第一章~低層突破は難しい~Ep21
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とにかく、フェルナが町のプレイヤーたちを説得してみるということで、一層を通過している俺たち。
森の中は視界がよくないため、プレイヤーたちに気付かれる心配はなかった。
出てくるゴブリンたち。
二体だ。
「アタシが前衛やるから援護して!」
ゴブリンに切りかかる彼女。
その剣に炎は纏われていない。
素早い一閃に悲鳴を上げるゴブリン。
追撃を回避するため、後ろへ飛びのき、すかさず別のゴブリンがフェルナを襲ってくる。
「させるか!」
そいつの頭部を俺の矢で穿ち、動きを止める。
「はぁあああああ!」
俺が動きを止めたゴブリンの腹から胸にかけて剣を振りぬく彼女。
飛ばされたゴブリンは木にぶつかり、光の粒子となる。
そのフェルナの一閃と同時に、もう一体のゴブリンへ矢を放つ。
不意打ちをかまそうとしていたゴブリンは怒りに震える。
「甘かったな」
俺が放つもう一つの矢が彼の頭部を穿ち、落ち武者のようになったゴブリンが光の粒子に。
「やるじゃない」
「それはどうも」
お互いに、一歩距離をおいて話す。
戦闘となると、途端に負けず嫌いになる彼女に合わせ、俺も少ない言葉で返す。
俺はその方が楽でいいのだが。
森を抜け草原へでると、昼のダンジョンにはたくさんのプレイヤーがいた。
「これ騒ぎにならないで通れる?」
俺はダンジョンの外ではなく、町に入ってから姿を見せようと思っていた。
そうすれば少なくとも暴動が起こることはない。
ダンジョン内ならいいだろうと、制裁を食らうのは嫌だしな。
それを言ってあったからか心配してくれるフェルナ。
「あぁ。町までは【隠密】で乗り切ろうと思う」
フェルナとの戦いの中、理由もわからず捕捉されていた俺は必死で【隠密】を発動していたのだ。
今では昼のダンジョンでも、フェルナの背後についていけば、その陰に身を隠せるだろう。
ついに、プレイヤーから見つからない時代に突入できる!
俺が犯人だという誤解も解ければ、フェルナとも別れ、念願のソロプレイに戻ることに!
【隠密】で表情の読み取られない俺はフェルナの後ろで、頬を緩めるのだった。
もちろん、緊張もしているが……。
多くのプレイヤーがモンスターを狩っているため、俺たちはモンスターにエンカウントすることなく、町へとたどり着く。
「よし、ここからが勝負だな」
替えの服など持っていない俺は、フードは外した状態で黒服に包まれた体をあらわにする。
隣にはフェルナが心配そうに立っているが、問題はない。
フェルナによればソウタたちもまだ町にいるらしいし、なにやらすごいプレイヤーがログインしてきたとかで町の秩序も保たれているらしいからな。
だと思っていたのだが……。
『でたぞぉおおおおおおお!』
『あいつだぁああああああ!』
普通に騒がれる俺。
北の入り口に立った俺の正面――町の中へ続く大通り一帯をプレイヤーたちが囲む。
「な!? 人気のあるプレイヤーがいるから俺のことなんて気にされないとか言っていたのは誰だ!?」
「いや、そんなの推測に決まってるじゃない!」
なに本気にしてんのよ、と汗をかくフェルナ。
二人して顔を青くする俺たち。
いや、これはまずい。
数多過ぎるだろ!
今、フェルナと一緒にいるのでさえ、仕方なくやっているんだぞ?
なぜ、こんなにたくさんのプレイヤーから見つめられなければならない!
逃げたい。
逃げたい、が、スキがない。
しかし、教会でしかログアウトができない以上、できるならば誤解は解いておきたい。
意を決したフェルナが、話を聞いて、とプレイヤーに言うが、その声は重なった別の声にかき消された。
「なんだ? 騒がしいじゃねえか?」
町を震わせる声。
その発信源はプレイヤーを掻き分けてくる集団の先頭を率いる人物。
黒い巨鎚を片手にもつ大男。
筋骨隆々の身体は黒の部分鎧に包まれている。
圧倒的な存在感を放ったその男の頭上には『イシバシ』の文字。
俺を町に入れさせまいとしていたプレイヤーたちがその視線を彼に奪われる。
それだけのカリスマが彼にはあった。
だが、その声に一人だけ動きを止めなかった者がいた。
『【伝説】さんがきたぞぉおおおお!』
『これでPK犯も終わりだな…………え?』
イシバシの登場に沸き立つプレイヤーだが、彼らが視線を戻すと何かが足りなかった。
北の入り口で立ち尽くすフェルナ。
彼女も事態を把握できていないのか、顔をこわばらせる。
そしてその横にはさっきまでいたはずのプレイヤーがいなかった。
『に、逃げやがったぁあああああああ!?』
慌てふためくプレイヤーたちの喧騒が町を包んだ。
「いや、おいおいおいおい! なんだよあのイシバシとかいう大男は! イカツ過ぎるだろうが!」
ずっとあの場から逃げ出したかった俺は、あのプレイヤーたちをまとめてしまうほどの男の出現にさらにその衝動を強くした。
そして彼に注目が向いているスキに【隠密】を発動。
全力疾走でダンジョンへと逃走を開始した。
既にオークのいる一層の塔まで疾走してきた。
あの大男。
俺も知っている。
『Wars of Rebellion』という対人ガンアクションゲームのプロゲーマー。
圧倒的なプレイヤースキルで数々のゲームを攻略している。
そしてなにより、彼は対人戦では無類の強さを誇る。
「なぜあんな男がここにいるんだよ!」
オークの部屋に跳び入り、オークに八つ当たりする。
せっかくこれで誤解が解けると思ってたんだぞ?
最前線プレイヤーの一人を連れていったのだし。
くそっ、よりにもよって戦闘好きのイシバシが来ているなど!
アイツの風評からして、こんな状況になってる俺は決闘でも吹っ掛けられそうだ。
そんなことになれば、大衆の注目を浴びてしまう。
それは苦痛でしかないだろう。
そのような道を辿らなければいけないのなら…………。
「あぁああああああああ!」
負の感情をぶつけるようにオークを矢で穿つ。
壁に追い立てれば大顎を使い、攻撃を避けて足元に近づけばトラばさみを設置する。
そして、高速移動でオークを攪乱し、クリティカルヒットをためていく。
俺はたった十分でオークを撃破する。
今までで最速だった。
しかし、今の俺はそんなことに一々高揚などしていられなかった。
「こうなったら死にもの狂いで十層までたどり着いてやる!」
十層から使えるのは転移門――十層へ到達したプレイヤーのみ使える――だけではない。
今まではログアウトが教会でしか行えなかったのだが、それが十層の塔付近にある二つ目の教会でも行えるようになるのだ。
そうすればもうあの町にもどる必要はない!
俺は、ソロプレイ最高、と心の中で叫び、二層へと飛び出した。
「邪魔だ!」
俺は塔への最短距離を走っていた。
もちろんプレイヤーがいれば避けるし、モンスターの大群にも出会わないようにする。
今俺の視界の先にいるのはカブトムシ。
数十メートルの距離からその目を打ち抜く。
奇声を上げるカブトムシ。
怒りを表し、上体を起こしたカブトムシの腹部に矢を連射。
甲殻と腹部の間を狙う。
衝撃でバランスを崩し、仰向けに倒れるカブトムシの急所に矢を次々と放つ。
そしてカブトムシにたどり着き、その上を跳躍。
真上から頭部を穿った一撃によって奴を仕留めた。
「くそっ! もうこれだから人と関わるのは面倒くさい!」
自己中と言われようが、なんと言われようがもうどうでもいい。
そんなことを言う奴らとは関わらなければいいだけだ。
「単純なことだな」
考えを割り切った俺は迷うことなく、二層の塔の扉に手をかざす。
「この先に待っているのは、鬼か蛇か…………?」
口元にわずかな笑みを浮かべる俺。
「なんだ、楽しくなってきたな」
これから怒涛の逃走劇を始めようとしようか。
ついに本格的な低層攻略です。