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6話

物騒になってきます。

ご注意ください。

 すっかりバグっているレヴォルの突進を避けるも、何か見えない刃で斬られたような感覚があり、鎧の肩あてが砕けて落ちた。

 肌が粟立つ。

 これは今までのワンサイドゲームではない。自分と互角かそれ以上の相手との戦闘だと、瞬時に理解した。

 ……2撃目が来る。

 今度は真っ向から迎え撃つ、と見せかけて寸前で躱し、それに一撃……入れられなかった。

 確かに躱したはずだ。

 しかし、躱したはずなのに鎧の胸当てが凹み、肺が押しつぶされて呼吸が危うくなる。

 呼吸を整えようとする間にも、次の攻撃が来る。

 しかも、あの幽霊のような馬もまだいるのだからやっていられない。レヴォルに隙を見せる事を覚悟で大きく避けて、そのまま幽霊馬に向かって走る。

 バグったレヴォルは置いておくことにして、とりあえず幽霊馬に1撃入れる。

 ……微かだが、手ごたえはある。

『物理攻撃は効かない』のではなく、『効きにくい』のだろう。

 ならば、その分攻撃を重ねてやればいい。

 バグったレヴォルの攻撃を避けたり、上手く幽霊馬に誘導してぶち当てたりしながら幽霊馬に攻撃を加えていって、遂に幽霊馬は倒した。

 後には幽霊馬の額についていた宝石のようなものだけが地面に落ちて残る。

 ……さて。じゃあ、今度こそこっちの相手、だな。




 ……しかし、速いな。

 レヴォルは魔術師だ。決して肉体派では無い。むしろ、近接戦闘は苦手な部類であるはずだ。

 なのにこの身体能力。

 ……バグったからなのか?バグると身体能力が異常になるのか?

 あれに攻撃を当てようと思ったら、玉砕覚悟だな。

 しかも、それで決定打になるとは限らないんだからやっていられない。

 またグラフィックのズレ程度で済まされたらたまったものじゃない。

 ……だから、面白い。

 面白い。

 勝てるか分からない相手だから面白い。恐怖と隣り合わせだから面白い!

 この異常な空気は確実に興奮剤として作用していた。

 それと同時に頭が冷えていく。

 幽霊馬にぶつかる瞬間を冷静に何回か見て、攻撃の実態がなんとなく分かってきていた。

 恐らく、魔法を使っているのだろう。よく見てみれば、バグったレヴォルの周りの空気が歪んで見える。

 鎧を砕いたり凹ませたりしてくれたのはあれだろう。つまり、あの範囲に入らなければいい。

 しかし、あの速さの相手だ。どうやっても主導権は相手にある。

 そこをどう潜り抜けるか。

 ……よし。


 足元の大き目な石を数個掴んで、突っ込んでくるレヴォルの動線上に置くように投げ、その場を離脱。

 ……石は簡単に破壊される。

 レヴォルが急な方向転換をして、こちらに突っ込んでくる。人間の動きじゃないな、これは!

 そこにまた石を投げ、ぎりぎりで躱す。

 ……躱しきれなかったらしく、腕に裂傷のようなものが走る。

 このゲーム、痛みにすらリアリティを求めているらしい。滅茶苦茶痛い。

だが、ここで止まる訳にはいかない。

 殺さねば殺される。

 そして、その非現実的な死を恐れるだけのリアリティがここにはある。

 何より、こんな攻略対象の、しかもバグった奴なんかにゲームオーバーにされてやるほど安いプライドは持ち合わせていない。

 何度か石を投げ、離脱、という行動を繰り返し、目的の場所まで辿り着いた。

 そしてそこから目的の物を拾い上げる。

 二次災害を防ぐためまた少しばかり移動して、そして、また石を投げる。

 ……『火の霊水晶』を幾つか混ぜて。


『火の霊水晶』はレヴォルの周りに発生した不可視の魔法によって破壊され、そして、その魔法と反応し、盛大に火を吹いた。

 止まれなかったレヴォルはそこへ自ら突っ込んでいく。

「いなななななななnえ殺からうんでのたがムぞくなんしたかじゃくはぇスまてぃ」

 そしてレヴォルは火に包まれて、何やら無意味かつ無機質な言葉の羅列を叫びとして上げる。

 火に巻かれるだけでは無く、『火の霊水晶』の欠片を浴びた事も大きいのだろう。

 少なくともレヴォルが数瞬、まともに動きを止めるだけの威力がその火にはあった。

 そしてそのタイミングを逃さない。

 火達磨に迫り、剣を振り下ろす。

 火を裂いた剣は、間違いなくレヴォルを捉えた。

 それは肉や骨を絶つ、魔物を殺した時の感覚とは違うものだったが、確かに手ごたえがあった。

 そして少し離れて見守る。

 ……やがて、レヴォルを包む火が消える。


 その時。

 ……真っ直ぐに飛んできた衝撃を、避けられなかった。




 腹に直撃したそれは間違いなく内臓を傷つけただろう。骨も折れている。

 痛みに体が言う事を聞かない。

 ……恐るべきことに、それはまだ動いていた。焼け焦げ爛れ、そして頭の半分と左腕を肩口から失っているにもかかわらず、だ。

 流石に今までの『いかにもバグ』といった人間離れした速さは無いが、それでも確実にこちらに迫ってきている。

 ……そして、体は動かない。

 浅く速い呼吸を繰り返す事しかできない体に苛立ちを感じる余裕すらない。

 こんなにも痛みというものは強力に体を支配するものなのか。

 ……化け物が迫る。

 そして、その右手に不可視の力場を纏い。

 ……ゲームだ。

 これは所詮ゲームだ。

 負けたならコンティニュー、もしくは最初からやり直せばいい。

 何故ならこれはゲームだから、だ。

 ……しかし、このゲームは素晴らしい。

 面白い。

 最高に面白い。

 この痛みの中ですらそう思えるほどの高揚感、興奮、そういったものがある。

 作りこまれた世界。

 自分の物であって自分の物ではない、自由に動く体。

 ファンタジックな仕組みの数々。

 そういったものに、心の底から敬意を表したいと思う。

 つまり、それはどういうことか。

 ……ゲームを徹底的にやりこむ。全力で向かい合う。逃げない。捨てない。投げない。

 それが、最大の敬意だと思っている。

 制作者への、或いはゲーム自体に対して、一プレイヤーが払える最大の敬意だ、と。

 だから、ゲームオーバーになるその時まで徹底的に粘って、しがみついて、楽しんでやる。


『水の霊水晶』を投げる。


『水の霊水晶』はまた魔法に触れ、崩壊した。

 そして、暴発。

 ……ウォーター・カッターと化した水が暴れまわり、化け物の首から上を 完全に吹き飛ばし、足を切り刻む。

 こちらに飛んできた分は『魔剣・エクスダリオン』を何とか右手で動かして防いだ。それでもいくらかは防ぎきれずに左腕を抉ってくれたが。

 ……レヴォルは。

 霞む視界の中で、バグったそれが完全に動かなくなり、消えるのを見届ける。

 ……ああ。

 勝った。




 さて。

 幽霊馬もレヴォルも倒したが、他の魔物は幾らでもいた。

 そして、体は相変わらずだった。

 強い痛みが体を支配している。力が入らない。

 幾ら雑魚でも動けない人間1人を殺す程度は簡単な事だ。このままでは間違いなく死ぬだろう、という事は分かっていた。

 ……しかし、それでもいいと思えた。

 ベストは尽くした。

 それに、最高に面白かった。

 半分運頼みだった『水の霊水晶』も上手く働いてくれた。賭けに勝った、とでも言うべきか。

 ……だから、満足している。

 このままゲームオーバーになったとしても文句は無い。

 それぐらいの満足感が体を満たしていた。

 ……しかし、それでも、心の中で叫ぶ声もあるのだ。

『まだ遊び足りない』と。

 ……うん。やっぱり、まだ遊び足りないな。

 ここでゲームオーバーになってしまうには、このゲームは惜しすぎた。

 内臓がますます酷いことになるのが分かったが、歯を食いしばって起き上がる。

 まあ、ゲームだから。治れば元通りだ。

 そして剣を杖の様にして、本陣へ戻る。

 ゲーム中で言う所の『引き返す』という選択肢だ。

 本陣に戻れば治癒魔法を使って体力を回復してくれる。

 その分ターンは消費されるが、戦闘力の低いうちは1戦ごとにお世話になるのが定石だ。

 意識が途切れないように、必死に歩くが、殆ど進んでいる気がしない。

 ……しかし、幸運なことに向こうが気づいてくれた。

「大丈夫ですか!?今治しますね」

 すぐに治癒魔法の使える人が何人かやってきて、治癒魔法を掛けてくれる。

 ……ああ。

 これはゲームなのだな、と、改めて、いい意味で実感する。

 痛みは消え、見ると腹も元通りになっていた。

「それじゃあ頑張ってくださいね!」

 死にかけていた人に対して中々な台詞だが、そこには目を瞑ろう。

 体には倦怠感こそあるものの、痛みはもう無かった。

 よし。まだ、遊べる。




 討伐軍の帰り道は肉にも恵まれ、楽しい旅路となった。

 やはり相変わらず犠牲者は出てしまったが、前回より少ない人数で済み、比較的和やかにイリオ(5月)の魔物討伐は終了した。

『……今回の最大功労者として、不死鳥の如き生命力を見せ『ファントムホース』を1人で屠った『竜殺し』のアメリアを先月に引き続き表彰したいと思う』

 前回よりは誇らしい気持ちで表彰されることができた。

 そして、魔物討伐最大功労者としての賞金、250000ペタルが与えられる。

 ……そういえば、前回の賞金も、貴族位を辞退した時の1000000ペタルも殆ど手つかずだな……。

 ……いい魚でも買うか。


 そして市場に寄って、白身魚と貝類や野菜、ワインなどを購入して帰る。

 魚の洋風水炊きにして食べた。

 満足。




 そして寝る前にやっておかなければいけないことがある。

 ゲーム製作者にバグの報告をしなければならない。

 どう考えてもあれは……レヴォル・クレヴェールのあのバグりっぷりは、バグだろう。

 あのホラー一歩手前というか奥というか、何とも言えないおぞましさと滑稽さは修正の対象であって然るべきだと思う。

 メニューから『バグ報告』を選ぶ。

 ……フォームが起動しない。

 もう一度選択。

 ……やはり起動しない。

 何度やっても結果は同じだった。

 仕方がないので『お問い合わせ』のフォームを……開けない。

 こっちも駄目だ。

 一体どうなっているんだ。

 全体的にバグってるのか?

 それとも、レヴォルをバグらせたせいでこうなったのか?

 外部と連絡を取る為のコマンドを全て選択して、最後に。

 ……『ログアウト』を選択する。


 ……反応は無かった。




 何か決定的にまずい事になっている気がしたが、外部と連絡を取る手段は無い。

 ならば今できることは、このままゲーム内時間にして6か月半を終わらせ、このゲームのこの周を終わらせるという事だけだ。

 ……そのために生活や仕事をスキップすることも考えたが……今下手にそのあたりを弄ると、取り返しのつかないことになりそうな気がして、結果、どうしようもないまま残りの時間も今まで同様に過ごすことになったのである。




 時間は概ね今まで通りに過ぎていった。

 毎月の魔物討伐軍に参加し、MVPを取り、そして時々名声が上がりすぎたために魔王関係のイベントが発生したりしつつも、まあ、至って今まで通りに過ぎていった。

 レヴォルがどういう扱いになっているのかだけは気になったが、下手につつくとバグがどうしようもないレベルになる気がして、あまり探れなかった。

 ただ1つ言えることは、魔物討伐軍でどんなに魔物を倒しても……つまり、レヴォルの好感度が上がる行為をしても、レヴォルはあれきり現れなかった、という事だけだ。

 そういえば、イリオの魔物討伐軍の表彰の時、幽霊馬を『1人で』倒した、として表彰されたが、実際はレヴォルを何度か誘導して当てている。

 ……存在自体が消えて、無かったことにでもなっているのかもしれない。

 確かめる術もないが。




 そうして、魔物討伐を繰り返し、遂にトメント(12月)の30日を終えるに至った。

 これでこの周は終了だ。

「アメリアちゃん、1年お疲れ様!この1年はどうだった?」

「ものすごく充実していました」

 主に戦闘と筋肉的な意味で。

「そう、良かった!来年も充実した1年になるといいわね!……そうね、アメリアちゃんはこの1年ずっとお仕事を頑張ってもらっていたけれど……ふふふ、恋なんていうのもいいんじゃないかしら?」

 よくない。

「また来年もよろしくね!」

 ペロミアさんがそう言ってにっこり笑って、このゲームは終了する。

 所謂『キャラなしEND』という奴だ。

 スタッフロールが流れ終わり、スタート画面に戻るのだろう、と思われたのだが。




『おめでとう!あなたは013人目の生還者です!』

 なにやら物騒なメッセージが書かれた壁の前に立っていた。




 壁だ。壁である。つついてみても壁だった。

 しかし、そこには物騒なメッセージがあるのだ。

 ……意味が無いとは思えない。

 あのバグといい、ログアウトできなかった事といい。

 そして、そのメッセージの横には『死亡者リスト(暫定)』というふざけた文字が書かれていた。

 そこにはずらりと人の名前と死んだときの状況とゲーム内時間、パラメータ等々の情報らしきものが書かれている。

 最初の人は『強制労働中に衰弱で死亡』だ。

 ……つまり、奴隷になって働かされている時に体力が0になった、と考えられる。

 次の人は『魔物討伐軍にて死亡』だ。

 これも納得がいく。

 以下、大体同じような死亡理由が連なり、そして。

 そして。

『攻略対象によって殺害された』という人が現れる。


 ユキノだった。


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