第一章~低層突破は難しい~Ep23
三層への扉をくぐる。
二層からの塔は三層の地下に埋まっていた。
塔の出口だけ、枯れ枝が転がる荒地に突き出している。
突き抜ける強風。
その風にタンブル・ウィードのような塊が転がっていく。
俺の両脇を覆う切り立った断崖。
「ここは峡谷か」
どうやら俺は荒れた峡谷の底に出たようだった。
なんだか寂しさを感じる。
モンスターでさえいないんじゃないか、と思う俺。
目の前を一直線に通る道。
そしてその先に待っているのは四層への塔。
見たところ、三層のダンジョンは、高い崖に囲まれた一本道のようである。
「道幅も広くないし、正面――四層への塔方向――から何かが近づいてくる気配もない」
俺は不審に思い【索敵】の範囲を最大限まで広げる。
鮮明さは失われるが、モンスターがいるかどうかは判別できる。
「うぅん、おかしいよな……」
しかし、その範囲を四層への道の半分まで広げてもモンスターの姿は感知できなかった。
ソロプレイの難しさは感じているつもりだ。
あらゆる状況に対して、一人で推測し対処しなければならない。
ダンジョンを歩きながら思考を始める。
「さて、この状況をどう分析すれば………………ってうぉおおおおおい!?」
正面から吹いてくる強風。
その風に乗って突然、『罠』の反応が飛び込んできた。
急な罠の出現に身を捻る俺。
「な、あれは……」
俺の目と鼻の先を通り過ぎていった罠。
それは俺が愛用している『鉄の矢』を黒くした矢だった。
俺が躱した矢は俺の後ろを転がっていたタンブル・ウィードに絡まってその動きを止める。
「あれ、『黒鉄鋼』でできてるのか!?」
黒鉄鋼――鉄の一種で現在確認されている鉱石のなかで最高の硬度を持っている。
「っ!」
俺があるラインを越したのがトリガーとなったのだろうか。
絶え間なく飛んでくる漆黒の矢。
「おいおい! これ避ける間もないな!?」
頭部を、脚部を、胴体を。
そして、俺のいない場所にも、放たれる場所は乱数的に、しかしその急襲は俺の逃げ場所を確実に奪っていく。
顔をしかめ、一旦塔の入り口まで戻る俺。
「ふはぁ、はぁ。危なかったな」
絶え間ない矢の連撃に息をきらす。
どうやら、俺の推測通り、ある一線を越えると矢が放たれる仕組みの罠らしい。
「しかし…………」
と俺は顔をニヤつかせる。
これはいい、とても好都合だ。
「これで、矢が補充できる!」
【罠解除】のスキルを持っている俺は、地面に落ちた矢を『罠』として回収することができた。
しかし、矢は矢である。
実は、内心焦っていたのだ。
フェルナにアイテムボックスの中身を渡してしまったため、残りの矢が手持ちに出していた分しかなかった。
「これで心配事がひとつ解消された!」
ホクホク顔で矢を回収する。
しかも、今までのものよりも強度の高い矢だ。
ニヤニヤが止まらない。
地面に落ちたモノは回収し終え、大半の矢が刺さっているタンブル・ウィードへと手をのばす。
しかし、手を近づけた瞬間に作動する【罠感知】。
「……いっ!」
顔を青ざめる俺、
これはやばい!
すかさず体を横に投げとばす。
刹那、タンブル・ウィードが爆発。
その中に溜まっていた大量の矢が散弾のように周囲へ飛翔する。
「うぉお!?」
地面に伏せた状態のまま、左に右に転がり、転がった反動で一気に体を起こし、その場から跳躍。
俺がいた場所に矢が降る。
「はぁ、はぁ。危な過ぎるだろ!?」
【罠感知】が、罠が作動する直前からしか作動しない。
これはレベルの低さか、それとも…………。
頭の中をよぎった推測に、俺は顔を右往左往させる。
喜ぶべきか、危険だと判断するべきか。
「三層って罠のダンジョンなのか!?」
レベルの高い罠だけでプレイヤーたちの探索を防ぐダンジョン。
俺はその可能性を考えていた。
俺はこれからの行動について構想を練る。
まずここで矢の補充をしておきたい。
しかし、それを実現させるにはタンブル・ウィードを爆発させ、一気に矢を回収するのが手っ取り早い。
「さて、どう実行するか…………」
頭を働かせるが、なかなかいい案は浮かばない。
また爆発に巻き込まれるのは嫌だ。
あれ、急に爆発するからさ、驚きで心臓が逃げ出しちゃうから。
「よし、思考より試行とも言うしな」
三層ダンジョンはずっと先まで続いている。
風に流され、入り口付近のみに溜まっているタンブル・ウィードだが、後でまた戻ってくればいいだけだ。
先に進めばまた何かあるだろう。
俺はこの後、どんな罠が待っているのか、何が起きるのか。
顔は真剣に状況を見極めるが、心は弾む。
「探索を始めようか」
再び矢の降るダンジョンへと足を踏み込んだ。
「よっと!」
既に矢が飛んでくることは分かっている。
【罠感知】により、飛んでくる矢を視界よりも奥で知覚。
矢が俺の身に当たる前に回避ルートを分析、そして体を素早く反応させる。
確実に前に進む俺。
だが、それは突然に起こった。
「おっ」
俺が峡谷に空いた洞窟を見つけると同時。
道を塞ぐ数の大量の漆黒が向かってくる。
「はぁああああああああ!?」
圧倒的な物量に思わず叫ぶ俺。
大量の冷や汗。
迷っている暇などなかった。
迫りくる大量の矢から逃走。
俺は見つけた洞窟へ体を滑り込ませる。
「おいおい、あんなのアリかよ!?」
先程の大量の矢の襲撃に動転する俺。
それに…………。
俺が洞窟に入るや否やその入り口が塞がれた。
【夜眼】が捉えた側壁に刻まれている文面。
『この洞窟の奥にあるスイッチを押すと入り口が開くだろう』
「ここにもモンスターの反応はなし……か」
これはどうやら本格的な罠ダンジョンのようだ。
「あぁ、こういうの好きだな」
楽しくなってきた。
通常ではまずない、罠を仕掛ける側と罠自体との戦い。
「負けるわけにはいかないな」
俺はお前らを使う側だ。
道は通させてもらう!
三層ダンジョン――別名トレジャー・バレー。
黒のプレイヤーが一つ目の洞窟の中へと進んでいった。
何もない空洞世界。
そこに俺の足音が反響する。
「先は長くはないみたいだな」
でこぼこした岩肌が包む洞窟は全長数十メートルほどだった。
形成されたばかりの若い鍾乳洞。
キラリと水を滴らせる壁面が不気味さを漂わせている。
そして天井の鍾乳洞から垂れる水滴が【罠感知】によって赤く光った。
「はっ!?」
咄嗟にバックステップをし、水滴を躱す。
地面に落ちたその水滴はカチンと音を立てて割れた。
「これは…………?」
その水滴の中に含まれていたのは鋭利な鉱石の結晶だった。
俺は【罠解除】によってその鉱石を回収。
『鈣鉄の結晶』。
どうやら現実で言うカルシウムのような性質をもっているらしい。
鍾乳洞は炭酸カルシウムでできているからな。
威力はそこまででもなさそうだが、俺にとっては致命傷。
さらに、普通の水滴と混ざって出現するからタチが悪い。
しかし、罠の宝庫に囲まれ、自分でも作成したいと思っていた俺は罠の材料獲得に顔をほころばせる。
時折、冷や汗をかくこともあるが、順調にカルシウムを集めた俺。
道半ばまで来たが、今のところ罠に捕まることなく来ることができている。
その後も次々と俺のHPを狩ろうとしてくる罠群。
――地面から生えている鍾乳洞が急激に伸長し、天井を穿ったり。
――水滴の罠を躱したことで、その落下地点にあったトリガーが作動し、天井の鍾乳洞が一斉に迫ってきたり。
「はぁ、はぁっ。罠と罠が絡み合ってるとは思わなかった」
日の届かない洞窟内でのカルシウム供給源だな、と楽観的に見ていた罠が、まさか他の罠のトリガーだったとは。
連鎖的に作動する罠にはビビったが、通り過ぎた今にしてみれば感嘆の一言である。
「これがスイッチだな」
俺はこの洞窟の入り口を開けるスイッチを押す。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ!
入り口付近で岩と岩の擦れる音がする。
そして、俺のいる最深部の鍾乳洞が――天井、床の両面とも急激に伸長しはじめる。
「っな!? 最後まですんなり帰らさせてくれないのか!」
俺は入口へと疾走する。
背後から徐々に塞がっていく洞窟。
ガン、ガンガン、ガンガンガン、と最深部から入り口にかけて伸長する鍾乳洞の位置が前進していく。
「おりゃぁあああ!」
ギリギリで洞窟から抜け出した俺。
抜けきった……。
安心感に浸ろうとする俺。
だが……。
「そういえば矢の雨の中だったぁああああ!」
息をする間もなく、矢の対処に追われる俺。
道を覆うほどの漆黒は洞窟に入らせるためのものだったようで、今は通常の数だけの矢が飛んでくる。
それでも多いがっ。
「くそっ」
俺は先に進むことを諦め、矢の降らない入り口付近まで戻る。
多量のカルシウムを手にして。
入り口付近に戻った俺は、とりあえず一安心だ、と止まっていた息を再開させる。
「このダンジョン、イレギュラーすぎるだろ!」
叫ぶが誰もいない。
その声が峡谷の中に響き、耳を揺らす。
『三層ダンジョンには留まるな。探索するなら一瞬で。でないと罠に捕まるぞ』
それがプレイヤーたちの言葉だった。
そのため今いるのは黒のプレイヤーただ一人。
「しかし、これで材料がそろったな」
俺は峡谷の崖から生えた枯れ枝と爆散したタンブル・ウィードの草束を拾う。
ついでに地面に落ちている矢は回収してある。
「まずは枯れ枝を加工して箱型に…………」
【罠作成】によって現実では少し不可能だと思う工程も滞りなく進めていく。
そして出来た箱の中を大小二つのスペースに区切り、大きい方にカルシウムを、小さい方へ水を入れる。
水は先程の洞窟の水滴を集めたものだ。
水が木枠に染みることはなく、ちゃんと溜まってくれる。
俺はふたをして、それを、矢を蓄えたタンブル・ウィードの近くに設置。
ちなみに仕切りは箱に対して、斜めに刺さっている。
少しでも物理的であれば、実行できてしまうところ、流石ゲームと言った所か。
そして、その仕切りにつないだタンブル・ウィードで作った草紐。
それを漆黒の矢に結び付ける。
紐に引かれた仕切りが抜けるように放つ矢。
矢が罠を通り過ぎ、その仕切りを引き抜く。
箱内部で水に触れた多量のカルシウムが発火。
【罠設置】によって設置した罠の威力が向上。
ボン!
小爆発がタンブル・ウィードを飲み込む。
その爆発を受け、連鎖的に罠としての側面を発動させる草の塊。
四方八方へと飛んでいく矢だが、離れた位置にいる俺には届かない。
『簡易地雷』。
少しでも物理的であれば、作ることのできる罠。
その特性と【罠設置】による威力向上で爆発を起こす。
カルシウムの性質を持った鉄の一種『鈣鉄』を利用した罠だ。
水に触れることで発火するその性質を増幅させることで爆発を招かせる。
「これは成功だな」
口角を上げる俺。
その調子で簡易地雷を生産、タンブル・ウィードを爆破。
そして矢の回収といった一連の行動を重ねていく。
「これで当分は、矢数に困らないな」
消耗品である矢の確保はとても大事だ。
簡易地雷と黒鉄鋼の矢を得た俺は三層攻略を再開する。




