4話
「おはようアメリアちゃ……アメリアちゃん!どうしたの!?元気が無いわよ!?」
ペロミアさんに心配されてしまった。
ああ、そうだ。今、元気が無い。とても無い。凄く無い。
「何かあったの?」
「スラム街の裏カジノの闘技場で勝ちすぎて出禁を食らいました」
「そう……大変ね」
反応としてはずれている気がしなくもないが、事実、大変である。
明日から何をすればいいのか分からなくなってきた。
「大丈夫?今日はお休みにする?」
「いえ……大丈夫です」
心配してくれるペロミアさんに申し訳ない。
行き先を見失おうが、無気力だろうが、今日も肉体労働である。
働きながら考える。これから先、何をすればいいのだろうか、と。
このままではいけない。目標が無いというのはよくない。目標が無いという事は進まないという事だ。
それが無駄に焦燥と倦怠感を生むであろうことは想像に難くない。
……何時だったか、ユキノが言っていた。
血や金が常に流れていないと淀み固まって害悪にしかならなくなるのと同じように、人も常に目標を持って動いていないとそうなるのだと。
「人間って鮪みたいなものなんだよ、きっと」とその後続けられたのでなんとも微妙な気分になったが、まあ、動き続けないと息が詰まって死ぬ、というのはあながち間違っていないだろう。
……動こう。
魔物討伐に出よう。
攻略対象とのエンカウントはどうせ魔物討伐軍参加2回目以降だ。
1回だけなら……1回だけなら問題ないはずだ。1回、1回だけ……。
という訳で、休日。ギルドにやってきた。
魔物討伐の為にはギルドに入る必要がある。
ここで登録しておかないと、魔物討伐に参加できないのだ。
「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「魔物討伐軍への登録と参加申し込みをしたい」
「はい。ではこちらに住所氏名、連絡先をご記入ください」
……まあ、ギルドとしては、『討伐に行った人間が死んだときの為の名簿』を作る目的しかない。
寄せ集めの傭兵で魔物を討伐するのにはわけがある。
それは、よく言えば職の無い者への救済措置。
魔物討伐軍に参加してある程度の業績を上げれば賞金が出る。巧くいけば、下級の一代限りの身分とはいえ貴族位を得る事もできるのだ。そこから成り上がる夢を持つ者も少なくない。
そして悪く言ってしまえば、チンピラやごろつき、浮浪者の口減らし、という事にもなるだろう。
裕福な者程、まともな装備が買える。頑強な肉体を作る為の訓練をするゆとりも、食事も得られる。
まともな装備を買えない、日々の食事にも不自由するような、本当に金が無い者たちは魔法の才能が余程あるでもない限り、大抵は死ぬのだから。
犯罪者に対して、魔物討伐軍へ参加してある程度の業績を上げれば減刑する、と持ち掛けるのもそういう事だ。
……という事情は、攻略対象を攻略していると分かってくる。
案外このゲーム、乙女ゲームなのに、黒い。
……いや、『乙女ゲームだから』なのかもしれないが。
登録も済んで、市場で買い物を急いで済ませ、部屋に戻る。
楽しみだ。ああ、楽しみだ!
非・VR版では、魔物討伐イベントは『戦闘力』と運に応じて勝手に殺した殺されたが決定する仕組みだったので、プレイヤーは体力を見て進むか引き返すかを考え、決定するだけだった。
しかし、カジノの闘技場では満足いくリアルな戦いができたのだ。
きっと今回も、魔物討伐でも満足できるに違いない。
結局その日は楽しみすぎて中々寝付けなかった。
指折り日を数えて、遂にその日はやってきた。
魔物討伐軍は毎月の始めから9日間行われる。自由行動できる日5日分、という事になるか。
そして本日はグリスタリア(4月)の1日である。
「おはよう、アメリアちゃん!今日は魔物討伐へ行くんですって?気を付けるのよ!」
「はい!」
この日の為にペロミアさんには休みを頂いている。9日出かけるということは5日分の仕事を放りだすということで、その点は申し訳ないと思う。
思うが……楽しみなんだよ!魔物討伐!
ということで元気よく挨拶して、自慢の鎧と大剣を携え、この町の入口……王都エルフィーナの正門へ向かう。
そこには既に人が集まっていた。
如何にもごろつき、浮浪者、というような者もいれば、いっぱしの戦士である、というような顔をした者もいる。
……そして、お偉いさんの挨拶らしいものを聞き、遂に魔物討伐軍は進軍を開始したのである。
最初はひたすら歩くだけだ。
王都が少しずつ離れていく。周りは草原だが、もう少しすると荒地になるのだろう。
それもそのはず、この国、国境が国内にある。大層な名前であるが、それは国全体からしてみればごく小さな区域を区切っているに過ぎない。そして、その国境の向こう側には『魔王城』がある。
その国境には『魔王城』に人が近づかない為なのか、『魔王城』が侵入者を防ぐ為かは分からないが、とにかく結界が張ってあり、人間は出入りできないようになっている。……魔物は出入りするのだが。
……そしてそこには魔王が居る。
その魔王を攻略対象と共に倒すのがこのゲームの1つの目標であり……その魔王、『キルシス・カルディオン』も攻略対象の1人だ。
勿論、関係ない。
よって考えるのもやめよう。
半日と少し歩いた頃だ。
……それは来た。
「前方に魔物の群れを確認!各自応戦せよ!」
なんとも適当な指令に、やはりこれは魔物と同時に人間も処分する目的なんだろう、という実感を深めつつ……地面を全力で蹴って進む。
……初めての獲物だ。取られてたまるか!
獣とそう大差ないような見た目のそれらに接近して、剣を振る。
……やはり、人間と戦うのとは勝手が違う。戦いづらい。
しかし、こちらの攻撃が当たりさえすれば魔物は簡単に死ぬ。
そして、ひたすら魔物を求めて戦場を駆け回り、時には人の獲物も横取りし(MMOだったら殺されかねないが案ずるなかれ、これは自分以外全員NPCだ)、剣をひたすら振っては魔物を屠り、魔物を屠り続けていれば次第に魔物は減っていった。
そして、数分でそれらは居なくなる。
……ああ、快感。
体は頭に従順に従い、頭は体を動かすために最速で最適解を導こうとする。
戦闘という状況の中での興奮。自分の一挙一動がそのまま結果になって現れるという充足感。
これを快感と言わずして何を快感という。このゲーム、最高だ。
そしてその日はもう少し進んだ所で野営、という事になった。
魔物討伐軍は4日かけて国境付近まで遠征し、5日目は国境付近に居座り、6日目からは帰路につきながら道中の魔物を討伐し、そして9日目に王都へ帰還する、というシステムだ。
プレイヤーの自由行動日5日分を消費する大イベントなのである。
……こんなに楽しいことが後8日もあるのだ。このゲームも捨てたものじゃないな!
翌朝、支給されたあまり美味いとは言えない朝食を摂り、また進軍する。
そして魔物の群れに出くわしたらすぐにそれを屠る為に走る。
2日目ともなると、戦い方にも慣れてきた。
魔物も1種類じゃない。スピード型、パワー型、色々である。
それぞれとの戦い方も数度重ねるうちにより効率化されていき、最初こそ闇雲に、当たるを幸いに剣を振るっていたが、今は自分でもそこそこまともに戦えるようになってきたと感じられる。
自分で納得がいくまで研ぎ澄ましていこうと思う。その為の時間はたっぷりあるのだから。
昼食も不味かった。しかも足りない。
魔除けの香草とやらを焚くついでに火は起こされている。そして、周りには屠ったばかりの魔物の死骸が。
……魔物にも肉はあるんだよな……。
結論から言うと、割といけた。
おいしくてしあわせになった。
幸せな昼食後もまた狩りである。
さっきの味見で、大体どれが美味くてどれが不味いか分かったので、美味い奴は優先的に殺していく。
スピードタイプの小さい奴が割といけるんだな、これが。
しかし、失敗した。調味料を持ってくるべきだった。塩味があればもっと美味しく頂けただろうに。残念だ。
……そう。少なくともこの1周目においては、これが最初で最後の魔物討伐である。
2回目に出てしまえば攻略対象である新米魔術師『レヴォル・クレヴェール』と遭遇してしまう。
それは避けたい。
あれはちょっと生意気な後輩、といった立場で、なんというか、非常に……イケメェンである。
つまり、一発ぶん殴ってやりたくなる、刺突したくなる、そういった奴である事に間違いはない。
……くそ、そんな奴の為にこんなに楽しい事を諦めなければならない、というのは癪だが……仕方ない。精神の安寧の為に……。
……仕方ないんだ。
そうして魔物討伐軍は、多少の脱落者・犠牲者を出しつつ、それでもいつもよりはかなり犠牲も少なく進軍していた。
何故犠牲が少ないか?
……『狂戦士アメリアが片っ端から魔物を屠っては食い荒らしているから』である。
中々な称号を付けられてしまった。
至って真面目に、冷静に、どう戦えばより効率的で効果的かを考えつつ戦っているというのに、『狂戦士』は無いだろう。
しかも食い荒らす、って何だ。捨ててしまう肉をエコロジカルに頂いているだけだというのに。
……客観的に見たら十分『狂戦士』、或いは『戦闘狂』か。納得した。
5日目には国境にまで差し掛かった。
ここまで来ると、魔物もそこそこ強くなり、犠牲者もそこそこ増えて来る。
魔王城に近づくとモンスターが強くなる不思議仕様はこのゲームでも健在である。
なんというか、しかし残念なことに、骨っぽいのとか、ゾンビっぽいのが増えてきてしまい……肉が。肉が無い。
……若干ひもじい思いをしながら剣を振るう事になったのであった。
しかし、ひもじくはあっても心は満たされていた。
強い!この辺りの敵、強い!
楽しい!凄く楽しい!最高に楽しい!
特に、今出てきてる巨大な骨の竜!最高に楽しい!
とりあえず振り回してくる尾が邪魔だったので、骨と骨の継ぎ目に刃を入れるようにして尾を切断する。
骨しかない口から何か魔法のようなものを吐いてきたので躱しつつ、お留守になっている足元を狙わせてもらう。よし、足を1本落とした。
一気に機動性が悪くなった骨の竜は、不利と見て逃げ出すことにしたらしい。翼を広げて……いや、それも骨だから、何かの魔法なのだろうか、空中にふわり、と浮いた。
だが逃がさない。もうちょっと楽しませろ。
まだ届く距離だったので地面を蹴って竜の背に乗り、翼を破壊した。
片翼を失った骨の竜はバランスを崩しながらも飛ぼうとするが、上昇するだけの力は失われたらしい。
不安定な足場だが、何とか竜の背骨を渡って首のあたりまで移動し、一応地面を確認してから頸椎に剣を突き立てた。
……頸椎を破壊されて竜の首が落ちる。
その途端、竜の体自体も重力に従って降下を始めたため、ある程度の所で骨を蹴って飛び、着地する。
土煙を上げて粉々に砕けた骨の竜の死骸。下敷きになったりした人はいないようだ。
……ああ。満足した。
折角の骨なんだから出汁を取ってみようと意気込んだものの、『スケルトンドラゴン』を倒したという功績を王都に持ち帰るのだ、と意気込む周りの人に止められた為試せなかった。
……あ。
そういえば、このままいくともしかして……グリスタリア(4月)の魔物討伐軍MVP、という、名誉な不名誉を頂いてしまうのではないだろうか。
……うん。多分頂いてしまうな。そして恐らく貴族位を頂いてしまうな。全力で断ろう。
一応、このゲームには身分制度がある。
デフォルトは『平民』。一番平穏な身分だ。
カジノで頑張って負けたり、奴隷を逃がそうとして失敗したり、特定のイベントを起こしたりすると『奴隷』になれる。行動が制限されまくる。
そして、『魔物討伐軍』で功績を上げたり、貴族の娘とのすり替えイベントをこなす等々の方法で『貴族』になれる。金銭的な不自由は殆ど無くなる が、裏カジノに行く、舞踏会に出席させられる、といった一部の行動が制限されるようになる。
他に『王族』っていうのもあるが、これはパス。イベントを起こすとなれる、というか、発覚する。以上。
……と、いうように、貴族になってしまうと面倒くさいのだ。
ただし、貴族位をお断りする事もできる。
その場合は報奨金を貰うだけ貰って平民のままでいられるようにできている。
今回は勿論そのつもりだ。貴族になんてなって堪るか。
貴族になったら舞踏会に強制連行され、そしてそこで流れるように攻略対象達とご対面だ。やってられるか。
……まあ、先の事をあれこれ悩んでも仕方ない。
今は魔物討伐を力の限り楽しもうと思う。
そうして、魔物討伐の9日間はあっという間に過ぎていった。
『……今回の最大功労者として、猛々しい戦いぶりで『スケルトンドラゴン』を1人で屠った女戦士、アメリアを表彰したいと思う』
そして最後の日、王都エルフィーナに帰還して、終わってしまった楽しい時間を惜しみながらも適当に表彰され、賞金なんかももらいつつ、その日は解散になった。
……これで、明日王城からの使者が来て『貴族位授与のお知らせ』を持ってくるから、明後日王城に行って『お断りします』しつつ、金を貰って帰ってくれば完了だ。
……ああ、終わってしまった。
終わってしまったのだ。
この楽しかった9日間。これを味わうために『ステラ・フィオーラVR』はあるのだとすら思わされる、あの興奮。
それももうこの周では味わえない。
くそ、いっそもう生活ターンを全スキップして2週目にさっさと進むか……。
……いや。
いや、待て。
やろう。来月も、やろう。
よく考えれば、あのクソ生意気なイケメェン『レヴォル・クレヴェール』も、だ。
2回目の魔物討伐時にエンカウントするにはするが、だから何だ。
そいつの台詞すべてを聞き流していればいい。
そして、好感度を無駄にあげなければそいつとのイベントは起こらない。
……いや、駄目か。
駄目だ!
クソ生意気後輩野郎のレヴォルは、魔物を憎んでいる。
それは故郷の村を魔物に滅ぼされたからであるが……それはどうでもいいが、とにかく、だ。
魔物討伐軍で功績を上げれば上げる程、つまり魔物を殺せば殺す程……好かれる。
そして好感度が上がれば、イベントも起きる。
負の無限ループだ。無視していても戦闘中に話しかけられでもしたらうっとおしいことこの上ないだろう。
くそ、いっそ……。
……。
……そうだ。
そうだ。そうだそうだそうだ。そうだ。何故こんな簡単な事に気付かなかったんだ。
魔物討伐軍は大人数だ。数百名規模の軍で、王都の周りの魔物を一掃しにかかる。
そして、そこでの戦死も珍しくは無い。今回も20名(で済んだ、ということは快挙レベルらしいが)の犠牲者が出ている。
であるからして、だ。
たまたまちょっと手が滑って……攻略対象の首を刎ねてしまっても、問題あるまい。