第一章~低層突破は難しい~Ep11
二巡目の木製トラばさみの作成。
「うぉおおおおおお!」
無駄にテンションをあげていかなければやっていけないような、作業。
もう何回目だよ、とぼやきたくなる既視感の渦中。
ただただソウタたちに劣っている悔しさと【無形軍隊】の連中の嘲る言葉が嫌で、意思を作成に注いでいく。
「よっしゃ成功!」
と声を上げるのは数十回に一度のペース。
徐々にその声も小さくなっていく。
俺はさらに100回の失敗を重ねたところで寝落ちした。
「おい!」
体をたたかれる。
「うっ?」
目を開けるとそこにはガウスがいた。
「あぁ、ガウスか、おはよう」
「おはようじゃねえだろおい! なに勝手に人の店で寝てるんだよ!」
ガウスは今日も武器作りに励んでいる。
こんなに真剣なのに昨日は何をしていたのだろう。
「で、昨日は何してたんだ? ここいなかったけど」
「で? ってなんだよったく……。昨日はちょっとダンジョンにな」
俺は目を見開く。
「ガウスってダンジョン探索もしてるのか?」
「あぁ。一応パーティにも入ってるから時々出かけるんだよ」
「あ、あの……。ちなみに何層まで?」
「今6層のボス攻略中だ」
ガウスが前線プレイヤーだったぁああああああ!
俺、お前が戦ってたとこ見たことないぞ!
「なにも驚くことじゃない。むしろ生産職やってられてるやつは自分でも戦えるやつかパーティに抱えられてるやつしかいないだろ」
それは知ってるんだが、それでも納得できない。
心のどこかで、ガウスも俺と一緒でそんな戦えないプレイヤーだからと安心している部分があったのだ。
「てか、お前話そらしてるよな。勝手に使用したんだから使用料とるぞ」
「ごめん、カネない」
即答。
「はぁ、ったく」
ガウスはふてぶてとしながらも許してくれた。
やっぱり前線プレイヤーってやつは心が広いな。
そして俺は、昨日勝手に鉄の矢も補充していたことを報告する。
「カネはちゃんと払っといたから」
「……ったくお前は」
ガウスはもう呆れて言葉がでない、というように鍛冶作業の方へ意識を持っていく。
今は大剣を作っているようだ。
俺は昨日の作業でもう木材がないし、またダンジョンへ向かおうと思う。
「これからしばらくはここを使わせてもらうからよろしくな」
ガウスからの返事はもう返ってこなかった…………。
了承の証としておこうか。
こんなことを繰り返すことさらに二日。
今回のダイブで迎える五日目の朝。
「よ、よ、よっしゃああああああああ!」
ガウスの工房で雄叫びをあげる。
ガウスは、今日は不在だ。
もうここは俺の工房だ!
通算400個以上の失敗を重ね、俺はついに【罠作成】のLvをあげることに成功していた。
ガウスによるとこれで【生産】を取っていないことのディスアドバンテージはほぼ消えたと言っていいらしい。
そしてこれからは成功率が一気に跳ね上がる。
俺のこの四日間は無駄じゃなかったのだ。
テンションがマックスになった俺は、昼の間に木製のトラばさみを大量生産し、迎えた夜。
「ダンジョン入り口を罠の宝庫にしてやる!」
さらに何回か拡張することで計60個の木製トラばさみを運べるようになった俺は、ダンジョン一層の入り口にそれをばらまいて設置する。
地味に罠を設置しておくことによる収入にも助かっているところがあるのだ。
今回設置した場所についてはただの憂さ晴らしだが…………。
俺は今回、もう一度ボスに挑戦しようと思っていた。
あの咆哮をどうやって防げばいいかは分からないが、カネも全て消費させたし、今は機嫌がいい。
挑戦するだけしてみようという気分なのだ。
途中狼を倒して、ボス部屋へと突入する。
中に入ると、そこには件のオークがいた。
奴は俺を視認するなり、その巨体から咆哮を放つ。
ダメージがある咆哮なのでハウルと呼ぶことにしたのだ。
咆哮はどうやら他のプレイヤーにとってはスタンさせられるものという認識があるらしいが、俺にはHPを削り取る悪魔の声にしか聞こえない。
「グォオオオオオオオオ!」
腹の底から響いてくるような、低い唸り。
そしてゼロになる俺のHP。
だが、何か違う。
前回の時とどこか違う気がした。
そう…………。
「もしかして音量下がってる?」
意識が暗転する。
教会にもどった俺はガウスの工房に戻り、ステータスの確認をする。
******
NAME:kureha / 残りステータスポイント:0
レベル:13
HP:1
MP:0
SP:0
STR:0
VIT:0
DEX:130
INT:0
AGI:100
スキル
【弓攻撃】Lv:7【索敵】Lv:9【隠密】Lv:9【静音】Lv:9【罠設置】Lv:7【罠解除】Lv:6【罠作成】Lv:2【罠感知】Lv:7【逃走】Lv:9【夜眼】Lv:7
******
おぉ、全体的にかなり上がってきたな。
常に発動している【静音】、そして【索敵】【隠密】は特にレベルが高い。
そして上がりもいい。
特に【静音】が結構あがったか?
最近ウサギの聴覚を結構ごまかしてたしな。
ん?
そこでふと思う。
今日のオークの声が小さくなったように感じたアレって、もしかして【静音】のせいなのか?
だとしたら、【静音】は咆哮対策として有用な手段になるかもしれない!
俺はその可能性を確かめるべく、【静音】のレベルが上がったところで再度オークへの挑戦をすることにした。
迎える今回のダイブ最終日。
昨日ぐっすり寝た俺は、いつも通りの午前四時に起床する。
最近は夜遅くまで罠を作ってたせいで起床時間もおそくなってたんだよな。
俺は反省しつつ、早朝のダンジョンへと向かう。
矢はガウスのところから勝手に補充してある。
昼と比べてちらほらとしかいないプレイヤー。
「これなら草原でウサギと戦っても見つからずに済みそうだ」
俺はその辺にいたプレイヤーから離れたところに索敵したウサギの方へと駆ける。
「朝から食事とは食いしん坊な奴だな」
俺は範囲の広がった索敵マップを利用して、数十メートル離れた地点からウサギを狙う。
「キャゥウウウン!」
ウサギが矢を受け悲鳴を上げる。
必死に攻撃された相手を探そうとするが、奴は俺を捕捉することができない。
【隠密】【静音】で姿も音も捉えることが出来なくなっているのだ。
一方的な蹂躙。
ただこの前のボスゴブリンの時のように、位置を勘づかれないようランダムな角度から狙撃する。
ウサギはゴブリンより知能が低いらしい。
奴は光の粒子に変わるまで俺を捉えることができなかった。
ここからは時間との勝負だ。
ダンジョンにいるプレイヤー数が増えないうちにどれだけウサギを狩れるか。
俺は次の標的を求めダンジョンを駆けまわった。
少しプレイヤーが増えてきたため、戦闘位置を森の中へと移す。
その中には前と同じゴブリンの集団。
今回は三体だ。
「ボスゴブリンはいないな」
もうこの一層のモンスター、その中でも昼に出てくるモンスターは気付かれることなく倒せるようになった。
ボスゴブリンみたいな例外はあるが……。
狼にも捕捉されるしな。
三体目のゴブリンも光の粒子になって消える。
すろとそこでアナウンスが響く。
『上級スキルへの進化条件を満たしました。【静音】を【無音】に進化できます』
「ん?]
俺は初めての光景に戸惑う
どうやらこれが上級スキルへの進化というやつらしい。
【無音】:自分が発する音を無にする。相手モンスターの咆哮が効かなくなる。
効果を確認した俺は迷わず『進化させる』を選択する。
どうやらこの【無音】にはレベルがないらしい。
「よし! これでオークとの戦闘が始められる!」
俺は浮かれる感情を抑えきれず声を上げる。
満足感に浸った俺は、今回のダンジョン探索を終え、町へと戻る。
時間もちょうどいい。
教会でステータスを確認する。
******
NAME:kureha / 残りステータスポイント:0
レベル:15
HP:1
MP:0
SP:0
STR:0
VIT:0
DEX:140
INT:0
AGI:100
スキル
【弓攻撃】Lv:8【索敵】Lv:9【隠密】Lv:9【罠設置】Lv:7【罠解除】Lv:6【罠作成】Lv:2【罠感知】Lv:7【逃走】Lv:9【夜眼】Lv:7
【無音】
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徐々にレベルの上がりは悪くなってきたようだが、これでも全体的に高くなっただろう。
そしてなにより【無音】だ。
俺の初の上級スキルで、俺にとってはボスへの挑戦権と言える重要なスキル。
「これだけ見ると【罠作成】が低いな……」
いきなり壁にぶち当たったのだから当然なのだが、これは集中的に特訓してもいいかもしれないな。
そんなことを考えていると、【青の円卓】【無形軍隊】の面々が教会へやってくる。
「おっ、クレハ。今回は一番のりかい?」
「あぁ。ちょうどいいタイミングだったからな」
ソウタと声をかわす。
「じゃあ、今回も成果を報告しようか」
彼らによると今の現状はこうらしい。
【青の円卓】
到達階層:9層 パーティレベル15
ソウタ:22Lv
アイリ:20Lv
シノ :21Lv
セイギ:19Lv
デンセツ:21Lv
ハタチ:20Lv
【無形軍隊】
到達階層:9層 パーティレベル12
ガク :24Lv
パヤオ:22Lv
ケンジャ:22Lv
オルヤン:21Lv
トミショー:21Lv
マツカス:22Lv
【クレハ】
到達階層:1層 ソロ
クレハ:15Lv
だとさ…………。
ってこいつら最前線プレイヤーかよ!
【兵の狂宴】も今九層だというから、そこに追いついたってことか。
DTDでは九層までが低層と呼ばれている。
そして十層からは中層だ。
そして十層からはギルドが結成できるようになり、転移門がアクティベイトされる。
その領域へと足を踏み入れようとしているようだ。
俺は再度、嘲笑を受け、アイリには、頑張ってますね、とフォローされ…………、シノには、アンタがしっかりしなきゃダメじゃない、とお叱りを受ける。
ソウタは相変わらす傍観しているし。
俺はもうこいつらには会いたくない、と思うほどには悔しかったし、恥ずかしかった。
現実へと戻った俺は無言のまま一番に部屋を抜け、自宅までの夜道を駆けだした。
夏の夜は生暖かい。
何も考えないようにと、ただただペースを上げ、悲鳴を上げる心臓を無理矢理駆動させる、
「くそっ! 絶対に一泡吹かせてやる!」
軋む身体は、痛みを通り過ぎ、逆にへこたれた俺を憐れんでくる。
「うぉおおおおおおおお!」
夏の夜道を叫びながら走った。
家に着いた俺は倒れるようにベッドへ。
この日は俺にしては珍しく倒れたそばから眠りに落ちた。
「うっ! くそっ、やっぱつらい」
早朝のインターバルをしてきた俺は大学の壁に寄りかかって息を整えていた。
そこへアイリがやってくる。
「く、呉羽くん! 今日も体調悪いんですか!? 大丈夫ですか?」
駆け寄ってきた彼女は俺の背中をさすってくれる。
「あ、あぁ大丈夫だ」
俺は落ち着くはずのない鼓動を、落ち着いたかのように笑顔でごまかす。
「よかったです、呉羽くんって結構無茶する人だから……、私心配です」
彼女は表情を暗くして俺の前で俯く。
「え!?」
俺は彼女の頭にポンっと手をおく。
「心配してくれてありがとうな。俺は大丈夫だ」
言葉を残し、一人ダイブ室へと向かう。
「はふぅ」
残された彼女は、憧憬の男の子の残り香に包まれ、顔を赤く染めていた。