第一章~低層突破は難しい~Ep9
新たな矢はやはり威力が向上していて、敵を倒しやすくなった。
俺は今群れからはぐれたのであろう一匹狼と戦っていた。
「お前俺みたいだな」
なんて親近感を抱く俺。
しかし、狼の方はそんなこと微塵も感じていなかったらしい。
遠吠えをあげるととびかかってくる。
矢を脳天に打ち込んで敵の勢いを殺す。
威力が上がったせいか、敵が狼狽える時間が長くなる。
スピードが緩んだ突進を、体を横に投げ出し回避、転がっている間に矢を装填、一回転したと同時に、膝立ちの状態でもう一射撃。
敵の前足をつぶす。
戦闘を繰り返す中で分かったのだが、モンスターはHPが残っている限り消えはしないが、部位破壊は有効なようだ。
右前脚を痛めた狼は重心が左に偏る。
彼がそれでも攻撃を続ける。
傷ついた右足で俺をひっかいてきたのだ。
俺は、敵の右側に回り込み、左目を矢で穿つ。
彼は突進とひっかきを繰り返してきたが、怪我をしている状態だとその癖が見えやすくなる。
左肩が上がったか……
俺は突進が来ることを先読みし、その左足に矢を放つ。
跳ぶ寸前でバランスを崩した狼はその場で派手に転がり、あおむけに倒れた。
空いた首元にすかさず鉄製矢を射撃。
どうやらクリティカルヒットだったようだ。
狼が倒れる。
「ふぅ」
そろそろボス戦に挑戦してみようと思う。
補充しておいた罠もなくなってしまったしな。
今俺は今日の締めくくりとしてボス部屋に入ろうとしている。
塔にはボス部屋しか存在しない。
この一層ボス部屋は、床が草で覆われた半径10メートルほどの円形になっている。
そしてその部屋の中央、そこに大きな槍を右手に掲げる巨体があった。
俺と目が合うなりそいつが咆哮をあげる。
「オークか! 声でかいな」
体長はおよそ2.5m。
そしてその身体と同じくらいの長さを持つ鉄製の槍。
体の表面は緑色で、防具といっていいのか申し訳程度に茶色の腰布を巻いている。
豚のような顔、体は筋肉質で、腕もかなり太いが…………、おなか周りだけは太ってるんだな。
そんなおっさんみたいなオークだったが、俺がさっきからこんな余裕で分析しているのにはわけがある。
「あぁ。うそだろ? 最初の咆哮だけでHPゼロになったよ…………」
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NAME:kureha / 残りステータスポイント:0
レベル:9
HP:1
MP:0
SP:0
STR:0
VIT:0
DEX:110
INT:0
AGI:100
スキル
【弓攻撃】Lv:5【索敵】Lv:6【隠密】Lv:7【静音】Lv:7【罠設置】Lv:5【罠解除】Lv:4【罠作成】Lv:1【罠感知】Lv:5【逃走】Lv:6【夜眼】Lv:5
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「はぁ。結局今日は二層には行けなかったか……」
現在時刻深夜零時。
自室のベッドで反省をするクレハの表情はぱっとしていなかった。
当たるようになった弓、あの祠から回収すれば使い放題の罠=トラばさみ、極端に振っているおかげでモンスターの攻撃も回避できた。
だが、弓は攻撃用じゃないと俺が持つ唯一の攻撃方法がディスアドバンテージを持っていることを知り、しかも夜のモンスター=狼には遠距離射撃でも気付かれ近距離戦闘に。
そして【罠作成】も成功率が5%という投げ出したくなるような確率。
しかし、スキルを消去することはできない。
「よおし!」
俺は明日の目標を【罠作成】の特訓にあてることにした。
「明日はカネ稼ぐためにダンジョン潜ってからのガウスのとこで生産活動だな」
明日の志を抱き俺は眠りについた。
七月十一日午前四時。
今朝はランニングをダッシュとジョギングを混ぜたインターバルで行おうと思う。
どうやらDTDでの動きはこちらでの動きと連動している部分があるようで、こちらの体もそれ用に鍛えてみようという試みだ。
家を出て、大学まで。
「はぁはぁはぁっ、ぅうっ!」
は、はきそうだ。
さ、流石にダッシュ混ぜるとこの距離はつらい。
フラフラの状態で皆のいる部屋へはいると、既に俺以外の面々はそろっていた。
集まり良過ぎだろ!
「っちょっと! 呉羽くん大丈夫ですか!」
アイリが俺の顔を覗き込んでくる。
そ、その位置はまずい。
その可愛い顔にかけちゃいそうだ…………。
「ちょっと、…………無理してな」
「っ! もしかして…………」
ん?
今日のランニングのことだよな?
もしかしてってなんだよ?
アイリは考えるように指を口に当て、こちらを見つめてくる。
いや、仕草がいちいち可愛いからやめてくれ。
そして視線が怖い。
「ははは、呉羽って女子に弱いタイプ?」
稲城がおかしそうに笑う。
ちげえよ!
女子に弱いんじゃなくて、人全般が苦手なんだよ!
ったく、にしてもこんな近距離まで接近を許されるなんて…………。
さすが、最前線に追いつかんプレイヤーだな。
ってゲーム脳になっている俺。
いや本当はもうなっているべきなんだが。
俺は鋭い視線を浴びながらDTDの世界へと戻る。
教会に着くや否や【無形軍隊】のメンバーは我先にと飛び出していく。
「ヒャッホーイ! オルヤンだぜぇ!」
「はっ、何言ってんのお前」
「ヘンタイかよぉ」
「「「「「え?」」」」」
「マツカスが一番変態だわ」
「えぇええええ、ちょっと待てよ」
「いや、いいと思うよ。男子はそうでなきゃね…………うん」
「お前ら病院送りにするぞ?」
意味が分からない言葉を叫びながら、去っていく。
「ははは、テンション上がってるね。じゃあ僕らもそろそろ行こうか」
「ソウタくん! やっぱりクレハくんを!」
「アイリ、それはもうこの前話したでしょ」
アイリは俺をまだ一緒に行かせたいのか?
ってなんでアイツそんな俺のこと気にしてくれるんだろ…………。
でもまぁシノに止められてるけど。
「いやシノ、これはそんな簡単な問題じゃないんだ」
「昨日の議論もまだ終わってねえ。俺はあきらめない、俺はソウタを説得できる」
セイギとデンセツはどうやらアイリ派らしい。
どうせアイリに好かれたいからなのだろうが。
「アイリも含めてアンタ達ねぇ。クレハが来ないって言ってんだから放っときなさい! それでいいわよね、クレハ?」
「あ、あぁ」
あまりの貫禄に御見それいたします…………。
ようやく一人になったか…………。
どちらにせよ、カネがない。
ゲーム内時刻ではまだ昼だ。
下手に【隠密】を発動しても目立つだけなので、【逃走】を駆使し人ごみを駆け抜けダンジョンに出る。
【索敵】を使い、誰もいない地点――森の中――へと入っていく。
AGI任せの高速移動で来てしまったが、見られていたら噂されそうだな…………。
でもまぁ、そのおかげでウサギには気付かれなかったが。
ウサギは視力と敏感な聴力で敵を索敵しているらしい。
【静音】で敵の聴力索敵から逃れている俺は、敵の視界を高速移動で抜けてしまうことで、戦闘を回避しながらここまで来られたのだ。
俺は、プレイヤーに見られてたかもしれないのは失態だなと思いつつも気を取り直し、森の探索をする。
森は木が密に茂っているため視界が悪い。
さらに、日差しも頭上を覆うように生い茂った葉のせいで遮られ、木漏れ日が照らす地形は決して明るいとはいえない。
まあ【夜眼】がある俺には関係ないが……。
それでも5メートル先も見渡せない地形はその攻略難易度を高めている。
ボス部屋はこの森を抜けていかなければ到達できない。
初心者にとってここが最初の関門…………と言いたいところなのだが、俺の場合は『冒険者の町』が最初の関門だったな。
五回もキルされたし…………。
高速移動で木々の間を駆けていく。
溢れるように聳える木々は障害物としての意味を成していなかった。
「夜のダンジョンで狼と走り回ってるんだよな」
俺にとっては町を歩いているのと同じ感覚。
いや、町を歩く方が辛いかも…………。
どれだけ俺が町に苦手意識を持っているんだ、と再認識したところで索敵マップに五つの反応。
俺は二つ並んだ木を三角跳びの要領で上り、枝上移動に切り替える。
「ゴブリンか……」
そこには五体のゴブリンがいた。
草原エリアでは基本単独でいるモンスターだが、この森の中では集団での行動をしている。
その中でも一体、目立つ格好をしたやつがいる。
醜悪な表情を浮かべる緑色の頭部を覆う動物の頭蓋骨で作られたヘルメット。
その筋肉質な体を覆うのは至る所に骨飾のついた蛮族っぽい鎧。
そしてゴブリンが皆身に着けている赤布の腰巻。
一番の特徴はその右手に持つこん棒だろう。
他の四体のものは木製なのだが、奴のは鉄製だ。
その殺傷力は侮れないだろう。
「こんな特別な奴もいるのか」
俺は枝の上で感嘆しつつもそいつに狙いを定める。
ヘルメットが被っていないその右目に矢を放つ。
「グギャア!?」
ボスゴブリン――俺はそう呼ぶことにした――が悲鳴を上げてその醜悪な面をさらにゆがめる。
残りのゴブリンたちがボスゴブリンを護衛するように奴の四方へ散らばる。
「お前らはSPか!」
鍛えられた連携の前に顔をしかめる。
しかし、枝上を高速で移動し、一射ごとに違う角度から放たれてくる矢。
四体の護衛も空しく、ボスゴブリンの両目がつぶされる。
彼らは俺を探知できない。
ゴブリンは武器を扱い、知力がある。
だが索敵方法は視力のみに頼っているため、ウサギや狼と違って俺を捉えるのは簡単じゃない。
一射、また一射とボスゴブリンの急所を穿っていく。
四体のゴブリンは頭を360度回転させ、慌てている。
しかし、ボスゴブリンのHPを四分の一まで削り切った時、今まで俺のなすままにされてきたボスゴブリンがアクションを起こした。