23話
そうして魔王イベントをこなしていくうちに魔王が『こいつは面白いから生かしておいてやる』になってきてうざい。
うざいが、手料理を振るまったり(毒を混入させたら好感度が上がる)花の儚さについてべらべらと語られたりして着実にイベントを進め、好感度を上げていった。
そしてエウラ(8月)21日。
「キルシス、いるか?」
キルシスの居室に入った所、机に突っ伏して寝ていた。
そして、魘されていた。
そういうイベントである上、こいつにはノイエ処理機として生きていてもらわなくてはいけないので寝首は掻かない。
暫く生暖かい視線で見守っていると、不意にがばり、頭を上げて起きた。
そしてキルシスは荒い呼吸を整えてから、ようやくこちらに気付く。
「……何の用だ、小娘」
「寝首を掻こうと思ったが魘されていたから見ていた」
物騒な事を言ってみたが、コレで好感度が上がるんだから訳が分からない。
「……昔の夢を見ていただけだ」
「そうか」
とりあえずそこで部屋から出て行こうとする。
「……ダフネ」
すると、呼び止められる。
「何だ」
「……暫くここに居ろ」
「分かった」
ぼんやりしているキルシスの隣に座りこんで暫く待つことになった。
そして延々とお互い何を喋るでも無い時間が過ぎていき、そこで突然、頭を撫でられ始めた。
「何だ」
「大人しくしていろ」
一応軟禁中の身ではあるので大人しく言う事を聞いておいてもおかしくは無い。
……そして、延々と黙って頭を撫でられ続けてからやっと解放された。
「……悪かったな」
「別に構わないが」
なんとなく気まずそうなキルシスの頭を撫で返すと、キルシスは珍しく動揺した。
「何をする」
「やられたらやり返すのが信条だ」
この選択肢によりやたらと上がる好感度の為、一頻り濡れ羽色の頭を撫で回す。
……別に楽しくもなんともないな、これは。
暫く撫でまわして飽きたので立ち去る。
「ダフネ」
すると、また呼び止められる。何なんだお前は。
「これから茶にする。付き合え」
そう言いながらキルシスは乱れた髪を整えつつ立ち上がった。
落ち着いたらしい。
「分かった」
……さて、今日の茶菓子は何だろうか。
昨日出たダックワーズは美味かったんだが、また出るだろうか。
出なかったが、レーズンサンドが美味かったので良しとする。
と、いうところで、此処でイベント日2日分を『容姿』の訓練に割く。
現在『容姿』は160、という所だが、これを200まで上げなくてはならない。
次のイベントの発生条件が『容姿200以上』だからだ。
このイベントを発生させればキルシスの好感度がボーダーを上回り、ノイエ処理機として稼働するようになる。
さて、表情筋を鍛えよう。
2日間のイベント日を費やした結果、『容姿』が203まで上がった。順調順調。
そして、その状態で庭を歩いていると……空飛ぶ魚、という、奇怪な生物が寄ってくる。
こいつは『容姿』が200以下だと寄ってこないという何とも言えない生物だ。なんというか、現金にも程がある。
「スカイフィッシュに好かれたのだな」
そして、それをキルシスが見つけてここぞとばかりにイベントを起こしてくる。
「こいつはよく妹には寄り付いていたが我には懐かんのだ」
それはお前の『容姿』が低いという事では?
……単純に男には寄ってこないという事なのかもしれないが。
「間近で見るのは久しいな」
そして人を空飛ぶ魚のエサにしつつ、寄ってきた奴を捕まえて観察し始める。
「……懐かしい」
そしてその結果がこれだ。魔王にあるまじき優しい微笑み。うっとおしい。
こっちはこっちで空飛ぶ魚に髪をつつかれたり鰭でくすぐられたりしていて非常にうっとおしい。
ちなみに、このイベントはこれだけである。
……非・VR版ではキルシスの立ち絵が微笑むのがこのイベントとあと2つしか無い。
その為、非常に衝撃的なイベントだったらしいが、そこまでのものでも無い様に思う。
只、好感度の上り幅が大きなイベントではあるのでそういう価値はあるな。うん。
と、いうことで、だ。
遂にやってきたエウラ(8月)29日。
この日が記念すべきノイエの命日になる。
【救助】は、魔王に誘拐された後最初の29日に起こるイベントだ。
その時点でサージス・キルシス以外の好感度が80以上のキャラクターが居た場合、その中で好感度が最大のキャラクターが主人公を救助しにやってくる。
そして、キルシスの好感度によって選択肢と結果が変化する。
まず、キルシスの好感度が20以下の場合。
面倒だという理由で主人公もまとめて殺される。選択肢は無い。
次に、キルシスの好感度が21以上50以下の場合。
主人公が救助に来たキャラクターの助命を願い出るとそいつは生かされる。
何もしないと主人公もろとも殺される。
そして最後。好感度が51以上の場合。
主人公が救助に来たキャラクターの助命を願い出ると、キルシスはそいつを嫉妬から殺すのだった。
ちなみに、何もしないと飽きて救助に来たキャラクターを城から放り出して終了する。
どのパターンにおいても『勇者覚醒』をすることで魔王討伐イベントに分岐することが可能で、その場合は『勇者』にしたキャラクターと主人公のパラメータによって勝敗が決まる。
……まあ、これは今は関係ないから置いておこう。
そして、現在キルシスの好感度は51を超えている。というか、60に近い。
よって、ノイエの助命を願い出ればキルシスがノイエ処理機になってくれ、また、『ダフネ』には手を出さないでおいてくれる、という最高のパターンになるのだ。
そして、そのパターンになったらノイエとキルシスの戦闘を観察してそこから学べることを学べるだけ学ぶ、という事になるな。1度に2度美味しい。
頑張れノイエ。
魔王の部下である魔物がぴょこん、と飛び込んで来た。
このぷにぷにとした丸い魔物……スライム、という類だろうか。こいつはひんやりしており、この暑い季節には抱いて寝ると気持ちがいいのでここの所毎日お世話になっている。
毎朝こいつを抱いて部屋から出て来るのをキルシスが表情を殆ど変えずに、しかししっかり「ぐぬぬ」と見てくるのが超おもしろい。
ちなみに現在、こいつのでかいバージョンの魔物をマットレスとして導入することも検討中だ。
きっとウォーターベッドみたいでさぞ寝心地が良いだろうと思う。
「……何?人間の軍勢が?……サージスはどうしている」
このスライムっぽい魔物は喋らない。
しかしキルシスやサージスにはその思考が分かるらしい。
「……サージスめ、人間を1人取り逃がすとはな」
何やってんだサージス。いや、そういうイベントだから仕方無い……100人程度の人間相手に魔法無しに1人で何とかなってるなら大したものか。うん。
「そうか、ならば我が直々に殺してやろう。ダフネ、ついて来い」
「分かった」
という事で、キルシスと一緒に玉座の間へ向かう。
キルシスが玉座に座った所で扉が開き、傷こそあるもののかなりぴんぴんしているノイエが現れた。
「ダフネ!」
「ああ、ノイエ。久しいな」
感動の再会である。
そして、その感動の再会を裂くようにキルシスが動いた。
「っ!」
ノイエが瞬間、反応して剣を抜き、飛んできた火の玉を弾く。
あいつ、防御は本当にいい線いってるんだがなあ。
「……人間よ、何をしに来た」
そんなノイエに対して、無防備な様子でキルシスはそう尋ねる。
「私はグロリア―ナ・ユグランスが子孫、ノイエ・ユグランスだ!ダフネを取り戻しに来た!」
そう宣言して、ノイエは剣を構え直した。
……さて。開戦である。
キルシスは魔法で作り出した障壁をノイエにぶち当て、防御していたノイエを壁まで弾き飛ばす。
あれは防御できないな。避けるのが正解だろう。
壁に叩きつけられたノイエは数秒動きを止めたものの、再び立ち上がる。
そしてキルシスとの間合いを詰めながら風の刃をキルシスに飛ばす。
しかし、キルシスはそれを難なく相殺してみせる。
魔法の相殺か。これは必修事項だな。
しかし、ノイエとしても相殺されるのは織り込み済みだったらしい。
魔法を相殺したキルシスに向かって、好機とばかりにノイエは剣を繰り出す。
しかしキルシスも伊達に魔王をやっていない、という事なのだろう。
瞬時にキルシスはそれを魔法でいなし、その後も剣戟を魔法で捌きながら踊るように部屋の中を動いていく。
ノイエの剣は惜しい所で届かない。まあ、攻撃に関しては欠けがあるからな、あいつ。
……しかし、見ていて参考になる部分が多かった。
キルシスは動き方に癖がある。
ノイエは気づいていない……気づく余裕も無いのだろうが、基本的にキルシスは右に回り込もうと動くことが多い。
それから注意して見ていると、キルシスは魔法を右手で出す方が得意であるらしいという事が分かった。
それから、面白いことに攻撃の際には魔法をできるだけ相手の至近距離で打とうとするということも分かった。
コントロールの精度に自信が無いのか、威力を考えているのか。……それとも、当たるまでの時間が短い方が相殺されにくい、という事なのか。
なんにせよこれは収穫だな。
「そこそこ骨があるようだが、これはどうだ?」
そして一旦大きく距離をとったキルシスが選んだのはノイエも得意とする空気の弾丸を飛ばす魔法だ。
だが、ノイエの物とは速さも弾数も比べ物にならない。
ノイエはその幾つかを魔法で相殺し、幾つかを体に受け、押し殺した悲鳴を上げた。
……キルシスの魔法を相殺するのは難しそうだ。
しかし、それが『魔力』の出力の問題なのか、技術の問題なのかさっぱり分からん。
くそ、観察するにも『魔力』があった方が良かったな。もう少し鍛えておいても良かったか。
……いや、技術を磨く時間はあまり無いだろうな。
出力でごり押しする練習をした方がまだ、効率がいいかもしれない……。
「どうした、もうへばったか」
キルシスは余裕の笑みを浮かべてノイエを見やる。
「まだ、まだだ!」
そう言いつつもノイエは肩と腹をやられている。残念だが、これ以上はまともに戦えないだろう。
まだ観察したいが、イベントは進行させなければ。
「キルシス」
名を呼ぶと、キルシスは出そうとしていた魔法を引っ込めた。何だ今の。魔法キャンセルか?あれも気になるな。
「ノイエは殺さないでやってくれないか」
そう申し出ると、キルシスは表情を変えずに振り向いた。
「何故だ」
その声には色が無い。
「私の大切な人なんだ」
そして、そう答えると、僅かに眼を見開いた。
「そうか」
「ダフネ……!」
そして、悔しさと嬉しさが混じったような微妙な表情を浮かべているノイエにキルシスは向き直り、無情にも巨大な炎の球を出現させて放った。
こうしてノイエ・ユグランスは死んだ。
これにてイベント【救助】は終了である。
メニュー画面を開いてノイエのパラメータ等々の情報を見ると、ちゃんと状態が『死亡』になっていた。
成功だ。
……これでやっと1人目だ。まだ道のりは長いが、しかし、これは大きな一歩でもある。
少なくともノイエはバグる事は無かった。バグらずに死んだ。
やはり読み通り、イベント通りに死ぬ場合はバグらないらしい。
という事は、この魔王キルシスにしても勝てる見込みが十分すぎる程にある、という事だ。
方針は間違っていない。後はイベントを早くこなす事と、イベント以外でしか殺せない奴を殺すためのパラメータ上げとプレイヤースキル磨きだな。
「ほう、一応形は残ったか」
ノイエが割と防御に秀でているとは言っても、アレを防ぎきることはできなかったらしい。
それでも一応死体は残っているのだから大したもの、という事なのだろう。キルシス基準では。
「口ほどにも無い」
そしてキルシスはその死体を魔法で浮かべ、扉の外に放り、こちらに向き直る。
「ダフネ」
「何だ」
「恋人の後を追いたいなら今ここでお前も殺してやってもいいが?」
分かりにくいがこれは嫉妬しているらしい。そんなに威圧しようとしなくてもいいだろうに。面倒くさい奴だな。
「何か勘違いしているようだが、ノイエは別に恋人では無かった」
そう言ってやれば、珍しくぽかん、とした表情になる。
「……そうか」
「部屋に戻っていいか」
「……構わん、が……え?」
恐らくその長い魔族の一生の中でも5本の指に入るであろうレベルの衝撃を受けているであろうキルシスを放っておいて、未だそこら辺でぷるぷるしていたスライム系モンスターを拾って部屋に戻ることにした。
本当に触り心地がいいな、これ。ぷるぷる。