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28話

 エーリックが自室で自害したという知らせが届いたのは、帰宅したその日の夕方だった。

 王になる自信は無く、かといって王にならない勇気も無く。

 なんの為に王になるのかの理由も分からず、しかしそれ以外に自分の価値を見いだせず。

 挙句、好意を寄せていた女性が自分の唯一の価値を奪いに来たと思い殺そうとし、しかしその女性は自分の唯一の価値を脅かしに来たのではなく、ただ、自分の肉親に会いたかっただけだった、と。

 内包した矛盾、そして罪の意識と良心の呵責がエーリックを死に向かわせたのだろう、と。

 数々のイベントを辿れば、そういう解釈になる。

 ……それも、『数々のイベントを辿れば』であり、今プレイでは『なんで死んでるんだこいつ』であるのが悲しい所か。

 しかしイベントをさっくりカットしまくっていたから仕方ないな。

 カットできるイベント設計してるのが悪い。




 帰宅しておいて正解だった。

 エーリック殺害というあらぬ疑いを掛けられずに済むということもあるし、ゴタゴタにまきこまれなくて済む、というメリットもある。

『ダフネ』まで居なくなってしまうと本当に王位継承者がいなくなり、ますます王城は混乱するだろうが、仕方ない。

 これからはまたリエルの好感度を上げつつ来月のレヴォル爆弾に備えなくてはならない。

 ……そういえば、今月末の舞踏会イベント、リエルと参加するんだが……駄目だ、本当に『ダフネ』が何を考えているのか分からないっ!

 この女、本当にどういう顔で舞踏会に参加するつもりなんだろうか……。




 イベント2回をリエルに費やし、ギルドに来月の魔物討伐の登録に向かい、そしてその問題の舞踏会イベントである。

「リエル、パートナーの振りをしてくれないか」

 アルセノ(10月)29日。

 昼前ごろにそう申し出ると、明らかにリエルは慄いた。

「な、お、俺は貴族じゃないし」

「下級貴族の顔を全員分覚えている人なんているものか。服装をそれらしくすればバレやしないさ」

 つまり、奴隷として付き従うという名目で、パートナーをやれ、と。そういう事である。

「……よし。分かった。腹括るよ」

 こうしてリエルを捕獲して、それなりに着飾らせて、夕方、王城へ向かった。

 ……どういう顔をして、と言えば……普通の、貴族らしい微笑を携えて、という事になる。


「……空気が重いな」

「王位継承者が死んでいるからな」

 他人事のように喋ってはみたが、『ダフネ』が原因である。

「そっか。……どうなるんだろうな、この国」

「神のみぞ知る、という所じゃないか?」

 或いは、プレイヤーも知る所かもしれないが。


 どこか重い空気と様々な思惑の視線の中、それでもイベントは進行する。

「え、えっと、こうか?」

「よし。次は左だ」

 一応、付け焼刃でダンスを教えたものの、やはり付け焼刃は付け焼刃だった。

 こちらがリードしてもおぼつかないリエルに対して、侮蔑交じりの視線が送られる。

 1曲終わるころにはその視線は大分遠慮のないものになっていた。

「……ごめん、ダフネ。俺、ダフネに恥かかせたよな」

「何、気にするな。多少目立つ位で丁度いいだろう」

 しょげるリエルを励ましていると、声を掛けられた。

「ダフネ嬢、どうですか。私と一曲」

「先約があるんです」

 軽薄そうな貴族の男の誘いを断ると、そいつは明らかに馬鹿にするようにリエルを見て、言葉を足した。

「先約も選ばなければあなた自身の価値を落としますよ?」

 その言葉と視線にさえ、リエルは何も言わない。言えるわけがないな。

「ご忠告ありがとう。元々下がるほどの価値も無い身ですから」

 なのでこっちが何か言うしかない。

 そう言ってリエルに寄り添ってにっこり微笑んでやれば、呆れたような顔を作って、その貴族は去って行った。

「……いいのか、ダフネ」

「言わせるな。さて、もう一曲、お相手願おうか」

 曲の始まりに合わせてリエルの手を取れば、リエルは申し訳なさそうな、嬉しそうな笑みを浮かべた。

「俺でよければ」

「勿論だとも」

 そしてぎこちない一曲を再度踊って視線を集めに集めてから帰宅した。


 ……帰宅してすぐ寝室に飛び込んでスライムに埋もれた。

 ああ、癒される……。




 癒されてその翌々日、第二の癒しがやってくる。

 魔物討伐だ。

 久しぶりの魔物討伐だ。

 ああ、久しぶりのまともな戦闘だ!このゲームの真骨頂だ!万歳!


 ……そんな気分を盛り上げるような、萎ませるような、微妙なイベントが魔物討伐1日目に行われた。

【追悼】。

 亡くなったエーリック殿下を悼んで黙祷しましょう、というイベントだ。

 勿論、祈りをささげる奴なんていない。

 面子が犯罪者や逃亡奴隷、そして癖のある傭兵達だから、という理由だけでは無い。

 彼らはこれから死地に赴く者たちなのだ。その彼らに、出発前の今、死んだ人間に祈れと言うのはあんまりじゃないのか。

 彼らは死んでも祈られない。

 むしろ死んだら喜ばれる者が多いぐらいだ。

 ……黙祷を言い出したお偉いさんは、そんな義勇兵達に昏い視線を向けられてたじろぐ。

 誰一人、遠い存在の死なんて悼んじゃいない。

 遠い存在の死を気にする余裕なんてない連中なのだ。

 そんなものに祈りをささげる位なら、自分たちが助かるように祈るだろう。

 更に言えば、祈る時間があるならその時間で少しでも休み、少しでも食べ、少しでも戦った方が余程いい。

 ……エーリックは、王になろうと思うのなら、彼らにもっと……いや、どうでもいいことか。




 戦闘は最高だった。

 魔物が弱すぎたが、その分効率を考えて戦うのはパズルを組むようで楽しかった。

 魔物を引きつけに引き付けて、30匹程度にわざと囲まれてから剣・魔法縛りで切り抜けたり、一歩も動かずに魔法だけで戦ったり、と、かなり遊びながらの戦闘になった。

 流石にMVPを3回取った後だからか、義勇兵達はこちらに寄ってくることは無く、加勢しようとする新米は古参に「やめとけ」と止められる。

 中にはこちらのゲームに協力的な奴まで出て来る始末で、魔物に追いかけられたらとりあえず『ダフネ』の所まで行け、というような暗黙の了解まででき始めていた。

 ……あれだ。「魔物ありったけ持って来い!」みたいな、そういう……。いや、楽しいからいいんだが……何だろう、何か……うーん。




 そうして1日目とは思えない量の魔物を殺して、捌いて美味しく頂いた。

 おすそ分けもした。

 おいしくてしあわせになった。




 2日目も大して変わらない有様で、魔物を殲滅せんとする勢いだったためレヴォルがものすごく喜んでいた。

 そして3日目。

 レヴォルが怪しげな呪術師風の男と話しているのを見つける。

 ……会話の内容は分からないが、この後のイベントから推察するに、あの怪しげな男はレヴォルに「魔物を根絶やしにしたくないか」と持ち掛けているのだ。

 その代償には触れずに。

 ……とりあえず、その男とレヴォルの会話が途切れないように周りに魔物が来たら瞬時に殺す、という支援を行った。


 5日目。

 ボスモンスターが……巨大な花のようなものが出てきたが、一瞬で消し炭になったので何とも言えない。

 そして、レヴォルと怪しげな男の会話はまだ続く。

 ……そして、少し盗み聞きして、『門を出て東に出た森』でそれが行われる、という部分を聞き取った。

 うん、森が消し飛ぶのか。別に構わないが、だったら更地でやれよと思わないでも無い。




 そうして楽しい10日間も終了した。

『その恐るべき力でヘルローザすら一瞬で灰塵にした『死神』ダフネを表彰したいと思う』

 そういえば、攻略対象を2人死なせているんだったな。だから2つ名が『死神』になったのか。

 ……悪くないな。




 そして、サティア(11月)13日。リエルのイベントを1つ済ませる。

 これを挟まないとぎりぎりで【隷属と忠誠】に届かない。


 早朝、まだ珍しく起きていないリエルの様子を見に部屋へ行くと、薄青い光の中、まだ寝床に居るリエルを見つけた。

 魘されている。悪い夢でも見ているのか。

 ……昔の夢なのだろう。魔物に追われて友達を見捨てて逃げた、という。

 とりあえずその手を握ってやると、苦しげだった表情が和らいでいく。

 何か微かに口が動いているが、別に寝言の内容は知っているし、わざわざ聞くものでも無いだろうから聞かない。

 こいつの口元に耳を寄せるとか、罰ゲームにも程がある。


 暫くそのまま待っていると、リエルが目を覚ました。

「……ダフネ」

 そして、上体を起こしてこちらをぼんやり見て、いきなり涙を流し始める。

「俺、いいのかな」

 握ったままの『ダフネ』の手をかき抱くようにして蹲り、掠れる声を漏らす。

「赦して、もらえるのかな」

 それは自分で決める事だろう。死人に口なしだ。

「あいつが、もういい、って……幸せになっていい、って」

 それを見せたのはお前の脳味噌なんだがな。

「もういいさ。お前が赦せなくてもお前の友達と私が赦すよ」

 結局はリエル自身の問題だと思うが、非・VR版のイベントに習ってそう言ってやれば、リエルは強く手を抱きしめて一度頷き、暫くそのまま動かなかった。


「ごめんな、ダフネ。もう大丈夫だ」

「そうか」

 暫くして落ち着いたらしいリエルがそう言って、涙の残る顔で笑う。

「もう、大丈夫」

 そう言ってリエルはすっきりした表情で窓の方を見る。

 朝の光が窓辺を金色に照らしていた。


 リエルの命日まであと4日だ。



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