料理、バトル(後編)
お待たせしました。
前にも言ったが、拠点内での戦闘行為などは禁止されている。しかし、オレが知る限りではふたつほど例外があるのだ……。
ひとつ、泥棒や強盗などを行うプレイヤーと遭遇した場合の対処方法として、普段は禁止されている拠点での戦闘が可能となる。
そしてもうひとつ……それは包丁。……包丁を使うというものなのだ。
それを行う場合は、相手のことを《料理》すると認識されてしまうからか拠点内での戦闘は可能となってしまう。
つまりは包丁を持った者は料理人、そして狩られる相手は人ではなく食材。そう判断されるようになってしまうのだ。
そして今、知っているだけで実演なんてするわけが無い状況にオレは追いやられていた。
――ギィンッ!
包丁同士の刃と刃が擦れ合い、耳障りな音を立て……包丁を握りこむ指に振動が伝わる。
つまりは本気の力を込めて攻撃をしてきているということだ。
……くそっ! 本気で殺すつもりかっ!? いい加減冷静になれっ!!
心からそう思いながら、目の前の人物……ブシドーを見ると、包丁を握り締めるオレと自分が持つ包丁を見比べていた。
「これを塞ぐか……。さすが奴のエルミリサ、普通よりも大事に育てていた。ということか……。だが、それゆえに見知らぬ人物を家の中にあげてそのままというのがいただけない」
「だから、人の話を聞けって言ってるだろ!? オレはだな――」
「黙れ! どんな方法を使ったかは分からん。けれど、お前は正気ではないと拙者は判断する! だから、成敗してくれるわ!!」
オレの言い分をぶった切るかのように、殺気を漲らせながらブシドーは再びオレへと包丁を構えて襲い掛かってきた!
くそっ、聞く耳無しかよ!! 心から呆れ返りながら、包丁を構え直し襲い掛かってくるブシドーの包丁を握り締める包丁で弾く。
しかも、包丁には鍔が無いので刃上を走らせるようにして手を狙われたら……間違いなくスパッと切られることだろう。
なので基本的には相手の包丁は弾くように努力している。
けれどそれはかなり神経を使うものだと思う。というか、突きを織り交ぜようとしていないのはその包丁が刺すことに特化していないと理解しているからなのだろうか?
だが、それは違ったようだった。というよりも何故気づかなかったんだ? 目の前のこいつはそんな風に敵を舐めるような相手であるはずが無いんだ。
そうだ。全てはオレを包丁1本で攻撃すると思わせるためだったんだっ!
それに気づいた瞬間、ブシドーのもう片手には包丁が煌き――。
「武者小路流小太刀術――『閃光』!!」
「エ――エルサァァァァッ!!」
包丁の銀光を残したまま、一気にオレの胸目掛けて包丁は突き出された。
そして、背後からはどうなっているか分からないからか、ニィナの悲鳴染みたような叫び声が木霊する。
しかし……オレの胸に包丁を突き立てたブシドーは、まるで信じられない者を見るかのようにオレを見ていた。
何故なら……。
「ば、馬鹿なっ!? 拙者の、拙者の一撃を受けたというのに、何故――っ!?」
「残念……、だったな? 生憎と、オレの防御はちょっとやそっとじゃ……破れないぜ?」
そう言って、オレはブシドーに向けて不敵に笑う。
ちなみに突き刺さった包丁は、服を突き刺しただけで……肉体には切っ先が少し刺さっているだけだった。
……ズキズキとは痛むが、VITが4桁もあればこれぐらいは何とかなるらしいな。……た、助かった。
内心ドキドキとしていると、力を込めて突き刺した攻撃に効果が見られなかったからか、ブシドーから殺気が薄れ始めるのが見えた。
「どうやら少し話を聞く気になった……と見たら良い、か?」
「……拙者の攻撃を受けてもビクともしないお前に、これで攻撃しても意味はないと理解した。ならば、自身の獲物が使えないこの場では話ぐらい聞くしか無いだろう」
突き刺さった包丁を抜いて、ブシドーへと差し出すと彼女は不承不承にそれを受け取り、腕を組んだままその場で待機し始めた。
どうやら、オレが案内をするのを待っているようだ。……その様子にオレは心の中で溜息を吐くと、背後で固まっているニィナへと振り向いた。
腰が抜けて、怯えた瞳でこっちを見ているニィナだったが……オレが無事であると言うことを知ったらしく――
「――うわっ!?」
「エルサエルサエルサエルサエルサ~~~~ッッ!! 良かったよぉ、良かったよぉ~~!!」
「ニ、ニィナッ、落ち着け! 落ち着けってばっ!!」
「ふええええええええ~~~~~~んっ!!」
ニィナはギュッとオレに抱きつくと、涙を流しながら生きていることを喜んでくれていた。……心配させたなぁ。
抱きつくニィナの背中を優しくポンポンと叩き、しばらくそのままでいたが……ブシドーを無視したままだとダメなので、リビングへと移動することにした。
◆
リビングに着くと、一度シュンシュンと音を立てて沸騰して良い匂いを立てる寸胴鍋の火を消すとそれに蓋をして放置することにする。
本当ならニィナはすぐ食べたいかも知れないけれど、反対側に座るブシドーを前に警戒する猫のようにフシャーっという気配を放ちながらブシドーを警戒をしているようだった。……見事に尻尾がピンと立っているな。
そう思っていると、ブシドーがいきなり頭を下げてきた。まあ、理由は分かる。
「先程は突然切りかかってきてすまなかった。だが、あなたがたはいったい何者だ? 見たところ、そっちのエルミリサは奴の……【†SSS†】のエルミリサのはずだが……何処か違うように見える」
「えっと、オレたちは……。その……」
ここは素直に言うべきか……? けど、いきなり「実はこの世界は異世界で、その世界のアイテム取ったら死なされてこの世界に送られた」とか言われても頭大丈夫かと言うに違いない。
しかも、ブシドー……雪火のやつは幼馴染といえる間柄だったから、こんな状態になったオレに色々と問題ごとを持ち込むことになるはずだ……。いや、でも……オレが死んでからどうなってるのか聞きたいし……どうするべきか……?
――ポーン。
そんな感じに思い悩んでいるオレの頭の中へと何かが届いたことを告げるシステム音が響いた。
何だ? そう思っていると、送られてきた物が勝手に開封された。い、いったいなんだ?
『どうせあなたのことですから、自分の正体を明かそうと考えてたりしていますよね?』
「――え!?」
「エルサ?」
「……どうした?」
戸惑っていたオレの頭の中に突然声が聞こえ、オレは驚きながら突然立ち上がった。
そんなオレの様子を怪訝な様子でブシドーは見つめ、ニィナは心配そうにオレを見ている。
ゆっくりと席に座り、オレは苦笑しつつも返事を返す。
「あ、い……いや、なんでもない……なんでも……」
『声に出さなくても思っているだけで、会話が出来るので思っているだけでお願いしますね』
『あ、ああ……。これって、チャット……なのか? 内緒相談とは違うみたいだし』
『んー、所謂親機から子機に話しかけてるとでも考えてください』
『分かるようで分かりにくいな……。それで、こいつに正体を明かすっていうのはダメなのか?』
心の中で思ったことを語りかける。というのは難しいものだと思いながら、オレはチャットを続けるが……黙リ続けてるのは問題無いだろうか?
そう思っていると……。
『心配ありません。心で会話している状態では、時間は1秒も経っていませんので』
『そ、それなら良いけど……良いのか? まあ、良いってことにしておくけど、正体を明かすっていうのはダメなのか?』
『正体を明かすということは、特に問題は無い……と言いましょう。ですが、悲しいことを言いますが……地球でのあなたは死んだのですよ?』
『それは……そうだけど……、色々と気になるっていうか。話したいっていうか……』
『…………そうですか。それならば仕方ないと思いましょう……ですが、ひとつ条件があります』
『条件? エルミリサとなっているあなたがあなた自身のことを語って良いのは、あなたが何者であるか。それに気づいた者だけにしてください。それまではAIが搭載されたプレイヤーキャラと公式情報のままにしてください
それが、私に出来る最大限の譲歩です』
『…………分かった』
『その言葉、信じていますからね。……守らなかったら、私泣きますよ? 枕元でシクシクと泣きますからね?』
それでいいのか神さま……。そう思いつつ、会話を終了すると時間の流れが戻ったような感覚を意識的に感じた。
その感覚を感じながら正面を見ると、面越しにブシドーの顔が見え……そういえば顔隠しの効果もあるんだったなその面。
まあ、顔を合わせているってことで良いか。そう思いながら、ブシドーを見据えると自分たちが何なのかを口にした……。
「えっと、オレ……たちは、運営が用意したAI搭載プレイヤーなんだ……」
「……なんだと?」
「オレはエルサで、こっちはニィナ。公式サイトに乗っているはずだけど……知らないのか?」
「う……っ、す、すまない……。ゲームのログインは出来るのだが、公式サイトへの行きかたがいまいち分からなくてだな……――って、そうではなくて、何故お前たちがこの家に居るのかと聞いてるのだっ!?」
「――――ひゃうっ!?」
「あ、……す、すまない……」
多分、面越しに恥かしがっているであろうブシドーだったが、はぐらかされていると感じたのか怒鳴るように声を出しながらテーブルを力強く叩いた。
その大声とテーブルを叩く音に、ニィナの口からは怯えた声が洩れ、猫耳がペタンと下がりその様子に気づいたブシドーから謝罪の声が出され、申し訳無さそうな雰囲気が感じ取れた。
とりあえず、どう説明するか……いや、運営のせいにしてしまえ、運営が用意したAI設定なんだから!
「どうしてかって聞かれても……、オレたちは運営に従ってこの家に来たのだから、分からないな。……もしかすると、オレのこの体は元々はその【†SSS†】ってプレイヤーのエルミリサだったのかも知れないな」
「……かも知れない、な……。しかし、プレイヤーの意思を無視して強制的にエルミリサをAI持ちのプレイヤーにするというのはいただけない」
オレの言葉にブシドーは不承不承に頷くが、続けるようにそう言うと嫌悪感丸出しにオレを見る。
というかそんな目でオレを見るんじゃないって。悪いのは運営なんだからさぁ……。
そう思いながらブシドーを見るが、……彼女は気づいていないようだった。プレイヤーの意思に関係なくそのプレイヤーのエルミリサにAIを搭載したということはそのプレイヤーはもうゲームをしない、または出来ないと理解しているから行ったと言うことに……。
まあ、気づくとしても大分後だよなぁ、こいつって結構抜けているところがあるし。
「だが分かった。つまりはここはもう、あいつの家ではないのだな……?」
「…………そういうことだ。だから――」
「分かっている。あいつの家ではないのなら、拙者が此処に居る必要は無い……邪魔をした」
淡々とブシドーはそう言うと椅子から立ち上がり、玄関へと歩いていく……が、一度戻ってきた。
そして、テーブルの前に立つとインベントリからイチゴのケーキを1ホール取り出し、置いた。
「先程の侘びの品だ。良かったら2人で食べてくれ」
「あ、ありがとう……」
「わあ……♪ ケーキだぁ……」
その言葉に少し躊躇しつつも返事を返し、隣では瞳をキラキラとさせながらケーキを見つめるニィナ。
そんなオレたちを何処か優しい瞳で見つめてから、ブシドーは家から出て行った。……その背中は何処か寂しそうに見えた。
……本当、言えたら良かったんだけどな……。というか、あの様子からして現実……地球のほうで雪火はやっぱりお堅い武士道少女と思われ続けてるってことだよな。
そう思うと何というか、雪火がかわいそうに思えて仕方がなく……、ため息が洩れた。
「こんなことになるんだったら、引き篭もらずにちゃんと会うべきだったか……」
「エルサ?」
「なんでもない、気にすんな。っと、ポトフを温め直さないとな。それとそのケーキは食後のデザートってことで良いか?」
「うんっ♪」
オレの言葉に首を傾げるニィナだったが、続く言葉に凄く嬉しそうに頷くとオレは台所へと移動し、鍋蓋を落とした寸胴に再び火を入れ、温まると2人で仲良く食事をした。
……ちなみに味のほうはソーセージやベーコンの塩っ気が一度火を止めていたお陰か、スープに洩れ出て絶妙な味わいとなり、ゴロゴロと大きめに切られた野菜は芯までしっかりと熱が通っており美味しく頂けた。
美味しいポトフとパンをオレとニィナは美味しい美味しいと言いながらモリモリと食べた。……どうやら予想以上にオレもお腹が空いていたようだ。
そして食後のケーキを食べたころにはニィナは満足しているのか、凄く気持ち良さそうにへにょ~んと上半身をテーブルに伸ばしていた。尻尾もプランプランと揺れている。……凄くリラックスといった感じだろう。
そんなニィナを見ながら、とりあえずこの後はどうするべきかと考えながらオレは自分で淹れたお茶を飲んだ。
……うん、渋すぎる!




