イベントは起きる物ではなく起こす物だ
お待たせしました。
それは、何時もと同じような朝だった。
何時ものように街の外壁の門が開かれ、商人や旅人たちが出入りを行い……それを門番たちが監視している。
監視をしながら、彼らはこの世界独特の言葉を喋っており……下のほうにはその言葉の和訳が字幕として流れていた。
そんな何時もと同じ、代わり映えの無い朝であった。
……だが、その何時もと同じような朝に一石を投じるかのように、一頭の馬が嘶きながら街に向けて駆け寄ってくるでは無いか。
暴れ馬かと初めは思ったが……その上には傷だらけの騎士がフラフラしながら乗っていることに周りが気づいた。
いったい何があったのか。そう思いながら門番たちはどう動くべきかを考えつつジッと騎士を見ていると、馬にしがみ付く力が無くなったのか、騎士は馬上から落ち……騎士を落とした馬はそのまま何処かへと走り去って行った。
そして、地面へと落ちた騎士はフラフラとしながら立ち上がると……一歩一歩と街に向けて進んで行く。だが、その足取りは重い。
満身創痍というやつだ。そんな騎士を見ている商人や旅人から悲鳴が上がり、ようやく門番たちは動くことを決意したのか駆け出した。
「いったい何があったんだ!? ――どうした?! おい、しっかりしろ!!」
「酷い……なんだこの傷は……」
門番たちが傷だらけの騎士へと駆け寄ると大きな声で呼びかける。
すると、無事に辿り着いたことに安堵したのか傷だらけの騎士はガクリと肩を揺する門番の胸の中へと倒れた。
更に他の門番たちが騎士の傷を見る限り……、これはもう助からないことが明らかであるのが理解出来た。
けれど傷だらけの騎士は自らの役目を果たすべく、安否を確認すべく自らの体を揺する門番の腕を掴むと最後の力を振り絞り口を開けた。
「ぐっ……! はぁ……、はぁ……、じゃ、しんに……監獄が、おそ、わ……れた。さらに、中に封印されていた……ななつの、凶悪な悪魔が……かいほう、され……た!
しか……も、騎士だんちょうであるトール、さままで……邪神の、てに……! たの、む……、やつらを……やつらをどうか……どうか倒してく――――
目を見開き――必死に叫ぶ声が周囲に広がるが……、騎士は最後まで言い終わることが出来ずにその命は尽き、伸ばした腕はパタリと落ちた。
最後まで言い終わることが出来ずに彼は無念だったであろう。けれど……、騎士は平和な日々の裏で起きていたことを彼らへと知らせたのだ!
それが分かっている門番は、胸の中で倒れる騎士のダラリと垂れた腕を彼の胸元へと添え……見開いた目蓋を静かに下ろした。
「貴殿の命がけの報告、感謝する。今は安らかに眠れ……。――伝令! 至急王城に使いを出せッ!!」
「りょ、了解!!」
騎士を看取った門番の声に、ビクリとしながらも返事を返すと門番の部下は急いで駆け出した。
そして、周りがざわめく中……門番は静かに監獄がある方向を睨みつけながら、神に祈りを捧げる。
(神よ……、どうか、どうか我らに勝利をお願い致します……)
――イベントクエスト『解き放たれた七つの悪魔』
――Comming soon
…………それを最後に黒く染まった画面を見ながら、オレとニィナはポカーンとしていた。
ただし、ニィナのほうは目の前の動画を見たことへの驚きと言った様子のポカーンだ。
けれどオレのほうはといえば……、動画の内容から見て取れるイベントの本当の姿に気づいたポカーンであった。
……そんな表情のままオレはテーブルの向かいに座る神さまを見た。
神さまは、動画の感想を今か今かと待っているのかドヤ顔ではなく、ドヤァ顔をしながら胸を張っていた。
「どうですか? 少し突貫作業でしたが、イベント用の動画のお披露目ですよ! 格好いいでしょう!?」
「えーっと、自信満々なところ悪いんだけどさ神さま……。ちょっと良いか?」
「何ですか?」
「要するにこれって……確か前に言ってた、ニィナ以外の転生者に関係あると見れば良いんだよな?」
「よくわかりましたね。ですが、あえて付け加えるとするならば……ただの犯罪者に邪神たちが力を与えたので一般プレイヤーには手が付けられないようなものに変化しましたよ。所謂ボス仕様って感じです」
サクッと言ったその一言に、オレは何を言ってるんだこいつと正直思ってしまう。
だが、だが怒るな……まだ怒るな。呆れてはいるけれど。
「だったら、神さまが対処したらよかったんじゃないのか? こう、邪神たちが監獄を襲撃するときに迎撃して喰い止めるとかさぁ……?」
「……そうすることが一番だと思いますよ? ですがね、近頃エルミリサ内でイベントと呼べるイベントが無いじゃないですか? だったら、こういうときにかこつけて大々的なイベントにしようかなーって思ったわけですよ。えっへん!」
「………………だ、駄目だこいつ。じゃ、じゃあ……その監獄襲撃の最中、神さまは何をしていたんだよ?」
聞くだけ無駄かも知れない。そう思いながらも、オレは神さまに問いかける。
すると、少し恥ずかしそうに頬に両手を当てながら……。
「えっと、実は……、この様子の監視をお願いした子が事前に合コンを予定してたのですが、監視しないといけないのでキャンセルしておこうとしたんですよね。ですが、イケメンだらけって聞いたら断るのも……って思ったので……ちょっと参加してきたんですよ♪」
可愛らしく神さまは照れた仕草をするが……、もう最悪だ。本当にもう最悪すぎる!
心からこの神さまの残念っぷりを思いながら天を仰ぎ見ていると、合コンの余韻が忘れられないのか楽しそうに神さまは言う。
というか、楽しそうに神さまが合コンの様子を思い出していると何故だろう、オレの頭の中にワンルームの中で知的そうな雰囲気の女性が下着姿ですごく不貞腐れながら缶ビールを飲んでいるイメージが湧くんですが……。
まあ……とりあえず、言うだけは言っておくか……。
そう思いながら、オレは神さまへと向く。
「神さま……」
「何ですか?」
「すぅ……はぁ……。――――余計な厄介ごとをイベントにするんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~!!」
深呼吸をしてからドゴンと一気に放ったオレの雄叫びは……家の中に響いた。
というか、厄介ごとが周りに飛び火した結果、プレイヤーたちにどんな悪影響が与えられるのかがすごく不安としか言いようが無いんですが!?
心からそう思いながら、オレはオレの叫び声で目を白黒させる神さまがどうしようもない人種であることを理解したのだった……。
ちなみにオレの雄叫びを聞いていたニィナも目を白黒とさせていたが……すまんとしか言いようが無かった。
●
そんな神さまが馬鹿なことをしたことが発覚してから、数日が経ったある日のこと……。
「ねえ、エルサ。質問良いかな?」
「ん? 何だ?」
朝食を食べていると、ニィナが少し遠慮がちにオレに声をかけてきた。
何というか、この反応は少し珍しいと思う。
なのでその様子に疑問を抱きながら、オレは首を傾げながらニィナを見る。
「えっとね、ここ数日……お家で装備を整えてたけど、街の外ってどんな風になってるの?」
「ああ、そういえば……今まで街の外に出ていなかったな」
「うん、それでね。エルサが良いなら……あたし、外に出てみたいかも」
そう言うニィナからはワクワクと言う興味が湧いているという雰囲気が漂っている。
……この数日間、作業場でニィナが調合や裁縫をしながら、オレは鍛冶を行っていたが……時折、訓練場の恥かしい悲劇を思い出してガクガクと震えていたけれど、落ち着いてきたようだ。
ちなみに数日間の間に裁縫を行った結果、ニィナの服装はワンピースから動きやすさと飛び跳ねたりしてパンツが見えないようにする方向に移動したらしく、ノースリーブのシャツとベストにショートパンツという組み合わせになっている。
……まあ、これなら良いかな?
「分かった。それじゃあ、街の外を案内がてら……近くの村まで移動するか」
「うんっ♪ じゃあ速くご飯食べて行こう!」
オレの言葉にニィナは笑顔で答え、パンに齧りつく。
そんなニィナを見ながら、オレもパンを食べるが……食材が大分無くなってきていることに気づき、そろそろ食料を補充したほうが良いかも知れないと思い始めていた。
……確か、近くにある村は小麦の生産が盛んで、乳牛も多かったよな?
「さてと、じゃあ……行くか」
「レッツゴー♪」
オレの言葉にニィナは腕を上げて元気良く答える。チラリと見える尻尾も元気良くピンと立っているのが見えた。
けど、家の中限定じゃなければ良いんだけどなぁ……。そう思いながら、オレたちは扉を開けて外へと出た。
すると、先程まで何処か遠くに聞こえるようなざわめきが、すぐ近くに聞こえるようになり……人の営みを感じられるようになった。
何日間か篭りっぱなしだったけど、久しぶりに外に出たなぁ……。そう思いながら後ろを見ると、ニィナは笑みを浮かべているが……微妙に引き攣っているのが見えた。
「……えーっと、大丈夫か?」
「う、うん……だ、大丈夫だよ?」
心配そうに聞くオレに対し、ニィナはすうはあと息を整えるとオレを見てきた。
まあ、ずっとあの調子だったら色々と困ることになるだろうし……慣れることも大事だよな?
「それじゃあ……、行くか?」
「う、うん……あ」
「うん?」
歩き出そうとするが……不意に背中が引っ張られる感覚を覚え、振り返るとニィナが驚いた表情をしながらオレの服を摘んでることに気が付いた。
多分その表情を見る限り、自分でも無意識に摘んだんだろうなぁ。
そう思っていると、顔を紅くしながらニィナはオレの服から手を放した。
「ご、ごめんねエルサ! あ、あたしどうしちゃったんだろう……」
「あー……、まだ怖いなら、手……繋ぐか?」
「え……? えと、あの、その……う、うん……」
オレの言葉に迷っていたようだけれど、ニィナは最終的に手を繋ぐことを選んだようで……二人仲良く手を繋いで歩き始めた。
そんなオレたちの様子を見ていたプレイヤーたちからは温かい視線とか……若干百合でござる百合でござるというアレな視線とかスクショされているのを感じていたが、ここは無視しておくことにしよう。
そう思いながら、オレとニィナは目的地である村に一番近い外壁の門まで向かう。……この道は訓練場とは違う方角なので彼女は初めて通る道だろう。
だからキョロキョロと周囲を見渡しながら歩くのは当たり前だ。
「ほわ~……、あ、見て見てエルサ! 美味しそうな匂いだよ!?」
「ああ、ここら辺は初心者が良く通るから、色んな屋台があるんだ」
「へ~、あ、アレって……ハンバーガー? それに、ジュース? あ、アイスまでっ!?」
「プレイヤーメイドだから、現実である食べ物が多く作られてたりするんだよなぁ」
そう言いながら、キョロキョロと周囲を見渡すニィナをオレは生温かい表情で見つめる。
まあ、見かけなくなった物が見られるのが嬉しいだろうからな。
「うどんに、ラーメン、パスタ……あ、あれ? お米類は、無いの??」
「……ああ、米はまだこの世界で見つかっていないんだよ。多分、あるはず……何だろうけど、見つかった様子が無いんだ」
「そ、そんにゃぁ~……、炒飯とかお稲荷さんとか、食べてみたかったのにぃ……」
「とりあえず、見つかることを期待しようぜ」
「……うん」
「まあ、それは兎も角として……早く外に向かおうか」
「あ、そうだね!」
オレの言葉に頷くと、ニィナは再び歩き出した。
ちなみに食べ物関連の屋台を抜けると今度は装飾品、そして最後に武具が売られており……その先に、オレやニィナの身長よりも遥かに大きな鉄で造られた門が見えた。
隣に立つニィナを見ると、初めて見るそれに大きく口を開けながら見ているのが見えた。
ああ、オレも昔、このゲームを始めたころはそんな風に見てたんだよなぁ……。
そう思いながら、オレはニィナに声をかける。
「ニィナ、凄いだろ?」
「うん、……凄いね。ファンタジーって感じだよ……」
「だよな? じゃあ、そろそろ行こうか」
「そうだね。い、いこっか……!」
そう言って、オレとニィナは外に向けて歩き出した。




