんじゃないか?」
「そうだな。そうしようか」
頷く雪火とともにバーカウンターまで向かうとボトルを見ていくのだが……、ここで問題がひとつ。
「…………い、意味がわからねぇ」
「ボ、ボトルに書かれている文字は何となく分かる。分かるのだが……酒なのか、酒じゃないのかがさっぱりだ……」
手に持ったボトルの名前を見ながら、オレと雪火は眉を顰め首を傾げる。
地球の製品の裏に貼られている表記ラベルって本当に便利な物だったんだと改めてオレは実感しつつ、手に持ったボトルの名前を見るが……『メリッサの涙』って何だ?
しかも、雪火のほうは『琥珀の王様』とか言う名前だし……。
本当、せめて詳細が分かれば……って、丁度良いのがあったのをすっかりと忘れてた!
自分の迂闊さを心から思いながら、オレはボトルを真剣に見始める。
すると、一分もしないうちにオレの視界に望んでいたものが表示された。
――――――――――
アイテム名:メリッサの涙
品質 :中級(5)
説明 :グレープレット産の赤ワイン。葡萄の瑞々しい甘みを残しつつも、滑らかな舌触りが特徴でお酒に弱い女性に人気が高い逸品。
――――――――――
……なるほど、これはワインか。
納得しつつ、手に持っていたボトルをバーカウンターに置くと、雪火のほうを見る。
雪火はまだ気づいていないのか、うんうん唸りながらボトルを見ていた。
「ブシドー、ちょっと貸してくれ」
「む? エルサ、これが酒かどうか分かるのか?」
「ああ、簡単な話、《鑑定》を行えばよかったんだ」
「…………あ」
オレの言葉でようやく理解した雪火はそうだったと言う表情を浮かべながらも、どこか恥かしそうにボトルを手渡してきた。
その気持ちは何となくだが分かる。そう思いながら、オレは『琥珀の王様』を鑑定し始める。
すると、すぐに半透明の詳細パネルが表示された。
――――――――――
アイテム名:琥珀の王様
品質 :上級(7)
説明 :ポーッシュがどこかの国から輸入した蒸留酒。度数は高いが、通はストレートで飲むのがオススメ。氷を入れるのは邪道。
――――――――――
……これも、酒だったか。
残念な気分を味わいながら、オレはそれをバーカウンターへと置く。
その様子で酒だというのが理解出来たらしく、雪火もそれから意識を外していた。
……そう言えば、同じボトルを見かけたよな? これを飲んでいる人って他に誰か居るのか?
そんなことを思いながら周囲を見渡すと……、ドジメイドさんが椅子に座ってそれをラッパ飲みしてらした。
「あははぁ~~♪ 美味しいですぅ~~! もっとも~っと、飲みますよぉ~~!! ヒック!」
……み、見なかったことにしよう。というか、見たくねぇし関わりたくねぇ。
周囲を良く見ると、ドジメイドさんが座っている空間が不自然に空いているのに気づいたが……気にしないでおこう。本当に気にしたら駄目だ。
というか、吐かないよな? 吐いたらどうにも出来ないぞ?
そんな一抹の不安を感じつつも、それを視界からドジメイドを反らしつつ……オレは雪火とともにせめて葡萄ジュースか林檎ジュースのようなアルコールが使われていない物がないかと探し始める。
そんなオレたちの様子に気づいた未成年一同も近づいてきた。
「エルサおねーさん、エルサおねーさん。もしかしてジュース探してるのかな? 見つかったらショートにも分けて欲しいかなー?」
「こら、ショート! す、すみません……。けど、ジュースがあれば良いのですが……」
まず最初に声をかけてきたのは、道具屋姉妹のベンティさんとショートちゃんの2人だ。
オレの場合は、前に一度ニィナを連れて道具屋に行ったことがあったから2人のその活き活きとした口調に慣れてはいるのだが、雪火のほうは驚いた様子で彼女たちを見ていた。
まあ、そうだろう。姉のベンティさんは基本的にカウンターに立って礼儀正しい接客を行い、時折お使いクエストをお願いしたりするポニーテールが特徴的なNPC。
そして、妹のショートちゃんは子供らしい性格からか、プレイヤーへとお菓子をねだってきて、あげると喜んで自分の宝物をくれる愛くるしいツインテールのNPCというイメージだったのだから。
ちなみにショートちゃんの宝物というのはキラキラ光る小石だったり、蛇の抜け殻だったり、セミの抜け殻だったり、綺麗なお花だったりとランダム要素が高い物だったりする。……偶に恐ろしい物があったりするが、そればかりは運頼みなのだ。
そんな彼女たち……というよりも、目を輝かせるショートちゃんを押さえようとするベンティさんを見ながら、オレは声をかける。
「いや、別に構いませんよ、でもまだジュースらしき物が見つかってないんですよねー」
「えー、残念かなー? でも、お酒なんて飲んだらいけないかなー? ちらり……」
「だ、駄目よショート?! 仮にもこの体は未成年なんだから、お酒はいけないから!」
「ショートだってそんなこと、分かってるかなー? けど、そろそろ何か飲みたいかなー?」
お酒のボトルに視線を移しているショートちゃんを叱るベンティさんだったが、そんな彼女の気も知らずにショートちゃんは子供らしく頬をプクーッと膨らませていた。
そんな彼女へと、背後から影が近づき……両手を後ろから回して膨らませた頬を挟んだ。
「ぷく~~ぅっ!? な、なにかなーーっ!?」
「あはは、ショートちゃん。そんな感じに可愛らしく頬を膨らませてても、ぜ~んぜん怖くないっすよ?」
「む~、ハロンちゃん。何するかなー?!」
「ははっ、子供は笑顔が一番っすから、笑顔笑顔! っと、とりあえず、ジュース探すのなら手伝うっすよ?」
そう言って、手拭いを頭に巻きつけて髪を纏めた女気が少なそうな少女がオレたちに近づく。
ノースリーブの上着とショートパンツという服装の上に厚手のエプロンと無骨な手袋を着用し、鍛冶屋の弟子であるハロンさんがニカリと歯を見せるような笑みを向けてくる。
2人で探すのは厳しいし、手伝ってもらおうか。
そう考え、オレは返事をする。
「それじゃあ、お願いします。……お酒かどうかって分かりますよね?」
「ああ、大丈夫大丈夫っすよ! まあ、お酒であってもそうでなくっても、腹ん中に入ったらどうってことないっすから、別に大丈夫っすよ!」
「……不安だ。凄く不安だ……」
はははっ♪ と楽しそうに笑いながらボトルを見始めるハロンさんを見ながら、オレは呟く。
……まあ、信用してみるか――っと、また誰か来た?
気配に気づき振り返ると、そこには巫女装束の少女が戸惑いつつも立っていた。
えっと、確かこの子って……、
「あなたは……確か」
「えっと……確か、樹之命さん、だっけ? どうしたんだ?」
「え、えっとぉ、ジュースを探してるのでしたらぁ、うちも手伝いますぅ」
「あ、ああ……、それじゃあ、一緒に探そうか……良いよな、ブシドー?」
「むぅ……、別に構わないが……」
雪火に確認を取ると、どこか不機嫌そうに頷いていた。
……何か不機嫌になるようなことでもしたか?
首を捻りながら、オレはボトルを鑑定していく。
そして、10分後…………。
とりあえず、ジュースは見つかったのか。次回へ続く!




