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幕間そのさん~先行プレイ~

お待たせしました。


一方、地球のほうでは……。

 ――――― 雪火サイド ―――――


 朝の鍛錬を終え、汗を流し終えた後、拙者は部屋で着替えを行っていた。


「うむ、これで……良いだろうか?」


 そう拙者は呟きながら、姿見で自らの服装を見る。

 ジーパンに白の綿シャツというラフな格好。後はこれにジャンパーでも着用したら良いだろうか?

 そう思いながら、チラリと壁のほうを見る。


 ……そこには、迷彩柄のジャンパーがハンガーにかけられており、その隣には……この畳部屋には似つかわしくは無いけれど、女の子らしいヒラヒラとしたスカートが特徴的な可愛らしいワンピースがかけられていた。

 そのワンピースは一度だけ部屋で着てみたけれど、何というか……恥かしいのと似合わないと思ってしまったためにすぐに脱いだ物だった。

 そんなワンピースを出したのは着るため、だったりしたのだが……例え今着たとしても向こうで着れる訳ではないのだ。

 事前に気づくことが出来てよかったかも知れない。

 そう思いながら、拙者はカバンに色々と物を詰めていく。


「事前に報せを貰った物の準備は整った。……が、これだけで良いのか?」


 今日の日のために知らされた内容の通り、道具を揃えたが……手提げカバンひとつ分ほどの量で足りていることに、拙者は眉を顰める。

 というよりも、土日の泊り込みで行うらしいのだが……本当にこれだけで良いのか?

 そう思いながら、拙者はもう一度カバンの中を見る。

 2日分の下着と着替え、タオル数本、水着1着、施設への入場パス……それぐらいだった。

 女らしさが足りていないと自覚している拙者でさえも、それはどうかと思うのだが……本当に良いのか?


「まあ、行ってみたら分かることか。もしくは施設で用意されているか……だな」


 小さく呟き、拙者は覚悟を決めるとお父様とお爺様の追及をかわして家から出かけた。

 ……ちなみに何処に行くのかというと、今回色々と迷惑をかけた侘びとして新たに実装されるルーツフ地方への先行プレイへの参加許可を貰い、そのために用意されている施設でゲーム……いや、異世界に入るように指示を受けたのだ。

 そして用意されている施設の場所は、数駅ほど離れたビジネス街であり電車に乗って移動をし始めるのだが……やはり、この服装は変ではないよな?

 そう思いながら、揺れる電車の中で拙者は自分の服装を見てから……周囲の乗客を見渡す。

 ビジネス街に向かうからなのか、多くの乗客はスーツに身を包み……その様子から休日であろうにも拘らず仕事に向かうのだと理解した。

 大人というものは……存外大変なものなのだな。それとも普通の家庭はそうなのだろうか?

 そう思いながら、変わり行く街並みを見ているとある程度から高層ビルが立ち並ぶようになり、目的の駅へと到着するアナウンスが聞こえ、電車が止まると同時に乗客の大半がぞろぞろと降り始めた。

 そんな人の波に逆らうことが出来ず、拙者の体は押されるようにして駅のホームから流されて行き、電車から飛び出した。

 しかも、会社員たち……特に男性たちは流される拙者の様子をまるで気にした風も無く、これが当たり前と言うかのごとく押していくのだ!!


「な、なんと恐ろしい……これが社会人というものか……!?」


 ズンズンと歩き、拙者を押していく一団の中を何とかもがきながら、改札近くの隅のほうまで逃げ込むことに成功し、拙者はそう驚愕の叫びを漏らす。

 と言うか、社会に出るとこうなってしまうのか……恐ろしすぎる。む? 拙者以外にも流されている者が居るな。

 人の波が収まるのを隅のほうで待ちながら、会社員たちが黙々と歩いていく様子をしばらく眺めていると拙者以外にも人の波に流されているらしき者が居るのに気づいた。

 その人物は周りの社会人と同じようなスーツを着用せず、それどころか普段着も着用していない。その人物が着ているのは……真っ黒な学生服であり、大縁眼鏡が印象的な地味な印象を持った少女だった。高校でもこのような少女を見たことが無いため非常に珍しいと拙者は思ったが、同時にある可能性を浮かべ始めた。

 ……もしかすると、拙者以外の参加者だろうか?

 そう思っているとその少女は流されながらも何とか抗おうとしているらしく、拙者が逃げ込んだ辺りまで向かうのが見えた。……が、拙者と目が合った瞬間、何かに驚いた様子でこちらを見る。だがそれが命取りになったらしく、「ひゃ~~~~っ!!」と言う悲鳴を上げながら流されていった。


「い、いったい……何だったのだろうか?」


 というか、拙者を見て驚いていた?? いったい、何があったのだろうか?

 頭の中に疑問が生じるが、まあ会ったときに聞けば良いだろう。そう考えながら拙者はしばらくその場にジッとしていた。

 そして、10分ほど過ぎると人の流れは疎らとなり……そろそろ良いと判断した拙者は改札にて、電子マネーで電車賃を支払うと駅から出た。


「……これが、ビジネス街……というものか。凄く高いな」


 視界一面に広がる巨大な高層ビルの数々に拙者は驚きの声を漏らしながらグルリと見渡す。

 これらのビルは基本的にはひとつの会社であったり、複数の会社が入っているビルだったりするのだろう。

 けれどそれだけではないらしく、時折チラホラと窓から喫茶店らしき店が見えるのが見えた。

 これは……場所を知らなければ迷うな。


「――っと、そういえば地図を貰っていたのだったな」


 手提げカバンの中を検めながら、拙者は施設入場パスとともに送られてきていた紙を1枚取り出す。

 そこには、駅から出た際の施設への行きかたが記されており、その通りに拙者は移動を開始した。



 ――――― ???サイド ―――――


『なな、なんじゃなんじゃあの者は!? しかもあの者の纏う霊力はこの世界のものではないぞっ!?』

「え、えと……命様、少し落ち着いてくださいぃ……」


 ギャーギャーとうちの耳元で命様が吠える。

 周囲にはその声は聞こえないけれど、耳元で聞こえるうちにはかなりの騒音で……正直やかましい。


『なんじゃその言い方は! 樹!! そもそも、御主が人の波に流されなければちゃんと話をする機会が会ったのかも知れぬぞ!?』

「け、けど……、命様の声も聞こえないだろうし、あの女の人……なんだか取っ付き難そうで、その……話すの無理だと思いましたぁ……」

『まったく情けない……! それでも、森宮殿の巫女かっ!!』

「うぅ……す、すみませぇん。こんな巫女で本当すみませぇん……」


 うちがめそめそし出すと、耳元から聞こえる命様から「うっ……!」と言う気まずそうな声が聞こえてきた。

 ……そんな風に言い過ぎた感を出すなら、ここまでうちを叩かないでくださぃ~……。

 心からそう思っていると、命様はわざと話をすり替えようとしているのか、別の話題を口にし始めました。


『そ、そうじゃ! ところで、目的地はまだなのかえ!?』

「もう……、またそうやって話をすり替えて……!」


 すぐ側に命様がいるということを理解し始めてからかれこれ10年以上の付き合いだけれど、同じようなことを何回も繰り返しているため……またかと思いつつもうちは溜息を吐く。

 ただしこれは嫌だという意味の溜息ではなく、またこの人は……。という呆れた溜息だ。

 多分命様もそれを理解しているのだろう。だから、キシシッと耳元で笑っているのだ。

 そう思いながら、うちは送られた紙を取り出す。

 えっと、多分今はここの辺り……ですよねぇ?


「ということは、こっちの道をこう行って、次に……」

『ふむふむ。なるほどなるほど?』


 耳元で命様の声を聞きながら、うちは指を指しながらてくてくと道を歩いていく。

 と言うか、サラリーマンの人たちに押し流されて、少し迷子になったけれど……何とか場所が分かるようになったのは神である命様のお陰と言うべきかなぁ?

 そう思いながら、うちは振り返るけれど……命様の姿は見えない。やっぱりこの世界だと霊力が満ちていないから良く見えないかぁ……。


『む? なんじゃ樹よ? そのような眼でわらわを見るとは……ははぁ、さてはわらわの魅力にぴんぽいんとしょっとじゃな!?』

「あー、はい、そうですねぇ~……」

『むぅ、連れないのぅ……。っと、あの建物かえ?』


 多分、地図を見ているのだろう命様から声が聞こえ、うちも地図を見てから建物であるビルを見る。

 うん、あそこで間違いないはず。


「それじゃぁ、行きましょうかぁ?」

『むっ!? 待つのじゃっ!!』

「ふぁい!? え、ど……どうしたんですかぁ?」

『あれを見よ』

「あれって……あ」


 命様に止められ、うちは立ち止まり……あれ呼ばわりされたそれを見る。

 それ、というよりもその人は、ついさっき駅で見た女の人だった。

 あの時はサラリーマンに押されて良く見えていなかったけれど、多分背格好からして……うちと同年代かもしくは年上、かなぁ?

 そう思っていると、その女の人はうちらが入ろうとしてたビルへと入っていった。


『入って、行ったのぅ……』

「入って行きましたねぇ。……ということは、彼女もプレイヤー、でしょうかぁ?」

『じゃろうな、それもここに来るということは事情を知っている類の……のう』


 事情、それはうちが今プレイしているゲームの……ここに招待された最大の理由だった。

 あの人は、一体どんなプレイヤーなのだろう? 気になるけれど……中に入ったら紹介とかあるよね?

 そう思いながら、うちもあの女の人が中に入ってから少しして中へと入っていった。



 ――――― 雪火サイド ―――――


 チンッという電子音とともにエレベーターは目的の階へと到着したことを告げた。

 エレベーターから降りると、何処か空気が変わったような気がするのを拙者は感じた。

 一瞬気のせいかとも思ったが……何というかこう、澄んだように思えたのだ。


「うぅむ……、一体どういうことだ?」


 首を傾げながら、施設入口まで歩いていくことにしたのだが……。

 どうやらこの階はすべてその施設らしく、エレベーターホールを抜けてすぐに壮大な扉が設置されていた。

 これはまた……、凄いな?


「っと、呆けている場合ではないな。時間がそろそろ押してきているな。とりあえず……これを翳せば良いのだな?」


 集合時間が近づいていることに気づき、拙者は中に入らなければいけないことを知り、扉を見渡す。

 すると、入場パスを翳すためのパネルらしき物を見つけ、そこにカバンから取り出したパスを翳した。


「お、おぉ!? これは……凄いな」


 ピッという音を立て、拙者のパスを認識したであろう扉は自動的に開き始め……中が見えた。

 中には巨大な……中華料理の満漢全席を載せることが出来そうな巨大な円卓がひとつ置かれており、外周を囲むように幾つかの椅子が用意されていた。

 そして、その椅子には先に来ていたであろう参加者が数名ほど座っており、それぞれがお茶などを飲んでいた。

 ……だが、何故椅子に座る者たちは皆、目元を隠しているのだろうか? やましいことでもあるのか?

 首を傾げる拙者であったが、施設を管理しているであろう職員が拙者の前へと歩み寄ってくるのに気がついた。


「ようこそいらっしゃいました。プレイヤーネーム……『ブシドー』様ですね?」

「あ、ああ、そうだ。えっと、あなたは……」

「失礼しました。自分はこの施設の管理を任されている大黒と申します。どうぞお見知りおきを」

「こ……こちらこそよろしく頼みます」


 そう言って、ダイコクと名乗ったお腹周りがたぷたぷな職員は頭を下げたので、拙者も挨拶をし返す。

 するとダイコクさんは、拙者の様子に一瞬驚いた様子をしたがすぐに笑みを浮かべてくれた。


「さ、あと数名ほど到着していませんので、宜しければこちらに座って待っていてください」

「はい、分かりました」


 機嫌良さそうに歩き出したダイコクさんの後に続き、拙者は円卓に向かうと……何故かここでも驚いた様子で既に来ていた者たち歓迎された。

 中には驚きすぎて口に含んでいた飲み物を噴出す者や、椅子を自分ごと後ろに倒してしまう者も居た。

 ……本当、どういうことだ? 拙者に何か着いているのか? それとも、憑いているのか?

 本気で何かあるのだろうか? そう心から思い続けていると残りの参加者たちも姿を現した。

 そして、その中にはつい先程人の波に呑み込まれていた黒いセーラー服の少女も居た。

 やはり参加者だったか。


「さて、全員が揃ったようなので施設の説明をさせて頂きますが……宜しいでしょうか?」


 ダイコクさんが問いかけると、全員が首を頷くのが見えた。

 それを確認したダイコクさんも頷くと、「まずはこちらをご覧ください」と言って円卓の中央を示した。

 すると円卓の中央は電子パネルとなっているらしく、拙者ら全てに分かるようにそれが表示された。


「これは……部屋?」


 誰かが呟き、その声にダイコクさんは頷く。なるほど、部屋だな。

 ひとり用の机と椅子、荷物を入れるための棚、シャワールーム&トイレ、そしてベッドが無い変わりに斜めに立てかけるように設置された巨大なカプセルがある。

 そんな部屋であった。


「まず皆様には職員の案内の下、各自に割り当てられたこの部屋へと入って頂き、持参していただいた水着へと着替えて頂き、カプセルの中に入ってもらいます。皆様がカプセルに入られますと、中へと液体が注入されて皆様を包みます」

「え、液体? そ、それは溺れたりしないかなぁ?」


 ダイコクさんの説明に問いかけるように黒いセーラー服の少女が問いかけるが、判っていますとでも言うように頷いた。


「その点は問題ありません。その液体は皆様の体をサポートする物で、その液体の中で溺れる心配も無ければしようと思えば呼吸も出来ます。

 そして、最大の特徴として液体が満たされたカプセルは皆様の魂を皆様が通常使用している端末よりも効率良くエルミリサへと送り届けることが出来ます、更にはこの世界の肉体は液体の中に居る限り空腹を覚えることも疲労を感じることも便意を感じることさえもありません。肉体のときは停止するとでも思ってください」

「……失礼、質問なのだが、貴方の言っているのを聞く限りだと、我々はずっとカプセルの中に居ることになるのだが……? いったい……我々はこの休日である2日間の間に向こうの世界にどれだけ滞在することになるのだ?」


 30代後半ほどの男性の声が周囲に響き渡り、その方向を見ると……女給を引き連れた筋肉質の男性が座っていた。

 確か、メイド……と呼ぶのだよな? そう思いながらマジマジと見ていると視線に気づいたのか拙者を見てフフッと微笑んだ気がした。

 その視線にビクッとしながら、拙者は男性のほうに向き直り……改めて男性を見るのだが目元には仮面を付けているから顔はわからないが、ライオンの鬣のような顎鬚が特徴的であった。

 だが、男性が言っていることはもっともだと思う。

 拙者たちはこの2日間の間に、向こうの世界でどれだけの時間滞在することになるのだろうか?


「失礼しました。それをまず言うべきでしたね。皆様が向こうの世界に滞在するのは、この土日の2日間の間のみですが、向こうの時間に直すと約2月前後となります」

「2月ね。なるほど、途中でログアウトしなくちゃならない状態にならないためのカプセルに満たされた液体の中で時間停止を行うわけね」


 詳しい説明を聞き、拙者の向かい側に座る扇情的な黒いドレスを身に纏った緩やかに波打つ金髪をした女性が紅茶をひと飲みし、そう口にする。

 何というか、凄いドレスだと呆気に取られていると、女性の紅茶が無くなったらしく側に仕えていた60代と思われる年齢の執事がポットを手に持ち、紅茶を注いでいた。

 何というか、色々な人間が居るな。

 そう思いながら、ふと疑問に思ったことがあった。

 そもそも、拙者はエルミリサの秘密を知ったと言うことと実装前のイベントに巻き込まれたお詫びとして参加許可を貰ったが……この方たちはどうなのだろうか?

 多分、エルミリサの秘密は知っているのだろうな。機会があれば聞いてみるべき……だろうか?


「おっと、そろそろ準備が整ったようなので、係りの職員が案内します」


 ダイコクさんの言葉に従うように、他の参加者たちはサッと立ち上がった。

 それと同時に、入口とは違う奥のほうから男女2人の職員が姿を現した。


「お待たせしました。女性のかたはこちらへどうぞ」

「待たせたな、男性はこっちだ」


 そう言って、拙者たちを招く職員であるが……女性のほうはスーツを着ているはずなのに何処か色気を感じられ、男性のほうは何か偉そうに見えた。

 ちなみに名前が書かれているであろう胸元の名札を見ると女性は『弁天』で男性は『毘沙門』と書かれていた。

 まるで七福神のような名前だな。

 そう思いながら、男性がビシャモンさんの後に続いて歩き出す中、拙者ら女性はベンテンさんのあとについて歩き出した。

 そして細長い道を歩いているのだが……、このビルはこれほど長かっただろうか?

 そんな疑問を抱いたのだが、気にしては負けな気がしたので気にしないことにした。


「プレイヤー名『アニマステラ』様はこの部屋です」

「分かりましたわ」

「向かいの部屋はプレイヤー名『サンフラワー』様となります」

「分かったわ。爺や、入口を見張っておきなさい」

「畏まりました」


 ヴェールで顔を覆った女性と、先程の扇情的な黒ドレスの女性が部屋へと入って行き、それを確認し終えたベンテンさんは再び歩き出した。

 その後に続いて次の部屋の扉が見え始めると、再び足を止め……。


「プレイヤー名『嵐牙(らんが)』様はこの部屋となります」

「わかたヨ」


 大げさに椅子ごと転んだチャイナドレスの女性が中へと入るのを確認し、再びベンテンさんは歩き出し……突き当りへと到着した。


「あなたがたで最後ですね。プレイヤー名『樹之命(たつきのみこと)』様はこの部屋です。そして、プレイヤー名『ブシドー』様はこの部屋となります」

「わ、わかりましたぁ」

「分かった。案内、ありがとうございます」

「いえいえ、どういたしまして。それでは十分に楽しんでください」


 拙者が頭を下げるのを見て、樹之命さんも頭を下げるのが見えた。

 そして、ベンテンさんの言葉を聞きながら、拙者は部屋へと入った。


「……ブシドー…………」

「え?」


 一瞬、後ろから声が聞こえた気がし、振り返ったが……既に声の主であろう樹之命さんは部屋の中に入ったらしく、ガチャリと鍵が掛けられる音がした。

 ……うぅむ、本当にいったい何なのだ??

 困惑しながらも、拙者は扉を閉めて鍵を掛ける。


「まあ、気にしても仕方が無いだろう。何はともあれ、ルーツフ地方の下見だ。確か事前に届いた用紙には現地協力者も居るらしいし……さとるならば良いのだが。

 って、それは高望みしすぎか。兎に角着替えることにしよう」


 浮かんだ幻想を振り払い、拙者は服を脱いで水着に着替えることを始めた。

 ……まあ、水着といっても剣道部でプールや海に遊びに行くということはあまり無いため、学校指定の水着だが……特に問題は無いだろう。

 そう思っていたのだが……。


「む……? ま、また……きつくなったのではないのか?」


 最後に着たのは一年前だが、その頃に比べて身長も若干伸び、胸のほうもでかくなってしまっていたらしい。

 そのため、拙者が着ようとしていた水着はパッツンパッツンとなっており、肩と股間が喰い込み……胸も息苦しい物となっていた。


「これは……無理だな。脱ごう」


 着るのにも億劫だったので、脱ごうと決めたけれど……やはり難しいものだったが何とか脱ぐことが出来、拙者はバスタオルを背中に羽織り、裸のまま部屋の椅子に座り込んでいた。

 と言うか、何か着るべきなのだろうが……、下着を着用する気が湧かなかった。

 ……いや、その言い方だと拙者が痴女のように思われるな。要するに、何を着てカプセルに入るべきか悩んでいるのだった。


「下着のまま入るか? いや、だが……そうだと違和感を感じると言うか水着で無いからきっと染み込みすぎるだろうし……、いっそのこと清々しく裸で――って、それは駄目だそれは!」


 吠えながら、拙者はどうするべきか頭を悩ませる。……そんな中、不意にパサッと何かが置かれる音が聞こえ、音がしたほうを振り返ると……。


「紙袋? こんな物、さっきまであったか?」


 机の上には見慣れぬ茶袋が置かれていた。と言うかそもそもこんな物を持っていたか?

 そう思いながら立ち上がり近づくと、手紙……と呼べばよいのか、メモと呼べばよいのか、そんな紙が一枚……机と茶袋の間に挟まれていた。

 何というか嫌な予感がするが、それを抜き出して表に書かれている宛名へと眼を通した。


 ――水着が入らない程、バインバインな雪火さんへ。


「ぶはっ!? な、なんだこれはぁっ!?」


 あまりにも酷い拙者宛であろうそれに、拙者は咽る。と言うか、好きで大きくなったわけではないっ!!

 だが、中を見ないと始まらないはずだ……。と、とりあえず中を見よう。

 パサリと紙を広げると、流暢な文字で内容が書かれていた。


 ――きっと雪火さんのことですから、宛名を見て咽ましたよね?

 ――計 画 通 り !(キリッ


 ――とまあ、冗談はそれぐらいにして、予想しているかも知れませんがこれらを送ったのは私、神さまです。

 ――何故こんなタイミング良くこんなのが来るのかなんて驚いているかも知れませんが、覗いていたからに決まっています。

 ――怒らないでくださいね? そのお詫びとして、水着を一着用意しましたので、それを着用してください。

 ――あ、無難に白いビキニですので、サイズはぴったりのはずですよ?

 ――という訳で、怒るよりも先に速く着替えて、カプセルに入ってこちらの世界に来てください。

 ――楽しい楽しい、アヴァンチュールが待っていますよ♪


 ――それでは、よい旅路を。


 ――          神さまより。


 …………何とも言えない表情を浮かべながら、拙者はその手紙を見る。

 と言うか、凄いはっちゃけている神さまだな。神という存在はこうまで自由奔放なのだろうか?

 ううむ、謎だ。


「まあ、兎に角……用意してくださったのなら、着るしかないか」


 茶袋を手に取り、拙者は中身を取り出すと……本当に無難なビキニタイプの水着であった。

 ……良かった。普通だ。以前、部長の買い物に付き合わされたときに冗談で進められた紐だけの物かと危惧したが、本当に良かった。

 ちなみに部長は平然とその紐を買ったのだが、何に使うのかは聞く勇気は無い。

 いや、聞いてはいけない世界に違いないのだ。

 そう思いながら、下着を身に付けるように水着を着用するのだが……、な、何というか……落ち着かないな。


「そういえば、このような水着を着るのは……初めてだったな。っ!!」


 ポツリと呟きつつ、自覚すると恥かしい気持ちが湧き上がってきたため、それを隠すように急いでカプセルの中へと入り込む。

 するとカプセルは、拙者が入ったことを感知したのかゆっくりと閉まった。

 閉まり始めたカプセルに驚いたが、触るべきではないと考えジッとしていると……足元から生温くぬるりとした感触がし、下に視線を向けると液体が満たされ始めていることに気がついた。

 何というか、粘性の高いお風呂に浸かり始めるような気分だな。そう思っていると、足首までだった液体はすぐに腰まで注がれ、瞬く間に首まで届き……全身を包み込んだ。


「っ!? がぼっ――あ、声が……出せる? 凄いな、ぬるっとしているけれど、水の中で声が出せるなんて」


 技術が凄いのか、それとも神さま的な何かがあるのかわからないが……そろそろゲーム、いや異世界に向かうべきだろう。

 そう思いながら、拙者はゆっくりと目を閉じる。

 すると、ヘッドセットをつけたときと同じような感覚を感じ……心を落ち着かせながら、拙者はゆっくりと『エルミリサ』へと……ブシドーの体へと入っていった。

 こうして、拙者の休日は始まりを告げたのだった……。

『……樹よ。御主、それを着るのかえ?』

「えと、駄目でしょうかぁ?」

『いや、止めはせぬが……、御主も中学2年なのじゃからもう少し、色っぽい水着を着たら良いじゃろう!』

「お金が無いので無理ですぅ」

『……そうかえ、じゃがまあ……中学生のすく水というのも需要は大有りじゃろうな』

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