第一章~低層突破は難しい~Ep18
俺はオークを倒した部屋で金髪の少女――フェルナと対峙していた。
この部屋にいる限りオークが再び現れることはないし、他プレイヤーに邪魔されることもない。
俺たちが居続ければ、ずっと他プレイヤーが入れないというわけではなく、ボスモンスターを倒してから10分間しかいられないのだが。
しかしそれでも貴重な時間だ。
最前線プレイヤーで【戦乙女】と他プレイヤーから多量の好意を受けている彼女を説得することが出来れば。
俺の疑いも晴れるはずだ!
「アンタがPK犯ってことでいいのよね?」
二層へ続く階段を塞ぐように剣を構えるフェルナ。
しかしその目は確信を持って発言している者の目ではない。
俺の発言を待って、何かを判断しようとしている目。
真のPK犯は二刀流だったしな。
どこかで疑っている部分があるのだろう。
まぁそいつがボウガンも使ってるって可能性は否定できないが。
この際、俺が二刀流使えるようになるか、なんて冗談を言っている場合ではない。
俺が思考を巡らせていると、フェルナが言葉をつづける。
「アンタ、クレハって言うのね」
あの時は名前なんて確認してる暇がなかったから、と俺の名前が呼ばれる。
唐突な発言に硬直してしまう俺。
初めて話す人に名前を呼ばれるのは慣れない。
本名と同じだしな……。
少し後悔する俺。
「あぁ、だが…………」
だが、俺はPK犯じゃない、と言いたかったのだが。
「ったく! 二刀流も、あのいけすかない奴を倒すほどの強さだったってのに、ボウガンもこんなに使えるなんて。ホンっトむかつくやつね!」
そもそも弓でボスにダメージとかありえないんだけどっと嘆くフェルナ。
あ、俺、最強プレイヤーと勘違いされてるのか!?
もしかして長い間沈黙していたのがいけなかったのだろうか。
彼女に不信感を抱かれてしまったようだ。
「その高レベルの【隠密】と逃げ足の速さからアンタがPK犯ってことでいいわね?」
再度確認される。
確かに、この服装で逃げ足が速くて、【隠密】のレベルが高くてっていかにも怪しいよな。
どうやら真のPK犯も群衆に紛れこんだ後、【隠密】を使って消息を絶ったらしいのだ。
「いいから早く剣だしなさいよ!」
両手で持っている剣に炎を灯すフェルナ。
「いやだから「そっちからこないなら私からいくわよ!」……俺じゃないんだが…………」
俺の話に耳を傾けてくれないなら、確認するなよ、と思いながらも、そのどこまでもまっすぐな目に心を奪われる。
どこにも目の前の少女を避ける要素が見つからないのだ。
嘘をついてもいないし、名誉に目が眩んでいるわけでもない。
ましてやPKすることに愉悦を感じているわけでもない。
どこまでもまっすぐに、全プレイヤーの脅威を消してやろうという使命感と覚悟。
彼女が、俺が真のPK犯かどうかまだ疑ってくれているかはもう分からない。
ただ、その炎の光を反射して輝いている瞳に、油断できないということを五感で感じていた。
「【炎波】!!!」
フェルナが遠距離から【炎波】を飛ばす。
「はぁあああああ!」
ブォオン、と。
さらにその業火を追うように自身も【炎舞】で急加速し、縦に広がる業火とクロスした剣が、十字の豪炎となって俺を襲う。
超高速の豪炎。
俺の胴体を四等分せんと差し迫る十字の迫撃。
「うぉおあ!」
慌てて体を投げ出す。
この世界に来て初めてのプレイヤーからの攻撃。
しかもそれがいきなり最前線プレイヤーの一撃。
火花が俺の頬を掠め、豪炎が部屋の壁に激突。
ゴォオオオオオオン!
揺れる塔。
「火力高すぎだろ……」
決して壊れることのない塔の壁から煙が出ている。
しかしフェルナは火力だけではない。
「ぁああああ!」
全開の【炎舞】によって俺のスピードにもついてこられるフェルナはさらに追撃を繰り出してくる。
上から、右から、下から、左から。
四方八方から俺を切り裂いてくる炎の剣。
超高速で舞う剣閃が俺の耳の横を通り、ゴォオンと風を感じさせる。
圧倒的火力。
圧倒的加速力。
圧倒的剣技。
風に靡く金色の髪が炎に染められて橙色に輝く。
「っ!」
ギリギリで舞う火の粉も躱せているが、この火花に当たっただけで俺はキルされてしまうだろう。
「キルされたら、教会で他プレイヤーに拘束されそうだな……」
最悪の状況に顔をゆがめる。
この姿をしている以上プレイヤーからの犯人扱いは止まない。
しかし、町を抜ける時に見たが、町中に指名手配の紙が貼られ、新しい服を買っている暇などなさそうだった。
町にいるプレイヤーが少なくなる夜中ではNPCの服屋が閉まっているし、この事態の中では警備のプレイヤーも配備されていることだろう。
ちなみに代わりの服は持っていない。
防具等の装備品なんてあっても俺のHPじゃな…………。
……どうしたものか。
トラばさみで拘束することもかなわないし、大顎を設置する暇もない。
罠に嵌められれば話をする間、攻撃を止めることができるが、易々と罠にかかってくれるプレイヤーでないことは十分に理解している。
それに反撃をしてしまえば俺にPK犯の烙印が押されてしまう可能性がある。
「はぁ…………」
俺に残された唯一の選択肢。
それはただの時間稼ぎでしかなく、何の解決策にもならない。
しかしそれは時間稼ぎではあって、何か解決策を導いてくれる唯一の策。
「逃げるっ…………。それしかない!」
俺は逃げの一手を選択した。
超高速で俺を追い詰めてくるフェルナ。
その立ち回りは俺を二層へと行かせないように、上手く運ばれている。
そして一閃、一閃が俺のHPを刈り取ろうという強い意志を宿している。
躱しているのに一撃、一撃が重い。
「っ、流石は最前線プレイヤーだな」
「さっきからボソボソうるさいわよ! それによけてばっかで、アンタ、アタシをなめてるの!」
許さない、と彼女がその剣閃をさらに鋭くさせる。
火花を激しく散らす猛攻が俺の余裕を削っていく。
少しでも距離を開けることに成功すれば、飛んでくる【炎波】によって回避を余儀なくされ、再び詰められる間。
近距離戦では俺に勝ち目などあるわけもなく、躱すので精いっぱいだ。
AGIとDEXに特化している俺の速さをその技で殺してくる。
最近はDEXだけでなくAGIにもステータスポイントを振っているのだが…………。
俺は古参の最前線プレイヤーの強さを、身をもって実感する。
繰り返される業火の猛攻。
たった五分しか経っていないが、部屋の中は既にボロボロになっている。
壁面は至る所から煙をあげ、岩の床が爆散している。
これってMP消費し続けてるはずだよな?
途切れることのない猛攻に、戦慄する。
だが、目標が目の前の少女を倒すことではなく、『逃げること』なら俺にもできる!
「っ!」
塔に入ってから解除していた【隠密】を急に発動させる。
急に姿が消える俺。
目を見開くフェルナ。
一層の塔の中は薄暗いため、俺の姿が視認できなくなったようだ。
フェルナが顔をしかめる。
一瞬。
一刹那の間。
フェルナはその時間を俺に与えてしまった。
俺はその一瞬のスキをついて【逃走】任せのダッシュを敢行。
全速力。
覚悟を決めた俺の決死の逃避行。
どのようにかして俺の位置を察知している彼女。
「【炎輪】!!!」
階段の入り口を塞がんとする業火の輪。
徐々に収縮し、空洞部分を縮めていく。
それでも階段へと駆ける。
「はぁああああああ!」
【炎舞】の勢いを乗せた一閃。
その剣を捨て身の勢いで躱し、階段前に位置取っていた彼女の頭上を跳び越す。
そしてギリギリのところで塞がりきっていない炎の奥へと体を突っ込む。
「な! ったく! また逃げるって言うの!」
こちらをにらみつけ、頬を膨らませるフェルナ。
待ちなさいっ、と追いかけてくるその姿を索敵マップで捉え、俺は足を動かす。
経験と技術だけで俺の【隠密】を看破し、しかも俺の速度に追いつき、高火力の攻撃を放つ最前線の魔法剣士――フェルナと俺の逃走劇が幕を開ける。
フェルナはPK犯の名前を知りません。
遠距離から攻撃した直後に逃げられましたので。