38話
掛かってこいと言われたのでとりあえずまずは参謀の方に掛かった。
まさか真っ先に参謀を狙うとは思っていなかったのだろう。参謀のボディはがら空きだった。
後ろに下がっていた重傷の参謀の目の前に瞬間移動して、ゼロ距離で火の玉を打ち込む。
勿論、この間に考えていることは今日の夕飯のメニューである。
殺す事を考えてはいけない。というより、『ダフネ』が考えていなさそうな事を考えていなければならず、『ダフネ』が何を考えているのかを考えるのが苦手な自分としては、どうでもいいことを考えながら戦うのがベストなのだ。
参謀の腹に風穴を開けた所で、肉より魚がいい気がしてきた。
上手くいっているらしくバグらない参謀の死体をしっかり燃やしながら、でもやっぱり肉もいい気がしてくる。
人参と玉ねぎと一緒に塩胡椒した鶏肉をダッチオーブンに入れてじっくり火にかけてだな……。
……うん。やっぱり肉にしよう。参謀の遺灰は風が吹き飛ばすままにしておいた。
ということで、キルシスに向き合う。
「勇者ダフネよ、掛かってくるがいい!」
……参謀が死んだというのにそれには一切触れずに同じセリフをもう一度言った、という事は……参謀が死亡した証拠、と考えるのが妥当か。
ここまでは順調。
ここからは『戦闘力』10分を埋める戦いだ。夕食の事を考えながらできるかと言われると自信が無いが、そうでもしないとバグる恐れがある。
最悪の場合、またサージスの時動揺『愛してる愛してる愛してる』作戦でいいかもしれないが、それをやると呼吸のタイミングがつかめなかったり 酸素の無駄になったりするので、今日の夕飯作戦でいこう。
ひとまずキルシスの十八番、巨大な火の玉を飛ばしてみる。
キルシスは難無くそれを相殺して、不可視の壁を出現してこちらに飛ばしてくる。
当然、不可視と言っても魔力の塊なので、避けるのはそう難しくない。
それを躱して、用意していたナイフを数本投げると、キルシスは案の定それを魔法で防いでくれた。
魔法にぶつかった途端にそれは暴発。
そう。霊水晶でできているナイフである。
「っ、人間め、忌々しいものを!」
案外あれでも霊水晶で城をぶち壊されたことを根に持っているのかもしれない。超おもしろい。
色々な魔法が無秩序に渦巻いた所に、追い打ちをかけるように魔法を放つ。
再び混沌として渦を巻く魔力の中で魔王が呻くのが聞こえた所で、『左手』で剣を握って突っ込む。
キルシス相手に左手で挑むことは前から検討してはいた。
キルシスは戦う時、右に回り込もうとする癖がある。
ならば、こちらは左手に剣を装備してしまえばキルシスも攻撃しにくいだろう、という事である。
鍛え直した右手よりも、元々の力の出る左手の方が使い勝手がいいかもしれない、という事もある。
後者はともかく、前者に関しては当たりだったらしい。
振るった『魔剣エクスダリオン』は、魔王の肉を裂き、骨を絶つ確かな手ごたえを腕に伝えた。
ありとあらゆる感覚がおかしくなりそうな魔力の渦に中てられていたとはいえ、魔王キルシスに対してしっかりと1撃入れることができたのだ。なかなか幸先がいい。
すぐにその場を転がって離脱し、半ば保険のつもりで魔力の壁を張れば、タイミングを計ったようにそこにキルシスの魔法が突っ込んできて弾けた。
「おの……れ……!人間、の、小娘……が!」
キルシスが何やら怒り狂っている。超おもしろい。
「悪いが、魔族のクオーターだ。大叔父殿」
そう言って煽ってみると、キルシスは何とも言えない表情になる。
「……これも、因果、か……!」
そしてそのまま、凄まじい熱量の火の玉を一瞬で生み出して投げつけてきた。
防ぐことはできないと判断して瞬間移動で避ける。
立て続けにもう一度瞬間移動したら、案の定さっきまでいた場所にクレーターができていた。
「ならば、余は……その因果、に……蹴りを、つけるまで!」
成程、自棄になっているらしい。さっきから魔力出血大サービスだ。
……このままだとどうしてもこちらが不利だ。
魔力量だけなら圧倒的に向こうに分がある。こちらは付け焼刃の魔力しか持たないのだから。
しかも、こちらにはバグ回避の為、戦闘に集中できないという枷もある。
「余が、誤った、はずが……ない!」
肩口を掠めて魔法が飛んでいく。
……くそ、夕食の事を考えながらこんなのと戦ってられるか!
もう無理だ。
もう無理だな。
……そうだな。もっと素直になれば良かったのか。
『ダフネ』は、『魔王を倒す』。目的は知らん。自分の中の何らかのしがらみの為かもしれないし、自棄になっているのかもしれないし、それは知らない。
そして、自分は。『プレイヤー』は、『ゲームを攻略する』。
自分をプレイヤーだと自覚していれば、このリアルすぎるゲームでだって、『主人公』と『プレイヤー』を重ねずに済むはずだ。
『ダフネ』にあるのは殺意か、覚悟か……そういった類の物だろうが、『プレイヤー』にあるのは、攻略の為の策略と、ゲームをプレイする楽しさなのだから。
キルシスは短時間に賭けたらしい。
いきなり威力も速度もました魔法相手になんとか逃げ回りながら、キルシスを観察する。
……キルシスからすると、接近戦は不得手な方なのだろう。そんなそぶりを見せはしないが、間合いの取り方や攻め方を見て、キルシスが遠距離戦に持ち込みたがっているのはすぐ分かった。
なのでこちらはできるだけ間合いを詰めてやるように動けばいい。
そして、こちらに分のある戦い方にシフトしていくのみ。
左手の剣に魔力を注ぐ。
そして振り抜くと同時にそれを放出。
ここまで隠して取っておいた魔法剣の出番である。
魔法剣は只の剣でも只の魔法でもない。よって防ぐにも勝手が違うらしい。
ひたすら斬りかかっていけば、その内のいくつかは防ぎきれないようで、キルシスに傷をつけていく。
キルシスもただ突っ立っていてはくれないので、こちらも魔法の回避に必死ではあるが。
……というか、魔法の暴発に2度も巻き込み、しかも腹を大きく斬ったというのにまだ動くのか。
これ、バグってないんだよな……?バグっていたらと考えると恐ろしいことこの上ない。
……ああ、サージスの時にも思ったが、このゲームがリリースされたら、キルシスもきちんとバグらせて戦いたいものだ。
……その時にはバグは修正されてしまっているのかもしれないが。
こちらは魔法剣による中、近距離戦を持ち掛け続け、キルシスはやや防戦気味に魔法を使う、という戦闘を続け、キルシスにダメージを蓄積させていき……そして、遂にキルシスの脚を切り落とすことに成功した。
「……ぐ、っ」
キルシスは呻き、受け身を取ることもできないまま地面に倒れる。
とりあえず、倒れたキルシスに止めを刺そう。
そこに万感の思いは無い。
ゲームステージをまた1つクリアした達成感はあるが、魔王を討伐したという達成感じゃない。
あくまで自分はプレイヤーとして、このゲームを楽しんだ。
……夕食の事を考えながらプレイするつもりだったんだが、流石にそれは……うん、無理だったな。うん。
ただ、楽しかった。
「……ダフ、ネ……お前、は、どこへ……」
今際の綴じ目にあるキルシスは、朦朧とした様子でこちらを見てきた。
自身の妹の事なのか、それとも『ダフネ』の事なのか。
下手に応えて墓穴を掘るのも嫌なので、黙ってキルシスの首を刎ねた。
帰宅してスライム達と勝利の晩餐と洒落込む。
じっくり蒸し焼きにした鶏肉を心行くまで食い、更には調子に乗って酒もつけてみた。
……VRで酔えるなら酒飲み連中は歓喜だろうなあ……。
尚、スライム達にも少し酒を与えてみた所、ぐでーっ、と伸びてしまった。
スライムも酔うらしかった。かわいい。
そうして夕食も終え、スライム達と入浴し、スライム達と就寝。
ぷにぷにに包まれる幸せを噛みしめながら、明後日……最後の戦いについて、思索を巡らせる。
最後に殺すのは、『ダフネ』。このゲームの主人公だ。