34話
それでも方針を変えるつもりは無い。
これが別解だったとしても、答えに辿り着ければ何ら問題は無い。
もともと、舗装された道があったらそこから外れて山道を突撃したくなる性質だ。こう、キノコ使ってブーストかけながらコースアウトギリギリをだな……。
……それをリスクと考えることは、舗装された道の先に避けられない罠が設置されている可能性を考える事と同じだ。
だったら自分で納得のいく方向に行くとも。
翌イベント日。トメント(12月)17日。
ペロミアさんを殺しに行く。
前回の経験を生かして、とりあえず会話から入ったのだが。
「あら、ダフネちゃん!久しぶり!どうしたの、元気だった?」
「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
「よかったわ、ダフネちゃんが無事で。もう!本当に心配したんだからね!」
……殺す流れにまったくならない。
「どう?丁度休憩しようと思ってたの。お茶してかない?」
……そう言ってペロミアさんはにっこり笑う。
「すみません!死ね!」
あまりに不毛だったので、もう考えるのをやめた。
剣はペロミアさんの首を斬り落とした。
「わたダくねからのおよわだだだだだだだだ」
そして当然のようにバグった。もう別に驚かないとも。
……しかし、ペロミアさんは動かない。
むしろ襲い掛かってこない事に驚いているんだが。
警戒して様子見するのも馬鹿らしい。もう一太刀浴びせておこう、と踏み出した瞬間。
……ペロミアさん『は』動かなかった。
代わりに、首の断面から溢れるように蔦が生えてきて、一斉にこちらに襲い掛かってきた。
……魔法ならまだ分かるが。
これは、なんだ。いいのか、これ。
花屋の壁を突き破って襲い掛かってくる蔦を避けながら往来のど真ん中に出る。
今回のバグはまた酷かった。
最初のレヴォル戦を思い出させるような息もつかせぬ攻撃の連続。
一発一発はそこまで重くないが、とにかく手数が多い。
無数の蔦は絶えず増え続けているようで、こちらの手数が足りなくなりつつある。
なんというか、バグというより、予めこうなるようにプログラミングされていると考えた方が妥当なレベルの変貌だ。
魔法でも無く、変貌。変形。
……これは一体どういう事なんだろうなあ。
考えても仕方ないので剣を振るう。
際限なく生えてくる切り飛ばしたり燃やしたりしながら本体にダメージを入れていくが、斬ったり燃やしたりすればするほど、ペロミアさんを覆う蔦は増えていく。
魔法を使っても捌ききれないほどに蔦は増え、その内の幾つかは皮膚を裂いて血をにじませる。
しかも、この蔦は1本1本のリーチが無駄に長い。
ここが市街地だったという事も災いした。
建物の裏や排水溝から襲ってくる蔦というのはかなり性質が悪い。
音で察知しようにも、逃げ惑う町の人々の悲鳴で掻き消されてうまく把握できない。
気配を辿ろうにも、数が多すぎる。
埒が明かない。
剣は勿論、魔法も幾千、幾万の蔦の壁に阻まれて本体まで届かない。
……さて、どうするか。
……無意識に、そう動いていたが。
市街地への被害なんて、ゲーム中でまで考えなくてもいいんじゃないだろうか。
無意識にそこを考えていたからこそ、こういう状況になってはいるが……相手は所詮、植物だ。
燃やせば、燃えるだろう。
蔦に魔法で火を点けたところ、割とよく燃えた。
乾燥してこそいなかったが、蔦は十分よく燃えた。
そして、火が点いて暴れる蔦によって、街並みにも火が点く。
……レンガ造りの町並みでこそあったが、燃えるものが全くない訳じゃ無い。
そして、暴れる蔦は直接的にも、街並みを壊していく。
とんだ災害である。
しかし、お蔭で戦いやすくなった。
燃える街は、植物にとってはおよそ考え得る限り最悪のバトルフィールドだろう。
こちらは魔法の障壁を纏って炎を防げばいい。
……『町が壊れちゃってもいいさ』と考えれば、この通りなんてことはない。
火のついた自らの蔦に翻弄されるペロミアさんの本体にも火をかけていくだけの、非常に簡単な戦いなのだ。
ペロミアさん本体も燃え尽きて消えた所で、検討をつけて瓦礫を漁る。
すると、見覚えのあるデザインの看板が出てきた。
しかし、そこに店名は無い。
『ペロミアの花屋』の名が消えている、という事は、ペロミアさんの消滅を意味する、と考えて良いだろう。
これでわざわざ殺しに行かなくてはならないタイプの非・攻略対象も目処が付いたな。
あと殺すのは4人か。サージスさえ何とかなれば後はなんとでもなるな。うん。
……こうしてエルヴァラント王国の王都エルフィーナの一角、人々で賑わう市街地が1日足らずで廃墟と化したが、このゲーム自体、あと7日で終了なのだ。深く考えない事にしよう。
貴族街にまでは火の手は及んでいなかったが、難民が大量に出た。
……仕方ないので、自宅を開放して、宿を失った人たちを泊めることにした。
どうせ無駄に広い家だ。人が詰まった所で問題は無い。
当然、スライムのベッドは貸さないが、毛布や食事を提供すれば、避難者たちは口々に感謝の言葉を述べる。
……『ダフネ』は町が燃えた原因の一端なんだが。
とんだマッチポンプだな……。
そして、そんな家では落ち着かないので、スライム達と一緒にトレーニア邸に不法侵入して泊まることにした。
トレーニア邸には最早誰もいない。
しかし、誰のものでも無い屋敷としてそこに屋敷は残っているのだ。
有効利用しない手は無いだろう。
あと7日はここで過ごすことになるかもしれないな。
翌日から、サージス戦の為に道具を準備する。
霊水晶各種に回復薬一式。
相手がどの程度のバグり方をしてくるか全く想像がつかないので、取れる対策は全て取っておきたい。
霊水晶は、ノイエの家で見たものを参考に作った。
最初のレヴォル戦で使ったものより数倍威力が高い物を作った。霊水晶が切り札になってもいいように、出力にはこだわったつもりだ。
レヴォル戦のようにうまく霊水晶が使えるとは限らない……むしろ、サージスは魔法を使わない以上、完全に霊水晶の起動が『ダフネ』の魔力頼みになる訳で、そうなると扱いづらい気もするが。
回復薬は流石に自作ではなく、市販品だ。
それでも最高級の物を買ったつもりだ。
……回復する間も無く殺される可能性も一応……考えたくないが、ある。
だが、それを極力防ぐための作戦だ。
回復薬を使う余裕程度はあると信じたい。
この2つを準備し終わったら、スライム達を明日に備えてセッティングしに行く。
深夜、公園に向かい、公園の外れにある湖のほとり、草で丁度陰になって見えにくいあたりにスライム達を上手く配置していく。
配置されたスライムはぷるり、と体を震わせながらも、じっとそこで待機し続けている。
スライム達には(分かっているのか分からないが)明日の説明を一通りしてある。
なので、一応、おそらくは……当日、しっかり働いてくれるであろう、と思われる。
こいつらも切り札の……かなり最初の方に切るが、切り札の1つなのだ。
失敗したら死亡一直線だからな。
よろしくたのむぞ、とスライム達に声を掛けると、すこし大きくぷるん、と体を振るわせてくれた。
さて、帰って眠って、明日……日付が変わったから今日、だが。万全のコンディションで今ゲームのラスボス……魔王の右腕、作中第二位の男。『サージス』に挑む。
そしてここで勝てれば、後は……難関が最後に1つ、待ち構えているだけだ。
そこの心配は余りしていない。このゲームの条件は十分すぎる程に読みこんだ。
だからこそ、サージス戦が山場な訳だ。
……全力を尽くして、安全に、それでいて、限界まで楽しんで。サージスと戦おうと思う。
バトルフィールドはこの公園の、この湖の、中だ。