第一章~低層突破は難しい~Ep16
誤字脱字等の指摘をしてくださり、ありがとうございました。
「っぅう。もうログアウトする時間か」
俺が目を覚ましたのはちょうど午後に差し掛かったころ。
どうやら相当疲れていたようだ。
寝ぼける頭で教会へ向かう。
『冒険者の町』は広い。
教会を中心とした正方の町。
道と道が直行し、その中でも、中央を十字に通っている大通りはプレイヤーたちが賑わいを見せている。
その中心にある教会は、実は壁も天井もなかったりする。
一段高い石の床に、円形の青い陣が刻まれていて、その中心に巨大な像が立っている。
像と言っても人型ではなく、両刃斧のような形。
DTDの最初のDを反転させたような形だ。
ダンジョンへの入り口は大通りを北に進んだ先にあり、町は高い石壁に囲まれている。
そして、ガウスの工房はその教会から南西に行った先にある。
意外と遠い。
俺のいつものルートとしては、換金はダンジョン入り口のある町の北にある『冒険者ギルド』で換金し、大通りの教会近くで行われている露店市で、食事を買い貯めている。
『冒険者ギルド』はプレイヤーの情報収集の場、依頼の発注、受注の場となっていて、今日もたくさんのプレイヤーが出入りする冒険の中心地だ。
俺は路地を進み、教会のある大通りに向かう。
出来るだけ路地を通り、大通りにいる時間を短くしようと交差する道を曲がり続ける。
「ん?」
何回目かの路地を曲がった際、もう大通りに着くかといった頃、俺と同じ黒のフード付きマントを被っているプレイヤーを見た気がした。
「お、クレハ、相変わらずその黒格好のままなのかい?」
「あぁ。この方が動きやすいしな」
流石に町ではフードを被っていないが。
「でもクレハくん、似合ってますよ!」
「お、おう。ありがとな」
頬を染めて褒めてくれるアイリ。
あぁ…………、こいつ本気で言ってるようにしか見えないんだよな。
突き刺さる視線が痛い。
「なにクレハの奴調子乗ってるんだけど」
「えぇええええ、流石にひくわぁ」
「確で死刑」
「……病院送りにしてやる」
怖い怖い怖い!?
「なら自分たちもいいとこ見せればいいじゃないの………………」
シノのつぶやきにビクッと体を震わせる彼ら。
なんか有馬ゼミの奴らだけじゃなくて、教会の周りにいる男たちまで反応してたのは俺の気のせいだよな…………。
「じゃあ今回もいつもどお『きゃぁあああああああ!』り…………!?」
ソウタが聞こえてきた悲鳴に言葉を止める。
皆も驚いたようにその方向へ視線を。
南北を貫く大通り。
南側が妙に騒がしい。
「ちょっと行ってくる。クレハもきてくれるかい?」
「わかった。いこう」
皆をその場に残し、俺とソウタが駆けだした。
「あ、あれは!」
「うそ…………だろ」
ソウタが顔をしかめる中、俺は瞠目する。
俺と同じ格好をした奴が両手に剣をぶら下げて大通りを歩いてくる。
二刀流。
圧倒的なプレッシャー。
周囲のプレイヤーは一目散にその場から逃げ出し、町は混乱に陥っているようだ。
そしてそのプレイヤーの背後には、全身鎧ごと真っ二つに斬られ、光の粒子へと変わっていくプレイヤー。
PK――プレイヤーキラー。
「おいおい、町でもPKってあったか?」
俺は自分がログインしたばかりの頃、何回もキルされたことを棚に置き、ソウタに尋ねる。
あれは事故みたいなものだったしな。
「いや、町ではPK禁止ってプレイヤー間で取り決められているはずだよ」
ソウタが顔をしかめる。
明確なプレイヤーへの殺意。
こんなにもあからさまなものは初めてだった。
「とりあえず止める! みんなを呼んできてくれるかい?」
「…………しょうがないか」
別に俺の武器や戦い方を隠しているわけでもない。
だが、見せずに済むならここはソウタに任せよう。
近距離戦は得意とするところではないしな。
混乱した大通りを駆け抜ける。
人ごみを躱して進むのはもう手慣れたものだ。
「おい! PKが現れた! お前らもこい!」
四の五の言わずすぐに駆け出していく面々。
流石は最前線プレイヤー。
俺たちが件のPKのいる場所へと戻ってくると、ソウタが彼と対峙していた。
「なかなかやるね! 最前線プレイヤーと同程度か…………それ以上はあるんじゃないのかい?」
ソウタの台詞に周囲のプレイヤーが戦慄する。
黒マントの男の頭上に浮かぶプレイヤーの証。
――『 』。
しかし、名前が表示されていなかった。
黒マントが右手の剣を横薙ぎに奮う。
ソウタが左手に持った盾でそれを受け止めると、そのまま右手の剣で刺突。
しかし黒マントが体を時計回りに回転させ、左手で弾く。
その勢いのまま右手の剣をソウタの右上方から振り下ろす。
ソウタは左に跳びながら、剣がくるまでの距離を稼ぎ、盾を間に合わせた。
お互いに一歩も引かない攻防かのように見えた。
周囲のプレイヤーたちは恐怖など忘れたのか、激しい戦闘に沸き立っている。
「これ参戦したほうがいいのかしら?」
「どどどどうしましょ!?」
唇を噛みしめるシノたち。
彼らは知っていたのだ。
ここで彼らが参戦することをソウタは望んでいない。
ここに呼ばれたのはソウタが負けた時のためであって、手助けをするためではない、と。
それはソウタのことを知っている彼らだからこその判断だった。
ああ見えて彼は根っからの負けず嫌いなのだ。
しかし俺たちの想像以上に二刀流の黒マントは強かった。
「っ!」
ソウタが盾で剣を抑えるも後ろに押される。
圧倒的なSTR値。
ソウタは咄嗟に体を横に流し、黒マントの右腹に一閃。
だがその剣をもう一方の剣で弾き、さらに踏み込んでくる相手。
強い、それも果てしなく。
息の切れてくるソウタ。
このDTDの世界では現実世界の身体の状態が反映されている。
ステータス値はあくまでその補正なのだ。
ソウタはその才色兼備っぷりからして、現実世界でも運動神経抜群なのだが、対する黒マントはそれを上回る。
ステータス値で最前線プレイヤーを上回っているというのか。
黒マントの奥で中にいる人物が笑みを浮かべたような気がした。
「っうそだろ!?」
ざわつく観客たち。
なんと黒マントが加速した。
戸惑うプレイヤーたち。
なにせ黒マントの姿を捕捉できなくなってしまったのだ。
超高速で動く黒マントから放たれる剣戟。
ソウタは圧倒的センスで攻撃を読み、防ぎ、上手く立ち回る。
だが、差が圧倒的過ぎた。
ギィイイイイイイイン!
側面をたたかれ弾き飛ばされる盾。
獰猛な二本の剣がソウタを襲う。
「【炎波】!!!」
二本のクロスされた剣がソウタを薙ぎ払う寸前。
群衆の中から飛び出してくるプレイヤー。
フェルナの放った業火が黒マントの攻撃を中断させる。
放たれた業火をクロスさせた剣で受け止める黒マント。
衝撃で5メートルほど後ろに飛ばされるが姿勢は保ったまま。
そしてその業火を薙ぎ払った。
「間に合ったみたいね」
険しい顔でソウタの横に体を止めたフェルナ。
しかし、彼女に対して向けられた敵意は目の前の男からのものではなかった。
「誰が邪魔していいと言った!!!」
立ち上がりフェルナの胸ぐらを掴むソウタ。
「僕には僕の誇りがある! キミが邪魔していいものじゃない!」
今までに見たことのないようなソウタの顔。
「はぁあ!? 何言ってんの! そんなくだらないことで町に危険晒してんじゃないわよ! やりたいならダンジョンにでも言ってやりなさい!」
胸ぐらをつかまれてもにらみ返すフェルナ。
二人相手は厄介だと判断したのかそのスキに群衆の奥へと姿を消す黒マント。
しかし、それよりも最前線プレイヤー二人の争いに意識を持っていかれるプレイヤーたち。
「アホか! あなたたち言い争ってる間に逃げられてるじゃない! そんなことしてないで対策考えなさい!」
ソウタにげんこつを放つシノ。
彼は無言のまま教会の方へと去っていく。
「待ちなさいよ!」
叫ぶフェルナも無視し彼は歩いていく。
それに続くように教会へログアウトしにいく有馬ゼミの面々。
後に残ったのは憤慨したフェルナと町中PKへの恐怖だった。