35話
トメント(12月)25日。
サージスとの最後のイベント【手合わせの申し出】を発生させる。
このイベントは本来ならば普通に手合わせをするだけの……そして、サージスが1回目、2回目とは違い、本気に近い状態で手合わせに臨んでくる、という楽しすぎるイベントである。
予期せぬバグへの不安はあるが、サージスとの戦いは楽しみでもあるのだ。
このゲームを始めて、初めて戦闘した時の高揚感は忘れない。
つくづく自分は業の深い性分だと思う。
サージスと公園でエンカウントする。
「ダフネ。奇遇だな」
「そちらこそ」
サージスはこれから殺し合いになるとは露程も思っていない様子でこちらに笑いかけてくる。
若干照れ笑い気味なのがうっとおしい所だ。
少々公園の中を歩き、湖の近くのやや開けた場所まで誘導した。
「サージス、折角だ。ちょっとお手合わせ願えないか?」
剣を出現させながらそう言うと、サージスは少々難しい顔をした。
「真剣でか?」
つまり、サージスは『ダフネ』を怪我させることを危惧している訳だな。
「薬の類は持っているさ」
小さな鞄から回復薬を取り出して見せると、サージスは暫く考え込み、それからようやく結論を出した。
「ああ、分かった。折角だ。『死神』と真剣で、というのもいいかもしれないな」
ちなみに、この時点で『戦闘力』が一定に満たないと断られる。怪我を直す前に死ぬレベルの怪我をされる、と判断されるのだろう。
サージスも剣を抜く。嬉しそうなのは見間違いでは無い。こいつもこいつで戦闘は好きなはずだ。
そして、前口上も礼も何も無く、お互いそうするのが自然だというように、どちらからともなく剣を打ち合わせはじめる。
……成程、速い。
バグっていなくてもかなり強い。
剣だけで捌ききれなくなって魔法にも手を出し始めるが、手の内はできるだけ明かしたくない。
魔力の壁や瞬間移動は使わず、普通の……火の玉を飛ばす、風の刃を飛ばす、といった魔法のみの縛りを自らに課して戦う。
くそ、気を抜いたら一撃食らいそうだ。
こちらには魔法がある以上、間合いを広く取れば圧倒的に有利だ。
しかし、サージスもそこは分かっている。
サージスはひたすら、こちらに打ち込んでくる。距離を取る余裕すらないほどの速さで。
こちらはそれを剣でいなし、魔法で少しでも怯ませ、そして、一発でも多く、ほんの小さなかすり傷1つでも多く、サージスの怪我を増やすことに専念した。
致命傷を与えようとするのでもなければ、そこまで難しいことじゃない。
むしろ、致命傷を外れるという意識があるからか、その方がサージスも避けにくいらしい。
こちらも疲弊してはくるが、サージスの怪我は着実に増えていった。
……こちらの狙いは、ここで勝つことじゃない。
少しでも戦闘を長引かせて、1つでも多く怪我をさせて、そしてこの手合わせで負ける事だ。
そのまま剣戟は暫く続いた。
サージスの脚の健を切った所で、わざと剣を弾かれて負けた。
「負けたよ、サージス」
笑いながら、樹の側に置いてあった鞄を取り、中から瓶を1つ手探りで確認して、サージスに放る。
「勝った気がしないな。流石『死神』だ。何度もひやりとさせられたよ」
中身を飲んでサージスが笑う。
「次はもっと強くなって挑むからな」
そう宣戦布告してやりながら、鞄の中から取り出した回復薬を飲む。
傷が治っていくのが分かる。
……そして、サージスの方は。
「……おかしいな。薬が効かないんだが」
「もしかして、魔族には効きにくい薬だったか」
訝しむサージスにそれらしい言葉をかけてやれば、勝手に納得したらしい。治らない傷に対してそれ以上何か考える事を止めたらしい。アホかこいつ。
「……ダフネ」
そして、薬云々は置いておくことにしたらしいサージスの台詞は、イベントに戻ってきた。
「折角『死神』に勝ったんだ。……その、褒美を貰ってもいいか?」
この先のイベントを知っているからこそ、是非お断りしたい。しかし、作戦上やらざるを得ない。
正直気持ち悪いことこの上ないが、お前の死で許してやる。
「ああ。構わな」
こちらが最後まで言い終わる前に、サージスは『ダフネ』の唇に自身のそれを重ねた。
……暫く、耐えた。
残り時間をカウントしながら、熱を帯びていく行為に耐える。
……3。2。1。
0。
カウントの終了と同時に、サージスが動きを止め、やはりそれと同時に、サージスの舌を噛み切った。
口内に残った血と肉片、そして毒を素早く吐き出して、念の為解毒剤を飲む。
サージスに回復薬と偽って飲ませたのは当然毒薬だ。
全身に怪我は多く、脚の健に至っては切れているという状態で、毒物に当たっていて、舌は噛み切られている。
バグるというなら、これぐらいのハンデはくれたっていいだろう。
「かだな剣じがぎんだいな『あぃろえジぇじょでまままままままm」
こちらが解毒剤を飲み終わるとほぼ当時に、サージスだったそれは襲い掛かってきた。
糸でつられているかのような動き方で襲い掛かってくるそれを魔法で吹き飛ばして、湖の中に落とす。
鎧を着ているサージスは水の中に落ちたら沈む。舌を噛み切られて死なないんだから水に沈んだ所で死んではくれないんだろうが。
しかし、水の中、というのはサージスが沈んで窒息するという点より、相手より優位に立つために選ばれたバトルフィールドだ。
サージスを追いかけて水の中に潜ると、すかさずプルプルしたものが伸びてきて、口元を覆った。
スライム達には『ダフネ』が水の中に入ったら酸素ボンベの役割を果たしてくれ、と伝えておいたのだ。
……水の中では動こうとしてもその動きに限界がある。
鎧なんて着ていたら尚更だ。
勿論、魔法が使えれば水の中でもそこそこ自由に動ける。しかし、サージスは魔法を使えない。
サージスは魔法が使えず、こちらは魔法を使える、という状況を最大限に活かすためには、多少自分にとって都合が悪くても、とにかく相手にとって都合の悪いバトルフィールドを選ぶのが最善だと判断したのだ。
現に、バグっているにも関わらずサージスはかなり緩慢な動きしかしていない。
襲い掛かってくるにしても、水底を蹴って進むには限界があるし、水を蹴って、となったら、それ以上に動けない。
どちらかというと、水の中でどう動いていいのか分からない、というかんじかもしれないな。
そんなサージスに魔法を放てば、面白い程よく当たる。
地上でやったら間違いなく回避してくるんだろうが、ここまで動きにくい場所だとそれも叶わないらしい。
まあ、水を蹴って、あるいは重力に引かれて移動する時、咄嗟に横に避ける、なんてことができるはずはない。
バグっていても物理法則には従うようだ。バグった時に物理法則他もろもろを無視してくるんじゃないか、とも思ったが、その予想は外れて良かった。
水中でのサージス戦は互角だった。
攻撃に関しては、相手を切断せずに、抹梢から削るように消していくことを心がけた。
この間の騎士みたいに下手に分裂でもされたら面倒だ。サージスはあれより相当強いのだから、パーツごとに戦うような羽目になったらこちらに勝ち目はない。
……しかし、水の中なのだ。
呼吸はバグってるから必要ないにしても、動きにくい水の中で、魔法も使えない、鎧を着こんだ奴が戦って、それでも尚、こちらと互角。
とにかく、相手はタフだった。
末梢から消していかれているのに、全く動きが鈍らない。
脚の健は切れているし、毒物も飲ませた。そしてそれは効いた。更には舌まで噛み切ったのに、それでも動く。
水中で打ちあう、なんて、普通じゃ魔法無しに考えられないだろうに、相手がとにかくタフすぎるせいでそれが実現していた。
……化け物め。楽しいじゃないか。
暫く水中で交戦し、サージスの片足と片腕を完全に消した所でまたサージスの剣と剣を打ち合わせると、サージスの剣にぶつかるはずだった『魔剣・エクスダリオン』が空しく水を掻いた。
違和感の理由を見つける前に、こちらを見えない剣のようなものが掠めていった。
魔法では無いはずだ。
サージスは魔法を使えない。
では、バグなのか。
……サージスを見る。
片腕と片足を既に失ったそれの持っていたはずの剣は、半ばでモザイク状に消えていた。
……二人の騎士との戦闘を思い出す。
切り飛ばした手脚が攻撃してきたが。
……ということは。
不意に、軽い衝撃と痛み、そして喪失感が一瞬のうちに襲ってきた。
右肩の辺りを見る。
剣を握ったままの右腕が肘の上辺りで斬り飛ばされ、水を赤く染めながら沈んでいく所を見た。