お月さまのかけら
『流れ星に、願い事をすると、その願いが叶う』
誰もが、そう信じている。
ーでも 流れ星が空を流れた時 それは『誰かの願いが叶ったよ』と知らせる合図なのかもしれない。
小さなお家の赤い屋根の上、二匹の猫が銀色の月の光が降り注ぐ夜空を見上げていた。
「落ちてこないねぇ」白い体に茶色いぶち模様のボンボンが、悲しそうに言った。
「きっと、もうすぐ落ちてくるよ」こげ茶色と黒のしま模様のルネがボンボンを励ますように、言った。
「でも、本当にほんとなの?お月さまのかけらに願い事をすると、どんな願いも叶うって…」
「本当だよ!銀色の月夜の晩に月のかけらが降ってきて、そのかけらを捕まえて願い事をするとその願いが叶うんだ。その証拠に、時々 あの真ん丸お月さまが半分になったり、痩せっぽちになったりするじゃないか!きっと月のかけらが、落ちてしまうからだよ」ルネは、力をこめて話した。
「じゃあ、ボク 絶対に月のかけらを捕まえなきゃ!」ボンボンはそう言うと、また、空を見上げた。
「ボンボンのお願い事って何なの?」ルネが興味深そうに聞いた。
「あのね、ボク 家族を下さいって、お願いするんだ!」ボンボンは、目を輝かせて言った。
ボンボンは、生まれてすぐ、街の細い路地裏に捨てられてしまった猫だった。「もう、一人ぼっちは、嫌なんだ…。」ボンボンは、悲しそうに下を向いた−だがすぐに顔を上げ「でも、家族ができたらボクはもう一人ぼっちじゃなくなるんだ!」ボンボンは声を弾ませて、そう言うと 急にくるりと体の向きを変え、手を胸にあて、話し始めた「お父さんは、ボクみたいに、茶色いぶちがあるといいなぁ〜 お母さんは真っ白でフワフワしてて それでそれで小さな双子の妹がいるんだ。意地悪なんかしないよ。ボクはお兄ちゃんだからね。それから−」ボンボンは、うっとりと目を閉じた。
「あっ!」ルネの声が、空想の世界から、ボンボンを現実の世界へと連れ戻した。「あれ!」ルネの差し出した指の先を見ると、キラキラ光りながら、何かが落ちてくる。「お月様のかけらだ!」二匹は、その光を追いかけた。そしてボンボンは、パッと手を合わせ、それを捕まえた。ゆっくり手を広げてみると、ボンボンの手の中で小さなかけらがキラキラ光っていた。「わぁ!きれい」ボンボンがその光に吸い込まれそうになった時、「早くお願い事しなきゃ!」ルネが、また、ボンボンを、現実へと引き戻した。ボンボンは、慌てて、お月さまのかけらをギュッと握りしめ「お月さま お願いします。ボクに家族を下さい。」と、お願いした。 すると、ボンボンの手の中から、スーッと光るかけらが消えた。
「ボクにも、家族ができるんだ」その夜、ボンボンはワクワクしながら眠った。
しかし 次の日の朝になっても昼になっても夜になっても、ボンボンの家族は、現れませんでした。
「きっと、キミの家族になってくれる猫を捜しているんだよ。」がっかりするボンボンをルネは励ました。
でも、その次の日も、そのまた次の日もボンボンの家族は現れませんでした。
「どうして、ボクの家族は現れないの?どうして、ボクのお願いを聞いてくれないの?」ボンボンは、悲しそうに、月を見上げた。
それでも、ボンボンは、待った。願いが叶うと信じて…。
「明日は、きっと現れるよ」赤い屋根の上で、ルネは、毎日、毎日ボンボンを、励ました。
ボンボンがお月さまのかけらにお願いしてから、もう何日も過ぎました。
「明日こそ!きっと明日こそ!キミの家族が現れるさ」今夜もルネは赤い屋根の上で、ボンボンを励ました。しかし 「お月さまは、ボクのお願いを聞いては、くれないんだ。家族なんて現れないんだ」
ボンボンは、涙をポロポロこぼしながら、屋根の向こうに走り去っていった。
一匹残された、ルネがフゥ〜とため息をつき、空を見上げると、何か光るものがゆっくりとルネの上に落ちてきた。ルネは、そっと手で受け止めてみると、小さなかけらがルネの手の中で、キラキラと白く光っていた。「これ、もしかして、お月さまのかけら?」ルネは、その光をぼーっと、見つめていたが、急にハッとし、そのかけらを急いで、胸にあてた、そして「ボンボンの願いが叶いますように」と、囁くように言った。
言い終わると、ルネの手の中から、光が消えた。ルネは、もう一度、空を見上げると「お月さま、お願いします ボンボンのお願いを聞いてあげて下さい」と手を合わせた。
次の日もやっぱりボンボンの家族は現れませんでした。その次の日も、そのまた次の日もそのまた次の次の日も…。
いつからか、ボンボンは、あの、赤い屋根には、こなくなった。
ある夜、ルネが、いつもの様に、赤い屋根の上に行ってみると、満月を見上げているボンボンの姿があった。
「ボンボン!今までどうしていたんだい?この屋根に来なくなってしまったから心配していたんだよ!」ルネは、泣きそうになるのを、我慢して言った。
「ごめんね。」ボンボンは、そう言うと、また、月を見上げた。
「ねぇ、ボンボン 今すぐには、無理かもしれないけど、いつか きっと 君の家族が現れると思うんだ」ルネがボンボンに話かけると、「もういいよ。」ボンボンは、空を見上げたまま返事した。
「え?どうして?諦めちゃダメだよ!絶対、絶対お月さまが、君の願いを叶えてくれるから!」ルネは、必死にそう言った。「ありがとう。でも、本当にもう、いいんだ。」ボンボンは、空を見上げたままだった。「良くない!全然良くないよ!ボクもお願いしたんだよ お月さまのかけらを捕まえて君の願いが叶う様にお願いしたんだ!お月さまにもお願いしたんだ!だから…。」
とうとうルネは泣き出してしまった。ぽろぽろ涙をこぼし、それでも一生懸命話続けた。「もしかしたら、明日現れるかもしれないじゃないか!明日じゃなかったらあさって、現れるかもしれない あさってじゃなかったら…」もう、ルネの声は言葉に、ならなかった。ルネは下を向き、手をにぎりしめ肩を震わせていた。すると、さっきまで空を見上げたまま、だまりこんでいたボンボンが、ルネのいる方に目をやり、口を開いた。
「もう、願いは、叶ったんだよ」
その 言葉にルネは驚いて顔を上げた。「家族が現れたの?」ルネの問い掛けに、ボンボンは黙ってうなずいた。「どこにいるの?」ルネはあたりを見回したが、誰もいません。「キミだよルネ」ボンボンは、ルネをまっすぐ見つめて言った。「ボク?」ルネは、目を真ん丸にした。
「ボクが、うれしい時、悲しい時、いつもキミは ボクのそばにいて、一緒に喜んでくれたり、悲しんでくれたりした。今だって、キミはボクの為に泣いてくれた。
ボクね、気付いたんだ、ボクは、一人ぼっちなんかじゃなかったって。いつも いつもそばにいてくれたキミがボクにとってのたった一匹の家族なんだって」
ルネは身動き一つせずボンボンを見つめていた。そんな、ルネにボンボンはゆっくり近づき話を続けた。「ルネ、ボクはね キミがいてくれたから、ちっとも淋しくなんかなかったんだよ。キミがいてくれてよかった」ボンボンは、ルネの手をギュっと握った。ルネの瞳から、また涙が溢れてきた。
「ボク、今度の月夜の晩に、もう一度 お月さまのかけらをつかまえてお願いするんだ『ルネがずっとずっと幸せでありますように』って。
ボンボンの少し緑がかった青い瞳が優しく微笑んだ。その時『キラリン』
一つ星が流れた。
「あっ!流れ星」
二匹は手を繋いだまま、その流れ星が流れた方角の空をいつまでも見上げていた。
銀色の光がふり注ぐ夜空に、また一つ、星が流れた
『誰かの願いが叶ったよ』と知らせるために。