第一章~低層突破は難しい~Ep8
下調べは忘れないように…………。
「戻ってきたか……」
現実で30分考えに耽っていたため、こちらでは6時間が経っている。
俺は体の向くままに、夜のダンジョンへと足を踏み入れた。
【隠密】【索敵】を発動し、【静音】【夜眼】も自動的に作動する。
夜のダンジョンを駆け抜ける。
すると、前方にモンスターの反応を捉えた。
「ダークウルフが三匹か…………」
ダークウルフ。
『夜のダンジョンには出るな』と掲示板で広まっている忠告の元になったモンスターだ。
彼らは一個体がパーティ一組分に相当するというのに、基本群れで行動している。
その鋭い爪と足の俊敏さで冒険者プレイヤーたちは敵の攻撃を抑えきれず、HPを削り切られてしまうのだ。
俺の前から三体の狼が走ってくる。
【隠密】【静音】を発動しているが、それは彼らには無意味。
彼らの索敵方法は研ぎ澄まされた嗅覚によるものだからだ。
移動速度は俺とほぼ同じだな。
俺はせまりくる敵を分析する。
三体が横一列に並んで向かってくるが、左側にいるやつが俺に跳びかかってきた。
俺は素早く矢を装填、空いた左側に転がり込むように突進を避けながら、回転途中に矢を放つ。
獲物に躱された狼は、地面に着地する直前、頭部を矢に穿たれ不時着する。
残りの二体がスピードを落としきれず、その一体と衝突。
そこでできたすきに俺は彼らが走ってきた方向へと駆けだす。
狼との鬼ごっこが始まった。
右手に見えた森の中へと体を突っ込む。
俺はそこにあった木を支点にして体を180度旋回。
狼たちと対面する。
急な俺の登場に、一瞬怯んだ狼たちだったが、気にせずに突っ込んでくる。
一気に距離が縮まったところで、俺は真ん中の奴に矢を放つ。
しかし、恐るべき反射速度で躱される矢。
三体の狼が、旋回した時に使った木を背にする俺に向かってくる。
「焦るな…………」
俺はタイミングを見計らって、上方にあった枝をつかみ跳躍。
標的を見失った狼たちはそのまま木に激突、そしてその頭をトラばさみに捕まれた。
グギャォオオオオ!
と苦しむ狼たち。
俺が旋回した一瞬で仕掛けた罠に引っかかってくれたようだ。
【罠設置】のレベルアップで設置時間が短縮されたのだ。
実際SPを消費すれば一瞬なのだが…………。
俺は狼の頭上からその脳天に目がけて矢を放った。
だが、一体を倒したところで残り二体が罠から抜け出す。
一個体がパーティレベルの強さというのは侮れない。
「くそっ、トラばさみは30秒しか持たないか…………」
30秒かけて一体しか仕留められなかった。
俺のDEX補正かかっててこんなもんなのか……。
俺は顔をしかめる。
そんな逡巡の思考も狼たちは待ってくれない。
恐るべき脚力で、俺の高さまで、約三メートルほど飛んでくる。
俺は隣の木に飛び移り回避。
すかさず、矢を装填し射出、俺がさっきまでいた枝の上に着地した奴の右目を打ち抜く。
ギャゥウウウウ!
衝撃で枝から落とされた狼、そして元から下にいた狼の二体が木々を飛び移る俺を地上から追う。
葉の中をかけていく。
木々を飛び移る間、葉が無くなり、地上がみえたところで、索敵により位置を把握していた狼へ矢を射出。
それを繰り返しながら森の奥へ奥へと進んでいく。
「ふぅ、とりあえず巻いたか」
俺は葉に隠れている間に、途中で地上へ降り、狼から姿をくらましていた。
だが、彼らならその嗅覚で追ってくるだろう。
しかも罠も不意打ちでないとかからない。
俺は仕掛けられるだけのトラばさみをその場に仕掛け、さらに森の奥へと走り出す。
20メートル毎、まるでマーキングをするように、トラばさみの群生地体を形成していく。
索敵マップにはすでに20メートル後方に狼の姿がある。
だがこの罠が彼らに直走をゆるさない。
彼らが俺を捉える。
俺はその場で迎え撃つことにした。
左右に分かれ両サイドから俺に突っ込んでくる狼。
左サイドの奴を弓でけん制する。
右サイドの奴が俺に攻撃を仕掛けてきた。
「くっ!」
俺は力が抜けたように後ろへ倒れる。
そのまま後転し、追撃してくる彼を瞬時に横へ飛びのき回避。
グギャア!?
二つの悲鳴が重なる。
ちょうどきていた二体目も合わさり、俺に跳びかかってきていた二体が再びトラばさみへかかる。
俺の設置していたトラばさみ網。
俺のよける場所と狼たちが俺へと駆けこんできた道以外、前方後方はすでにトラばさみの群生地だ。
勢い余った狼はそのままそこへツッコミ二体揃ってかかったというわけだ。
俺はすかさず、逃げ道をトラばさみでふさぐ。
そこからは一方的な蹂躙劇だった。
20メートル離れたところから狙撃する俺。
トラばさみから抜け出しても、別のトラばさみにかかり、俺へと向かってこられない彼ら。
俺は三体の狼を倒すことに成功した。
パーティ級のモンスターを三体倒したことで俺のレベルが上がる。
「モンスターを倒せさえすれば、追いつくのは割と早いかもな」
だが、と俺は目の前にある塔を見上げる。
ソロでこのボスモンスターを倒すことができるのだろうか。
到達階層を追いつくためにはボスモンスターを倒していかなければいけない。
彼らには体の大きさから、今の俺の罠じゃ効かない。
ボウガンとAGIと【逃走】を活かした回避術だけで果たして通用するのか…………。
「一旦、矢の補充だけしておこうか…………」
俺は森を抜け、草原へと戻り、誰にも見られていないことを確認してから、町にはいった。
ガウスの鍛冶屋へと入る。
どうやら不愛想な彼はこの時間でもログインしていたようだ。
「矢を補充しに来た」
既にドロップアイテムは換金してある。
「あぁ。いいのを作ってある」
低い声で彼が言うと、カウンターに一つの箱が現れる。
その中には、鉄製の矢。
「こ、これは?」
「材料を全部鉄で作った。ドロップアイテムとかも混ぜられるが、それはクレハが自分で持ってこい」
な、鉄だと!
今までは基本木でできたものに石の鏃が付いた安価なものだったが、鉄か!
これは威力アップが期待できそうだ。
「鉄だが状態異常を起こせる矢じゃない。材料が足りてなくて作れないがな」
「状態異常?」
俺がこのゲームをプレイしてから初めて聞くワードだ。
「は? お前状態異常知らねえのに弓兵やってんのか!?」
「あ、あぁ」
急にガウスの声が裏返った。
「弓兵って状態異常かけて敵の行動を制限していく役目だろ。攻撃力もこんな強いモンスターたちの前じゃ皆無だし」
「…………は?」
おいおいおいおいおい、うそだろ!
弓は状態異常用だったのか!?
道理でDEXの割には効かないと思ってたけど…………って、矢も状態異常付きのが材料不足で作れないって……。
「もしかして弓使うやつっていない?」
「あぁ。最初の頃はいたけどもういなくなったな」
「まじかよ…………」
俺が失望に浸り、だらりとその場に膝をついていると、ガウスがなんと追い打ちをかけてきた。
「あとな、ちょっと気になってたんだが、お前罠作るとか言って失敗しかしてなかったよな?」
「ん? あぁそうだな」
「お前もしかして【生産】スキルとってないんじゃないのか?」
「あ? あぁそうだけど?」
ガウスがため息をつく。
今日はやけに感情を見せるなこいつ。
「【生産】スキルがないと生産系のスキルって成功率がとても低くなる。作成スキルを2Lvまで上げてしまえば問題ないが、1Lvの間は成功確率5%って言われてるな」
「……………………」
今俺の背景には『ガーン』という文字が浮いていることだろう。
気付いてたならもっと早く言えよ!
て、鉄のインゴットめっちゃ高かったんだぞ…………。
結局俺は狼を倒して得たカネを全部使いガウスから矢を買えるだけ買った。
強い矢が手に入ったのと、情報を手に入れられたのだからよしとしておこう…………、うん。
ということで俺は夜のダンジョンへと再トライ。
今回はカネも消費したことだし、狼をたおしてもう少しレベルが上がったらボスに挑もうと思う。