24話
翌イベント日。リザンテ(9月)1日。
キルシスから面白いことを言われた。
「ダフネ、お前は我の信頼に適うと判断した。出て行きたければ出て行け」
つまり、ゆるゆる軟禁生活の終了である。
好感度が60に達するとこういう事を言われるのだ。これで魔王城から外に出る事もできるようになった。
しかし、いいのか。それでいいのか。
キルシスは好意を自覚して距離を取りたがっているのだろうが、魔王としてそれはまずいんじゃないのか。
『勇者覚醒』の能力を持つ人間なら殺しておいた方がいいだろうに、情が移って殺せなくなったとか、いくらなんでもまずいだろう。
「そうか。じゃあもう暫くご厄介になるよ」
しかしなんにせよ、まだイベントをこなさなくてはならないので、もう暫くは魔王城にいる事になる。
「……そうか」
心なしかキルシスも嬉しそうだ。良かったな。さあ早く魔力寄越せ。
目的のイベントは、【覚醒】というイベントだ。
このイベントの前のフラグイベントの時点で『魔力』が100に到達していない場合、『魔力』を200まで上げてもらえる、というチートじみたイベントである。
これを使えば最大で訓練7、8日分程度の『魔力』が前のイベントを含めて3日で手に入る。お得である。
この後のレヴォルのイベントで『魔力』が必要になるので非常にありがたいイベントだ。
という事で、フラグ1つ目の【魔の理】を進める。
これは、キルシスから魔法を教わる、というイベントなので心して取り掛かりたい所だ。
「人間は魔法を我が物のように使っているが、魔法は元々、我ら魔族の物だ」
へー。で?
「人間たちは魔法理論がどうこうとやっているらしいな」
「知らん」
何せ、レヴォルにちょっと聞いただけなのだから、そんな理論がどうこうというレベルの話を知っている訳がない。
「……お前はそうなのだろうが、本来はそれが正しい。魔の理は人間を超越したものだ。人間が理論を展開して制御した気になっているものはそのごくほんの一部に過ぎない」
つまり、遠まわしにお国自慢をしたいらしい。
最早攻略対象は全員面倒くさいから面倒くさいのインフレが起こってこの程度では面倒くさいと思わなくなってきた自分が怖い。
「見た所、お前には適性があるように見えるな」
まあ、魔族の血が入っているからな。
「魔力の流れが読めるか」
「なんとなくは」
「意識してそれを辿れるか」
「大体」
「それの力を借りることは」
「良く分からない」
立て続けに聞いてきたと思うと、キルシスはどこかへ去って行き、そして1本の杖を手に戻ってきた。
「持て」
『黒曜石の杖』というこの装備アイテムは、武器としてそこそこ優秀な部類である。
「訓練してやろう」
という事で、魔法を教えられることになった。
「いいのか。私は敵になるかもしれないんだぞ」
「敵になった時に手ごたえが無かったらつまらないだろう」
そういうことらしいので遠慮なく強くなろう。
……このイベントで『魔力』が20上がる。
それでも100に満たない、というのがこの次のイベントの条件だ。
今回は余裕でその基準をクリア。今まで鍛えるのを我慢していた甲斐があった。
そして翌イベント日。
今度は延々と「お前は死んだ妹にどことなく似てるなー」みたいな話をされた。
また、「似てるのになんでこんなに魔力低いのかなー」みたいな話もされた。基準クリアである。
このイベントはそれだけなので割愛。
そして更に翌イベント日。
やっとお出ましである。
「ダフネ、こちらへ来い」
「何だ」
キルシスは『ダフネ』を呼び、そしてその額に指をつける。
衝撃はほんのわずかな物だった。でこぴんされた程度の。
しかし、それによる変化は凄まじい。
体中の血液が倍になったような感覚。
熱く全身を駆け巡るそれは力となって湧き上がり、体を食い破ろうとしさえする。
しかし、ここまで鍛えた体だ。そう簡単には壊れない。
永遠にも思える時間だったが、実際に経っていたのはほんの数分程度で、それが過ぎてからは何事も無かったかのように体は楽になっていた。
……いや。違うな。
今までより強化され、出力が上がり、そして未知なる力で満たされている。そんな感覚だ。
「耐えたか」
「何をした」
「何、お前の内に眠る魔力を呼び起こしてやっただけの事だ」
ステータスを確認すると、『魔力』が200になっていた。ぼろ儲けもいい所だな、これは。
「成程」
とりあえず火の球を出してみると、直径80cm程度の大きな火炎球となってそれは現れた。
今までは拳程度の大きさにしかならなかったんだが。『魔力』の効果は如実に現れている。
「これはいいな」
そのまま火炎球をキルシスに向かって放ってやると、キルシスはやや口角を上げつつそれを魔法の壁で相殺した。
……あれはバグったレヴォルがやってた奴をもっと防御に特化させたものか。
『魔力』が上がったからか、その魔法が何をどうやってできているものなのか、見るだけでなんとなく分かるようになっていた。
これは便利だ。便利すぎる。
面白いので色々な魔法をキルシスに向かって放ってみる。
観察されていると知ってか知らずか、キルシスはその都度相殺をやってみせてくれるので非常に勉強になった。
「満足した。ありがとう」
ひたすら魔法をぶち当て続けて魔法を見て盗み、満足したのでとりあえず満面の笑みでお礼を言ってみた所、キルシスも大層満足げな様子だった。
WIN-WINってやつだな。平和だ。
という事で、魔力も充填完了したので魔王城とは暫くお別れだ。
今度はサージスを落としにかかる。
……サージスと戦闘するイベントは3つある。
1つ目はこの間の【剣の示すもの】。2つ目は【剣と迷い】。3つ目が【手合わせの申し出】だ。
【剣と迷い】はサージスが主人公にいい加減惚れて剣の腕が鈍るというイベントだが、ここで殺す訳にはいかない。
どうせバグったら同じだろう。なら、その後のイベントでサージスから貰えるアクセサリーで『魔力』を上げて挑んだ方がいい。
そして、3つ目【手合わせの申し出】の途中でイベントを逸脱し、サージスを殺しにかかる予定だ。
しかし、バグらせて殺すのはできるだけ後にしたい。1人バグると全員バグる仕様だったりすると目も当てられないからだ。
なので、次に死ぬのはエーリックという事になるがそれは割とどうでもいいイベントなのでエーリック自体は放っておこう。
どうせ放っておいても事は進むのだから。
という事で、キルシスから盗んだ瞬間移動系の魔法で一気に王都まで帰還して、翌イベント日からはサージスのイベントを進めていくことになる。
最初は貴族という身分とエーリックの友人という立場を利用してサージスを城内に潜入させてあげるイベントだ。
これでいいのか王城。
次は戦闘についての談義だったのでそこそこ楽しく過ごせた。
こいつ自身の癖を微妙に聞きだせたのは大きい。
そして、その次が……ここからが、精神力をごりごりと削られていくターンだ。
サージスは主人公を騙しているという意識、主人公の敵であるという意識から今まで割と固い接し方をしていたが、このイベント……【突然の雨】で好意を完全に自覚し、泥沼に嵌まる。
その後はひたすらうじうじおろおろターンが続き、その果てに開き直ってでれでれになる。
そうなるともう精神力を削ってくるだけなのでどうしようもない。
色恋さえ絡まなければ適度な挙動不審と固さでそこそこ付き合うのに悪くない奴なんだろうがなあ……。
乙女ゲームとは因果な物である。
『雨の石』を使ってから公園に向かうと、公園に付いた辺りで雨が降り出した。
適当な樹の下に入って雨宿りしていると、その内雨の向こうから人影が走ってきて木の下に入り込んだ。
やはり同様に突然の雨に降られて雨宿りする場所を探しに来たサージスである。
「サージス殿も雨宿りか」
「……『俊英』か」
そう言いつつ、サージスは微妙に距離を取ろうとして、樹の下からはみ出てしまう。
「もう少しこっちに来ないと濡れるぞ」
「あ、ああ」
引っ張って雨の掛からない所まで入れてやると、やはりというか挙動不審になる。
「冷えるな」
「そ、そうだな」
サージスは妙にこちらをちらちら見たり目を逸らしたりしていたが、不意に外套を脱いで『ダフネ』の肩に掛けた。
「冷えるだろう、羽織っていればいい」
その間も妙にそわそわと落ち着きが無い。『ダフネ』が気になってそわそわするのは分かるがいい加減にしろ。
「ありがとう」
とりあえず微笑みつつ礼を言うと、サージスはますます挙動不審になりつつ、急用を思い出した、というような事を言い出して雨の中を走って行ってしまった。
こんなのが今回のラスボスかと思うとげんなりするな。
……さて、ここからまた辛いターンだ……。
それから気の迷いがありすぎてすっかりへっぽこになっているサージスと手合わせするイベントと、いきなり忠義について語られるイベントと急によそよそしくなるイベントをこなした。
内容が内容なので割愛。
そしてリザンテ(9月)21日。
また公園でサージスとエンカウントした。
「あ、あの、は、話がある」
そのまま公園の人気のない方に移動して、話とやらを聞く。
「今まで騙していてすまなかった。私は魔王キルシス・カルディオンに仕えている。『俊英』ダフネに近づき偵察せよとの命で今まで……」
「ああ、それならもう知ってるからいい」
そう言うと、サージスが面白い位びくついた。
「な、何故」
「私はキルシスに誘拐されていたんだが。知らなかったか?」
「……いや、知っているが、その」
「ノイエ・ユグランスが軍勢を連れてやってきただろう。そしてその時、キルシスが『サージスめ、人間を1人取り逃すとはな』と言っていた」
キルシスさん盛大なネタバレをありがとうという所だ。
……考えれば考えるほど何やってんだあの魔王。
部下に命令出しておいて連携が取れなさすぎだろう!
しかもその部下には謀反を起こされかけている。人望も無いのか。
人材も人望も無い魔王城。大丈夫だろうか。駄目だな。
「……知っていたのか。なのに、何故……いや、魔王城から生きて帰ってきたのなら、その程度は当たり前なのか」
あの色々抜けすぎな魔王の元から帰ってきた程度で納得の材料にしないでほしい気もする。
「今まで私は魔王様の命だと自分自身に言い聞かせて貴女と会っていた」
来るぞ、多分何かが来るぞ。総員警戒態勢だ!
「だが、もう駄目だ。私は……俺は、自分の意思で、これからも貴女に会いたい」
耐えろ顔面。引き攣るな。適度に驚きと微笑みを浮かべろ。鍛えた成果をここで発揮しなくてどこで発揮する。
「俺は魔王様へ忠誠を誓いながら……ダフネ、貴女にもう、心を奪われてしまった」
サージスの真剣な眼差しと目が合う。何か嫌なので呼吸は止めない。なので1秒以上見つめ合っても別にロンリネスらない。
……その後、非・VR版のイベント通りに台詞を吐いて進めて、精神に重傷を負いつつも帰還してベッドに倒れこむ。
ああ、魔王城のスライム型魔物の抱き心地が恋しい……。
一匹アニマルセラピーならぬ魔物セラピー用に借りてこようかな……。