26話
さて。
ゲーム内時間もアルセノ(10月)になった。
つまり、残す所3か月となった訳だが、他プレイヤーの様子はどうだろうか。
『甲』は、1人減っているな。死んだのか。なんでまた。
……攻略対象に殺された、か。
やはりバグなんだろうな。イベントを見る限り……エーリックあたりに殺されたんだろうか。
王族狙いでイベントを進めていったらしいな。やはりカジノで稼ぐのには限界があるのだろう。
もしかしたら、闘技場以外で稼いでいてもカジノ出禁になるのかもしれないな。
バグの原因は……うっすら、なんとなく……ゲーム製作者の意図がそこに見えるようで、掴めるような掴めないような……まだはっきりしないな。
なんにせよ、殺す時になったらきっとバグるんだろうが。
さて、『乙』は……成程、『乙』の条件は、推理が1つの課題なのだろう。
『シロツメクサの花冠』、『胡桃の髪飾り』、『蔦のブレスレット』。
それらの他に、『薊の懐中時計』『薊の簪』『エリカのチョーカー』『エニシダの花飾り』というように、7つのアクセサリーアイテムの名前が見受けられる。
アイテムの色合いや名前を見る限り、これらは攻略対象1人につき1つずつ用意されていた、と考えるのが妥当だろう。
それぞれ、各攻略対象に縁のある場所で見つかったり、イベントの派生で手に入ったりするのではないだろうか。
少なくとも、そこには必ず法則性があるはずだ。
『乙』のルートはそういう『ゲーム』なのだと思う。
……そして、おそらく、もう1段。何かあるんだろうな。
『丁』は……酷いな。
半分が死んだ。
これはひどい。
全員が全員攻略対象に殺されているが、死んだ日もばらばら、イベント状況もステータスも、ある程度は(同じ目的の元プレイしている以上は仕方ないという範疇で)揃ってはいるものの、十分ばらばらだと言っていいだろう。
……『丁』のルートでバグが多く起きている、と考えると……いや、やはり推測の域を出ないな。変に答えを出してそれに固執してしまったら、想定外の事態に対応できなくなりそうだ。やめよう。
さて、『乙』が推理を求めるゲームなら、『丁』は何だろうか。
……予想では、バグが起きる条件を見極めるゲーム、といったところだ。
『丙』はバグが起きようがなんだろうが、殺せればそれでいい。
しかし、『丁』では、好感度を上げる必要がある為、そうもいかない。
バグっても好感度が上がるのかもしれないが、普通に考えたらバグったが最後、ゲームオーバーだろう。
恐ろしいルートだな、全く。
そういう意味では『甲』は、只金を稼ぐゲームでは無いはずだ。
正攻法ではクリアできないのだろう。それこそ、国庫から金を持ち出す、位の事をしなければいけないんじゃないだろうか。
……さて。残り3か月、挑戦者も死人が大分出てきたところで、指名状況は大きく変わってきていた。
『丁』を目指す挑戦者の指名が若干減り、こちらに流れてきている印象だ。
恐らく、ノイエを殺した所でやっと、「あ、こいつは『丙』狙ってるのか」という事が分かった、という人も多いんじゃないだろうか。
そして、落とすよりは殺す方が簡単なんじゃないか、とか、そういう目論見だろうな。
……事実、『丁』よりは簡単だと思うが、な。
そして、当然だが、ユキノの名前はずっとそこにあり続けている。
これでいい。これだけでいい。
気にすべきプレイヤーはユキノだけなのだから。
ユキノ以外が何人指名してきていようが関係ない。
残り3か月だ。この間に残り全員を殺す。
緊張もするが、楽しみでもあるな。
「俺、ずっと奴隷やってるのに生きてるだろ」
アルセノ(10月)3日。
茶を楽しみつつ、リエルのイベントを進めていく。
「ダフネの前の主人はそこまでは酷く無かったけど、その前とか、結構酷くてさ」
リエルはカップが空になっているのに気づいて如才ない手つきでカップに茶を注ぎ足してくれる。
「こんなになってまで生きてるのって、罰だと思ったんだよな」
「罰」
「そう。罰。……俺、昔、友達、見捨てたんだ」
今日の茶菓子は小さな花の形の焼き型で焼いたバターケーキだ。
ラム酒漬けのドライフルーツがバターのくどさを調和していて中々美味い。
「住んでた村が魔物に襲われて。それで……その時、友達が……弟みたいな奴だったんだ。まだ小さくて、凄く俺の事頼りにしてくれてて、なのに、俺、そいつが魔物に襲われてるの見て、逃げたんだ。……で、逃げて隣村に行こうとしてる所で奴隷商人に捕まってさ。……ああ、見捨てたからその罰を受けるんだよなあ、って」
熱いストレートの紅茶が口内の油分を流して、渋みと僅かな甘味を残していく。
元々はどちらかといえば緑茶派なんだが、紅茶も悪くないな。
「逃げて生き残った代わりに、生き残ることでその罰を受けるんだ、って。ずっとそう思ってた、のにさ。……最近よく夢、見るんだ。あいつが……見捨てた友達が、罰はどうしたんだ、ってさ、言うんだよ。俺は」
「死人に口なしだ。良くも悪くもな」
カップをソーサーに戻してぐだぐだうっとおしいリエルを遮って、向き合う。
「お前を許さないのは友達じゃなくて、リエル、お前自身なんじゃないのか」
それ以上またなにか言おうとするリエルの口にバターケーキを1つ突っ込んで黙らせる。
「罰だというならそれでもいいが。私はお前が生きていてくれて嬉しい」
リエルがそれを咀嚼して嚥下するまで待ってから、非・VR版の台詞を引用させてもらいつつ微笑めば、リエルは泣きそうな笑顔を浮かべる。
「うん。……ありがとう、ダフネ」
……これでこのイベントは終了である。
ちなみに。
リエルがこのようにうだうだする羽目になっている友達、という奴は、魔物に襲われ、殺される、という所で魔力に目覚め、生き残っている。
ついでに言うと、そのまま魔法を我流で修め、そこそこの腕前になっている。
……レヴォル・クレヴェール。あれのことだ。
当時10歳のリエルに対して4歳であったはずのレヴォルは、村のお偉いさんの息子という事もあり、同年代の友達ができなかったらしい。これはレヴォルとの共通イベントを起こせば分かることであり、また、そのイベントを起こせば好感度が急上昇する。
が。
それをやってしまうと、レヴォルが死なない。
具体的には、レヴォルが死ぬ可能性があるイベントが発生しなくなる。
レヴォルとリエルの共通イベントを起こした時点で、2人の共通ルートに入ってしまう為だ。
なので今回のプレイにおいて、生き別れた友人同士が再開することは無い。
……いや、あの世で再会させてやることにはなるのか。
ならばより一層気を引き締めて殺さないとな。
それからリエルと月夜の散歩に出かけたり、そこで不審者に襲われて返り討ちにしてべっきべきにしたり、また不審者に襲われてあえてリエルに助けて貰ったりしてリエルのイベントを進める。
そして、ここでそろそろレヴォルのイベントも入れていかなくてはいけない。
レヴォルの命日は来月に決定している。
そして、その命日イベントの発生の為のフラグイベントを発生させるために、来月の魔物討伐までに好感度を上げておかなくてはいけない。
……そう。来月は魔物討伐に出る。
そこでレヴォルのフラグイベントを回収する、という訳なのだが……ここで1つ、障害が発生する。
エーリックだ。
エーリックの身分が発覚している状態……つまり、こちらが魔物討伐に出ている、とばれている状態で、かつエーリックの好感度が一定以上の場合、なんと。
……参加を止められる。
次期国王権限で、参加を止められる。
本当に碌な事をしない奴だ。本当に!
……なので、今月の内にあとやることは3つ。
1つはリエルの好感度を上げ、レヴォル命日イベントに間に合わせる事。
2つ目はレヴォルの好感度を上げて命日イベントのフラグを立てる事。
そして3つ目はエーリックをとりあえず殺しておくことだ。
……とりあえず、レヴォルのイベントをこなしてからエーリックに取り掛かろう。
エーリックはあと2イベント分で死ぬからな。問題ない。
「流石ですね、『俊英』は」
「何の話だ」
アルセノ(10月)11日。
空気に混じる僅かな魔力を嗅ぎ分けて辿れば、あっさりレヴォルに遭遇した。
そして、会ってすぐ、レヴォルは目を瞠り、そんなことを言ったのだった。
「何、って……魔力ですよ。急に増えましたね。……この短期間でこれだけ増えるなんて」
……キルシスに増やしてもらった、というのは内緒である。
「正直、妬ましいです」
そう言うレヴォルの表情は硬い。
こいつは強くなること、強くなって魔物を殺しに殺すことを自らの心の支えにしている節がある。
そのためだろう。
「なら使うか?」
「……は?」
「魔力だ。私の魔力でレヴォルの魔力を揺らしてみよう」
つまり、あれだ。キルシスがやったのと同じことをレヴォルに対してやってみよう、という申し出である。
より大きな魔力を注いで、相手の魔力を刺激して揺り起こして増やす、と。
勿論、伸びしろが無ければ刺激しようがなんだろうが増えないが、こいつの魔力は揺すれば増える。そういうイベントなのだから。
「……いいんですか?」
「ああ。じゃあ、早速いくぞ」
そして、ここでこいつの魔力を増やしておくと爆弾の威力が上がるからな。
爆弾を育てる為なら多少の吐き気や頭痛は安いものだ。
レヴォルの額に手を当てて魔力を流す。
レヴォルの魔力の根幹を探し当ててそれを揺り動かす。
……魔力同士がぶつかって、キルシスの時よりは大分マシだが、ゆるい吐き気と頭痛が襲ってくる。
レヴォルの方はもっと酷いらしい。歯を食いしばって耐えてはいるが、時折苦しげに呼吸する度に呻きが混じる。
しかし、魔力は順調に増えているようだった。
出力を上げれば、その分レヴォルの魔力は増える。
5分程度、出力を上げながら作業を続けて、無事レヴォルの魔力を上げる事に成功した。
「お疲れ」
こちらも中々疲れたが、レヴォルはそれどころでは無いらしい。
手を額から離した瞬間から、がくりと体の力を失い、地面に倒れこんで焦点の合っていない目でこちらを見る。
「おれ、つよく、なりましたか」
「多分な」
レヴォルは嬉しそうに、それでいてどこかぶっ壊れた笑みを浮かべて、目を閉じた。
……寝たらしい。
……リエルと鉢合わせると不味いので家に連れて帰る訳にもいかない。
仕方ない、このままここで起きるまで待つか。
大事な爆弾だ。一人で暴発でもされたら勿体ないからなあ……。