39話
条件を甲から丁まで見て、一番最初に思った事があった。
『ゲーム終了までに』と『ゲーム内時間トメント30日23時59分59秒までに』の違いだ。
『ゲーム終了までに』は『甲』と『乙』。金とアイテムを集める条件群だ。
しかし、『ゲーム内時間トメント30日23時59分59秒までに』の『丙』と『丁』。
これは、どういうことか。
……素直に考えれば、ゲーム終了の条件は2つだ。
1つ目は、普通にゲームをクリアする事。
つまり、ゲーム内時間トメント30日23時59分59秒が終了した時点でゲーム終了、という事だ。
そして2つ目は、ゲームオーバー。
……つまり、主人公が死ぬ、という状況。
その点を鑑みれば、結論はこうなる。
『丙』の条件を満たすためには、『主人公』が死ななければならない。
……そのための『ゲーム内時間トメント30日23時59分59秒までに』なのだろう。
『ゲーム終了までに』では、主人公が死ぬことによるゲーム終了と条件達成が被る。だからわざわざこのような条件の書き方をしてあるのだろう。
同様に『丁』も『ゲーム内時間トメント30日23時59分59秒までに』となっているが、これは主人公が死ぬことで好感度が上がるキャラクターでもいるのかもしれない。失ってから気づく愛とやらもあるのだろう。
或いは、『好感度100』にする対象に主人公も入っていて、その都合で主人公を殺さなくてはいけないのか……?
……それはどうでもいいが。
とにかく、この条件は始めから『主人公が死ぬこと』を前提に作られている。
そうなっている以上、主人公は死ななければならないのだろう。
しかし、問題はここからだ。
さて。どうやって死ねばいいのだろうか。
自殺、でも問題は無いと思う。
要するに、『ゲーム内時間トメント30日23時59分59秒までに』『死亡、或いは消滅』していればいいのだから、過程は関係ないだろう。
……しかし、だ。
条件を満たす満たさないの後に、もう1つ問題があるな。
つまり、『ダフネ』を殺したら自分も死ぬだろう、という事だ。
これはデスゲーム、という事らしいので。
……まあ、なんというか……そこも、大分怪しくなってはきているが。
デスゲーム、って言ったって、このゲームはどう考えてもクリアできるようにできている。
つまり、生存者が出る事を目的に含めているのだ。
よって、『ステラ・フィオーラVR』のテストプレイを行った人たちが理不尽に死なされた、死にかけさせられた、という状況が外部に漏れることになる。
……どう考えても犯罪だろう。それが外部に明るみに出る、という事は、主催者側としても有難くないのではないだろうか。
となると、考えられるパターンがいくつかある。
1つは、これが主催者全体の意図ではないという事。
一部のプログラマーが仕組んだ事だったとしたら十分納得がいく。
このゲームが終わった時、その元凶であるプログラマーに制裁を加えて終了。実に平和だ。
2つ目に、終わった後で全員殺す、という事。
……メリットが無いように思うが、まあ、考えられない訳ではないだろう。
しかし、だとしてもこれを今考えてもどうしようもない。精々、クリアした時に自分が生きていたらその時考えよう、という程度なものだ。
そして3つ目が、『これはデスゲームでは無い』という可能性。
……正直、これじゃないかと思っている。
というか、多分、これだ。
このゲームの目的は何か。
イケメェンといちゃいちゃする事。可愛い女の子がイケメェンと紡ぐ恋物語を楽しむ事。なんなら、そのシナリオは悲恋もアリだ。
そして、このゲーム、生活シミュレーションとしても十分楽しめる。
……つまり、楽しみたい方向に、どこまでも寛容なのだ。このゲームは。
ならば……ならば、このゲームが、『プレイヤーの希望に合わせて』内容を変えていたとしても……おかしくは、無い、よな?
実在しないプレイヤー達の死亡状況を上げ、実在しない挑戦者たちの状況を伝え。
そして、『デスゲーム』を楽しむ、という。
……ありえない話では無い。実際、理不尽でもあるがこのゲームは楽しかった。リリースされたら買うかもしれない、と思う程度には、楽しかったのだ。
老舗メーカーの名作ゲームのVRリメイク。
どんなに複雑怪奇なシステムが組み込まれていたとしても、ありえない話じゃない。
……このゲームは、プレイヤーの好みに応じて、ゲームの趣旨までもを変えてしまうのだ、と言われても十分納得する。それが究極の『シミュレーションゲーム』だ、と言われれば、信じてしまえる。
……これを否定する材料も残念ながらありはしない。
そして、まあ……これが一番、平和、なんだよな。
……尤も、どんなにそれらしくても、否定する材料が無くても、肯定する理由にはならない。
デスゲームじゃないかと思って死んだらデスゲームだった、なんて、一番やっちゃいけないだろうし。
なので、死ぬときは……相当、考えないといけない。
死亡条件……つまり、条件2を、もう一度見る。
条件2は、プレイキャラクターの体力が0になる、プレイキャラクターが死亡するイベントが起きる、プレイヤーが死亡を認識する、の3つだ。
……ここで怪しむべきなのは、最後。『プレイヤーが死亡を認識する』だろう。
どう考えてもこれだけ異様だ。
VRならでは、とも言えるが、条件として曖昧すぎる。
『死亡』を認識する、とはどういうことなのか。『死んだ』と思ったらアウトなのか。どの程度の『認識』のレベルが必要なのか。
……そして一番曖昧なのは、『誰の』死亡を認識した時なのか、だ。
このゲームのバグ発生条件は、『主人公にプレイヤー自身を投影した時』、あるいは、『主人公とプレイヤーの意志、考え方、感情その他が一致した時』ではないかと思う。
殺そうと思って殺すべく動いたらバグる。最初のレヴォルはそうだった。
逆に、2周目は殆どをイベントの中で殺している。
つまり、イベント中の『ダフネ』の意図は殺害に無かった、というか……『プレイヤー』の意図があまりにもメタかったために、投影も何も無かった、というか……とにかく、そういう理由でバグらなかったのではないか、と思う。
国王を殺害した時も、奇妙なストーリー仕立てになってしまったせいで『ダフネ』が『プレイヤー』のメタな意図から乖離したのだろう。
つまり、このゲームは乙女ゲームとしては致命的な、『自己投影するとバグって死ぬ』という欠陥を持っているのだ。
……ならば、それを突き進め、と。そういうことなのだろう。
トメント(12月)29日。
最後のイベント日だが、この日は敢えてスルーした。
『プレイキャラクターが死亡するイベントが起きる』の条件を万が一にも満たさないためだ。
最後ののんびりできる日という事で、スライム達と存分に戯れた。
そして、最後の日。30日。
朝から魔王城跡地に向かう。
此処を選んだのは、瓦礫が多く、陰が多いから。もし何かあった時の行動の材料にできるからだ。
そして装備を全て外したら、包丁を持つ。
包丁は装備でもなんでもない、只の生活用品としての包丁だ。あくまで、『戦闘力』の補正が無いものを選んだ。
そして、慎重に刺す場所を決める。
対人戦でも無いのだし、当たりやすい場所を選ぶ必要はない。心臓を突ければ一撃だ。
よし、大体……この辺りか。案外心臓というものは思っている位地より中心寄りの下の方にあったりする。
そして、集中。
これはデスルーラ。或いはやり直すために自ら行うコースアウト。
非・VRのゲームでは数限りなくやってきたことだ。何も問題は無いだろう。
ただ、痛みが伴うのだけが心配だ。果たして自分はその痛みに耐えて、最後まで他人事でいられるのだろうか。
……やってみない事には、分からないよなあ。
とりあえず刺してみるか。
……この時、完全に『主人公』と『プレイヤー』が分離した。