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22話

 という事で、エーリックのイベントであり魔王誘拐フラグの最後一本である【指輪と証明】を起こす。

 ……【刺客と発覚】の影響でエーリックは城に缶詰状態なのでわざわざ王城まで会いに行かなければいけないが。

 一応王城は王城なので、人がほいほい入れるようにはなっていない。

 しかし、『エーリック殿下誘拐事件を解決した貴族』であれば、『エーリック殿下にお会いしたい』場合入れる、という……まあ、エーリックからも『ダフネさんが来たら入れてあげて』と言ってあるからなのだが。


 ということで、王城に入り込んだ。

 そこら辺の侍女たちに聞き込みしつつエーリックを探すと、中庭でその姿を見つけた。

「あ、ダフネさん」

 花が咲き乱れる中庭のベンチに腰掛けてぼーっとしていたエーリックはこちらを見てすぐ駆け寄ってきた。

「あれから体の調子が悪いとか無い?大丈夫?」

「大丈夫です。そちらこそ、お加減は」

 一応王城に居る以上、こいつは『リック』ではなく『エーリック殿下』なので敬語を使うと、エーリックは一瞬悲しそうな顔をした後、そのことに気付いたらしい。

「あ、そっか。……ちょっと場所、変えようか。人がいない所だったら僕も『リック』になれるし」

 エーリックは敬語が気になるらしかった。


 ならば仕方ない、ということで、場所を変えてエーリックの部屋に移動した。

 そして侍従を全員下がらせてから雑談に勤しむ。……敬語抜きで。


 話は多岐に渡った。

 王城での出来事やエーリックが習った魔法について等々、雑談はそこそこ楽しく過ぎていき、遂にイベントの本題に入った。

「そういえばダフネ、っていう名前はどこからとったもの?やっぱり先代国王の王妃様?」

「いや、私は孤児だったんだ。乳飲み子では無いにしろ相当幼い時に孤児になったらしくてな、自分の名前も良く分からなかったらしい。だからその時持っていた指輪に彫ってあった名前をそのまま付けられたんだ。そういう意味では、私の本当の名前は『ダフネ』じゃないのかもしれない」

「あ、ごめんね。嫌な事聞いちゃったよね」

 非・VR版のイベントの通りに台詞を言うと、エーリックは申し訳なさそうな顔をして謝った。

「いや、別にかまわないよ。……それがその指輪だ」

 そして、鎖に通して首に掛けている指輪をエーリックに見せる。

 ……エーリックは、その指輪に刻まれた王家の紋章を確かに見つけたらしい。

 空色の目が見開かれる。

「……それ」

「どうした?」

 そして、エーリックは自分の右手の中指に嵌めてあった指輪を抜いて見せる。

「ここ、見て」

 そして、エーリックの指輪にも同様に王家の紋章が刻まれているのを示した。

「これは王家の紋章だ。……多分、ダフネさんが持ってるこの指輪は……先代国王の王妃様の指輪だ」

「な、なんだって!?」

 多少わざとらしく驚いて見せたが、エーリックはそんなことを気にする余裕は無かったらしい。

「……だとすると、君は……誘拐された王女、『フィオラ・レイ・エルヴァラント』……!」

 ……うん。何も言うまい。

 何も言わないが……なんというか、この怒涛の展開、もう少し何とかなっても良かったと思うんだが。




 その日の内に、『誘拐されて今まで行方不明だった王女の帰還』は王城に知れ渡る……ことは、無かった。

 何故か。

 それは、エーリックが混乱を避けるために秘匿したからである。

 ……そして、エーリックの「秘密にしておこう」という意見を受け入れたのはダフネだ。

「混乱を避ける為」という理由に納得した、ということになるんだろうか。

 ……実際は、エーリックは迷っているのだ。

 自分より王位に近い『ダフネ』が現れる事で自分が今まで王になろうとしてきたことが全て無駄になるという事を恐れている。

 王になりたいとは思わないのに、王にならない事にも納得できない。

 ましてや、その混乱の中心が少なからず好意を寄せる『ダフネ』であるから。

 ……エーリック・エルヴァラントはそういう屈折した奴である。

 そして、この選択と調整されたエーリックの好感度、そして『ダフネ』の名声がより大きな混乱を生むのだが、それはもう少し先の話だ。




 という事で内密にされたはずのその情報だったが、勿論魔王に漏れた。

 魔王は王城他数か所に盗聴器を仕掛けているらしい。

 よって、翌イベント日。

 家を出た所で魔法的な何かが働き、気づけば石造りの建物の内部に居た。

 一瞬で魔王城。便利である。

「来たか」

 そして、声のする方を見てみれば、そこには魔王、『キルシス・カルディオン』が玉座に腰掛けて薄く笑っていた。


『キルシス・カルディオン』。言わずと知れた魔王である。

 年齢は3桁に突入、しかし見た目は若い。魔族だかららしい。……因みに、サージスは魔族だが人間とのハーフなので実年齢と見た目は人間の物と一致している。

 ……60年ほど前にこの国『エルヴァラント』を襲い、戦争を引き起こした。

 その時の戦争は、魔王が退くことで人間側の勝利、という事に一応なってはいるが、実際の所、国の一部を魔王に占拠されているので微妙な所である。

 ちなみに、主人公の名前を『ダフネ』にしていると、魔王の妹=先代国王の妃、という可能性が浮上してきたりする。その場合、主人公はキルシスの……姪……いや、ええと、姪の子供……?に当たることになり、複雑怪奇さがレベルアップする。

 ……そして、言うまでも無く作中最強。但し、こいつを討伐する専用のイベントがある為、手順をきちんと踏んでいけば勝てる保証がある訳だ。よって今回は殺すのがかなり楽な部類に入る。

 魔王とは討伐される為の物だ。大人しく死んでもらおう。


「お前は誰だ」

 とりあえず聞いてみると、瞬間、魔法が右肩をかすめて飛んで行った。

 当たらないように撃ってきている事は分かったので、特に避けもしない。

「……その度胸に免じて教えてやろう、小娘。我はキルシス・カルディオン。人間は我を魔王と呼ぶ」

「そうか。私はダフネという」

 間の取り方は違ったかもしれないが、とりあえずイベント通りにこちらも自己紹介すると。

「……ダフネ、か。良い名だな」

 キルシスは目を細めてその顔をほんの少し緩めた。

 これが名前を『ダフネ』にした時のイベントの変化の1つである。微妙すぎる。

「で、私は何故ここに連れてこられたんだ?」

「気づいていないのか」

 この時点で主人公は自分が勇者覚醒の力を持つとは知らないので連れてこられた理由も良く分かっていない。

「……まあいい。小娘。暫くお前を監視することにした」

 拉致監禁である。きゃーこわーい。

「お前はここから出られない。出たら……分かっているな?」

 キルシスは威圧してくるが、バグったレヴォルの方が威圧感については色々と凄かったので特に驚くべき点でも無い。

「殺す、と。そういうことか」

「頭はそこまで鈍くないらしいな」

 キルシスはこちらが動じないのが面白くないらしいが、そんなこと一々気にして反応していたらやっていられない。

「まあいい。暫く大人しくしていてもらおう」


 ……という事で、魔王城の一室に軟禁されることになった。

 部屋は広い。調度も揃っている。

 ベッドがふっかふかだ。

 1日3食+おやつが出る。軟禁なので部屋から出られない代わりにだらけ放題だ。昼寝もできる。

 料理も矢鱈と凝っていて美味い。なんだこれ。

 ……むしろ、今までより生活環境は良くなっているかもしれない。

 軟禁万歳。




 それからは延々とキルシスのイベントを強制的にこなすことになった。

 とりあえず……部下の魔物がやらかした時にそいつを目の前で処刑し、更に感想を求めてきた時には「特に何とも」と答え、隷属するか抵抗するか選べ、と言われたときには「殺してでも(自由を)奪い取る」と答え、何か面白いことをやれと言われたときにはいきなり殴りかかる……というように、キルシスの好感度が上がる行動をとり続けた。

 ちなみに、選択肢を間違えると即死、ゲームオーバーだったりするのでひやひやものである。

 そうしているうちに軟禁は緩くなり、魔王城を自由にほっつき歩いていても文句を言われないどころか、キルシスから茶に誘われたりなんだり、と、かなり……デレてきた。魔王の癖に何やってんだこいつ。


 そして、エウラ(8月)の13日。

 軟禁は、「とりあえず城の庭までは出ていい」にまで緩くなった。

 そして、キルシスからまた庭でのティータイムに呼ばれたので付き合うことになった。

 こいつ大丈夫だろうか。


「綺麗だな」

 庭には美しい薄紅の花が咲き乱れている。

 風が吹けばその香りがふわりと舞い、紅茶の香りと混ざって鼻腔をくすぐった。

「我の妹が好んだ花だ」

 キルシスが手近なその花に手を伸ばし、しかし手折るでもなく撫でるに留める。

「小娘、花は好きか」

「嫌いじゃない」

「そうか」

 ……会話が続かないが、そういうものなのでそれは別にいい。

「お前はお前の能力を知らないのだったな」

「何の話だ」

 此処での『能力』は、勇者を覚醒させる能力の事だが、当然『ダフネ』はそんなものを知らない。

「ならば教えてやろう。お前は勇者を勇者として開花させる能力を持つのだ」

「な、なんだってー」

 そしてキルシス・カルディオンによる『勇者と勇者覚醒能力講座』みたいなものが開講した。

 ……つまり、勇者が唯一魔王を倒せる存在であり、勇者を覚醒させる能力は魔王にとって脅威である、といった、そういう普通の話である。

 普通の話だが、『ダフネ』は知らなかった事なので程々に驚きつつ聞いてやった。

「成程。それで私は軟禁されているんだな」

 軟禁が聞いて呆れる緩さではあるが。

「そういうことになる」

「いいのか。私にそんなことを話してしまって」

 一応そう聞くと、キルシスは鼻で笑う。

「勇者程度にむざむざやられる我では無い。殺したければ殺してみるがいい。お前の首を王城に届けてやろう」

「そうか」

 やれるものならやってみろ。

 今回のプレイで勇者になるのは『ダフネ』本人だ。精々頑張って首を取ってもらおうじゃないか。




 さて。このイベントで勇者覚醒のフラグも回収できた。

 後はキルシスのイベントを起こしつつ、キルシスの好感度をひたすら上げる作業だ。

 ……そして、月末、29日になれば好感度が最大のキャラクターが主人公の救出にやってくる。

 その時、キルシスの好感度が基準を満たしていた場合、かつ、『勇者覚醒』を行わなかった場合……その救助にやってきたキャラクターをキルシスによって始末することができる。

 さて。大分ここまでかかったが、遂に攻略対象が1人片付きそうだ。

 はあ、長かった。


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