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第一章~低層突破は難しい~Ep1

ゲームにダイブする前までです。

一人の青年が近づいてくる。

180センチ越えの長身、スラっと伸びた足。

肩付近まで伸びる癖のかかった茶髪。

その下には、大抵の女なら一目ぼれさせてしまうような整った顔立ち。

格好は、しわのない青色のシャツに黒のパンツを合わせただけだが、モデル顔負けのスタイルのせいでオシャレに見える。

しかも爽やかな洗剤の香りのおまけつき。いつもはコンタクトをしているが今日は黒縁のメガネをかけている。

稲城(いなぎ)颯太(そうた)、俺と同じ国立情報技術研究大学一年で、ここ有馬ゼミに所属している男子学生だ。


「はぁ稲城か……。で、今日の進捗具合はどうだ?」

「ん? 会った途端ため息かい? ……まあいいや。それにしても呉羽(くれは)、そっちから話しかけてくるなんて珍しいね」

お前に話の主導権握られると面倒くさいんだよ!

俺は心の中でぼやく。

稲城はイケメンでしかも頭脳明晰。

そして他人を動かすカリスマ性と能力をもっている。

こいつのペースにもっていかれると対処しづらくなるんだよな。

それだけは避けたい。

「で? ゲーム作りの進捗具合はどうなんだ?」

稲城には反応せずこちらのペースを保つ。

本当ならば人と話すことは極力避けたい――むしろ近づくことすら避けたいのが本音――のだがそんなことはできないのが現状だ。

「ゲームの進捗具合? 呉羽はなんで僕が今日プログラミング実習の授業があると知っていたんだい?」

稲城が首を傾ぐ。

何かを試すような目。

……そのにじみ出てるニヤツキをどうにかせい!

「……はぁ。お前今日メガネかけてるだろ? それはPC画面に向かうときのブルーライト対策じゃないのか? それと今日のパンツ、しわができてる。シャツはしわなく着てるし、洗剤の香りもするから家を出た時はしわがなかったんだろう。となるとこの大学のコンピュータ室のあのクソ固い椅子に長時間座ってたんじゃないのかと。お前の性格や言動も加味しての、あくまでも推測だから外れてるかもな」

稲城は一瞬パッと目を開き、肩をすくめる。

「ははは、その通りだよ。呉羽の洞察力と分析力にはまいっちゃうね」

その爽やかな笑顔だけは今すぐに止めろ! 

褒められてるどころか憐れまれてる気がするだろ!


すると稲城は姿勢を戻し、俺の机に手をつく。

「聞いただろ今日の有馬さんの課題をさ」

「そのことか……」


有馬教授。

ここ有馬ゼミの教授で、VRMMOゲームシステムのマーケティングをしている。

現在時刻は七月九日午後一時。

先程ゼミが終わったところで、明日から夏季休業に入る。

そして今日有馬教授から課された課題。


『夏季休業中の課題を通達する。休み中にDTDをクリアして来い、以上』


有馬教授はそれだけ言ってゼミを終えてしまった。


DTDとは一か月ほど前に発売されたVRMMOゲームで、50層あるダンジョンをクリアしていくゲームだ。


「そう。でさ、俺たちとパーティ……?」

「断る」

「……っちょっと、断るの早いよ」

稲城は苦笑する。

しかしこれだけは譲れない一線だった。


「呉羽はいつもそうやって人を拒むね。だから今日そっちから話しかけてきて驚いたよ。でもまたなんでそう毛嫌いするんだい?」

なぜって……………、俺は人の近くにいるのが怖いからだ!

俺は臆病なんだ。

自覚はある。

それは昔からで……、俺の祖母が心理学かなんかに精通していて、俺は小さいころから人を観察・分析する訓練をさせられてきた。

そのせいで小学校のころから他人の嘘や心の中での悪態を常に分析してしまう。

それは、表面上和やかに映っている分、なおさらキツい。

分析しなければいいと思うのだが、癖になってしまっていて止められない。


「はぁ……。まぁ、パーティ組むとしてもお前とだけは組まない」

「…………、そうかい。じゃあ呉羽をパーティに入れられる日を楽しみにしておくよ」

稲城は今までの穏やかな雰囲気を一掃させ、真剣な表情で去っていった。


はぁ、俺も家に帰るとしよう。


家に帰る電車の中。時間帯のせいか人は少なく、この車両には俺とあと二人の客しかいなかった。

一人は20代後半であろう女性。

車内で化粧をしている。

くしで梳かしたのではなく、ゴムを使い強引にまとめたとみられる髪。

全体的にオシャレな服だが靴はヒールのないスニーカー。

指輪をしていないことからこの後合コンでもあるのだろうか。


どちらにせよ、朝寝坊したことは間違いない……。

 

もう一人は新聞紙を顔の上にかぶせたまま、いびきをかいて寝ている40代くらいのおっさん。

新聞は今朝のものだが、靴下が左右で違うものを、スーツなのにアキバ系のリボンを身に着けている。

おそらく二日酔いでもしたのだろう。

眠気には勝てずといった所か。

ネクタイ代わりのリボンは娘さんのものだろうか。

色々と間違えて着てきたんだな…………。

ご愁傷さまです、と手を合わせておく。


……俺はあんなリボンをつける娘は持ちたくないな。


って、こうやってすぐ人を分析してしまうからいけない。

俺は無心で目をつぶり、家まで帰宅した。



心地よい風が体を駆け抜けていく。

俺の日課である早朝のランニング。

運動不足にならないようにと祖父に言われ小学生のころからやっている。


俺って祖父母の影響受けすぎだよな?

 

今朝は誰にも会わずにランニングが終わる。

家から大学まで、20キロを一時間半程度で走った。

現在時刻七月十日午前六時。夏休みが始まったため大学に人はいない。

だが、唯一十三人の人が集まっている場所があった。

有馬ゼミに併設されている『VRダイブルーム』だ。

今朝こんなに早く大学へ来たのもこれが理由。

これからDTDというVRMMOゲームの中へとダイブするのだ。

今日はログイン時間確保のために集合時間が早く設定されていた。


DTD(Dungeon Too Difficult)は一か月前に発売されたVRMMOゲームで、そのグラフィックの美しさと現実再現性で注目を浴びた日本発のゲームだ。

しかしそのコンセプトが『攻略がとても困難なダンジョン設計』という、商業製品としては価値のみえないもので、現に、ゲーム内ではその難しさから引退するプレーヤーが続出。


難しくて燃えるプレイヤーも多いと思うのだが、いやはや、本当に難しいらしい。

一か月たった今でも、50層あるダンジョンは6層までしか攻略されていない。

有馬教授としては、今回はその製品価値を探って来いという課題なのだろう。


また、DTDは日本で初めて、ゲーム内加速機能を導入したゲームでもある。

中での時間は現実時間の12倍になっているのだとか。

向こうでの一日はこっちでたった二時間だ。

俺たちはこれから毎日午前七時から午後七時まで、出来る限りここに集まりログインしようという取り決めになっていた。

つまり、一日に最低限、向こうで6日はプレイすることになる。

もちろん俺は断りたかったが、自宅では機材がないためプレイできないのだ…………。

いと、かなしきことかな……。


なにはともあれ細かいことはゲームをプレイしてから。

今朝ログイン前に、稲城が『みんなで協力していこう!』だのなんだの言っていたが俺はパス。

なにせ俺はこの有馬ゼミ十三人のメンツの内、自分から話したことがあるのは稲城くらいだからだ!

それもさっき! 

しかも今まで稲城に話しかけられて面倒くさいことに巻き込まれてたから先手を打っただけ。


そう。俺は自分でも認めている。

俺は臆病だ! 

人と一緒とか無理だから!

 

うん……。

実を言うとVRMMOゲームをやるのはこれが初だ。

他人と触れ合うとかホント勘弁だから……。

この大学選んだのも相手がPCの仕事に就けば人と近づかなくていいからなんだよ……。


まぁそんなことはさておき、ゲームを起動するとしようか。

俺はVR機――人を内蔵するカプセル型になっている――に入り、DTDを起動する……。


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