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幕間そのに~拙者の生き様~

現実世界のとある人物の話です。

 ワーワーッ! と周囲からは歓声の声が聞こえる。

 それは目の前にいる防具を付けた相手と、拙者に送られる称賛の声であった。

 互いが互いに竹刀を片手に差し、互いに礼をし一歩一歩着実に中央に向けて歩き出し……睨み合う距離まで向かうと、拙者と相手は竹刀を構え蹲踞する。

 ギラギラとした相手の闘志の篭った視線を感じつつ、拙者は静かに柳の精神を持ちながら接していた。


『――始めっ!!』


 主審の掛け声を合図に、拙者らはゆっくりと立ち上がると竹刀を互いに向け合う。

 相手がけん制としてなのか、カツカツと竹刀を打ち込んでくるが……様子見なのだろう。

 そんな女々しい態度に拙者は少しだけイラッとし始める。

 だが、そんな拙者の心境を分かっていないとでも言うように相手はカツカツと何度も竹刀をぶつけていくと、隙が出来たと感じたのか流れるように竹刀を滑らせ、拙者の籠手を狙ってきた。


「ちぇえええあああああああああーーーーーーっ! 小手ぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーっ!!」

「てぁっ!!」


 打ち込んできた竹刀を、手首を捻ることで回転させることで籠手から狙いを外させると相手は距離を取り始めた。

 どうやら相手も、ここからもう一撃を連続して打ち込めるとは思っていないようだ。

 それでも相手は拙者の隙を作ろうとカツカツと再度竹刀の剣先をぶつけていく、更にその間に拙者の体勢を崩すために突進をし竹刀の掴み同士がぶつかり合う――けれどそこから相手はぶつかったときの反動を利用し、背後へと跳ぶと同時に拙者へと竹刀を薙いできた。


「どぅぉぉぉぉおおおおおおおおっ!!」


 力を込めた胴打ちだったが、これも拙者は手首を動かすと竹刀で防ぐ。

 バシンッと竹刀が撓み、相手は距離を取るために後ろへと跳ぶ。そんな相手へと拙者は攻勢に打って出た。

 相手の足裏が地面を踏もうとした瞬間――拙者は一気に飛び出すように前へと出た。


「ひゅ――って、どぉぉっ!!」


 軽く息を吐くとともに手首を動かすと、地面に足裏をつけた相手の籠手……と面に竹刀が吸い込まれていった。

 バシシンッ! と籠手と面が叩かれる音が周囲に響き、ババッと審判たちが旗を揚げると同時に『一本!』と言う声が響いた。

 その声を聞いて相手はようやく自分が一本取られたと言うことを自覚したのか、ビクンと体を動かし……すぐに中央へと向かい出した。

 対する拙者も、中央へと向かうと竹刀を構え――「始め!」の声を聞くと同時に試合を開始した。


「ちぇええあああああああああああああああーーーーっ!!」


 空気を震わさんばかりの雄叫びを上げながら、相手は先程の様子見とは打って変わり一気に攻勢に出たようであった。

 素早く二連続の面を打ち込んでくるが、腕を動かし竹刀で防御しながら拙者は相手を見る。

 そうだ。それでこそ戦いがいがあると言うものだ! 相手の猛攻を受け流しつつ、段々と熱を帯び始めてい来る精神を何とか押さえようと拙者は頑張る。しかし、一度帯び始めた熱は簡単に冷めることは無く……徐々に竹刀を握り締める両手に力が入り始める。

 ギシシッと合皮の皮越しに竹刀が軋みを上げ、何度も受け流されて苛立った相手が力任せと言わんばかりに大振りに面を打ち込もうとがら空きの胴を前に一気に上から下へと竹刀を振り下ろしてきた。

 多分相手のほうは男であるから拙者が防いだとしても力任せで何とか行くそう考えたのであろう。まったく、嘆かわしい……。

 心の中で溜息を吐きながら、力任せに振り下ろされた竹刀を拙者は受け止める。ギシッと竹刀が悲鳴を上げるが、拙者は相手よりも細い腕に力を込めて弾き飛ばすように相手の竹刀を弾き返した。

 腕ごと弾き返された竹刀を相手は驚いた様子で見るが、すぐ防御すれば良かったものを……。

 心の底から呆れながら、拙者は突きを放つ。――唖然とする男の首元へと竹刀が吸い込まれるように命中した。

 更に一歩踏み込むと同時に剣先を軽く上げると面を打ち込む。――パコンと良い音が響き渡る。

 足が床を踏むと同時に腕を動かし、竹刀を横にすると――相手の胴を狙って打ち込んだ。

 武者小路流剣術『火花』。それがこの技の名前であったが……技名を叫ぶつもりは無い。

 そして、そのすべてを受けた相手はズシンと音を立てながら床へと倒れ、周囲が静まり返る。

 ……けれど、すぐにハッとしたのか主審がうろたえながら声を荒げて言った。


「いっ――一本っ!!」


 直後、割れんばかりの歓声が周囲に響き渡り、倒れ込んだ相手は同じ高校の剣道部仲間であろう男子たちに担がれて行くのが見えた。

 それを見ながら、拙者は中央へと歩き……蹲踞を行い、礼をして剣を収めると……試合場から離れた。

 そして、同校の剣道部の待機場まで向かうと正座をし、竹刀を置く。

 そんな拙者の様子を同じ部の女子たちがキラキラとした瞳で見つめてくる。その視線を感じながら籠手を脱ぎ揃え、面紐を解き……拙者は面を外した。


「――ふぅ」


 軽い息と共に面によって蒸れていた顔から汗が零れ落ちた。その瞬間、周囲からけん制の視線を感じ始めた。……ああ、またか。

 心からそう思っていると、けん制に勝ったであろう女子部員が前へと躍り出た。


「む、武者小路先輩! お疲れさまですっ、こ……これ使ってください!!」

「あ……ああ、ありがとう……」


 鬼気迫る勢いで差し出されたタオルを、少しばかり引きつつも受け取ると拙者は顔の汗を拭う。

 汗臭くなく、洗い立ての洗剤の香りがしてふんわりとしていた。

 汗を拭いつつ、頭に巻いた手拭いを解くと手拭いからもパサリと汗のしずくが零れた。……どうやら集中しすぎていて汗をかきすぎていたようだ。

 そんな拙者の様子をタオルを渡した女子部員と他の女子部員も「ほぅ……」と溜息を漏らしながら見ている。……うぅ、分かってはいるのだがやはり居心地が悪い。

 そう思ってると、部活の練習時間は終了し……男子部員女子部員が全員で終了の挨拶を告げる。

 男子部員たちはあちーっと言いながら、胴着を肌蹴させながら更衣室へと入って行く。

 正直な話、拙者も普通に着替えて速く家に戻りたいと思うのだが、周りの女子部員たちに誘われるままにシャワー室へと赴き一汗を流すことになる。……別に汗臭くても構わないと思うのだがな。

 ……ん? 何故拙者が女子部員と共にシャワー室に入るか、だと?

 当たり前だろう、拙者は女子なのだからな。

 ――武者小路雪火(むしゃのこうじせっか)、それが拙者の名前である。


 ◆


「暑かったーっ! どう、汗臭くない?」

「大丈夫大丈夫ー! あ、そのブラ可愛いー! 何処のメーカー?」

「このブラ? えっと……」

「どうどう、このリップ。新色なんだよ」

「へー、いい色ね。あんたに似合ってるじゃない」

「でしょでしょ?」


 シャワーブースから出た剣道部の女子や他の部活の女子たちがシャワーを終え、きゃいきゃいと楽しそうに出て行く中で拙者は汗を流すためにシャワーを浴びていた。

 40度ほどの熱さに設定された温水が拙者の濡烏色の長い髪を濡らし、陽に焼けた肌から汗を流していく。

 心地良い熱さが体の芯までジンと感じられる中で、手拭いを手に取ると備え付けられたボディーシャンプーを掛けて泡立て……体をサッと洗うとシャワーを掛けて一気にこびり付いた泡を落としていく。

 そして、髪もシャンプーをつけてササッと洗うと掻き揚げるようにしながら泡を落としていく。

 無心、静かに無心となりながら泡を落としていくのだが……ピクリと耳に入る話題があり、拙者の動きは止まった。


「あの駅ナカに出来たお店のケーキ美味しいよね」

「うんうん、あの滑らかな生クリームの味わい、季節のフルーツの甘みがもう最高!」

「普通のショートケーキ以外にもロールケーキにチョコ味、抹茶味とかもあったし、オペラも美味しかったよね」

「そうだよねー。って食べ過ぎるとお腹は大きくなるけど財布が寂しくなっちゃうじゃん!」

「そうなんだよねー……。お陰で今月もうピンチ……」

「……もう手遅れか」


 ……なまくりーむ……ケーキ……おぺら……ごくり……で、ではなくっ!

 こっちだこっち! せ、拙者はけーきがたべたいのではない、たべたいのではない……!

 ……けーきぃぃ……。


「そういえば、もう一週間かぁ……あの変な事件から」

「ああ、あんたのクラスメイトだっけ?」

「そうみたいだけど、引き篭もってたからクラスメイトって感じがしないんだよね」

「あー……、それって居るクラスメイトって感じじゃないしね。というか、何があったんだろうね?」

「さあ? アイツってオタクだったから良くわかんないんだよね」

「オタクかー……、オタクが引き篭もってて死亡って……」


 ウンザリとした様子の声が聞こえつつ、拙者は少しばかり苛立ちを覚えたが……その苛立ちを悟られないようにしつつ、シャワーブースのカーテンを払う。

 すると、拙者の存在に気づいた女生徒2人はギョッとした顔をした。……確か卓球部だったはずだ。


「むむっ、武者小路さんっ!? は、入ってたんですか!?」

「うむ、入っていた。……しかし、2人とも。本人が亡くなったからと言って、その者を貶す言いかたはどうかと思うぞ?」

「は、はい……すみません……」

「ご、ごめんなさい……」


 拙者がそう言うと、女生徒2人は申し訳なさそうに頭を下げた。

 それを見てから、拙者も着替えるために更衣室へと向かって行った。


「電光雪火~ん、ちょっと言いすぎだよ? あの子ら怖がってたじゃない」

「そうか? 怖がらせるつもりは無かったのだが……気をつけよう」


 パンツを穿き、フロントホックのブラジャーに無理矢理胸を押し込んでいるところで、拙者は部長に苦笑いを浮かべられながらそう告げられた。

 小柄で可愛らしいけど、悪戯っぽい印象が強い部長だが見るところは見ているので尊敬している。

 その部長から言われたので、どうやら苛立ちが押さえ切れなかったのだと理解し溜息を吐く。

 そんな拙者を部長はマジマジと見ていたが……、愕然とした表情を浮かべ始めた。……何だ?


「せ、雪火ん……。前に見たときよりも……で、でかくなってない?」

「身長がか? ――『胸だよッ!』……そうか?」


 胸がでかくなっていると、部長は叫んだが……でかくなっているか?

 そう首を傾げていると部長は両手を伸ばし、自分の顔の辺りにある拙者の胸を掴み出した。

 突然のことで反応出来ず、拙者の胸は部長の手によって揉まれ始めた。


「んひゃんっ!? な、何をするのだ部長ッ!?」

「乳が~……! この乳があかんのや~~!!」


 小さい部長の手のもぞもぞとした感触に、拙者の口からは情けない声が洩れる。

 突然の行為に驚きつつも部長を引き剥がそうとするも、この状態となっている部長はちょっとやそっとでは離れることは無い。

 結局他の部員たちが協力をしてくれ、何とか部長を拙者から取り外すことには成功したのだった……。


 ◆


「ふう、まったく酷い目に合った……」


 軽く溜息を吐きながら、拙者は自宅への帰り路を歩く。

 その途中である家の前を通り過ぎようとしたが……、拙者の足は止まる。

 ……家の扉には『喪中』と書かれた紙が貼られており、その紙を一瞬見たが……すぐにその場を離れるように歩き出した。

 その家に住んでいた息子が、つい先程女生徒たちの話題に出ていた人物であり、同時に拙者に新たな世界を指し示してくれた者であった。


「星空……、お主にいったい何があったのだ? 何かに巻き込まれたとでも言うのか?

 いや、よそう……、あいつはもう居ないのだ」


 この場に居ない人物に向けて拙者は訊ねる。けれど返事は返ってくることは無い。

 暗くなる気持ちを振る払うように頭を振り払い、気持ちを落ち着かせ……悪い気持ちを溜息として吐き出す。

 そして再び帰り路を歩き、その途中の商店街を歩くと拙者を誘惑する様々な匂いと光景が襲ってくる。

 揚げ物の揚げられる匂いとパチパチとした音、色とりどりで新鮮で宝石みたいな果物、パン屋から漂う小麦の焼ける香りと美味しそうに違いない形。

 そして、アンティークな造りの窓から見える芸術品の如きケーキたち……! ごくり、知らず知らずに拙者の喉から音が鳴る。

 ……い、いやダメだ! 食べてはダメだ……! これはただ単に部活疲れでお腹が減っているだけだッ!

 心でそう思いながら自分を諌めると拙者はすぐにその場から離れるために歩き出した。

 正直、ケーキは食べたい。食べたいのだが、拙者の家族たちは洋菓子を毛嫌いしているので食べたりしたら匂いですぐに分かってしまう。そうなると、ゴム製の木刀を握り締めて地獄のお仕置きが始まるのだ。

 ……今では五分五分までは行けるかも知れない。知れないのだが、当主であるお爺様が一番のネックなのだ。狂ったように怒り出す上に、仕留めたら本当に仕留められそうなので迂闊に手は出せない。

 このような若い歳で人殺しなどしたくはない。

 ……そうだな。夕飯を終え、稽古を軽くして風呂に入って寝るまでの間に久しぶりに息抜きでもするか。


「息抜きをするなら、あいつの家の遺品整理でもしておこう。現実で一個人が死んだとしても、向こうが勝手に対応してくれるわけではないのだからな」


 よし、そうと決まれば速く家へと戻り、食事だ食事!

 結論をつけた拙者は駆け出すと、一気に家へと目指す。


 しばらくぶりに、もうひとりの自分となる為に……。


――――――――――

 ☆人物紹介

 名前:武者小路雪火

 性別:女性

 年齢:17歳

 身長:178cm

 乳:とっても大きい(部長談)

 実家:武者小路流剣術道場

――――――――――

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