30話
とりあえず上の空でキルシスのイベントを進めながら考える。
あと残っている攻略対象はこいつ、魔王キルシス、騎士サージス、それからスぺラ○カーレベルの死にやすさの、最後の攻略対象『ジェニスト』。
キルシスは魔王討伐イベントで殺せる。サージスは死闘を繰り広げてなんとか殺せばいい。スぺラ○カー野郎はなんと、出会ったその日に死ぬ。
この3人は、少なくともサージス以外には不安は無い。
サージスについても、戦略はある程度組み立ててある。
問題はあれだ、『名前を持つ』非・攻略対象だ。
まず、花屋のペロミアさん。元気だろうか。殺すが。
次に、国王。死んだらこの国やばいな。次期国王が死んで現国王も死ぬのか。胸が熱くなるな。
それから、ノイエに嫌味を言ってきた貴族のトレーニアさん。実はノイエ関係のイベントをもっと進めていればお宅訪問する機会もあったりしたのだが、そんなものは何とでもなるからどうでもいい。
それから、魔王軍の参謀役のリザルート、サージスイベントで出て来る人間の騎士が2人位いたな。
12月はスぺラ○カー野郎を出落ちで殺して、サージスを殺して、非・攻略対象を殺して、キルシスを殺して……という具合になるか。
サージス戦の前までにできるだけ『魔力』を上げておきたいところではある。
しかし、非・攻略対象の殺害で思わぬトラブルがあった場合、最悪イベント日数が足りない恐れもあるのだ。
そこのバランスが目下の悩みであり、そして、解決策としてキルシスのイベントを進めている。
勿論、討伐イベントのフラグを立てるために好感度を上げる事も重要だが、それ以上にこいつの持っている魔力が欲しい。
キルシスにはあと1回、『魔力』を増やす為のイベントがあるのだ。
それを拾わない訳にはいかない。
その為、上の空ながらも選択肢を間違えないように、つまりは好感度を可能な限りあげていくように相槌を打ちながら、キルシスの妹……『ダフネ・カルディオン』の話を聞く。
『ダフネ・カルディオン』。キルシスの妹、先代国王の妻、エーリックと『ダフネ』の祖母。
彼女の話を延々と聞かされている。かれこれ2時間に及ぶか。
幸いな事に室内は暖かく、茶は趣を変え、爽やかな緑茶であり、茶菓子として出されたしぐれ菓子に似た菓子も美味かった。
そして膝の上にはスライムが1匹乗っている。
よって、そこまでのストレスなしにこの長話を延々と聞くことができている訳だ。
そして、それ以上にキルシスの一挙一動をつぶさに観察しているから、という事情もある。
魔力の動き。体の動かし方の癖。
観察すべき事は幾らでもある。
……やはり、こいつは何かするときは右手を動かすな。
魔力は、エーリックを板挟みにした時に使ったアレの様に、とりあえず固めてぶちかます、みたいな使い方が好きなんだろう。そういう動かし方をしている。
……イベントとはいえ、一応魔王と戦う訳だ。
情報があって困ることも無いだろう。
ひたすら茶と茶菓子とスライムを楽しみながらキルシスを観察し、正しい相槌を打つ、という作業でこの日を終えた。
翌イベント日。サティア(11月)21日。
「ダフネ、来い」
キルシスに呼ばれて付いて行くと、魔王城の地下に向かって進んでいく。
「どこに向かっているんだ」
「宝物庫だ」
いくつか盗んで売っぱらってやろうか。いや、金には困っていないからそんなことをする必要も無いが。
階段を幾つか下り、複雑な魔法による仕掛けを幾つか抜けた先にあったのは、小さな部屋だった。
ユグランス家の地下室に雰囲気が似ている。
魔法の品が大量に置かれているのだ。
そして、その1つ1つが工芸品と言って差し支えないレベルの美しさを誇っていた。
「これを持て」
キルシスがその中から、玻璃細工の球のようなものを取り出した。
それの中にはほの白く光が灯り、幽かに花の香りを漂わせている。
「こうか」
キルシスからそれを受け取って両手の平で包むように持つと、キルシスはその球に魔力を流した。
瞬間、球の表面、玻璃細工が砕け、中の光が零れ、手のひらから染み込む。
あたたかい。
キルシスに魔力を増幅されたときの吐き気や頭痛とは程遠い感覚。
馴染む、というのだろうか。酷く懐かしく、暖かい感覚だった。自分の一部だったものがやっと帰って来たような、そんな錯覚を覚える程に。
「ダフネの……妹の魔力だ。あれはここを出て行くとき、あれの魔力を殆ど全て置いて行った」
彼女……『ダフネ・カルディオン』は、人として生きることを決めたのだろう。
だから魔力を置いて行った。
そして、その結果かは分からないが……魔族としてはあまりにも早く死んだのだ。
「よかったのか」
キルシスはその問いには答えず、ただ踵を返して宝物庫を出て行く。
それに付いて行き、元来た道を戻る間で、やっとキルシスは口を開いた。
「我があれに縛られることをあれは望まないだろう」
その表情は窺い知れない。
「そうか」
前を行くキルシスからもこちらの表情は見えない。
よって、こちらが『魔力』が400を超えて喜んでいても問題ない。
あと100でカンストだ。密かに小さくガッツポーズをしても問題ないのだった。
翌イベント日は、ひたすら茶菓子を食べまくるというイベントをこなした。
やはりこの城のダックワーズは美味い。
その次のイベント日。
庭でこけかけたら抱き留められて「か弱きもの」扱いされた上に「弱きものはそれだけで愛おしい」とか言われるという屈辱のイベントを済ませる。
首を洗って待っていろ。
そして更に次のイベント日。
王都で買った飴菓子を土産に魔王城へ行く。
飴菓子は口に入れた途端ふわりと溶けて消え、後に上品な甘さと花のような香りが残るという逸品だった。
キルシスも気に入ったらしい。
次に持ってくるときは毒でも仕込んでくるか。いや、冗談だが。
そして遂にサティア(11月)最終イベント日。
最後の舞踏会イベントだ。
これが終われば後は戦闘と魔力トレーニングだけだ……。
最後だと思って頑張ろう。
当然のように、舞踏会のパートナーは魔王。キルシスである。
魔王が人間の本拠地に乗り込むとはいい度胸だが、これには理由がある。
1つは、魔王が『ダフネ・カルディオン』の居た場所を見ておきたい、と言い出した事。
そして2つ目は、魔王の顔を見て生きていた人間が『ダフネ』以外に居ないからだ。
魔王は魔王軍の大将なのだから、そうそう外に出て来るものでも無かったらしい。そして、魔王城に潜り込んで魔王を討ち取ろうとしたものは全員死んでいる。
……まあ、物見遊山の魔王だとばれなきゃいいんだよばれなきゃ、という事である。
「人間とはかくも面倒な事をするのか」
「そうだな」
キルシスは分かりづらいながらも好奇心を刺激されているようで、不恰好にならない程度に視線をあちこちに向けている。
舞踏会というもの自体にも興味が向いたらしく、会場内で踊ったり歓談したりしている人々を興味深そうに、かつ、そこかしこで繰り広げられる思惑の交差を感じ取ったのか、半ば侮蔑的に眺めている。
「そっちにはこういうものはないのか」
「無意味な事を行う必要はない」
あ、そもそも魔族の形状があまりにも千差万別すぎて、舞踏会、という所まで行かないのか。
確かにスライムとダンスを踊るのは……難しそうだ。
「ダンスは苦手か?」
しかし、キルシスは人型の魔族……見た目だけならそこらの人間と変わりない。
よって、ダンスは十分に可能だ。
こちらの台詞を挑発と受けたのか、キルシスは無言でこちらの手を取って曲の始まりと共に動き出した。
……成程。
魔王というのは、何でもできなくてはいけないのかもしれない。
踊り出してすぐ、周囲の目が集まる。
それらは「また『死神』が別の男と踊ってるぞ」という視線でもあるのだが、やはりそれ以上にキルシスへの興味、そのダンスの完璧さへ向けられたものなのだろう。
「どこを見ている。舞踏の際には相手だけを見ていればいい」
別にどこを見ていた訳でも無いのだが、キルシスは『ダフネ』が自分を見ていないと不満なようだ。
「それは失礼いたしました」
名は呼ばない。
一応魔王の顔は知れていなくても、名は轟いているのだから。
代わりにしっかり視線を向けてやれば、僅かに、しかし確かに、満足げな笑みを口元に浮かべる。
……こいつもこういう奴なのだ。魔王の威厳はそこにありはしない。
こいつだけに言える事でもないが、こういう事をやっているよりはヘマをした部下を殺したり、侵入者を殺したりしている時の方が余程好感が持てる。
何故こいつらはここまで……いや、ゲームの趣旨に文句を言っても仕方ないな。
諦めよう。どうせこれでこんなイベントも最後なのだから。
無事イベントを終了して帰宅。
スライムたちの結束力は日々高まり、今や殆ど合体するようにくっつき合ってマットレスになってくれる。
その優しさと最高の感触に埋もれながら、今までのイベントをこなした自分を労わる為に、そして明後日からの殺人ラッシュへの英気を養うために、今は眠ることにしよう。