第一章~低層突破は難しい~Ep12
七月十二日午前七時、俺たちは今日もDTDにログインする。
「よし、今回も頑張ろう! 低層突破はもうそこに見えてる」
ソウタがいつものように教会でゲキを飛ばすと、13人のプレイヤーたちが一気に散らばっていく。
俺は見えてきてないけどな!
一人愚痴をこぼす。
今回の六日間では一層突破を目標にしようと思う。
皆は九層突破が目標らしいけどな。
「とりあえず、ガウスのとこによって矢を補充しておくか」
俺はガウスの工房に行く。
すると今日は店の中にガウスがいた。
無言で店に入り、矢を補充する。
カネはカウンターに置いておく。
ふぅ、これで準備はオーケーだな。
「っておいおい! 何勝手に人の店のもの買ってんだよってか手慣れてるよなお前!?」
「なんだ今日は随分調子がいいんだな」
「全部お前のせいだボケ!」
ガウスはお怒りのようだ。
しかしそんなことはどうでもいい。
俺の一層突破の大志の前では気にすることではないのだ。
「また利用させてもらう」
俺はガウスにそう言い残し、店から出る。
「ホント調子のいいやつだな…………」
ガウスの嘆きは俺に届かない………………ことにしよう。
昼のダンジョンに出て、プレイヤーのいないところで【隠密】を起動する。
レベルの上がった【隠密】は昼のダンジョンでもその姿を蜃気楼のように消し去る。
揺らめく影が森の中を駆けていった。
「よし、今回はオークを倒す!」
俺は奮起の言葉を放ち、塔の扉に手を当てる。
それに反応して、巨大な黒扉が軋みながら開いていく。
俺は迷うことなくその中へ足を踏み入れ、その中で俺を待っていたオークと正対する。
『ォオオオオオオオオオオ!』
オークの咆哮が閉じられた部屋の中で反響する。
しかし俺にはそれが一つのベールに包まれたかのようにくぐもって聞こえる。
そしてHPが減ることもない。
「【無音】がちゃんと働いてるみたいだな」
俺はしっかりと構え直す。
矢を装填し、オークを分析する。
2,5メートルほどの筋肉質な緑の巨体。
そして何よりその右手に持つ大きな槍。
先端は一つの切っ先になっている。
オークは咆哮を終え、臨戦態勢が整ったのか、閉じられた扉の前にいる俺目がけて槍を突き刺してくる。
「っ!」
意外と速い!
おなかは太ってる割に、足にはちゃんと筋肉があり俊敏な動きができるらしい。
俺はあえてギリギリで回避し正面から敵の右目を打ち抜く。
「グルォオオオオオオオオ!」
悲鳴のような雄叫びをあげるオーク。
それで力が増したのか本気になったのか、先ほどよりも速いスピードで槍をついてくる。
それをくぐるように回避。
落とした重心を前方への加速力に転換、相手の下方から首元を狙撃。
オークが俺を踏みつぶさんと下ろしてくる足を横に跳ぶことで回避、追撃で薙いでくる槍を持つ右手に矢を放つことで射線をずらす。
素早くもう一射をはなつ。
「くそっ、HPありすぎだろ!」
流石はボスモンスターといったところか、俺の攻撃がまるで効いていないかのようだ。
止まることのない槍の連撃。
突きを躱したと思えばそのまま薙いでくる。
そして槍の射線から抜けようと、オークの体に近づけば、空いた左手が振り下ろされる始末だ。
高速移動でなんとか躱し続け、そのたびに一射、また一射と反撃を入れていく。
一発でも当たれば俺の負け。
逆に当たらなければ俺の勝ちだ!
「考えてみれば簡単なルールだな!」
俺はオークを挑発するように、オークの周りを駆けまわる。
目まぐるしく動く俺に、オークは槍をぶん回して強行突破しようとしてきた。
「力み過ぎてるぞ!」
俺はその大振りで出来たスキをつき、オークの身体付近へと体を運ぶ。
そしてその少しできた時間でオークの足元にありったけのトラばさみをばらまく。
罠が作動すると同時にオークの体重によって壊されていくトラばさみ。
しかし、発動時に与えるわずかなダメージが数の暴力として確実に反映されていく。
「グオオオオオオオ!?」
急な足元からの衝撃に悲鳴を上げるオーク。
俺はその頭部に矢を次々と打ち込んでいく。
「さっきから【隠密】使ってるが、お前には意味ないみたいだな」
どうやらボスモンスターから逃れることは不可能なシステムらしい。
しかし【無音】は効いている。
俺の発する音――俺の矢の風切り音――が無音になるのだ。
奴は俺の攻撃を捕捉できない!
だから躱されることなく急所を追撃できる。
「全部クリティカルヒットで倒してやるよ!」
俺は次々と矢を装填し、部屋の中を駆けまわる。
そしてスキさえあれば懐に潜り込み、足元に大量のトラばさみを落としていく。
これ、地雷みたいの作れるようになったら便利だな……。
ふと思ってしまう欲望は切り捨てる。
「グォオオオオオオオオ!」
「うぉおおおおおおおお!」
二つの叫びが共鳴する。
そしてついに俺の最後の一射がオークの脳天を貫くクリティカルヒットとなる。
部屋の中央から無数の光の粒子が飛び散った。
「勝った、勝ったぞぉおおおおおおおおお!」
勝者の雄叫びが部屋の中に響く。
そしてアナウンスが届いた。
『エクストラスキル【起死回生】の取得条件を満たしました』
『エクストラスキル【狙撃手】の取得条件を満たしました』
そのアナウンスが勝利の残響となり、部屋に残る。
ついに一層突破を果たす。
一層を突破した俺は塔の階段を上る。
そしてたどり着いた二層への扉。
「ふぅ」
俺は息を一つ吐き、その扉に手を当てた。
開かれる扉。
差し込む日差し。
「うっ!」
手を目にかざす俺。
その手をどけた先に見えたのは広大な森。
一層の森の続きなのだろうか。
それを上から俯瞰している。
今いる一層からの塔出口はその森を見渡せる崖の上にあるのだ。
俺は新たなダンジョンとの出会いに興奮し、思わず森へと駆けだしてしまった。
「う、うそだろぉおおおおおおお!」
森に入るなり響く俺の声。
全速力で走るその後ろからは大量の羽音。
二層モンスター『フォレストビー』、集団で行動し、その胴体の先っぽには鋭い針がある。
黄色い体に黒のストラップ。
蜂型のモンスターだ。
とはいっても毒はなく、攻撃力もそこまで高くない。
その数が問題なだけで。
しかし俺にとってはその攻撃力でも致命傷なのだ。
「って囲まれたぁああああああ!」
逃げる俺を追い詰めるかのように全方位から現れる蜂。
囲まれた俺はなすすべもなくその針に体を刺される。
数十の蜂の群れの中から光の粒子が散っていった。
既に夜を迎えている。
オークとの一戦は相当長かった。
インターバルトレーニングは始めたばかりだが意外と役に立っているのかもしれない。
あれは本当に体力勝負だった。
教会に戻された俺はガウスの工房へ入る。
昼までいたガウスの姿はない。
俺はさっき取得条件をみたしたらしいスキルを確認する。
【起死回生】:残りHPが1の時に発動される。HP以外の自ステータスを倍にする。
【狙撃手】:クリティカルヒット時の与ダメージを二倍にする。
なにこれ、つ、強い!
しかし、スキルが埋まっている俺がこのスキルを得るには、何かと交換するか、スキルが統合されて空スロットがでるまで待つかをしなければいけない。
「くそっ! もどかしい!」
早く手に入れたいのはやまやまだが、今持っているスキルを手放すつもりもない。
なるたけ早くスキルが統合されて空スロットができますように、と願っておく。
本当にお願いします!
「でもスキル取得条件を教えてくれないんだよな」
DTDではスキル取得条件が教えられない。
大体の想像はつけることができるが、そのせいでスキル取得条件に付いての情報がネット上にのっていないのだ。
「そういえば全然ネット見てないな」
俺はこのDTDをプレイする前、その時一回少し掲示板に目を通しただけで、その後、一度もネットで情報を手に入れることをしていなかった。
まぁ、別にするつもりもないのだが。
なんかもうしなくてもいい気がしている。
何も知らない状態でやった方がいろいろと面白いしな。
つい最近、【罠作成】のこととかでいろいろと困ってたことは気にしない。
「なんにせよ今日は二層に行くって目標達成できたし、早めに寝ることにしようか」
俺はガウスの工房で堂々と居眠りを極めるのだった。