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暴走

お待たせしました。

「――――……うっ、ここ……は……? ……うん?」


 目が覚めると、昨日も見たような天井が目に付き……起き上がろうとしたが、体の上に何かが乗っているのか体がうまく動かなかった。

 一体どういうことかと思いつつ、首を動かすと……サラサラとしたやわらかそうな髪と猫耳が見えた。

 ……どうやらニィナがオレの上で丸まって寝てるようだ。……本当に猫みたいだ。それも一緒に軒下で日向を浴びたいと思うくらいに……。

 そう思いつつ、まったく聞こえないように……というか気にしたらいけないと思いながらワザと意識から遠ざけていた声に耳を傾けることにした。

 ……ぶっちゃけ関わるのが嫌だけどすぐ間近なので関わるしか選択肢はない。


「うわ~~んっ! ごめんなさいッス、ごめんなさいッス~~~~!!」

「お前なぁ……、そんな泣き言を言うなら……そもそもこんな馬鹿なことをするんじゃない!!」

「反省してるッス~~!! だから、いい加減止めて欲しいッス~~!!」


 ……すぐ耳元で昨日聞いたものと同じような会話が聞こえる。

 うん、見なくても分かる。なにが起きてるのかはもう分かる。……だけど、見ないといけないんだよなぁ?

 こっそりと溜息を吐きつつ、オレは首を横に動かした。

 ……するとそこでは昨日の時代劇でよく見るような拷問ではなく、良く似ているけれど下に敷かれたのが三角の木ではなくトゲ床という普通に歩けなくなるどころか命の危険が高いとしか言いようが無い拷問をミッちゃんが受けていた。


「…………はぁ!?」


 その洒落にならない拷問にオレは呆気に取られながら、しばらくテラっさんによって石畳を乗せられてギャーギャーと叫ぶミッちゃんを唖然と見ていたが、目の前の光景に対してツッコミという風に叫んでしまった。

 すると、その声を聞いたミッちゃんから期待に満ちた瞳を向けられた。


「あ、あー! テラっさん! 目を覚ましたッス! 目を覚ましたッスよ~~!!」

「ああ、目を覚ましたな……。けど、昨日のように逃げるという選択肢はお前にはないぞ? 悪いが、止めないでくれよ?」

「あっ、はい」

「ふぎゃーーーーっ!! チクチクが~~! チクチクぐぁぁぁぁ~~!! 刺さるぅぅ~~! ぐっさり刺さるッスよぉ~~!!」


 必死にオレが目覚めたことをミッちゃんはテラっさんに伝えるが、テラっさんはニコリと愛想笑いを浮かべながらオレに待つように言うと、石畳をミッちゃんの上に追加していく。

 ……あの、トゲ床だからそんな風に重量を増やしたら脚が穴だらけになってやばいんじゃ? そんな風に目の前の光景に戦慄しているオレだが、よく見るとミッちゃんの座らされているあたりのトゲ床のトゲがへし曲がっているのが見えた。

 ……もしかすると、このトゲは強化ゴムとかそういうものに近い素材なのかも知れない。

 多分金属じゃないだろうし……別に助けないほうが良いな。

 きっとコントとかな感じに見れば良いんだろうし。


 ちょっと残酷だろうけどミッちゃんに対しそう結論付けると、すやすやと安らかに眠り続けるニィナに視線を移すとニィナは気持ち良さそうに無意識なのか手櫛で髪を梳くとオレの上で体勢を変えた。その結果……オレの目の前にはツヤツヤとしたちいさな唇が目に入り、オレは顔が熱くなるのを感じた。

 あ……あれはキスじゃない、キスじゃないぞ!! そ、それに、今のオレは女! 男じゃなくて女だからセーフ、セーフだと思う! ……セーフで、いいよな? あと、ミッちゃんがニヤニヤ笑っているけど無視だ無視! だけど精一杯の優しさとしてテラっさん、ミッちゃんの石畳増やしてあげて!!


「ぎゃ~~~~!! 何で石畳を増やすッスか~~!!?」

「ん? 何か増やしてくれってお願いが何処かから聞こえたからだ」

「きっと幻聴ッスよ~~!!」


 そんな感じに2人のやり取りが聞こえるが、あまり関わらないでおこう。……というか、唇から目が放せない。


 ……柔らかかったな。――って、違う違うっ!!


 そうやって浮かんだ考えをすぐに誤魔化そうと、オレは冷静になるために必死に脳内でヘッドバンキング並に頭を振りながら浮かんでしまった思いを霧散させる。

 え? 何で現実で頭を振ったりしないのかって? 気持ち良さそうにニィナが寝ているからそんな風に頭を振ったら……互いに頭をぶつけるだろ? そ、それに……唇とかまたぶつかったりしたら……ごにょごにょ。

 だけど、悶々としていたオレの体は微妙に揺れていたようで……、その揺れはニィナの眠りを覚ますものだったらしく、閉じられていた目蓋がピクピク動くのが見えた。


「ん、んぅぅ……? あれ……、ここはぁ?」

「……目、覚めたか? ニィナ? 寝惚けてるか?」

「エルサァ……? あれぇ、もどってきたのぉ……?」


 寝惚けてるのか……ゆっくりと目蓋が開けながら、ニィナの瞳がすぐ目の前に居るオレをぼんやりと捉えるのが見えた。

 そして、オレを捉えてしばらくすると眠気が一気に覚めたのか、スイッチが入ったかのようにビクッと震えたのが胸の上で感じられた――直後。


「う――うにゃあっ!? エ、エルサッ!? え、え、え? ど、どういうこと? どうしたの? あたし、いったいどうしたの??!」


 ニィナが乗っていて見えないけれど、たぶん尻尾がピンと立っているだろうというのが分かるほどにニィナの表情は驚きに彩られていた。

 ……よかった。本物の猫っぽいニィナじゃなくて何時ものニィナだ。そう思いつつ、お腹の上で慌てるニィナへと声をかけることにする。


「あーっと……ニィナ。慌ててるところ悪いんだけどさ……」

「へぁっ!? にゃ、にゃに??」

「そろそろ、降りてもらえるか?」

「へ……? にゃ――にゃあああっ!? あ、あたしエルサの上に乗ってたのっ!? ご、ごめんね、ごめんねっ!! 大丈夫っ!? す、すぐに降りるか――にびゃっ!?」


 オレの一言でニィナは自分が一体何処に居るのかを理解したらしく、慌てながら降りようとしていたようだが……体を滑らせてしまったようで転がるようにしてベッドから落ちてしまった。

 しかも顔から見事に落ちてしまったようで……すごく痛そうだった。


「だ、大丈夫……か?」

「うぅ……い、いひゃい…………」


 起き上がりながら、ニィナを問いかけると……顔を両手で擦りながら涙目で返事を返してきた。

 ……うん、普通に痛そうだよな。

 そう心から思いながらオレは起き上がりベッドから立ち上がると、ミッちゃんを見る……こいつ、すごく笑いを堪えてやがる!

 そんなオレの視線に釣られたのかニィナもミッちゃんを見ると……怯えたようにオレの体にしがみ付くように抱きついてきた。

 ……本当、いったい何があったんだ?


「……なあ、ニィナ? いったい……何があったんだ?」

「え、えっと……その……」


 オレの問いかけに、ニィナは顔を真っ赤に染め上げながら体をモジモジとし始める……本当、何があったんだ?

 心の底から思っていると、ニィナに何があったのかを聞きたい人物が追加された。


「ああ、それは私も聞きたいな。正直、この馬鹿は自分の失敗を誤魔化すことしか口にしようとしていないから、うまく説明してくれないんだ」

「……テラっさん、苦労してるんだな……」

「……ゲームだと思ってるプレイヤーの前では定型句な感じしか喋らないけどな……、こういう裏っかわだとやりたい放題しまくってるんだよこいつは……」


 オレの心の底からの哀れみに、あまり悩みを周囲に言えないのかテラっさんが溜息混じりに呟く。……本当、苦労してるんだな。

 というか、こんな性格だからミッちゃんの素をプレイヤーに見られなくて良かったな。……いや、ついさっき戦闘狂な一面を周囲に晒したから掲示板で騒がれるよな?


「……というか、戦闘狂いのミッちゃんと渡り合ってたニィナも話題になるんじゃないのか?」

「え……? あたし、なにかやってたの……?」


 オレの一言で何があったのかを言いよどんでいたニィナが信じられないといった表情を浮かべながらオレを見ていた。

 ……もしかして、記憶あやふやだったりするのか? そんな可能性が頭の中に浮かびながら、オレはもう一度ニィナにたずねてみることにした。


「なぁ、ニィナ……きみは何があったのか不安だろうと思うし、ミッちゃんのことを庇おうとしているのかも知れない。だけどな……オレとテラっさんはちゃんと何があったのかを知らないといけないんだ。だから説明してもらえないか?」

「エルサ……。……うん、覚えてるまでで良いなら……話すよ」


 しばらく悩んだ末に、ニィナは決意し……オレを見るとゆっくりと、ポツリポツリと何があったのかを語り始めた。

 その話をオレとテラっさんは頷きながら聞いていたが……ある程度から徐々にすごく微妙な表情を浮かべながら、ニィナに頑張ったなと言う労いの言葉と大変だったな……と優しく頭を撫でて慰めたい気持ちでいっぱいになってきた。

 それと同時にミッちゃんのほうを見るオレたちだが、多分すごく残念そうな物を見るような瞳をしているだろう……そしてオレとテラっさんは同時に溜息を吐いていた。

 ……どうやら、ミッちゃんは普通にプレイヤーに接するように特訓を行っていたらしい。……いや、考えようによっては普通のプレイヤーよりも酷いものだと思う。

 大まかな内容としては、ニィナの服装を体操服に変えるとそのままプレイヤーの視線に浴びさせるかのようにランニングを強要したらしい。

 一応受けることになる確率はかなり低いイベントだけれどミッちゃんのスパルタレッスンというものに、それと良く似たメニューがあるらしいのだが……オレやニィナはもうこの世界が現実なのでゲームのように思えるかと聞かれたらかなり厳しいと思う。ぶっちゃけ恥かしくて顔から火が出ると思う。

 で、モジモジしながらも頑張って走っていたニィナだったが、そんな彼女をプレイヤーたちは興味本位にスクショとか撮影しながら見ていたらしい。……その時点でもうかなりニィナは限界だっただろう。

 ……で、案の定限界に来たニィナは半泣き状態で特訓場の中に逃げ込むとグラウンドの隅でしゃがみ込んで動かなくなったらしい。そしてそんな彼女を追い詰めるようにミッちゃんとプレイヤーたちは追いかけたようだ。

 だけどミッちゃんにはそんな泣き言は通じないとでも言うように、動かないニィナを無理矢理立ち上がらせた瞬間、悪質なプレイヤーがローアングラーよろしくな感じに下からニィナの尻尾の付け根とかブルマ越しにくっきりとしたお尻とか股間とかの下半身をスクショをニヤニヤしながらしていたらしい。……で、そんな理不尽すぎる状況に頭の中で何かがぷつっと切れて、気が遠くなったとのことだ……。

 多分、あの本当の猫みたいな状態になってしまったのだろう。

 そう思っていると……。


「いやぁ、そのあとののニィナちゃん、すごく強くて戦いがいがあったッスよ~~!!

 始めにプレイヤーに飛び掛って顔を爪で裂くと、飛ぶようにして別のプレイヤーに襲っていって……で、気がつくとわたしと戦ってたんッスよね~?」


 ……嬉しそうに言うミッちゃんをオレとテラっさんは見つめ……、テラっさんに頷くと頷きの内容を理解しているテラっさんは何も言わずミッちゃんの上に石畳を増やした。


「ぎにゃ~~~~~~ッ!!!? 痛い、痛いッス~~!!」

「お前は反省し続けてろ! ……、この馬鹿が悪いことをした。すまない」

「ひゃっ!? え、えと……あの……」


 石畳を増やされて叫びながらヘッドバンキングするミッちゃんを無視しながら、テラっさんがニィナへと頭を下げる。……が、頭を下げられたニィナのほうは困り果てているのか対応に困っているようだった。

 ……とりあえず、一度落ち着かせるか。


「テラっさんもニィナも少し落ち着いたら良い。テラっさんはミッちゃんが原因で頭に血が上りすぎてるし……ニィナのほうは素直に詫びを受けておけば良い」

「えと、そう……なの?」

「む、そうか……。ならば後日改めて謝罪させてもらおう」

「あっ、はい」


 テラっさんの言葉にニィナが反射的に返事をしているのを見つつ、とりあえず一度戻るべきだろうと思いながらもう痛いフリしているようにしか思えないミッちゃんをチラリと見るオレだったが……不意に視線を感じ、振り向くとニィナがオレを見ていた。

 いったいどうしたのかと思ったけれど、……なんだかぼんやりと――いや、なんだか潤んだ目で頬を染めてるんですが?

 ……どうしたんだ? まさか、本物の猫っぽくなってたことを思い出したとか? いやいや、まさかなぁ?


「ニィナ?」

「うにゃはっ!? にゃ、にゃにかにゃ、エルサ!?」

「いや、一度戻らないかって思って……どうしたんだ?」

「な、なんでもないよ、なんでも……! も、戻るんだよねっ、速く帰ろう!」


 慌てながらニィナはオレの手を掴むと急いで駆け出した。……いったいどうしたんだとしか言いようが無い。

 ……女心、分かれば良いんだけど……やっぱり無理だろうなぁ。

 そう思いながら、オレは小さく溜息を吐いた。



 …………そして、オレたちがそんな日常を送っている一方で裏のほうではある事態が起きていたのをオレは知るよしもなかった。

 ……というよりも、それを知ったのはすべてが終わってからだったのだ。



 ――――― ニィナサイド ―――――


 うぅ……、戻るって言ったから慌ててエルサの手を掴んだけど……恥かしくて顔が見れないよぉ……。

 きっと部屋に戻るとあたしはベッドへと跳び込んでゴロゴロと恥かしさに震えると思う。


 ……正直な話なにがあったのかは良くわからない。

 だけど、何となく覚えてることはある。

 ぼんやりとした……ううん、まるで夢のようにフワフワとした感覚の中で、あたしはエルサに抱きついた……ような気がする。

 そ、それだけなら良かったと思うけど……、ペロペロと顔を舐めたり……首筋とかも舐めたり……ひゃうぅ……!

 うぅ……夢、だよね? あれって夢だったんだよね?

 ……わ、わかんないけど……、夢じゃなかったらあたし……エルサに、き……きき、……ぷしゅぅ~!


「わっ!? ニ、ニィナッ!? どうしたんだっ?」


 突然しゃがみ込んだあたしを心配するようにエルサが声をかけてくるけれど、今のあたしには返事を返す余裕はなかった。

 け、けど……あれって夢……だったんだよね?? 本当に夢、だったんだと思いたいけど……。


「動きたくないと思うだろうけど……、ちょっと周りの邪魔になるだろうから少し隅のほうに行こう」

「う、うん……」


 エルサの言葉に頷きつつ、あたしはエルサに付き添われて道の隅のほうへと歩いていく。

 ……そのとき、チラリとエルサを見たけど……本当にお人形みたいで綺麗な人だって思う。

 性格のほうは、何だか男の子……ううん、本当に男のひとみたいだから、外見と中身がちぐはぐだと思う。

 でも、そうだからか余計に意識しちゃってるのかなぁ……?

 だから、あんな夢を見た……とか?

 ……け、けど、エルサは女の子だしあたしも女の子。だから好きとか思ったらきっと変だよ!

 そ、そうだ! あたしは変じゃないと思う! 女の子同士とか良いって思っていないから変じゃないって思う……!!


「うん、あたしは変じゃないはず!」

「うわっ!? ニ、ニィナ??」


 突然しゃがみ込んだのに同じように突然立ち上がったあたしにエルサは驚いたようだけど、今はそんなことは気にしない! だって、あたしは自分が変じゃないし、キスしたのも夢なんだ!

 そう思いながら、エルサを見るとビクッとしてきた。

 そんなエルサの肩を両手で掴むとあたしは真剣な顔をしながら聞いた。


「エルサ……、あたし……エルサにキスした?」

「え”っ!? え、えっと……いや、その…………シ、シテナイゾー?」


 え、何その反応? もしかして、やっぱり、あたし……エルサにキスしちゃったの??

 本当のところどうなのかはまったく分からず、あたしは頭がグルグルしてくるのを感じる。

 そして、そんなあたしの様子に気づいているのかわからないけれど、エルサは「やべ、プレイヤーが増えて来てる……」と呟き――。


「ニィナ! とりあえず、一気に戻るから大人しくしてくれよ!?」

「ひゃうっ!?」


 慌てるエルサが突然あたしを抱き上げると、一気に駆け出した。……その後ろからは様々な人の声が聞こえたからプレイヤーなのかも知れない。

 だけど今のあたしにはそんなことを考える余裕はなかった。

 だって、あたしは変な子なのかどうなのかまったく分からずに混乱しているのだから……!


 ああもう、訳がわかんないよ~~!!

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アルファポリスでも不定期ですが連載を始めました。良かったら読んでみてください。
ベルと混人生徒たち
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