第一章~低層突破は難しい~Ep5
ワナワナワナワナ。
ダンジョンを一筋の風が駆け抜けていく。
クレハは気付いていないが、その速さは異常だった。
一層のモンスターでさえその姿を感知できない。
特に索敵能力だけは二層や三層に匹敵するホワイトホーンラビットでさえ、気付くことはできても、処理前に索敵範囲から消えてしまう。
AGI100。
一般的なプレイヤーの平均は10だ。
その10倍を誇るクレハのスピードは一層のアクティブモンスターを振り切っていく。
DTDのダメージ判定はプレイヤーにとって厳しい面もあるが、ステージで舞い上がった石がぶつかっても物理衝撃だけで、ダメージは食らわない。
そのため、急ブレーキしたクレハによって舞い散った小石がクレハに衝突してもクレハがキルされることはなかった。
「このゲームってこんなにスピードでるんだな。慣れるのに少し時間かかったか」
毎朝ランニングしていてよかったと思う。
でなければこんなすぐに慣れることはできなかった。
にしてもこの速度は気持ちいい。
初めて自分のステータス割り振りを褒めることができた。
「草原のなかじゃ罠仕掛けてなさそうだったが、ここならあるか?」
俺は草原の中にある洞窟の前で止まっていた。
索敵をしたところ、モンスターはいないらしい。
ってことは罠があるってことだよな?
俺は洞窟へと足を踏み入れた。
そこは全長20メートルほどの洞窟というよりは祠に近い場所だった。
「これはビンゴだな」
さっきから【罠感知】のスキルが作動して、床や壁面の色々なところが赤く光っている。
嬉しさからニヤつく顔を引き締め、【罠解除】のスキルを発動して、罠を解除していく。
「ん? これは【罠解除】のスキルが解除法をある程度教えてくれるみたいだな」
俺はスキルによって得られる知識と分析力、大学で学んだ情報技術の知識を駆使し、罠を解除していく。
ってかここ罠の宝庫かよ!
足元には無数のトラばさみ。
解除した罠の説明によると、敵を拘束して一定時間ごとにダメージを与えていくらしい。
側壁には槍が飛び出してくるメジャーな罠。
そして張りつめられた糸の先には矢が飛んでくる仕掛け。
この矢を使えばボウガンが使えるかもと思ったのだが、大きさが大きすぎて使えなかった。
無念なり……。
解除すること一時間。
全部で、トラばさみが20個、槍の仕掛けが6個、矢の仕掛けが2個あった。
それら全てをアイテムボックスへとしまう。
アイテムボックスは初期装備の一つで、モンスターのドロップや回復ポーションなどが収納できる。
メニュー画面から操作でき、容量はカネによって増やせるようだ。
今のところ20種類、1種類につき30個まで入る。
何も持っていない俺は余裕の顔で罠を入れることができた。
そして罠を抜けた先には一つの宝箱があった。
「これは罠を解除した報酬みたいなもんか?」
【罠感知】も作動していないし、危険性はなさそうだ。
俺はかかっている鍵をレベルが上がった【罠解除】を作動させながら外す。
ちなみにピッキング道具とかはスキルがその場で出してくれる。
「おぉこれはすごいな」
思わず感嘆の言葉を漏らす。
そこには大量のカネがあったのだ。
『入手しますか?』
と聞かれたのでyesと答えると、俺の所持金は50000エルになった。
「そ、そんなにか!」
俺は大金を手にした喜びと、デスペナの恐怖から震える手を抑えて、祠をでる。
【索敵】による索敵マップと自分の視界、速度を駆使しながら誰にも見つからずに、町まで戻る。
俺はかぶっていたフードをさらに深くかぶり、昨日身につけた人を躱すというPSを惜しむことなく使い、NPCの武器店に入る。
「ボウガン用の矢はあるか? 腕につける小さいボウガンだから小さいものになると思うが」
そこにいたのは屈強そうな大男。
「よぉ、にいちゃん! この店に来るのは初めてだな。ボウガンはその腕についてるのでいいのか?」
体もデカければ声もデカい。
俺は、あぁと頷き、男が持ってきた矢を見る。
「あぁこれでいい。いくらだ?」
「10本で200エルだな。いくつ買っていく?」
「じゃあ、50セットで」
「50!? それって10000エルだぞ?」
「あぁ。それでいい」
男は苦笑いしながら俺に品を渡す。
じゃあまたな、と手を振られながら俺はその店を出た。
これで矢は手に入った。
500本。
しばらくは大丈夫だろう。
しかし、アイテムボックスの容量が足りていないため、手持ちの状態。
うん、今のうちにアイテムボックスの容量増やしておくか。
俺はその料金表を見る。
どうやら、増やしていくごとにかかる料金は倍になっていくらしい。
種類を5つ増やすのに1000エル、一種類の個数を5個増やすのにも1000エルだ。
矢は10本1セットで一個カウントらしいからあと20個分容量を広げておく必要がある。
俺はその分だけ容量を拡張する。
かかった費用は15000エルだ。
これで残り残金は25000エル。
カネはあって困るものではないが、デスペナがこわい。
俺の場合すぐに死んでしまいそうだからな
だからできるだけアイテムに変えてしまいたいのだ。
「よし」
俺は罠の材料になりそうな鉄を求めに鉄工所へ行くことにした。
マップに書かれている位置を辿りながら、人の少ない路地裏を通って向かう。
鉄工所はいかにもと言った感じで、灰色の鉄のにおいが漂う建物だった。
「誰かいるか? 鉄が欲しいんだが?」
俺が呼びかけると奥の方からタオルを首に巻いた煤だらけの男が出てきた。
髭の濃いおじさんだ。
煤がまだ舞っているから作業中だったのだろうか。
「鉄ならインゴット一つで2500エルだ」
結構高いな。
この世界には、鉄、金、ミスリルの鉱石があるらしい。
種類も少なく、数があまりないため、かなり高めな値段だ。
武器を作るときとかは基本ドロップアイテムを使用するらしい。
俺はおじさんからインゴットを9個買う。
これで所持金は2500エル。
食事代や宿泊費を考えるとこのくらいは持っていたい。
俺が満足顔でいるとおじさんが声をかけてくる。
「おぬし、その鉄は何に使うんだ?」
「罠を作ろうと思ってる」
すると、おじさんは少し目を細めたが、何か納得したように頷くと、俺に何かしらの器具を持ってきた。
この見た目だから怪しまれてるのか?
ちなみに店の中ではフードをとっている。
それが礼儀だからな。
「これは?」
「作成用の器具だ。おぬし持っていないんじゃないのか?」
な、なんだと!?
【罠解除】の時に道具がでてきたからそれも出てくるものかと思っていた。
「ち、ちなみにおいくらで…………?」
「2000エルにまけといてやる」
「…………買います」
こうして俺の所持金は500エルに。
食事一食分だ…………。
くそっ、昨日から何も食ってないって言うのに。
ちなみにこの世界でも空腹はある。
放置しても特に影響はないが、やっぱり食べないと力が出ない。
現在時刻は午前九時。
朝飯だけは食っておこうとNPCの露店でサンドイッチとお茶をかう。
余ったら取っておけばいい、500エルすべて使った。
「じゃあ、ダンジョンに行くか」
俺はダンジョンに入り、【索敵】でプレイヤーのいない方へと進んでいく。
すると今朝、罠を確保した祠にたどり着く。
【罠感知】が作動していることから、どうやらここの罠は時間が経つと元に戻るらしい。
俺は、今度は30分で罠をすべて解除する。
その先の宝箱からはもうカネを入手することができなかったが、これはいい狩場かもしれない。
祠の中は光もなく暗い。
俺は【夜眼】があるから罠解除もスムーズに行っていたが、この暗さなら外から【隠密】を使う俺を感知できないだろう。
そう信じたい。
俺は索敵マップと視界を駆使し、20メートルほど先にウサギを見つけた。
「試し打ちといこうか」
俺は右手に装着してあるボウガンに矢を装填し、狙いを定める。
ヒュゥイッっと飛んでいった矢は目標から左にそれたところを飛んでいく。
その矢に気付いたウサギがこちらを見て、固まるが、息をひそめていると警戒心を時、食事を再開した。
「はぁ、はぁ、危なかった」
俺は気付かれないようにと、息を思わず止めてしまっていた。
耳のいいあのウサギには【静音】【逃走】【隠密】の三点セットでギリギリ対処できたとみるべきか。