第一章~低層突破は難しい~Ep10
「な!?」
奴は右前方にいたゴブリンのこん棒を奪うとその得物を俺のいる方向へと投げつけてきたのだ。
ギリギリ反応できた俺は、ほとんど反射に任せた状態で、木から身を投げ出す。
「俺の射撃の角度を統計してパターン割り出したって言うのかよ!?」
そんなのありか!?
だが今は戦闘中、そんなことは言っていられない。
地上に降りてしまった俺はゴブリンたちにその姿を捕捉される。
向かってくる四体のゴブリン、そしてその後ろからゆっくりと歩いてくるボスゴブリン。
俺は二列で向かってくる四体の右側のゴブリンの太ももに矢を放つ。
勢いを止めたゴブリンに巻き込まれ、後ろのゴブリンもその動きを止める。
迫りくる二体は縦二列から横二列に陣形を変えてくる。
「打ててあと一射か」
逃げるという選択肢は俺になかった。
こんなときに限って、この場所の周りにプレイヤーがいるだと!
俺の索敵マップは20メートル離れた場所にパーティ一団を、さらに別方向にはまた別のゴブリンの群れを捉えていた。
逃げ場がねえ。
「こうなったら狙いを絞る!」
俺は標的をボスゴブリンだけに絞る。
駆けてくる二体は無視し、奥から鉄製のこん棒を地面に引きずりながら歩いてくるボスゴブリンの右肩に射撃。
奴のこん棒を落とそうと画策した。
矢は確かに命中した。
しかし奴は微動だにしない。
「悟りでも開いたのかよ! そんな醜悪な顔じゃ誰もついてこねえよ!」
HPは確かに減っている。
俺は地面を強く蹴り飛翔、右正面のゴブリンの頭をさらに踏み台にし上へ。
枝につかまり、勢いのまま体を回転させ枝の上に着地。
着地と同時に矢を放つ。
もう狙いは急所に集中させる!
矢がボスゴブリンの頭部を貫く。
クリティカルヒットが出てHPを大きく削る。
といってもまだ八分の一ほど残っている。
「うそだろ!?」
悟りを開いたボスゴブリンは俺の想像を超えていた。
俺の目の前には奴の顔。
醜悪に上がる口角は狩る側のものが見せる残虐な笑み。
速い!
急な速度上昇のせいもあったが、俺の認識できるギリギリまで速さをあげてきたのだ。
奴がそのこん棒を左肩の方へ掲げ、振り下ろす。
「くっ!」
俺は瞬時に立っていた枝を支点に下方へ体を落とす。
落ちる直前に枝につかまり、体勢を立て直すが、空振りにおわったこん棒が木を砕く。
「ぐわっ!」
俺はその場に落ちる。
そこを四体のゴブリンたちが襲ってくる。
なんとか受け身を取っていた俺は向かってくる四体の方へと立ち向かう。
急な俺の突撃に身をこわばらせたゴブリンたちは俺が横に90度急旋回したことで一瞬俺を見失う。
森の木々が俺の姿を隠すのだ。
そのスキに地面に出来るだけのトラばさみを設置。
こちらからは捕捉できているボスゴブリンに向かって暇なく矢を放つ。
その襲撃によって俺の居場所を特定した彼らは俺の張った罠のゾーンへと足を下ろし、トラばさみにかかった。
俺があの祠から調達している鉄製のトラばさみだ。
捉えた時に一定のダメージを、そして壊れるまで相手を捕捉する。
俺はそれが壊される前に、HP的には瀕死状態であるはずのボスゴブリンに向かってとどめの一射を穿つ。
「グルギャギャァアアアアア」
最後にひときわ大きな悲鳴を残して奴は光の粒子になった。
その姿を見てさらに慌てたゴブリンたちは、トラばさみにつかまっていることでさらに焦り、再び枝の上へと姿を隠した俺の狙撃によって四体とも光の粒子となった。
モンスターのドロップアイテムはかなり高額で売れる。
それはモンスターが対パーティ用として設計されているからだろう。
俺はソロプレイだから、効率は悪いかもしれないが、一体倒した時の報酬は独り占めだ。
しかもボスゴブリンからは普段手に入らないレアドロップを手に入れることができた。
奴は強かったからな。
俺はそれを換金し、得たカネで、6日分の食料と余ったカネは【罠作成】の材料にする木材の購入に消費した。
食料は買っておかないとカネがなくなってるし、どうせ成功率の低い【罠作成】の特訓なのだから、性能は落ちるが、高価な鉄より安価な木材というわけだ。
「ガウス、いるか?」
しかし返事がない。
ということで工房だけ借りることにする。
ばれなきゃいいんだよ、ばれなきゃ。
別に何も知らないってわけでもないしな。
俺はアイテムボックスから作成器具を取り出し、成功確率5%の罠づくり――木製のトラばさみを作り――を始めた。
器具を扱い木材を【罠作成】の補正…………は【生産】を持っていないため働いていないのか、【罠解除】のようにガイドはでない。
俺は今まで扱ってきた祠のトラばさみを思い浮かべ、木をその形に加工していく。
理系の大学に通っているだけはあって仕組みを思考するのは得意な方だ。
人を分析するのも得意だしな…………。
その癖が生きたのか、トラばさみがどのような原理をしているかもある程度把握できていた。
俺は思い描いた形に木材を加工していく。
生産系のスキルを持っていないと加工すらできないというのだからスキルの重要さが見られる。
「あぁあああああ! また失敗だ!」
通算100回目の失敗。
既に夜へと突入している。
作成には意外と時間がかかるのだ。
これも【罠作成】が作動していないせいなのだが……。
今のところ作れたのは5個のみ。
そして木材ももうなくなった。
俺は買っておいたサンドイッチを口に突っ込むと、発動しっぱなしだった【隠密】【索敵】がそのまま発動し続けていることを確認し、ダンジョンへと飛び出す。
カネの補充だ!
俺は作ったトラばさみをダンジョンへの入り口に並べて設置しておいた。
タダの嫌がらせだ。
不幸な誰かにこの鬱憤を晴らさせてもらおう。
俺はとりあえず祠に向かう。
罠が切れてきたため、トラばさみの補充に来たのだ、
ここには他の罠もあるのだが、トラばさみしか床に設置できないのと、設置にかかる時間から俺はトラばさみを愛用している。
最悪置くだけでも機能するしな。
祠に向かう途中、俺は狼の一団に出くわす。
「くそっ!」
高速移動でまこうとしたのだが、それに食らいついてくる四対の赤い視線。
しかし、早めに索敵した俺との差は20メートル。
その差が縮まらずに鬼ごっこが続く。
それは遠距離攻撃の出来る俺に有利に見えた。
現に、足元を狙った矢によって一体が戦線から引き離され、今振り返りながら放った一矢で二体目の動きも制限する。
「こいつらの体力は無尽蔵か!?」
しかし、時間が経つにつれて体力の差がでてきていた。
この世界でも現実世界の体の情報が生きてくる。
俺は今まで走り続けていられたが、攻撃しながらというスサマジイ集中力を必要とする鬼ごっこの中、通常以上に体力を削られていたのだ。
徐々に縮まる距離。
「くそっ! 罠も切らしてる!」
俺は自分の攻撃手段が少ないことを恨む。
近距離戦闘をするつもりがなかったため、俺はこの距離をキープして矢で攻撃していくか、近づいたところで罠に嵌め、矢を、とどめを刺すまで放ち続けるかしかないのだ。
それでも最後の足掻きで、もう一体も矢で頭部を穿ち、離脱させる。
「しょうがないか!」
俺は残りの一体と向き合う。
そのままの勢いで俺に突っ込んでくる狼。
跳躍した狼が見せた首元を狙う。
急所を貫かれた狼は空中でバランスを崩し、横に回って俺の回し蹴りによってその身を5メートル程飛ばされる。
ダメージは与えられないが、物理的衝撃は与えられる!
俺は倒れる狼の足を矢でつぶしていく。
後ろ足を両足とも貫かれた狼はその速度を減少させられる。
「これなら近距離でも対応できるな」
ここでAGIに振った俺の移動速度が役に立つ。
素早く接近しながら一射。
そして鋭利な爪を薙いでくる一撃を跳躍により回避。
狼の上方からその首元に追撃、そして彼の後方へと着地したと同時に体を一回転させ照準を振り返った彼の脳天に。
放たれる一矢。
その矢がクリティカルヒットとなり狼を後ろにのけぞらせる。
そこを高いAGIでの高速移動の勢いを乗せた跳び蹴りで吹っ飛ばす。
地面を転がって、距離が開いた彼にとどめの一射を放つ。
どうにか狼を振り払うことができた俺は、祠へとたどり着く。
今日も罠は大漁でした。
狼を倒したからと、町へ戻ろうとした俺は狼ではないモンスターとエンカウントする。
「ゴーストか……」
『ナイトゴースト』、一層の夜に出てくる単独行動のモンスター。
出現確率は珍しく、急に姿を現すためエンカウントするかしないかは運次第である。
俺が出会うのはこれで二度目だ。
見た目は黒のマントが浮いているようにしか見えない。
そしておそらく腕があるのであろう場所には剣が浮いている。
剣が夜のダンジョン唯一の光源である月明かりを反射して、その不気味さを増長する。
牽制の一射を放つ。
キィイイイイン!
ゴーストがその剣で矢を弾く。
「お前体あるのかないのかはっきりしろよ!」
腕が見えないのに剣が振られる光景に戦慄する。
そしてこの反応速度。
今俺とゴーストの距離は約5メートル。
こんな近距離で攻撃を躱されたら攻撃のしようがない。
「くそっ、でも…………」
よく見るとゴーストのHPはわずかだが減っている。
「弓を弾いた時の反動は受けるんだな?」
しかしそんなものはただのぬか喜びに過ぎなかった。
急に背後に感じる冷たい風。
そして俺の背中を横切る斬撃。
俺の背後へと転移したゴーストが俺のHPを刈り取る。
そう、ゴーストって転移してくるんだよな……。
どうやって勝てと……。
しかしこれで町まで戻れた。
アイテムは健在だ。
俺はそれを売り、木材を追加購入する。
そして、また終わりの見えない【罠作成】Lv2への挑戦が始まるのだった。