27話
翌イベント日もレヴォルのイベントを進める。
その為にまた『雨の石』にお出まし願って雨を降らす。
雨に濡れた街を進み、また魔力を辿ってレヴォルを発見する。
「レヴォル」
路地裏で雨に打たれているレヴォルに声を掛ける。
サージスと言いこいつといい、なんで雨ざらしになるのが好きなんだこいつらは。
なんの為に傘というものがあると思っているんだ。
雨ざらしになってると、禿げるぞ。
禿げるときは一瞬で禿げるぞ。油断するな。
「……どうしたんですか、こんな雨の日に」
こっちの台詞だ。
「そっちこそどうした。傘もささずに」
とりあえずこっちは普通に傘を差して来ていたので、レヴォルを傘の下に入れる。
「関係ないでしょう」
「ああ、そうだな」
そのままどちらも何も言わずにただ雨が傘を打つ音を聞く。
「俺、生きながら死んでいるみたいだ」
少ししてからレヴォルが唐突に話し始めた。
「魔物を根絶やしにするなんて遠く及ばなくて。ずっと同じところをぐるぐる回ってるみたいな、そんな気がして」
このイベントの名前は【生きながら死に】という。
つまり、焦燥感と無力感に苛まれたレヴォルがぐだぐだやるというイベントだ。
「アンタは、そう思う事、ありませんか」
雨に濡れた前髪越しにレヴォルが見上げて来る。
……そう。非常に申し訳ないことに、『ダフネ』の身長をそこそこ高く設定してしまっている為、レヴォルは『ダフネ』より背が低い。
「生憎、目標は自分に近い所に立てるようにしている。だから迷う事もそんなに無い」
「……自分に近い、所に」
「魔物を根絶やしにしたいなら、その為に何が必要か、それを手に入れる為には何をすればいいのか。そういうことを全て順に繋いで考えるんだ。そして、自分に一番近い所から手繰っていけばいい」
停滞が淀みを生むのなら。人間が回遊魚と同じように、動き続けていなければ淀み濁っていくのだとすれば。
それを回避することは動き続けることで、その為に必要なのは目に見える道筋だ。
それはゲームでTAをやる時と似ている。
ゲームをクリアするという目的だけでTAに挑むのは愚かだ。
目的、目標は遠ければ遠い程、達成するまでの道のりを考えるべきだと思う。
「だからレヴォルが今やらなければならないことは服を乾かして風邪を引かないようにすることだな。戦うなら体は資本だろう?」
『風の霊水晶』を出してレヴォルの服をざっと乾かす。
「次は何だろうな。食事か。それから睡眠だな」
そう言うと、レヴォルは呆気にとられたような顔を崩して、呆れたような笑みを浮かべた。
「悩んでた俺が馬鹿みたいに思えてきました」
「そうか」
……レヴォルはここで吹っ切れたようだったが、それでも吹っ切れきれずにこれから色々やらかしてくれる訳だ。
「じゃあ、これから食事に付き合ってくれませんか」
「喜んで」
本当に馬鹿な奴である。一度ここで学習したにもかかわらず同じことをやらかしてそこで死ぬのだから。
死んでいいのは死ぬことで相応のメリットが得られる時と、死ななくてはいけない時だけだ。具体的には、デスルーラや負けイベントだな。
そうでもないのに死ぬなんて馬鹿げている。
それから2回ほどイベント日をレヴォルに費やし、市場でぼられかけた所をレヴォルに助けられたり、またぐだぐだ言うのに付き合ったりした。
そしてアルセノ(10月)19日。
エーリックに会いに行く。
前回のエーリックのイベント終了時でエーリックの好感度は60にぎりぎり満ちていない。
よって、エーリックは死ぬ。
……エーリックは、『ダフネ』に王位継承権があり、しかもその証拠を持っていることに恐れを抱いている。
つまり、自分の立場……王になるために生きてきた人生そのものを否定されるということを恐れるあまり、エーリックは『ダフネ』を始末しようとするのだ。
勿論、好感度が高ければ思いとどまる。
しかし、敢えて好感度を上げなかった為、エーリックは『ダフネ』と自分の立場を天秤にかけて、自分の立場を選ぶのだ。
それはつまり、自分は王になれるのか、という不安の裏返しである。
その不安を払拭してやるような、自信をつけさせてやるようなイベントを起こしていればそもそも天秤に掛けるという事もしなかったのだが、それもしていない。
そうしてエーリックが辿り着くのは、【大逆人の末路】というイベントである。
今日起こすのはそれのフラグイベントだ。
『ダフネ』がこの国の王女であるという事を露見させる。
この日、この国は混乱に陥るのだ。
王城へ向かう。
適当に理由を付けて王に謁見を求める手紙を送っていたので、スムーズに通された。
下級貴族とはいえ、人のいい王なら拒みはしない。あっさり会う事が出来た。
「して、火急の用事、との事だったが、どうしたかね?」
やはり、「かね?」のところでこてん、と首をかしげつつ国王が尋ねてくる。
「これを」
周りの兵の緊張も気にしないふりをして王の眼前まで進むと、首にかけていた鎖を手繰り寄せ、その先の指輪を取り出す。
「……これは……!」
「私が孤児院の前に置き去りにされていた時、これを持っていたそうです」
そう言うと、王は人の好さそうな顔を真剣に引き締めた。
「この指輪を嵌めてみよ」
そして返された指輪を、指に嵌める。
すると、足元に魔法陣が浮かび、そこから花が咲き乱れた。
この指輪は、王家の……つまり、『先王妃ダフネ』の血を引く者が嵌めた時に花が咲く、という代物なのだ。
……魔力が高いせいか、少々咲き過ぎな気もする。
その様子を見ていた王、大臣、その場にいた兵や文官が息を飲んだ。
彼らも馬鹿では無い。これの意味するところが分かったのだろう。
「大臣、緊急議会の準備を」
王が側に控えていた大臣にそう命令すると、大臣は速やかに動き始めた。
……こうして城の一室で起きた波紋は、確実に城全体を飲みこんだ。
その日は王城に泊まるように言われ、一室を貸し出された。
美味い食事も出て満足だ。唯一満足いかないことがあるとすればスライムがいない事だが、むしろ今はいない方がいいな。
これから一応戦闘になる。スライムが巻き込まれたら大変だ。
さて、一応ストレッチをしてから寝台に入るか。
寝台に潜り込んで寝たふりをしていると、微かな音を立てて窓が開く。
そのまま待っていると、侵入者はそっと寝台に近づいてくる。
そして、胸に向かって得物を振り下ろし……壁に阻まれた。
……キルシスの見様見真似だが、やってみるものだな。
駄目だった時の為に真剣白羽取りはいつでもできるようにしておいたが、杞憂だった。
侵入者は体勢を整えると、間髪入れずに第二撃を繰り出そうとして来る。
素人だな。1発目を外したら撤退した方が得策だろうに。
敢えて一撃、頬を掠めるように食らう。
頬に血が滲むのを確認してからまたキルシスの真似をする。
魔力の壁を侵入者に対してぶち当てて、壁と魔力の壁とで板挟みにして捕らえた。
魔法の火を浮かべて明りをつけると、そこには短剣を持って、なんとか壁に抗おうとしているエーリックがいた。
「エーリック!?どうして」
いかにも驚いている、というような反応をしてやると、今までの穏やかさが嘘のような鬼気迫る表情でエーリックはこちらを睨んでくる。言葉を返す余裕はないらしい。
逃げられないように窓側に素早く移動してから魔力の壁を解く。
「ダフネ様!何事ですか!」
物音に気付いたらしく、部屋の前に居た衛兵が入ってくるのは織り込み済みだ。
この為にわざわざ一撃掠らせ、魔力の壁を解いたのだから。
そして彼らは、寝間着のままの『ダフネ』の頬に走る傷と、鬼気迫る表情で短剣を握るエーリックを見た。
エーリックの持っている短剣には僅かに血が付いている。こちらも顔という目立つ場所に怪我をしている以上、もう言い逃れはできないだろう。
衛兵たちは瞬時に動き、エーリックを取り押さえる。
「待ってくれ、エーリックは」
「ダフネ様はお怪我の治療を。どんな事情があったにせよ、これは国王様にご報告しなければなりません」
衛兵たちはにべなくそう言い、エーリックを連れて行った。
『ダフネ』も治癒魔法術士により治療され、そして夜が明ける。
……さて、後は台詞を間違えなければエーリックを殺せるはずだ。がんばろう。
翌日はほぼ1日中、部屋に軟禁されていた。
突然現れた『王女』と、それを害そうとした『次期国王』。城は1日にして2つに割れた。
国王に対して反発のある貴族は、血のつながりがあろうとも教育を受けていない『ダフネ』なら傀儡にできると踏んでエーリックの処分を求め、国王に媚びて甘い汁を吸いたい貴族は教育を受けてきたエーリックを次期国王に、と声を大にする。
存在が公になる前に始末してしまえと考えたエーリックの意図とは裏腹に、エーリックが起こした暗殺騒動のせいで『ダフネ』の存在は明るみに出てしまった。
こうなったらもう『無かったことにする』事にはできない。
『ダフネ』のことも、エーリックが行った愚かな行動も。
……という筋書きだが、結局の所、エーリックの運命は『ダフネ』……いや、『プレイヤー』に委ねられた。
明日を楽しみにしていよう。
記念すべき二人目の命日だ。
そして待ちに待ったイベント、【大逆人の末路】が発生する。
朝、王の御前に呼ばれて出向くと、かなり緩い拘束をされたエーリックと国王、そして兵達がいた。
「フィオラ……いや、『俊英』ダフネ。此度は城内でこのような目に遭わせてしまってすまなかったな。怪我は大事ないか」
疲れのせいか、一昨日見た時よりも老けて見える国王に対して、いえ、と曖昧な返事を返す。
「……エーリックのことだが……処罰をどうすべきか、決めあぐねておってな。そこで、当事者の意見を聞こうという事に」
「でしたら、不問に。……エーリック殿下も、何かお考えあっての事でしょうから」
そう返答すると、明らかに王はほっとした様な顔をした。
一応弟の子とはいえ、長年にわたって育ててきた、いわば自分の子のようなものだ。
刑に処したくは無かったのだろう。
「そうか。ならそうしよう。……ところで、その、だな。……そなたの、出自の事だが」
「私は!」
そして、おずおずと切り出した国王の言葉を遮って話す。
「私は、孤児の、成り上がりの下級貴族の、『俊英』ダフネです。それ以上でもそれ以下でもありません。此度の事は、私が軽率でした」
ほっとしているような、悲しんでいるような、微妙な表情の国王に対して、迷ったように視線を彷徨わせてから続ける。
「……最後に、その、厚かましいお願いではあるのですが……一度だけ、お父様、と、呼ばせていただけませんか」
……結局、このセリフがエーリックに止めを刺した。