31話
サティア(11月)30日。非・イベント日だが、ここが挑戦者たちにとって1つのターニングポイントになる訳だ。
指名が有効になるのは1か月後。
つまり、暫定死亡者達は変更するなら今変更しないといけない、ということだ。
そして、挑戦者に良心があるなら……自分が条件を達成できない、と思うなら、ここでそうと分かるように暫定死亡者達に示すべきなのだ。
……他の挑戦者の様子を見る限り、そう明らかに示している人はいなかったが。
居なかったが、暫定死亡者達はかなり動いた。
指名者がユキノの他に数十人居る。
かなり増えたな。
理由は簡単だ。何故なら、『丁』を狙っていた人たちが1人を残して全員死んだから。
……これは……いや、半ば想像通りだった、というべきか……。
恐らく、だが。
このゲーム、『イベント通りに』進行することを心がけていれば、バグらない。
そして、イベントから外れた時……推測を重ねると、中でも、どうしようもなく話の筋を違えるような、そういった行動をとった場合……バグる。
例えば、1周目でレヴォルを殺そうとした事。
ストーリーはどのように分岐したとしても、あそこでレヴォルが死ぬストーリーは無い。
今回の様に爆発して死ぬか、そこで生きのこって無事主人公と結ばれるか、リエルと再会して友情を再構築しつつ主人公の取り合いをするか。
……大体そんなストーリーが『正しい』ストーリーだ。
それを壊すような事をしたから『バグ』ったのだと予想している。
サージスと出会って一番最初に「お前魔族だろう」等と言ったら、きっとバグる。
『筋力』を駆使して、リエルを攫って奴隷市を脱出したら、きっとバグる。
……あのバグは仕込まれたものだ。
そして、仕込んでいる以上、意図がある。
ストーリーから外れなければ達成できないような条件を、ストーリーから外れたらバグる環境で達成しようと試みなければならない。
そこにあるゲーム製作者の意図は、こうではないだろうか。
「これは現実では無い。あくまで『ゲーム』である」と。
あくまで推測にすぎないが、あながち間違ってもいないのではないだろうかと思う。
恋愛シミュレーションであって、恋愛では無い。
生活シミュレーションであって、生活では無い。
あくまでこれは、良くも悪くもゲームであって、現実では無いのだ、と。
そういう意図をあちこちから感じるのだ。
例えば、あまりにも簡単なトレーニングでめきめきと上がっていく身体能力に。
例えば、VRでありながらあまりにも簡単に絆されていく攻略対象に。
例えば、関係ないはずのイベント日と非・イベント日の区別をつけている自分に。
……『甲』と『乙』はそれらを分かった上で、それに触れないように、或いは触れてしまっても問題無いように動けるか。
『丁』は触れるか触れないかの線をどこまで行けるか。
そして『丙』は、真っ向からそれに立ち向かえるか。
これはそういう『ゲーム』だと、少なくとも自分はそう思う。
……つくづく、自分に合ったルートを選んだものだ、とも。
このゲームは、殺害対象との戦いじゃない。
『ゲーム』との……ゲーム製作者との戦いだ。
このゲームが終わったら、ユキノになんて言おうか。
……自分を連れてきて良かったな、と、恩着せがましく言ってやってもいいかもしれないが、何か言うより先に飛びつかれて延々と喋られるであろうことがすぐに想像できてしまった。
それらすべてを聞いた後で、果たして自分に言う事が残っているだろうか。
……無い気がしてきた。
そうして遂に、トメント(12月)に入る。
最後の月。殺人月間。
このゲームの一番面白い所がこの1月に凝縮される。
楽しみで楽しみで仕方がない。
トメント(12月)1日。
ここで初対面の攻略対象に死んでもらう。
通称スぺラ○カーこと『ジェニスト・イニエス』は、びっくりする程死にやすい攻略対象だ。
余りの死にやすさに、初見プレイヤーには攻略対象では無くネタキャラだと思われる哀れな奴である。
キルシスが『選択肢を間違えれば主人公が死ぬ』攻略対象なら、ジェニストは『選択肢を間違えればこいつが死ぬ』攻略対象だ。
そしてその選択肢の難しさは始めからクライマックス。会ったその日の内に死ぬこともある。
『ステラ・フィオーラ:ジェニスト殺害RTA』なんていう、半分以上、いや、9割9分9厘ジョークのプレイ動画が動画サイトに上げられたことがあったが、その時の記録は確か4分23秒09。
ゲーム内時間で言えば、ピネラ(1月)中に死んでいる計算になる。
速い。
……『ジェニスト・イニエス』というキャラクターについては、『ミステリアスぼんやり系』の一言で済む。
一応上級貴族だが、そこの3男坊であり、責任皆無のぬるま湯人生を送っている。
相当なぼんやりふらふらの天然野郎である。
天然故に愛情表現もどストレートである点とグラフィック、そしてイベントをこなした先で多少しっかりしてくれる点が人気の理由らしい。
そんなことは知らん。殺さねばなるまい。ぬるま湯スぺラ○カー野郎など。
ジェニストとエンカウントする為の条件は少々複雑だ。
『ステラ・フィオーラ』発売当初はその条件を探すためにかなりの人が躍起になった。
その条件とは、『魔力の下1桁が偶数』、『名声1以上』、『カジノに行ったことがある』の3つ。
……それでも条件が割れたのだから執念とは恐ろしい。
現在の『魔力』は424。そして名声はとっくに80を超えて久しく、カジノにも行った。
この条件を満たした状態で海の見える崖に行けば、ジェニストとエンカウントする。
海の見える崖。
……もうお分かりいただけただろう……。
潮風に髪を煽られながら海に向かって進むと、海を見下ろす崖の上に人影を見つける。
その人影は折り畳み式の椅子に腰かけて、キャンバスに向かっている。
貴族の三男坊は絵画にご執心だ。海の絵を描いているのだろう。キャンバスは大体青色でできていた。
「絵か」
それを後ろからのぞき込むと、ぼんやりとそいつは振り返る。
明るい黄色をした目がこちらをぼんやりと眺め、そしてこくん、とその首が縦にゆっくり動く。
「ねえ、絵の、モデルになって、くれない?」
のんびりと発声されたそれに了承を返すと、ジェニストは嬉しそうにぼんやり笑い、『ダフネ』を崖際に立たせた。
「うん、そこで……もうちょっと距離があった方が……」
そしてキャンバスと椅子をずりずりと引きずりながら自身の位置取りを決めようと右往左往してからやっと座り、筆を動かし始めた。
……。
そのまま動かずにずっと岩に腰掛けて待つ。
「君、名前は?」
「ダフネ。お前は」
「ジェニスト」
会話はこれで終わった。
そのまま待っていると、やがてジェニストが立ち上がってキャンバスを見せてきた。
日の光に煌めく海を背景に、黒髪を潮風に揺らして微笑む女性の姿が逆光気味に描かれていた。
絵の良し悪しなんて分からないが、下手では無いと思う。
「ジェニストは絵が上手いんだな」
「うん」
照れるでも謙遜するでも無く、ジェニストは肯定して嬉しそうに笑う。
その時、風が吹いて、台の上から筆が1本転がり落ちた。
「あ」
ジェニストはそれにのんびりと近づいて行って、拾い上げようとして取り落とす。
……そして、それを取ろうとして一歩踏み出し。
「……死んでる……」
崖から脚を踏み外して落ちて、岩礁に頭を打って死んだ。
呆気なさすぎる。
こんなんでいいんだろうか。
……一応、一応ここの分岐を一通り説明すると、ここは『魔力』か『筋力』があれば助けられるところだ。
『魔力』なら20以上、『筋力』なら50以上。
当然どちらもクリアしているが、『どちらも足りない』振りをした結果、普通に落ちて普通に死んだ。
メニューから確認してみても、『ジェニスト・イニエス』は死亡、となっているが……本当に、死んだのか。
崖を下りて行って確認する。
……うん。死んでいる。死んでいるが……。
……こいつなら、例えバグっても大丈夫だろう。
念の為、死体を念入りに燃やしつくした。
死体の処理まで終わった所で崖の上に戻ると、キャンバスと画材一式が残っていた。
……『ダフネ』の姿が描かれたキャンバスは燃やしてから帰ることにした。
こうして、残す所攻略対象は2名にまで減った。
帰ってスライムたちに埋もれて精神力の回復とする。
さて、サージス戦の為に魔力を鍛えなくてはならない。
此処からイベント日にして3日分は『魔力』トレーニングに費やす事になるだろう。
それでいい。ベストを尽くそう。選択肢は1つでも多い方がいい。不安要素は1つでも少ない方がいい。
……それから、このぷるぷるとした可愛い奴らも。
戦略の一端を担うのだ。訓練しておいてもらった方がいいな。
「よろしく頼むぞ」
そう言ってつつけば、スライムたちはぷるぷると身を揺らした。