第一章~低層突破は難しい~Ep29
渓谷の中にある第二の入り江。
そこは今までの茶色から一転し黒の覆う空間。
入り江を囲む絶壁も足の下の岩も全てが黒い。
そして木々は一つとして存在していない。
入り組んだ地形の中でここには風が吹いてこないようだ。
海の匂いが妙に心をざわつかせる。
ただただ静かな入り江に見えた人影。
入り江の奥の方から焦るように走っていく。
ちょうど俺の視界の先を左から右へと駆け抜けていくそのシルエットはNPCのものだった。
彼女が走ってきた方向へ目を向ける。
そこには小さな小屋が数軒並んだだけの集落があった。
家の中に人がいるのが見られる。
だが、せいぜい十人程度。
そんな普段何も起こるはずもないであろう空間に異常が起こっていた。
右の方――祠がある。
黒の岩肌の中で青く光を放つ扉。
そこへ向かった彼女を追いかけるように、小さな集落からNPCたちがぞろぞろと追いかけてくる。
そしてその扉の前で止まる彼らNPC。
何かあったのだろうか。
俺は海路入り口の入り江で渡された小包をアイテムボックスから取り出す。
そしてNPCの元へと向かった。
『ざわちゃんがここへ入ったのか!?』
『そうみたいなのっ、今朝から見当たらなくて』
『今日この入り江から舟はでてないしなぁ』
NPC達が会話をしている。
何かのイベントか?
「あの、どうかされたんですか?」
俺の問いに一斉にこちらを見る彼ら。
その顔はどれも焦っていて、その目はすがるように俺を見つめる。
『ざわちゃんがこの祠に入っちまったみたいなんだ!』
『お願いしますっ、娘を、ザワを助けてくださいっ』
同じ集落の人と消えてしまったらしい少女の母親に頼まれる。
と言われてもなぁ。
どうやら、この祠に入るには鍵が必要らしい。
彼らは普段月に何度かこの祠に入り、その中の宝を収入源にしているという。
なかなかハングリーなNPCだ。
いつもは鍵を他の入り江から送ってもらっているらしいが、今はまだ届いていないのだとか。
それなのに、その子はこの中に入ってしまったのか。
どうやって、と考えていると、彼らが俺の持つ小包を見つける。
『それは!』
『ちょっと見せてくださいっ』
元々渡す予定だったし、すんなりと渡す。
すると彼らは顔を見合わせ言った。
中に入っていた金属製の塊を手に取り、俺に向ける。
そして、これがこの祠の鍵です、と。
『緊急依頼――【ザワちゃんを助けて】を受けますか?』
アナウンスが出る。
緊急依頼なんてあったのか?
この小包の中身からして、この祠はプレイヤーが探索するための場所だ。
彼らの生活習慣はあくまでも設定だろう。
つまり、この祠を開けたのはプレイヤーということになる。
そして、その中にNPCの少女が入ってしまった。
それをゲームシステムが修正するために緊急依頼という形をとったのだろうか。
まあただの推測だ。
自律型のゲームシステムがこのDTDに導入されているかは知らない。
ただ、運営が手放しても稼働していられるというのは、それがあるという可能性を示唆している。
「なんにせよ、俺はこの祠を探索すればいいわけだな」
あいにく、祠はお気に入りの場所だ。
祠カムバック。
俺は依頼を受諾し、祠の扉に鍵をかざす。
ギギギギギギッと音をたて、ゆっくり開いていく重い扉。
扉が開いたことがトリガーとなったのか、中の通路に青色の炎が燈る。
「さあ、探索をはじめようか」
俺は祠の中へ足を踏み出す。
俺の侵入を確認し閉まる扉。
祠は黒い壁に包まれた家のような形をしている。
このフロアを進んだ先に下へと続く階段があるのだ。
俺は祠の中を探索していく。
一本道から始まった道は途中で開けた空間にぶつかる。
その空間は通路の右、左両側にあり、家の廊下を進んでいるようだ。
左右それぞれ一つ、そして突き当りに一つある部屋。
「【隠密】を使っておこう」
NPCと話すため。解除していた【隠密】を発動。
そして視認されなくなった体で、ゆっくりと右の壁に空いている、部屋に続く穴を覗く。
誰もいないことを確認し、息を吐く。
俺はまず右の部屋に入った。
「なにもないな」
罠も何も一つとしてない。
部屋の奥にある何かの台座は壊され、地面に砕け散っている。
黒の壁に覆われているその床には青いラインで紋様が描かれているが、本来光が灯るのであろうそのラインは不活性化しているように感じられた。
誰かが既にここへきたのだろうか。
祠内部のオブジェクトが自動修復される前に、俺が入ってきてしまったみたいだ。
罠もなければモンスターもいない。
それらの再湧出までの時間さえもまだ満たされていない。
「となるとやはり誰かがいるのか」
【索敵】を全開にし、ワンフロア下まで範囲を広げる。
そして見つけた。
ワンフロア下の大広間にいる三人のプレイヤー。
そしてその部屋の隅で足をすくませているNPCの少女。
この三人がNPCを誘拐したのか!?
実際そんなことができるのかどうかはシステムに聞かないと分からないが。
「とにかく向かおう」
俺は【隠密】で体が隠れていることを再確認し、ワンフロア下へ。
階段を下りる。
大広間は階段を下りた先の通路をまっすぐ歩いた先にある。
部屋を仕切る扉はないため、階段を下りた時点で大広間の様子は把握できた。
三人のプレイヤー。
彼らに共通するのはTシャツにプリントされた文字。
『善悪』『I LOVE 水』『Dr』とそれぞれの特徴を表している。
何事にも善と悪があると考えている男、ゼンアク。
三度の飯よりも水というミズエット。
そしてドクターではなくドラマー、シュンスズ。
あいつら戻ってきてたのか!?
俺が寝ている間ではなく、おそらく海路の探索中だろう。
そこで彼らに先を越されていたのだ。
彼らは既にここの地形を知っているだろうしな。
「ははは、これでNPCを誘拐できるということがわかったな!」
この少女を攫うことができたのは大いに善だ、だが我々がしたことは間違いなく悪だ、と叫ぶゼンアク。
その笑みは狂気の沙汰である。
「何が大いに善だっ。限りなく悪だよっ」
シュンスズが、さっぱりわからないっ、と低めの声で首を振る。
そして、彼らを無視し、NPCの少女にテクテクと寄っていくミズエット。
「【水ノ弾】!!!」
少女の前で杖を上へ向けるミズエット。
しかし発生した水魔法が何かを打ち抜くことはなく、重力に引かれるまま左手の大ジョッキのなかへおさまる。
その大ジョッキ少女の方に向け………………ると思ったら自分で飲み始める。
あげるんじゃないのかよ!?
思わず叫んでしまう。
ゼンアクといいミズエットといい、シュンスズがこのメンバーの中でやっていけてることに感心してしまう。
しかし、NPCを救出して来いという依頼を受けてしまった以上、彼らを倒すしかない。
俺はレベルの上がった【映像効果】によっていくつかの映像効果をストックしておけるようになった。
そしてそれを攻撃ごとに使い分けられるのだ。
大広間の入り口から部屋を覗く。
【反響定位】は発動されていないらしく、俺の姿は感知されていない。
「第一射といきますか」
俺は矢を装填、そしてまずは厄介なシュンスズの頭部を狙撃する。
無音で放たれる矢。
しかしそれは彼らから見れば矢ではなかった。
「んなっ!」
ゼンアクが飛来するソレに気付く。
青色の電気の塊。
人の頭ほどの青の雷撃がシュンスズを打ち抜く。
「ぐあぁあっ」
シュンスズがよろける。
「…………【雷魔法】」
ミズエットが言う。
「……なぜ【水魔法】じゃないの?」
ってツッコむのそこ!?
どこから撃たれたの、とか詠唱が聞こえなかった、とかじゃないの!?
「くっ、エコー…………」
【反響定位】を使おうとするシュンスズに、部屋の中に入り狙撃地点を変更した俺が二射目を放つ。
何かを叩き、音を発生させる、という行為をトリガーとして発動される【反響定位】はシュンスズが矢に穿たれたことで失敗に終わる。
焦るシュンスズ。
だが、ゼンアクとミズエットは動揺を見せていなかった。
「これは善だ。邪を滅する勇者の所業。だが、人を痛めつけるのは悪だ!」
さて、止めるべきか否か…………と悩んでいるゼンアク。
「【水の弾】!!!」
それと比べて【水魔法】を冷静にはなってくるミズエット。
そしてその水が………………ってどんだけ飲めば気がすむんだよ!?
「……【水魔法】のほうが優秀」
もうそれでいいよ!?
善悪の判断を考えてしまうせいで行動が遅くなるゼンアクと、水を飲むミズエット。
「雷だけじゃない」
【無音】で彼らには聞こえないだろうが、俺は【映像効果】によるエフェクトを変更する。
ではお望みどおりに…………。
俺がシュンスズに放った矢が水ノ槍となり、彼を貫く――ように見える。
「なっ」
見えないところから放たれる魔法によって行動を完璧に塞がれるシュンスズ。
「魔法をこんなに連射できるわけがないだろっ」
それもそのはず、高いAGI補正によって速く動ける俺は通常ではありえないだろう速度で矢を放ち続けている。
しかも二種類目の魔法の登場。
「はははっ、二人いるのか? それとも二重魔術師か?」
興奮しているゼンアク。
彼はまだ俺を攻撃するかどうかで迷っているようだ。
「……【水魔法】! …………わかってるね」
笑みを浮かべるミズエット。
そして彼女は魔法が放たれてきた方向に水弾を打ち込んでくる。
だが、姿を捉えられない俺の足取りを読み切ることなどできるわけもない。
「ぐあぁっ」
青の雷撃と水ノ槍によってHPを刈り取られたシュンスズが光の粒子になる。
そのまま水ノ槍をミズエットに放つ。
「なっ!?」
だがその水ノ槍に対し、恐るべき速度で反応するミズエット。
左手にもった大ジョッキでそれをいなすように受け取る。
うそだろっ?
水に対する反応速度に驚く俺。
だが、それは水ではない…………。
彼女のジョッキの底を貫く矢。
その衝撃に気付くよりも前に飲むアクションに映るミズエット。
ゴクリと喉をならしたかった彼女。
「うん、おいし………………くない!?」
いや、そもそもなにもない。
なぜか【水魔法】を使いたくなくなる。
こうなったら…………。
そして、俺は三種類目のエフェクトを選択する。
次はミズエットに向けて放つ矢。
未だ繊細なエフェクトを使用するまでには至っていない【映像効果】のレベル。
だが、対象と同程度の大きさ、形のものになら幻影化させることが可能だ。
飛来していくは一羽の鳥。
彼女の頭目がけて飛んでいく白い鳥だ。
その鳥の頭部目がけて、水弾を放つミズエット。
霧散する鳥の姿、だが矢が存在しているのは鳥の下方。
鳥の上方にある頭部への攻撃では止まることはない。
ミズエットの首筋に刺さる矢が彼女のHPを削る。
見えないところから、超連続的に飛来する雷撃、水槍、白鳥。
ミズエットもゼンアクもこれは一人でできることではないと感じていた。
抵抗するも空しく、ミズエットが光の粒子に。
そして、なぜか飛び交う魔法を目にしたゼンアクはNPCの少女の盾とならんと言うようにザワちゃんを体で覆っていた。
妙な保護欲だ。
だが、彼女に近づくのは悪だぞ?
お母さん泣いてたからな?
俺に背中をさらすゼンアクのHPは簡単に削りとることができた。
「ふぅ」
息をはく。
そして出たいならついてこい、と目で語りかけ、祠をでる。
一瞬の思考の後スタスタとついてくる彼女。
『ザワ! 無事だったのね!』
『う、おかあさぁん! ザワね、こわかったの』
親子仲良く抱きしめあう彼女ら。
にしてもそのネーミングセンスはおかしいんじゃないですかね、お母さん?
祠からでた俺は、依頼を二つとも達成し、報酬をもらう。
小包の報酬は小舟とその停泊権だ。
そして今回の緊急依頼の報酬。
おそらく自立型のゲームシステムが決めたのだろうと俺は推測しているが、その報酬は現在最も固いとされている『黒鉄鋼』だった。
しかもまあまあの量だ。
もしかしてここの地形が黒いのは黒鉄鋼があるからなのだろうか。
俺は高揚する。
これで罠の補充ができる。
しかも黒鉄鋼製だ。
【映像効果】も上手く使えてきただろうし、探索を進めていくとしよう。
『今日のゼンアク』
状況:警察に追われている最中、道の真ん中で遊ぶ幼女ら四人の背後に迫るトラックに体当たりをかました。
善:幼女らは怪我をせずにすんだ。
悪:全治1かっげつの負傷者を出す事故を発生させてしまった。
そして私は病人犯罪ロリコンとなった。(byゼンアクさん)




