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第一章~低層突破は難しい~ 攻略組side5

クレハが逃げた後の町のお話しです。

******

町の北の方が騒がしい。

注意をそちらに向けるイシバシたち。

敗北の重さに押しつぶされ、動けないセイギとデンセツ。


あぁ、敗者は正義を語れない。

あぁ、敗者は伝説に名を刻めない。

それが不変の条理。

オレが現実の世界で感じてきたこと。

だからオレ強くなった。

現実では敵がいないと言ってもいいほどに強くなった。


だが、ゲームの世界にそんな条理は存在していなかった。

北で巻き起こる怒声と歓声。

勝者であるイシバシたちが向かったのだろう。


しかしオレの耳が捉えるのは震えた声。

「まだ、まだ俺は諦めて………………いない」

「伝説はオレだけで………………充分だ」

立ち上がる二つのシルエット。

彼らの目に諦めの色はない。

そこにあるのは戦う者の意思。

まだ先へ進もうとする者の魂。


あぁ、だからオレはゲームが好きだ。

オレにもまだ先へ進む余地が残されているから。

さらに強くなれるから。



ガクは拳にはめた手甲をガチャリと握りしめる。

「戦いたい」

彼はその喧噪の中心地――町の北にあるダンジョンへの入り口へと向かう。

その後ろからついてくる二人の気配に頬を緩ませながら。



「なんだ逃げたのか?」

黒の防具に身を包んだ大男――イシバシが同じく黒の装備を纏っているパーティメンバーに投げかける。

「あいつがそのPK犯かどうかは知らないが、情けない奴だ。男としての器じゃねえな」

「あら、セーゴンったら。同じこと考えてるのね」

ちっ、と舌打ちをするセーゴンと、腕を組んだまま微笑するツラヌイ。


「彼が犯人ってことでええんやろか?」

「さぁ、どうだろうな……」

イシバシたちが捉えた『クレハ』の名前。


「彼がどうであろうと、俺たちから逃げようなんて、釈然としないな」

イシバシたちが獰猛な顔を見せる。

もうそこに彼がPK犯であるかどうかの事実は関係していなかった。

ただただ自分たちの誇りを傷つけられた――逃げられるという行為によって。


唇を引き上げた彼ら。

だが、真の喧噪はそこで起きる。


『でたぁあああああああ! PK犯だ!』

二刀流を持っている、と叫ぶプレイヤーたちの声が聞こえる。

その方角は町の南側。

今いる場所とはまったくもって真反対。


急行する彼ら。

駆けつけたプレイヤーたちが見たのは、手甲を付けたプレイヤーと相対する二刀流の黒マント。


「さっきのクレハとかいう奴はPK犯ではなかったのか」

「にしても随分と似とる服装やなぁ」

別人物だと疑う方が難しい、と言うイシバシとリューネン。

「今、服を作れるプレイヤーはいんのか?」

近くにいたプレイヤーに聞くセーゴン。

『い、いや服を作れるのは【地母神(マザー)】さんだけっす!』


そう、現状としてDTDには生産職プレイヤーが少ない。

武器や防具を作る鍛冶師でさえも足りていない状況。

ましてやただオシャレのためだけの服を制作するプレイヤーなどいなかった。

その中で唯一服を作れるプレイヤーがツラヌイだ。

それは今も変わらず、ツラヌイにしかできない。


「っち、初期装備の服の組み合わせが何通りあると思ってんだよ!」

舌打ちをするセーゴン。


DTDで初期装備が同一になるなど、数十万分の一の確率。

それならば、クレハと目の前のPK犯が同一人物だと判断するのが妥当だ。


「ちゅーことは、目の前の彼はそういうスキルもっとるちゅーことでええんやろか」

「だろうな。名前の表示もされないようになっているみたいだしな」

何かそれ専用のスキルを有しているのだろう。


それも基本スキルではなく、エクストラスキルを。


「にしてもあの子かっこいいわね」

胸の前で両手を重ねるツラヌイ。

箱舟の引鉄(ノア・トリガー)】全員の注視を浴びるのは手甲を身に着けたプレイヤー。


黒の短髪。

細身だが引き締まった身体。

防具は部分的にしか身に着けていない。

代わりに攻撃用の手甲を両手につけている。

鉄製の手甲だ。


「これは邪魔したら悪いわね」

ツラヌイが彼の戦う姿がみたいわ、と他の面々に手を出さないよう伝えた。




オレが北を目指す途中、視界の端に捉えた一つの影。

NPCが経営する鍛冶屋の明かりに照らされ歪む姿。

「あれは……」

感覚的に悟った。

PK犯か……。


戦いたい。

もっと強い敵と。

そしてオレは今よりも強くなる。


歪む影を追いかける。

南へと進んでいく影。

「おい、オレと勝負しないか」

後ろから声をかける。

すると、影は動きをとめ、その姿をあらわす。


黒いマントに包まれた身体。

そこから伸びる二本の手にぶらりと握られている剣。



戦おう。

そして…………。

「オレの糧になれ」



現実世界で【超越者(トランセンド)】と呼ばれているプロボクサー。

ガクが求めるモノは壁。

彼とやりあえるだけの力。

そして彼を成長させる火種。



衝突する。

放つ左ジャブが、左手に持った剣で弾かれる。

オレの左側に回り込んだ黒マントがすれ違いざまに右手の剣で胴を薙ぐ。

それを右手の手甲で受け止め、左手で奴の右腕をホールド。

腕を捻りつつ、奴の右腰をオレの腰で担ぎ、そこを支点に投げ飛ばす。


無言のまま受け身を取る黒マント。

その手に持っていた剣はまだ掴んだままだ。

「ハッ!」

右足に力を入れ、一気に距離を詰める。

体を極限まで捻り放つ右ストレート。

左手の剣でオレの右腕の内側を払い、右手の剣で喉元を突き刺さんとする黒マント。

だが、オレの拳は止まらない。

払われつつも、黒マントをぶち抜く。

オレに向かってきた剣は顔の横に添えていた左手でガード。


勢いで建物の外壁まで飛んでいく黒マント。

しかし、粉塵の中から現れた彼は平然とこちらへ歩いてくる。


「はははははっ!」

オレは心の底から笑う。

ここまでオレと打ち合えるやつがいるなんて。


一発くらえば、即KOとまで言われるガクの拳。


「だからゲームは好きだ」

高みに制限がない。

強ければ強いだけ、力を求めれば求めた分だけ、手に入れられる。


今度は黒マントの方から仕掛けてくる。

彼が有利だと言えるのはそのリーチの差だ。

剣と拳。

黒マントは一方的に切りつける。


激しい剣戟音。

目にも止まらない攻防。

右斜め上から襲う右手の剣を左腕でガード、それと同時に右腰まで引かれた左手の剣が横薙ぎに振られる。

「ハッ!」

間合いを詰め、剣の刃を躱しつつ、その鳩尾に右拳を打ち込む。

しかし感触が薄い。

瞬時に反応した黒マントがその身体を後ろに飛ばすことで、威力を軽減させていた。


おもしろい。

こんな戦いはいつ振りだろうか。

笑みを浮かべる。



嵐のような乱打に、荒れ狂う剣舞。

それを見ているプレイヤーたちは声を失っていた。


唯一声を発せていたのは【箱舟の引鉄(ノア・トリガー)】の面々だった。

「あら、アタシ欲しくなっちゃったわぁ」

今すぐにでも天に召されそうな恍惚の表情を浮かべるツラヌイ。

「はっ、ツラヌイに惚れられるなんて運がねえなっ」

それを見てニヤニヤと笑うセーゴン。

だが彼女の目は笑っていなかった。

彼女もまたガクに興味を持ったのだ。

戦いてぇ、と。


「にしてもようやるわ。戦い慣れとるな」

「あぁ。そうだな」

リューネンとイシバシが無言で残り二人のパーティメンバーを見つめる。

「あの二人を追ってくれるか」

「機会があればわいたちも戦いたいもんやからな」


頼まれた二人が無言で頷く。

背の高いひょろっとしたメガネ男と長い髪を後ろで一つに結んだ静かな女。

二人とも黒の防具に体を包んでいる。

しかし、その防具は他の面々に比べると軽装だ。


その代わり、二人は残りの面々とは違ったところで黒色を身に着けている。


ガクのいる【無形軍隊(アモルファス)】についての情報収集と偵察を任されたメガネ男。

薄緑色の髪にひょろひょろとした体型。

今にも倒れてしまいそうな長身には、黒のライトアーマーで覆われている。

箱舟の引鉄(ノア・トリガー)】の遊撃役――ガネシの腰、背には無数の武器が。

独劇者(アクタ)】と呼ばれるガネシ。

多数の武器を扱いこなす適応性の高いプレイヤー。


そして、件のPK犯の尾行を任された物静かな女。

小柄な体型で紫の髪がかかる首には黒色のマフラー。

だぼだぼの黒色コートに身を包み、その内側に何を身に着けているかは分からない。

おそらく防具は身に着けているのだろうが。

紫のショートパンツから伸びる足は白い。

箱舟の引鉄(ノア・トリガー)】のもう一人の遊撃役――アトムはその手に何も持っていない。

腰にも背にも何も、武器と認識できるものを持っていない。


二人の遊撃者がイシバシたちの前からその身を消した。




興奮を通り越した戦いは長くは続かなかった。

黒鉄鋼で作られた黒マントの剣。

それに比べ、オレの装備は鉄製の手甲。


度重なる衝撃で手がしびれてきている。

「ハッ!」

しかし殴打を止めることはない。

身がちぎれるまで。

オレの拳が止まることはない!

目の前に立ちふさがるのなら、…………ぶっとばす!


渾身の右ストレートが黒マントの体軸に迫る。

二つの剣を交差し、受け止める構えを取った敵。

しかし、その選択は間違いだった。


バキッ!


武器が砕ける音がする。

壊れたのはオレの手甲だった。

耐えられなかったか……。

オレの拳を守るには軟弱な装備。

しかし、俺には拳さえあれば十分だ。

届くっ!


徐々に罅を大きくしていく手甲をそのままぶち込む。

交差された剣の上から黒マントにぶつかる衝撃。


バリィイイイン!

奴が吹っ飛ぶと同時にその末路を迎えた手甲。

ふっとばされた先でその様子を見る彼。


そしてその姿が揺らいだ。

戦えない奴とこれ以上戦うつもりはない、と言われた気分だった。

回りを囲まれた彼は、無駄な戦いを続けるよりこの場から離れることを選んだのだ。


悔しい。

武器の差も含め、奴とオレの実力だ。



地面に倒れこんだオレ。

しかし駆け寄ってくる影があった。

「ガクさんっ、ちぃーっす!」

と言いながら右手を前にだしているマツカス。

「ひゃっほーい! オルヤンだぜぇ!」

「ガクさんについていける武器なんてないですよね」

登場するオルヤンとトミショー。

倒れているガクに手を差し伸べる彼ら。


お前ら…………。

こんなときでさえ平常運転の彼ら。

ばかばかしくて、こんなやつらと一緒にいるのが恥ずかしくて。

…………だが、笑ってしまう。

「何で手を差し伸べてるの? 寝転がったままなら女の子のスカートの中…………」

「お前、精神科に行くか? それとも物理的に整形外科に行かせてやろうか?」

病院送りにしてやる、とケンジャに言うパヤオ。

「パヤオさんこえぇえええ」

「ぱやいわぁ……」

「そんなこと言ってるとお前らもパヤオさんに病院送りにされますよっ?」

「いや、病院で美人な先生とフタリキリってのも悪くないな」

騒ぎ出すオルヤン、トミショー、マツカス、…………そしてケンジャ。

もう既に一人で立ち上がったオレは彼らを見て笑う。


「はぁ、お前らホントに病院送りにするぞ?」

無形軍隊(アモルファス)】は今日も平常運転だった。


「よっしゃ、狩り行こうぜ」

オレはメンバーに声をかけ、町の北へと向かう。

真のリーダーはパヤオなのだが、実質的リーダーはオレみたいな風潮がある。


いつかまた、アイツと戦おう。

今度はオレが勝つ。


PK騒動はまだ終わらない。

だが、クレハの誤解は解けたようだった。

「あいつにも連絡くらいしておくか」

お前誤解とけたみたいだぞ、とフレンド登録していた彼にメッセージを送信。


あ、詳しいこととか何も書いてない。

ま、いいか。

また会った時にでも話せばいい。



『冒険者のまち』は今日も喧騒に包まれている。


次はクレハ視点に戻ります。

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