9話
「おはよう!ダフネちゃん、今日はどこかに出かけるの?」
「カジノでボロ負けしてきます」
「やぁだ、もー、変な冗談言わないのっ!楽しんでらっしゃいね!」
正直に申し出たのだが、冗談扱いされた。
また裏カジノに向かい、そこで所持金を全てコインに変える。
あとはこのコインを使い込んでマイナスにすればいいだけだ。
……ポーカーでいいか。
ひたすらノーペアでレイズに乗り、良い手札が来た時にはゲームを下り、なんとかコイン残り3枚の時に掛け金5枚の勝負に乗って負けることに成功。
これにて別室行き、つまりは奴隷身分への身分変更だ。
……カジノの人が非常にやりにくそうにしている。
大人しく連行されているのが不気味なんだろうな。闘技場で20連勝した直後だし……。
「な、なあ、ダフネ。お前に提案があるんだが」
別室で奴隷にされる説明を受けた後、及び腰でこんなことを言われた。
「八百長をやらないか?お前さんならかなり儲けられる。そしたら奴隷にするのは勘弁してやってもいいぞ?」
しかし、それをやってしまうと攻略対象の奴隷『リエル』とエンカウントできない。
「何、構わないさ。奴隷にしてくれ。肉体労働なら得意だ」
当然その提案は蹴ることになるのだが、そうするとますます困った顔をされてしまった。
「そ、そうか……し、しかしなんでまた……まるでわざわざ負けに来たみてえに……」
「気にするな」
ゲームプレイヤーの意図なんて、登場人物には分かるまいよ。
正直、自分で言うのもなんだが、『ダフネ』が何を考えてるのかを説明しろ、と言われたら、さっぱり分からん、と答えるしかない。
メタな視点を除いたら本当に登場人物として『ダフネ』の思考は成り立っていないんじゃないだろうか……。
という事で、晴れて『身分変更』が行われ、奴隷身分となった。
現在、ムーメス(2月)11日。イベントの進行具合としては割と順調と言える。
檻に入れられる、というか、自ら入り、鍵を掛けられた。
……檻の強度が気になって蹴ってみたらあっさり壊れてしまったので、見張りを呼んで直して貰うように頼んだ。
見張りが震えていた。申し訳ない。
そして1日、強制労働を挟む。
『平民』の時は花屋での労働だが、『奴隷』の時には主に港の荷物の運び出し・積み込み作業をやらされる。
武器を持った見張り達にこき使われ、足枷がある為逃げる事もできず、逃げようとすれば殺される……というのが本来の情景なのだろうが、残念ながら足枷は割とすぐ壊れた。
武器を持っている見張りと目が合うと目を逸らされる。根性なしめ。
仕事をしていなくても遠巻きに見られているだけで特に何も言われない。
……『ダフネ』が奴隷をやっているのは傍から見たらさぞ不思議なんだろうな。
そしてその日は沢山体を動かしたおかげでよく眠れた。
翌日ムーメス(2月)13日。
空いていた隣の檻に新たな奴隷が連れてこられた。
そいつも他の奴隷に比べたらかなり大人しく連れてこられて檻の中に納まる。
こいつが攻略対象の1人。奴隷の『リエル』である。
『リエル』。身分は奴隷。
10歳の時に奴隷にされて以来ずっと奴隷、という、筋金入りの奴隷である。
過去に故郷が魔物の襲撃を受け、その時同じ村に居た友達を見捨てて逃げた事を今でも悔やんでいる。
性格は明るく、非常に社交的。そして前述のとおり義理や忠義を重んじる、基本的には非常に良い奴だ。
頼れるお兄ちゃんが頼ってきてくれる、時々弱みをみせてくれるその瞬間がたまらない、というのがユキノ談だ。
だがそんなことは知らん。殺す。
リエルはぼーっとしていたようだったが、ふとこちらを見て『ダフネ』の視線に気づいた。
そして『ダフネ』を見て、フレンドリーに、しかし訝しげに話しかけてくる。
「あんたも奴隷……だよな……?」
まあ、装備はそのままだからな。
……アイテム類を没収されないのは仕様だ。没収されると詰む場合がある為だと思う。決して筋力の賜物では無い。仕様だ。仕様だとも。
「……ま、いいや。俺はリエル。奴隷歴10年のベテランだ。何かあったら言ってくれ。力になれるかもしれないからな」
このセリフから分かる通り、こいつは悪い奴では無い。それでも最終的には殺すが。
「私はダフネ。奴隷歴4日の初心者だ。よろしく」
……なんというか、ユキノらしい喋り方をした方がいいのかもしれないが……それで1年間、やっていける自信が無かった。
特に、リエルは割と長いお付き合いとなる。だったらボロを出さない内に最初から開き直った方がいいと判断した。
「あ、じゃあ奴隷になったのって凄く最近なんだな」
……問題なさそうだな。
まあ、VRだからこの程度口調がどうにかなっていた所でイベント自体は進むんだろうが。
「……ま、理由は聞かない事にするよ。色々あるだろうしな」
カジノで負け越したため、と言わなくていいのは有難いな。
「これからよろしくな。……っつっても、あんたはすぐに買われちまうかもしれないけど……」
これは……非・VR版では暗に容姿を褒めていた訳だが、何故だろう。この状況だと筋肉を褒められている気がしてならない。
客観的に考えて、『ダフネ』を買おうとする奴がいるとすれば、闘技場で戦わせるか、ボディーガードにするか……そういう用途だろう。
逆に観賞用に買おうとする奴がいたとしたら、そいつは人を見る目が無さすぎ……ああ、ボディビル方面の観賞っていう線ならアリか……。
そしてまた強制労働の合間にリエルのイベントが進む。
「くそ、これがなけりゃーな」
リエルの言う『これ』とは、手枷の事だ。
「前の主人は手枷なんかつけなかったからさ、久しぶりにつけられたよ。……くそ、やっぱ重いし痛むんだよなあ」
ちなみにこれは檻に入れている奴隷全員に付けてあるもので……いや、初日に引き千切ったので例外が1人ここにいる事になるが……。
「貸してくれ」
手枷をうっとおしがるリエルに向かって鉄格子の隙間から手を伸ばし、手枷に触れる。
そして鎖の部分を掴んで、そうとは分からないように力を込めて左右に引く。
当然の様に鎖は千切れた。
「うわ、すげえ!……ど、どうやったんだ!?」
「これは魔法で強化してある金属だ。逆向きに魔法を流せばすぐ壊れるんだ」
嘘では無い。このイベントはそうやってクリアするか、「痛い?大丈夫?」と気にしてやるかの2択なのだから。
一応、このイベントのクリア目標の『魔力10』には到達している。だから問題も無い。
魔法を使えば壊せる、とは言ったが、魔法を使って壊した、とは言っていないから嘘でも無い。
「魔法も使えるのか。凄いな」
何やら感心しながらリエルは千切れた鎖を眺めている。
「でもこれで過ごしやすくなった!ありがとうな!」
そして満面の笑みで礼を言われた。
まあ、こいつとは割と長い付き合いになる予定だ。その間はこのように良好な関係でいたいものだ。
……まあ、無理なんだろうがな!
その2日後には【自由とは】というイベントが済んだ。端的に言ってしまえば『自由』というものについて考える、という哲学的なような、俗物的なような、そういう会話イベントだ。
特筆すべきことも無いな。
そしてまたその2日後。
つまり、奴隷になって3回目のイベントである。
朝から何やら騒がしい。
今日は『ノイエ・ユグランス』が奴隷を品定めしに来る日だ。
『ノイエ・ユグランス』は、貴族だ。
しかし、所謂成り上がりである。
2代前が先代の魔王との戦いの際に優れた功績を残して中級貴族の座を手に入れ、それをそのまま親の七光り状態で維持している、そんな家の出だ。
非常に見栄っ張りで傲慢な性格をしている。態度も悪い。口も悪い。大体嫌味か皮肉を言ってくる。
……実際は自分に自信が無く、思惑の交錯する貴族界では心を開ける人もおらず、ひたすら苦悩し続け育った結果がそれなだけであり、主人公との出会いをきっかけに成長し、誇り高き好人物へと変貌を遂げるのだ、というのがユキノ談だ。
だがそんなことは知らん。殺す。
かつ、かつ、と靴が石畳を打つ音が響く。
奴隷たちは買ってもらおうと身を乗り出したりなんだり、と忙しい。
……そしてこちらへやってきて、目の前でそれは立ち止った。
「……これも大した容姿では無いな。本当にこれは女なのか?もう少しマシな奴を紹介しろ」
ちなみに、此処で『魅力』が50を超えていると購入されてしまう。
その時はノイエに召使いとして仕えながらノイエの心の傷を癒していく、という胸糞ルートに入る為、今回は『魅力』が50を超えないように配慮したのだ。
別に『ダフネ』の容姿を貶された所で何とも思わないのだが、一応ここで名前を聞いておかないとイベントが進まないので話しかけておく。
「私の名はダフネ。覚えておくがいい、貴族のご子息よ。いずれまた会う事になるだろうからな」
ちなみに、非・VR版では「失礼な人ね!」と食って掛かるのだが、既にリエルとの会話イベントで、ゲーム通りの言動をとらなくても割とそのまま進む、という事が分かっているため配慮しない。
「……おまえと、か?」
ノイエは皮肉げな表情を浮かべて嘲笑った。
うん、結構イベントは柔軟だな。流石VR。
「身の程を知れ。奴隷と貴族の間を隔てるものは……そう、この鉄格子のようなものなのだ」
「ほう。つまり大したことではないと。実にその通りだと思う」
面白そうだったので鉄格子に近寄り格子の一本を曲げてやると、明らかにビビっている。ははは、超おもしろい。
……いかん。イベントが。
慌てて鉄格子を元に戻す。
「話の腰を折ってすまなかった。続けてくれ」
「あ、いや……も、もし会う事があったらエスコートでもなんでもしてやろうではないかっ!私は『ノイエ・ユグランス』だ!覚えておけっ!二度と会うことなど無いだろうがなっ!」
……やってしまった。
本来ならここで皮肉げに笑いながら去っていくはずなのに、怒ったのか怯えたのか、速足で去っていってしまった。
……まあ、ノイエのイベントはまだ大量にある。フォローは効くだろう。
それに、インパクトという点では恐らくこれ以上無い程のインパクト……いや、しかし……反省しよう。
反省し始めた所で、隣のリエルがけらけら笑い出した。
「ダフネは凄いな!さっきのも魔法か?」
「ああ。まあ、こけおどしにはなるだろうからな」
筋力の賜物だとは言えない。
「いや、面白かったよ!あの貴族の表情、みたか?あー、ひっさしぶりだなー、こんなに面白かったの!ありがとうな、ダフネ!面白かったよ」
……まあ、お喜びいただけたようで何よりだ。
それからちょこちょこ、と、イベント以外の会話などもVRゲームらしく挟まったりしたが、こちらの体調を気遣われるイベント【心配】も無事終わり、そして遂に、リエルの大きなイベントの1つである【脱出の誘い】が発生した。
【脱出の誘い】は、イベント名そのままのイベントである。
つまり、「ここから逃げよう!」という話を持ち掛けられるのだ。
……ちなみに、このイベント、何をどう返事しても絶対に脱出することになり、そして、何をどうやっても主人公は脱出に成功する。救済措置だ。このゲームには珍しいが。
それがVRでもそうなっているかまでは分からないが、この『筋力』があれば大抵の事は出来る自信がある。
「このままここに居たら駄目だ。俺はいいけど、でも、ダフネはこんな所に居ちゃ駄目だ」
リエルは自らの内に宿る正義と使命感に燃えているように見えるが、実際は過去に自分が見捨てて逃げた友達を『ダフネ』に重ねて罪滅ぼしをしようとしているというのが実情らしい。
何がどうなってそこが重なるのかは分からないが、少なくともこの時点でリエルは割と『ダフネ』に対して好意や親近感、尊敬の念その他諸々な感情を抱いている、という事なのだろう。
……まるで意味が分からんぞ!
そしてその翌々日の夜、牢を破った。(本来はリエルが針金でちょっとやってくれるのだが、今回は物理的に破壊した。)
そのまま外へ出ると、早速見張りに見つかる。
見て見ぬふりをされたら嫌だと思っていたが、流石にそんなことも無く、見張りは応援を呼びながら追いかけて来る。イベントは順調だ。
順調に追いかけられながら逃げて、後は塀を乗り越えればいい、という所まで来た。
順調に追手も増えながら迫ってくる。
「ダフネ、俺に乗って、ほら」
この程度なら普通に飛んで超えられるのだが、まあ折角なのでリエルを踏み台にさせてもらって塀を超える。
「じゃあリエル、捕まれ」
追手にな、と思いつつ塀の上から手を差し伸べると、リエルは追手を見てからその手を押して、『ダフネ』ごと塀の向こうへ落とした。
「何をするんだ、リエル!」
一応こうは言ってみるが、この後リエルは捕まる。当然それは織り込み済み、むしろそうなってもらわないと困る。
「先に行っててくれよ!後から追いかけるからさ!」
「……分かった。必ずまた会おう」
塀の向こうから聞こえてくる声にあっさりそう返して、とりあえずそのまま逃げる事にする。
情緒も感動も緊迫感も何も無いがそんなものは今更いらないだろう。
ここまでは非常に順調だ。むしろ順調すぎて怖い位だが、後になればなるほど計画通りには行かなくなっていくだろう事は予想がつく。
1人でもバグったら全員バグる仕様だったりしたら目も当てられない。
一応、そういう可能性を考慮して計画を立てている。
イベントと関係なく殺すキャラクターはできるだけ後回しにして、先にイベントがらみで死なせられる奴を安全に死なせていく計画だ。
つまり、1日のズレが致命傷になる。それが本当に命取りになるのだろうから、恐ろしい話だ。
……さて。
そして遂に上げに上げた『筋力』と愛剣の出番だ。
次の休日にはギルドで登録し、カジノで必要なアイテムを取ったらそのまま魔物討伐軍に参加する。
魔物討伐軍に参加する。
魔物討伐軍に参加する。
やはり、これがなくちゃな。