幕間そのいち~巻き添え~
時は少し遡る……。
ある青年が、ゲーム中に手に入れたアイテムが原因で北●の拳ばりに『アベシッ!』とか『ヒデブッ!?』的な状況になってしまったころ、その近くにある病院ではひとりの少女の命が尽きようとしていた。
その少女の歳は16歳と、今まさに青春真っ盛りの年齢であるが……ベッドに寝かされた体はやせ細り、ガリガリの骨と皮の……まるで老婆のようであり、両腕には点滴を流し込むための針が刺され、喉には人工呼吸器が取り付けられており、更にはカテーテルが少女の下半身から伸び、その先には黄色い液体が少しだけ満たされたビニール袋が掛けられていた。
……きっと少女の体を覆っているシーツを外したら、少女を延命させようとした努力であると同時に生々しい傷跡がたくさん見られるかも知れない。
すぐ側には少女の両親であろう40代前半か30代後半の男性と女性が泣き崩れており、その声を聞きながら少女は泣かないで欲しいと思いつつ、動きが衰えて殆ど変化がしなくなった表情筋を無理して優しく笑みを作った。
(泣かないで、パパ、ママ……あたし、怖くなんて……ないよ?)
そう2人には言いたかったのだが、人工呼吸器をつけられているため……声は出ない。けれど、人工呼吸器を外したとしても出る声は呂律が回らないものだろう。
いや、それどころか外した瞬間、呼吸困難で死ぬかも知れなかった。
ちなみに少女自身は笑っているつもりだろうが、こけ落ちた頬は表情の変化を起こそうとはしていなかった。
……数年前、小学校を卒業し中学校へと進学した少女は初めての通学に胸を膨らませながら、玄関の扉を開けようとした。
けれど、その扉は開くことは無かった……。何故なら、扉を開けようとした少女は軽い眩暈と共に倒れたからだ。
初めのころは手足が痺れる。ただそれだけだった……。
けれど徐々に痺れは全身に侵食し、気づいたときには体はまったく動くことが出来なくなっていた。
そのころには、医師たちも神経が傷付いたのかとか脳内ニューロンに何かが起きたのではということを考え、最新の治療を行った。
数年前に漸く完成したニューロンを再生させるための薬を打ち込んだり、研究段階で未だ認証が降りていない薬品……動物の神経を移植するという馬鹿げた治療法を行ったりもした。
両親たちもそんな実験動物みたいなことを娘にさせるわけには行かないと怒りを露わにしていたが、少女のもう一度歩きたい……。そんな願いを聞いて、唇を噛み締めながら頷いた。
だが、そんな彼らを嘲笑うかのように……ニューロンは再生を見せようとした瞬間に死滅を始め……、薬品は効果は無く……神経は何の反応も示さなかった。
そして、少女の体は段々と弱っていき……筋肉は萎縮し始めて骨と皮だけになり、更には呼吸困難、食事も喉を消化出来ない……、酷い言いかたをするならば生きているのも不思議な少女の形をした肉の塊ともいえた。
そんな……そんな少女の痛々しい姿をついに両親たちは見ることに耐え切れなくなり、安楽死を担当医にお願いした。
「ごめん、ごめんね……――」
「こんなお父さんたちを、許してくれ……」
(あやまらないで……、パパ、ママ……ありがとう、ありがとう……)
ゆっくりと何とか首を横に振るって、少女は両親は悪くないと告げるのだが……通じているかは分からない。
だけど、きっと通じていると……少女は信じた。
そんな少女を見てから、両親はすぐ側に居た担当医に頭を下げた。
すると担当医は頷き……、人工呼吸器の酸素の供給を停止させた……。
酸素の供給が停止し、少女は苦しみを感じ始めるが……グッと堪えながら、静かに目を閉じる。
トクン、トクン……と静かにゆっくりと鳴っていた少女の心臓の音が徐々に感覚が遠くなり、音も小さくなっていく。
それに伴い、少女の意識は暗い闇の中へと沈み始めた……。
(……ああ、もっと、もっと生きたかったなあ……。やりたいこともいっぱい、あったのになあ……)
後悔が少女の胸を過ぎりながら、ゆっくりと小さくなっていく鼓動は……トク――鳴り止んだ。
そして……心電図からは心停止を告げるピーッという音が鳴り渡り……、それを見ながら両親は抱き合いながら涙を流した。
しばらくして、担当医は心電図のアラームを切ると……少女の目蓋を開けて、瞳孔が開いているのを確認してから少女の死亡時刻を告げた。
「――時――分、死亡確認」
担当医の言葉をサラサラと診断書に看護師が書くのを、少女は上から眺めていた。
……心臓が止まり、自身が死んだということを理解した瞬間――少女の体は浮き上がり、多分幽霊になっているのだろうと思いながら、その光景を見つめていた。
何故なら、こんな風に見ることなんて通常は出来ないのだし……、何より体が重いと感じることが無くなっていたからだ。
そして何より……。
『あ、あー! あーー……。声、出てる……よね?』
一年前、人工呼吸器を取り付けるために喉を切開し、……その前からも口が動かず呂律が回らなくなっていた口が上手く動き、久しぶりに聞いた自分の声に少女は懐かしさとほんの少しの喜びを感じた。
まあ、死んでしまっているのだから……喜んでも良いものだろうかとは悩むのだが……。
『……これから、あたしどうなるんだろう? 生まれ変わるのかなあ?』
そう呟きながら、少女は幽霊となっている体を宙に彷徨わせながら、首を捻る。
実際、幽霊となった少女はこのまま四十九日まで現世を彷徨い、最後には輪廻の輪へと戻り……再び新しい生を受け入れることとなる――はずだった。
――パリンッ!
そんなガラスが割れるような音が周囲に響き渡った瞬間、少女は何が起きたのかと驚きながら空を見上げた。
すると、そこには大きな穴が開いていた。
現実では起きるはずが無い光景、自分はまだ夢を見ているのかとさえ少女は思ったが、死んでるのだから夢は見るはずが無いと思い直した。
『え、な……なにあれ?』
ポカンと口を開けながら少女は空に空いた穴を見るが、その穴は自分にしか見えていないらしく……泣き崩れる両親たちも大穴に気づいていない様子だった。
……それもそのはずだ。何故なら、今少女の眼に映る穴……それは、霊にしか見えない魂の通り道であるのだから。
しかもただの通り道ではなく、異界へと繋がった通り道……である。
その大穴は、目的の人物の体から魂魄を引き剥がすために掃除機のように力強く周囲の魂などを吸い込み始めた。
当然、少女もその穴の吸い込みに引っ張られていき……。
『や、やだ……! 助けて、助けて! パパ、ママァ!!』
穴の先の暗闇に恐怖しながら、少女は叫ぶように助けを求める。
けれど、少女の声は誰にも届くことは無い……。
そして……少女を吸い込み、しばらくしてから……目的の人物の肉体を潰れたトマトのように『アベシッ!』『ヒデブッ!!』的なことにして魂魄を取り終え、大穴は閉じ……辺りは再び静寂と化したのだった。
まあ、一般人には何事も無かったのだが……。
幽霊たちにとっては溜まったものでは無かっただろう。
◆
落ちる、少女は真っ暗闇の中を上へと落ちる。
『きゃああああああああああああっ!!? なに、いったい何、なんなのぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?!?』
悲鳴染みた叫び声が闇の中に消えていく中、少女の頭の中に聞きなれない声が響き渡った。
その声はまるでアナウンスのような、機械が喋っているような口調であった。
しかも、内容は少女の理解出来るものではなかった。
『転生の鍵の非所持を確認。
直ちに転生の輪から除外します――。失敗。……肉体の死亡を確認。
……緊急措置として、エルミリサへとプレイヤーとして転生を開始。……魂魄内の情報を元にアバターを作成開始。
対象の魂魄内に重大なエラーを確認――。修正を開始します。…………完了。
対象の魄内に対象外の存在を確認――。修正した箇所を埋めるための素材に使用します。……成功。
対象の転移位置指定開始――、対象を通常プレイヤーと同じスタート地点から転移開始します。
あなたに良き人生があらんことを――』
『ええっ!? なになに!? なんにゃのぉぉぉぉぉぉぉっ!!?』
意味不明な言葉に頭を混乱させながら、少女は真っ暗闇の空間から光溢れる場所へと降りたったのだった。
主人公に巻き込まれるのってある意味でお約束ですよね?




