エクサレッスン(後編)
お待たせしました。
「――――――ハッ!!?」
「あ、起きた……?」
意識が鮮明になった瞬間、エクサの声が聞こえ周囲を見渡すとエクサの居る部屋に戻っていることに気が付いた。
……というか、エクサ。何でにやついた笑みを浮かべているんだ?
オレの視線に気づいたエクサはにやけた笑みを取っ払うと、ニヤリと笑みを浮かべなおした。……きっと彼女の中ではキャハ★って感じに可愛らしく笑顔を作っているのだろう。
「いや、全然可愛らしい笑みを浮かべていないからな。というよりも怪しさが倍増したから」
「残念……。だけどごちそうさま」
「待て、オレはいったい何をしてたんだ? 聞いちゃいけないって分かるけど、本当に何をしてたんだ?」
「別に……、ただ……幽霊に憑依されたからアレが何時ものように取り付いたプレイヤーと同じように絵にもかけないようなエロイはずなのに下品なダンスを繰り広げてくれただけだから……」
「え、え……? ちょっと待て、本当あのモンスター何なんだ!?」
下品!? エロイ!? ダンス!? 激しくショックを受けるオレに対して、そのダンスを観賞していたであろうエクサは先程の光景を思い出すように笑みをにやついた笑みを浮かべ始める。
その表情から、いったいどんなダンスを踊っていたのかと思いたくなるが、絶対に見てはならない類のダンスだと考えることにした。
きっと昔流行った幼稚園児が主役の作品の主人公がしてるような物に違いない、もしくはエロダンス。
見たいような見たく無いようなという思いを悶々と感じているとようやくエクサがモンスターの説明を始めてくれた。
「あのモンスター? 普通に特性として『物理攻撃無効』が付いているってだけのただの幽霊系モンスター。
……あと、その木製の剣は何の加工もされていない普通の剣」
「……え、マジデ?」
「マジのマジのオオマジ……」
エクサの説明に唖然としながら、洩れた言葉にエクサは頷きながら返事を返す。
……そして、もう一度木剣を見る。すると、《鑑定》が働いたのか視界に詳細が表示された。
――――――――――
アイテム名 : ウッドソード
品質 : 超低級(1)
説明 : 何処にでもある木で作られた剣。使い古されていて何時壊れても可笑しくは無い。
――――――――――
……うわ、超低級だ。道端の雑草と同じ品質なんて久しぶりに見たぞ。
素でそう思ってしまったオレの心の声に気づいたのか、エクサは笑みを浮かべる。
「とりあえず、今まで此処に来たプレイヤーもかなり恥かしい思いをしながらここを抜け出して行ったよ……。『もう二度と来るか!!』ってね。フフフ」
「……あえて聞くけど、どんな思いをしてたんだ今までの人たち……」
つい怖い物見たさでエクサに訊ねると、にんまりと笑みを浮かべる。
あ、これって他人の不幸は蜜の味って顔だ。
心の底からそう思っていると、エクサが今までのプレイヤーの痴態を説明してくれた。
「一番シュールで酷かったのは、ある男ね……。ここに送られる男の格好は、ローブは同じだけど下は黒か赤のブーメランパンツなのよ。
で、そんな格好の男が立ったまま体を仰け反らせながら、『アオッ! アオッ!』ってアシカの鳴き声をしていたの……。アレは酷かった。特に股間の辺りが……。
エロイので言えば巨乳の女ね。憑いてる幽霊って、結構スケベだからやりたい放題だったわ……。杖を胸で挟んで、ペロペロと舐めたりとかね……」
「……何というか見たいような見たく無いようなもんだな」
「あと、とっても下品なのはあん……げふんげふん、なんでもない。なんでも……」
「下品だったんだな? 下品だったんだなオレはっ!!」
どんな酷いことをしていたのかは気になるが、聞いたらしばらく落ち込みそうだからやめておこう。
下品って言われているだけでもかなり落ち込んでいるんだ。取り憑かれてたときの状態を知ったら本当にしばらく立ち直れない。
そうだ。とりあえず、別のこと。別のことを考えて鬱屈とした気分を拭い去ろう。
「って思うけど、やっぱりどうやってあの敵を倒すか……だよなぁ」
普通に斬るのは無理だった。というか、近づき過ぎたのと困惑したから油断したからあんな簡単に負けたんだよなぁ。
でもって、負けたら恥辱フルコース(ただし、自分は覚えていない)が付いて来ると。
何だろうかこの、ハンバーガー頼んだらこんにゃく出てきた上に、付け合せに椀鉢に入った物が豆腐と思って醤油をかけたら杏仁豆腐だったって気分は……。
え、心境が分かり辛い? ……分かったら苦労しないよ。
「物覚えの悪い馬鹿は、何度も突撃して馬鹿やってた……。我輩にまで迷惑をかけて来たら、塵ひとつ残らず消し飛ばしたりもしたから」
「迷惑って、……胸つかまれたとか?」
「…………」
冗談で言うと、エクサは恥かしそうに頷いた。って、マジかよ……。
掴める胸、あったのか……。
ん、驚く場所はそこじゃないって? 細かいこたぁ良いんだよ。
「何か、すごく失礼なこと考えてる? 考えてたら……分かってるね?」
「あ、ああ……。分かってる。分かってる……!」
汗をたらーっと流しながら、オレは必死に頷く。どうやら感は良いようだ。
とりあえず余計なことは考えないようにしよう。そうしよう。
「でも『物理攻撃無効』相手にどうやって戦えば良いんだ? 正直まったく思い浮かばない」
「……前まではどうやって戦ってたのさ」
オレの嘆きにエクサは半目で呆れたようにこっちを見る。
前までどうやって戦ってたか? そんなのは簡単だ。
「幽霊系には事前に物理攻撃が通るようにアイテムを投げつけてたか、武器にアンデッドに有効な武器に持ち替えてたけど?」
「このゲーム脳め……、いや間違ってはいないけど……」
「ゲーム脳って言われても、今までゲームって思ってたから仕方ないって」
「そうね……。けど、今この場ではアイテムがあると思えるインベントリは使用不可。そして武器は木剣ただ一つ。
じゃあ、そんなときはどうする?」
「えーっと……、こんなときこそ魔法の力とか?」
何とか、ログアウト。なんて土台無理となってしまった言葉を口から出さないことに成功はしたが、何とも馬鹿みたいなことを口にした。
けれどそれは当たっていたようで、エクサはこくりと頷いた。
「マジデ?」
「オオマジ……」
「どうやるかっていうのは……」
「そこまで甘えるな。自分で見つけろ……と言いたいけど、またあんな恥ずかしいダンスとかを掲示板に上げられると、きっとあのかたに締められるから……ヒントだけ」
上げたのか? 掲示板に上げたのか?! 恥かしいという、憑依状態のオレを!!
サラリと言った言葉に驚愕を浮かべてると、エクサはにやりと笑うだけだった。……ど、どうなんだろうか。
恐怖を抱いているオレだが、ヒントは聞くだけ聞こう。そうでないと、きっとあられもないであろう姿がまたも彼女の瞳に焼き付けられるのだから。
「さっきまで訓練していた特訓第一段階、魔力を行き渡らせる行為は外部からの干渉を受け付けなくする……。
つまりは幽霊系モンスターに取り憑かれない……というよりも体に魔力が満たされているから取り憑けない」
「……なるほど」
要するに魔力バリアー、と言いたいのだろう。
そう思っているとエクサはヒントを続ける。
「要するに……特訓第二段階は、魔力を維持してどう使うか。それが大事……。
それが理解できるまで何度でも挑戦、レッツチャレンジ……」
親指を立ててサムズアップし、エクサは笑みを浮かべる。
……その笑みは、下品な姿を拝みたいからなのだろうか? それとも、強くなることを願ってなのだろうか……ある意味気になるが聞かないでおこう。
しかも、エクサの中では速く行けとでも言うような感じられる。
行きたくないと思いながらも、行くしかないという雰囲気に逆らえず……オレは再び扉を潜るのだった。
◆
「……さて、再びあのモンスターと対峙することになるけど……どうするべきか」
自分に問い掛けるようにオレは呟くが、どうするべきか正直悩んだ。
エクサの説明から、魔力を体に行き渡らせた状態なら憑依はされないと言う。けれど、それは常時魔力を行き渡らせないといけないと言うわけだ。
バトルアビリティで元々あった魔法類は、表面に覆い被さるようになっていたけれど……魔力を行き渡らせるというのは中から外に広げるように行うものだ。
しかも、集中を乱すと簡単に乱れてしまうくらいに慣れていない。
まあ、それは追々慣れていくしかないだろう。けれど取り敢えずは……魔力を行き渡らせておこう。
そう考えてオレは静かに深呼吸をし、体の奥から繋がる領域に並々とある魔力を掬い上げると全身に染み渡らせるように体の中へと広げる。
すると、あのときは目を閉じていたから分からなかったけれど、自分の体にうっすらと銀色の膜が内側から広がっていくのが見えた。というよりも、あの海原で見た魔力の器そのものの色だ。
「魔力を行き渡らせるのは完了したけど……、どう戦うべきか……まあ、魔力で護られてる状態だから憑依の心配は無いよな? だったら、当たって試してみるか」
自身のあまりの無計画っぷりに涙が出そうになるけれど、対処法が分かっていないのに手を拱いているのもなんだと思う。
なので、突撃あるのみだ。ただし、変顔とか怪しい踊りとかする羽目にならないように。
そう心に近いながら、回廊を歩く。……というか、さっきは暗かった回廊だけど体から発する魔力の輝きで照らされてるからか明るく見える。
そんな明るい回廊を歩き、先程の部屋へと辿り着くとそこには先程と同じように幽霊型のモンスターがふよふよと浮いていた。……あ、気づいた。
オレの存在に気づいたのか、先程も美味しい思いをしたと言うわけでもう一度と近づこうとしたモンスターだったが……オレから発する魔力光に気づいたのか距離を近づけようとしない。
「近づけない……か、だったらオレが近づいてやるよ!」
キッとモンスターを見ると、オレは木剣を構え飛び掛り――モンスターを一閃する。
だが、さっきと同じように木剣はスルッとモンスターの体をすり抜け……、オレは即座に離れようとするが既にモンスターはオレの目の前へとやってきておりまた憑依するつもりなのか体をオレへと滑り込ませた。
「――っ!?」
咄嗟にオレは身構えた。だが、見えない壁……というよりも体の表面にうっすらと広がる魔力光に阻まれるようにモンスターの体はバシンと弾かれた。
それを見て、オレは魔力を行き渡らせていたことを思い出すと同時にこうなるのかと思った。
その一方でモンスターも今のままではオレに憑依することが無理だと判断したのか、様子を見つつ攻撃を仕掛けようとする気配が見られた。
「様子を見てる……ってことは、魔力が無くなるのを待ってる?
もしかして、今までの相手から学んでたってことか?」
モンスターの様子から考察をしながら呟くも、木剣が通り抜けるのだからこちらからも攻撃する手段が無い。
これは……手詰まりってやつか?
「けど、変なダンス踊らされたり、変顔させられたり、下手すりゃ体をいいように扱われたりする可能性だってあるんだ。だったら、魔力が尽きる前にどう戦うかって方法を見つけないとな……!」
決断すると、オレは足で地面を踏み締めると一気にモンスターに向けて突進した!
それに対してモンスターは何故か突進するオレから避けるように体を動かした。そんなモンスターを逃がさないように木剣を振るうが……やっぱりスルリとすり抜けて、木剣は壁にぶつかりガキンと音を立てた。
――くそっ、やっぱりすり抜ける! けど、何で今モンスターはオレから逃げた? 普通にすり抜けるんだから堂々と浮いていたら良いんじゃないのか?
ふと気になった疑問だが……、頭の中で何かが引っ掛かるのを感じる。……けれどそれが何なのかは上手く形に出来ない。何というか、小骨が喉に刺さっているような気分だ。
そう思いながら、モンスターを見ると反撃なのか横から体当たりをしようとしているのか突進をしてきた。
それを見ながら、すり抜けるか魔力光で弾かれるだろう。そう思っていたオレだったが、結果は違った。
「ぐあっ!?」
ドスン、と体へと衝撃が走り……体当たりを受けたオレは壁に背中を打ちつけた。
体当たりの衝撃と背中の痛みを感じながら、オレは困惑する。何ですり抜けること無く当たったんだ?
幽霊型モンスターだから、自由自在に触れることが出来る? いや、そうだったら最初のときに攻撃してきたはずだ。不意打ちよりも気絶させたほうが憑依しやすいだろうし……。
じゃあ、何か相手の攻撃を受ける要因がある? というか、それが分かったらこっちも相手に攻撃が出来るんじゃないのか?
それが攻撃を通すための糸口になる。そう考えながらオレはさっきまでの戦闘を思い返す。
こちらからの斬りつけはまったく効果が無かった。なのに向こうの攻撃は当たった……いや、ちょっと待てよ?
「ついさっき……、こいつが避けたときがあった……」
あった。確かにあった。こいつが……回避したことが。
それは確か、オレが突撃したときだ。あのときは何で避けたのかと思ったけれど、オレの突撃が当たったらあのモンスターの体にもダメージが通っていたと考えるのが打倒だろう。
でも、何で当たることが出来るんだと聞かれたら、答えはひとつしかないだろう。
その答えとは、……魔力だ。
「体から魔力が出ているから、幽霊型モンスターは憑依出来ない。要するに、オレもそっちの体に触れることが出来る……ってことだよな。けど、じゃあ……剣がすり抜けるのは魔力が無いからか?」
多分正解だろうが、オレは自問自答するように答えを出しながら質問を行いつつ……手に握る木剣を見る。
すると、木剣を見るオレの目に変化が起きた。
「っ!? なんだ……これ?」
何というか……、幾つもの線が木剣や自分の体の見え始めたのだ。
いったい何が起きたのか。困惑しつつも表情に出さないようにしながら、周囲を見るとオレの様子を窺うモンスターの体にも弱いけれど幾つか線が走っているように見えた。
……もしかして、エクストラスキルの魔力視ってやつか?
考えるとしたらそれしかないだろう。そう思いつつ、改めて木剣を見た。
そこには線が幾つか走っているのが見えるが……そのどれもが弱かったり、途切れていたり、ズタボロだったりした。
ちなみにオレの体のほうは、眩いほどに強い線が視えたので直視するのを途中でやめた。
「とりあえず……魔力流してみるか」
呟きながら、オレは木剣に魔力を流し込もうと考え……少しだけ手の先から送るイメージで魔力を注ぎ込んでみた。
すると、オレの体に流れる線が木剣へと繋がるのが魔力視で見え……直後、木剣から眩いまでの輝きが放たれた。
「――って、なんかやばい!!」
焦りながら木剣を手から離すと、木剣へと伸びる線が途切れて光が収まるのが見えた。
……多分、このまま持ってたら爆発する可能性があったかも知れない。
何故だかそう思いながら、ゴクリと息を飲み込みながら爆発しそうになったと直感的に予感した原因を考える。
……もしかすると、許容量とかいうものがやっぱりあるのだろうか? そんな結論に達しつつ、オレは手放した木剣をもう一度拾う。
「今の無茶も原因だけど……、ほんの一瞬。ほんの一瞬だけ魔力を注いで斬り付けなければ行けないって感じだよな?
そして、それをミスったら木剣は砕け散ること間違いなし」
呟きながら、オレは魔力を何時でも手の先から木剣に向けて流せるようにしながらモンスターを見る。
対するモンスターはオレが自分を倒せる手段を見つけたと理解しているのか、逃げ出そうと中空をふよふよ漂う。
……逃がさねぇよ。
「はああああああああああああああああああっ!!」
脚に力を込め、体に魔力を行き渡らせ……オレはモンスターを見据え、地面を踏み締めると一気に跳び上がりモンスターへと近づく。
そして、木剣を振り上げ――魔力を木剣に行き渡らせると同時にモンスターに向けて振り下ろした!
――その直後、激しい爆発音と同時に眩い光が視界を覆った。
何かを得るためには犠牲は付き物さ(ぉ




