3話
『筋力』他、パラメータの限界は500だ。それに達した。
あっさり達した。
こうなることは分かっていたから、かなりのんびりと……休日にも散歩の日や料理デーを取り入れることで、かなりのんびりしたにもかかわらず、カンストした。
限界、というのは残酷なものだ。これ以上は成長しない、という事なのだから。
ここまで鍛えると見た目もそれらしくなるのかと思ったが、そこまででも無かった。
精々腹筋が割れて腕に筋肉が多少盛り上がり筋張る程度で、『筋骨隆々』というよりは『しなやかに鍛えられた体』といった所。女性としてはムキムキな方なのだろうが……。
世紀末覇者にはなれなかった。残念。
……普通、このゲームをプレイする時、『筋力』は300あれば十分だ。『筋力』が関わる全てのイベントは300あればクリアできる。
そしてあくまで乙女ゲームであるという点を踏まえると、まあ、ムキムキになりすぎないように、という配慮なのだろう。
……細かい話になるが、戦闘力は『筋力』+『魔力』÷2で、魅力は『容姿』+『魔力』÷2だ。
魔力は半分ずつ2つのステータスに関わり、筋力と容姿はそれぞれ戦闘力と魅力に特化している、と言えるだろう。
ちなみにステータスはアイテムの使用・装備やイベントによる変動があったりする。
……この辺りのシステムはRPG等々に慣れた身としては簡単なのだが、そういったゲームに慣れていない人には少々慣れない部分なのかもしれない。
……まあとにかく、『戦闘力』をMAXにするためには『魔力』も上げる必要がある。
更には良い装備を手に入れる事も必要だ。
……しかし、魔力を上げる気にはならない。
魔力の訓練の為には、魔法を使える攻略対象とエンカウントしてイベントを起こす必要がある。それは避けたい。
かといって、このまま意味の無い筋トレを続けるのもどうかと思われる。
……という事で、装備の入手を次の目標にすることにした。
『ステラ・フィオーラ』の『装備』は、装備することでステータスに補正が掛かるアイテムだ。
武器、防具、アクセサリーの3つに分かれる。
武器は剣と杖が主だ。つまり、物理攻撃的な意味か、魔法攻撃的な意味か、という事だ。
防具も大まかにはやはり、鎧かローブ、という2択になる。
……大まかに、というのは、防具の中には『舞踏会』用の装備も含まれるからである。
戦闘力ではなく魅力を上げる『ドレス』という分類の防具が存在し、それを着て『舞踏会』に出る、というのが定石な訳だ。
ちなみに、中には戦闘力が上がるドレスもあったりするが、防具としてはやはり低性能である。当たり前だ。
アクセサリーは色々だ。説明するのが面倒な位種類がある。
中には戦闘力が上がるアクセサリーもあるので、それについては多少考慮してもいいかもしれないが。
ちなみに、こういった装備らしい装備とは別に着せ替えを楽しむための『服』も存在するが、それは『魅力』しか上がらない為、やはり関係ない。 よって考えなくていい。
今回狙うのは剣と鎧。ドレスなどいらん。貴族に身分変更する予定も無いし、舞踏会なんかに出たらイケメェンと遭遇してしまう。絶対に避けたい。
剣は『スラム街』の裏カジノに行けば景品としていいのが置いてある。
鎧は素直に買うかな。
……つまり、カジノに行って稼いでくるのがこれからの目標、という事になる。
「おはよう!アメリアちゃん。今日はどこかに行くの?」
「スラム街に行ってきます」
今日も今日とてペロミアさんに報告して、行き先を決定する。
「そう。楽しんできてね!あそこは治安が良くないから気を付けるのよ。あら、でもアメリアちゃんなら心配ないかしらね」
……ここの台詞はステータスに応じて変わったりする。
今は筋力500=戦闘力500だからこういうセリフになるが。
市場へ買い物に行く以外では初めての外出、という事になる。
VRの街並みは現実のそれと言われても違和感が無い程に完成されている。
ヨーロッパ風の街並みに魔法というものを取り込んだ、ファンタジックな景観は見ていて中々に楽しかった。
レンガ造りの壁や、不思議な文様が描かれた漆喰の壁の家は異国情緒・ファンタジー情緒に溢れている。
道の両脇にある瀟洒な街灯はファンタジックな仕組みで明りが灯る代物だ。
そして街を飾るのは花。
美しく咲き誇る花は、ゲーム内の四季に応じて彩りを変えていくのだろう。今は梅に似た花が咲き誇っている。
その香りが街を包み、柔らかく、どこか雅やかな印象を与える。
……しかし、余程作りこまれているのだろう。
壁にめり込んだりできないか、或いはすり抜けたりできないかを試すべく筋トレに励む傍ら壁に突進してみたりもしたのだが、壁と壁の継ぎ目でも、段差でも、そういう現象は全く起こらなかった。
『見えるけれど移動できない空間』も存在しないのだろう。アンティークなゲームを好む者としては少々さびしいような気もする。
こう、壁に剣を振った瞬間に人に話しかける事でその人にめり込みすり抜ける……といった事をだな、VRでやったらさぞ楽しいだろう、と、思わない でも無かったんだが……いや、それが無いからVRゲーム、なのか。
街を歩いていくと、薄暗く淀んだ空気に満ちた一角に辿り着く。
スラム街、と呼ばれるこのエリアでは、各種イベントが起こる他、裏カジノに挑戦することができる。
裏、というだけあり、負けた時のペナルティは相応なものだが、それを差し引いても置いてある景品が魅力的ではある。
……というか、ペナルティ目当てで普通は来る、んだと思う。
ペナルティ=攻略対象とのエンカウント一直線なので、絶対に負けないようにしないといけない。
さて。
このカジノでは、通貨としてコインが使われている。
1コインは100ペタルで買えるが、コインをペタルに換金することはできない。その代わりに景品と交換できるわけだが。
カジノの中を歩いて進む。
ポーカーやブラックジャック、ルーレット、といったゲームのテーブルの間を抜け、真っ直ぐ奥へ向かう。
……そこには1つ、異彩を放つゲームがある。
『闘技場』。
人間同士が4人で戦い、どの人間が勝つかに賭けるゲームである。
……さて、ここでさっきのペナルティの話にもなるが、ここで戦わされているのは主に奴隷である。
……そういうことだ。
つまり、『所持金がマイナスになる』という負けっぷりを発揮すると、『身分変更』が行われ、身分がデフォルトの『平民』から『奴隷』になる。
そうするとどうなるか、というと、まあ、1日おきの花屋での労働、の部分が地下での強制労働になったり、牢屋で誰かに買われるのを待つというイベントになったりする。
……そして、その時にエンカウントしてしまう奴隷身分の攻略対象が居てだな……。
まあ、それはどうでもいい。
そしてこの『闘技場』。
……出場も、できる。
『またまたやってくれました!本日初参加、謎の女戦士アメリア!これにて破竹の5連勝です!』
……こんな気はしていた。
この闘技場では戦闘力が500あればほぼ必勝である。やはり戦闘力500は伊達じゃなかった。
体が軽い。思いのまま、時には思いを超えて動く。
やはり最初は体が慣れなかった。一度の跳躍で体はびっくりする程浮き、適当に放った蹴り1発で大の男1人を簡単に伸せてしまった。
今でこそ手加減も覚えたし、1戦目よりも体を思いのままに制御できるようになったが。
……これは楽しい。VRゲームの醍醐味、という奴だろう。現実世界の自分の体より遥かに性能良く動く体を自由に動かし、現実世界さながらのリアリティの中で自由に戦う。
これが楽しくない訳は無い!
しかしこれじゃあきっとアクションが苦手なユキノ辺りは泣いて……。
……あれ。ちょっと待て。
こういった戦闘をスキップする機能は……無い、な。
……ユキノは大丈夫だろうか。本当に泣いてたりしてな。
その後また勝利を重ねて1日に戦える限界である10回まで勝ち抜いた所で、ほくほくしながら帰宅。
1回1位を取るごとに賞金が5000コインだ。
10回勝ったので50000コイン、目当ての『魔剣・エクスダリオン』は200000コインだ。まだ届かない。
しかし、5連勝を果たした時に景品として『炎の指輪』が、10連勝でボーナスとして30000コインが付いた。有難い。
『炎の指輪』は……『アクセサリー』の分類なので普段から着けていられるが、作業の邪魔になるので別にいい。
引き出しにしまって……いや。
「え?これ、私にくれるの?何かしら……わあ!『炎の指輪』ね!ありがとうアメリアちゃん、大切にするわね!」
ペロミアさんにプレゼントしたら凄く喜ばれた。
早速ペロミアさんはそれを着けて、笑顔でみせてくれる。
うん、良いことをした気分だ。
翌日はいつも通りに働き、その翌日。
「おはよう!アメリアちゃん。今日はどこかに行くの?」
「スラム街に行ってきます」
前回同様にペロミアさんに報告して、行き先を決定する。
「そう。楽しんできてね!アメリアちゃんなら心配いらないわよね!」
……台詞のマイナーチェンジとは、芸が細かい。
まあ、一応、恋愛シミュレーションがメインのゲームなのだから、人との会話にはそれはそれは莫大な分量のデータがあるのだろう。
VR、とはそういうことだ。スタッフの皆さんに敬意を表したい。
今日も今日とて闘技場。
戦いに戦って連戦連勝を収めた。
これほどの身体能力を持っていれば、余程動くのが下手でもない限り20連勝程度難しくないだろう。
今日も10戦を戦ってきた。
楽しい。実に楽しい。
乙女ゲームというから心配したが、別になんてことはない。戦闘付きの生活シミュレーションとしても十分楽しめるほどのボリュームとリアリティがある。
15連勝の記念品に『宵闇のドレス』を貰った。
一応『宵闇のドレス』はドレスの中では戦闘力の補正が大きいが、それでも所詮ドレスだ。いらん。
ペロミアさん行きだな、これも。
そして、20連勝のボーナスとして、70000コインが手に入った。
……つまり、これで200000コインが手元にあることになる。
これで『魔剣・エクスダリオン』が手に入る!
コインを魔剣と交換してきた。カジノの人が微妙に引いてた。悪かったな。
寝る前に『魔剣・エクスダリオン』を装備して、1人でにやける。
この魔剣は、魔剣の名に相応しく、装備時には右手に黒い模様となって現れるだけである。
そして、使用しようとした時にそこから形を成して、禍々しい、のこぎりを模した様な刃を持つ馬鹿でかい闇の曲刀となるのだ。
……この武器は、乙女ゲームの主人公には相応しくない。本来は攻略対象にプレゼントする為の物だ。だからこういった……見た目に配慮した、装備形態をとるのだろう。実に乙女ゲームらしいと言え……るか?
なんにせよ、『魔剣・エクスダリオン』がこのゲーム中3番目の威力を誇る事は確かである。攻略対象がらみ一切無しで入手可能、という条件が付くなら1番の威力だ。
その効果、『戦闘力+120』。
これで戦闘力は総計620となる。
『闘技場』では無手で戦っていたが、明日からはこれを使ってみようと思う。
折角のゲームだ。楽しまなきゃな。
どうせ相手も武装してるんだ。むしろ武器も防具も無しに戦っていたのは『謎の女戦士アメリア』だけだった。
……早く鎧も買いたい。
それからもカジノで荒稼ぎする日と花屋で平和に働く日を交互に重ねた。
ある程度溜まった所でコイン全てをカジノの景品の『月光のチョーカー』に換え、それを市場で売り払う事で懐も暖まった。
これで街に行って一番いい装備を買うのだ。
鎧だ。鎧。防具。
さて、次の休みには貴族街にでも行ってみよう。
ああ、胸が躍る。
「おはよう!アメリアちゃん。今日はどこかに行くの?」
「貴族街にいってみようかと」
「そう。楽しんできてね!」
ペロミアさんに送り出されて街を歩く。
『貴族街』はその名の通り、お貴族様御用達の店が立ち並ぶ区域だ。
ここで服を買おうとすると桁が2つ違うのがデフォルトだ。ドレスをここで買おうとすると、7桁ペタルが当たり前だから恐ろしい。
武具店を見つけて入る。
「いらっしゃい」
店主がちらり、とこちらを見て顔を顰める。まあ、現在の身分は『平民』だから仕方がない。
どうせ2度と来ない店だ。店主は無視して、比較的安く、それでいて性能のいい『魔法銀の鎧』を買う。
部分部分を覆うタイプのしなやかな、女性的な印象の鎧だ。……女性用なのだから妥当だが。
『魔法銀』はやたらと軽く、性能に不安を感じる程だが、強度に問題は無いらしい。
少なくとも、『ステラ・フィオーラ』の防具の中ではかなり優秀な部類である。
「これを頂きたい」
「200000ペタル」
不愛想な店主が肘をついているカウンターに200000ペタルの入った袋を乗せると、店主がぎょっとしたような顔をした。
「全て銀貨で悪いが、確かに200000ペタルある」
非常にどうでもいい上に、VRになって初めて分かった事だが、金銭は全て硬貨である。
鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、等々、それぞれが1円玉や10円玉、或いは1000円札や10000円札の役割を果たしているらしい。
形や模様でも違ったりなんだり、良く分からんが、救いはコインの表面にきちんと価値が書いてあることか。
『闘技場』の賞金でもらってきた銀貨は1000ペタル硬貨か100ペタル硬貨だった。
流石に200000ペタルともなると重い。
貴族街で買い物する時は金貨以上の硬貨を使用することを想定しているんだろうか。
……平民は優雅さに欠ける買い物しかできない、というリアリティを求めた結果なのだろうか。
ああ、納得。
袋の中身を改めはじめる店主を手伝って100ペタル銀貨を10枚ずつ重ねる作業に勤しんでから、なんとか無事に鎧も調達する事が出来た。
これで戦闘力が60上がって680。
中々悪くない数値だ。
戦闘力400で魔物討伐MVPに手が届く可能性が出てくる。
戦闘力が650を超えればまず、魔物討伐では無敵と言ってもいい。
……まあ、つまり、中々の戦闘力だ、ということである。
また翌日からは花屋での勤労と、闘技場での連勝を重ねて過ごした。
しかし、ここでまた問題が発生した。
遂に100連勝してしまった、ケーラ(3月)の終わりの頃の事だ。
「なあアメリア。お前さんが来るとこっちも商売あがったりなんだよ。賭けにならん。もう来ないでくれ」
……闘技場から出禁を食らった。