21話
帰宅してリエルに泣き付かれつつ、鮪の竜田揚げをたっぷり食べておいしくてしあわせになった翌々日。
つまり、エーリックのイベントの翌イベント日。
家の前にユグランス家の馬車がやってきた。
「すまなかった」
そして会って一番にこれだった。
「どうしたんだ、急に」
なんというか、してやったり、というか、ざまあみろ、というか。そういう感覚があるな。楽しい。
「……前回の非礼を許してくれ。お前を誤解していたんだ」
そしてノイエが説明というか弁明を始める。
つまり、トレーニア……以前話したあの貴族が、「ダフネがノイエ・ユグランスを馬鹿にしていた」というように吹き込んだのを信じてしまった、というのが大きな原因らしい。
しかし、それでも『ダフネ』の事が気になり、やきもきし、そして結果我慢できずにトレーニアをなりふり構わず問い詰めて、『ダフネ』は別にノイエを馬鹿にしていた訳では無いという事を知り、絶望し、そしてすっかり落ち込んで頭が冷えた所で謝りに来たところ『ダフネ』は2日前から帰っていないと言われて心配と後悔で悶々とし、そしてやっと『ダフネ』が次期国王エーリック・エルヴァラントを刺客の手から救い帰還した、という話を聞きつけてやってきた……と。
……長い!三行に纏めて出直して来い!
と、言いたい所だが、とりあえず神妙に聞いておいた。
「許してくれ、などとは言ったが、厚かましい事も重々承知している。埋め合わせをさせてもらえるなら何でもしよう。私を殴れば気が済むというなら何発でも殴ってもらって構わない」
ここでぶん殴って頸椎折ったらバグるな、やめておこう。
「気にしていないさ。ただ……そうだな、何でもしてくれる、というのなら」
そこで一旦ノイエの様子を窺うと、怖々と、しかしそれでも真っ直ぐこちらを見ていた。
……虐めてやってもいいんだが、好感度を優先しよう。どうせあと1月の命だ。
「今までの様に接してもらえないだろうか」
そう、少しはにかみながら言ってやれば、ノイエはその意味を理解するのに数瞬要し、その後でおろおろし、そして散々迷った挙句、『ダフネ』の手を握った。
「……私から言わせてくれ。ダフネ、こんな私でよければ、これからも、その、親しくしてもらえないだろうか」
「ああ、ありがとう。これからもよろしく、ノイエ」
手を握り返すと、心底ほっとした様な、嬉しそうな顔をしてノイエはソファに身を沈めた。
「……はあ、全く。私はこの1月近くを地獄に居るような気持ちで過ごしていたというのに。お前の一言でこれだからな」
……やめろ、頬を染めるな。気持ち悪い。
その後少々雑談して、満足げにノイエは帰っていった。
……。
「リエル、塩持ってきてくれ」
「撒くんだよな?もう用意してあるから沢山撒けるぞ。ほら」
……こいつもますます奴隷ナイズドされてきてるなあ。
そして翌イベント日、ユグランス家にお邪魔した。
ユグランス家の地下にあるという、グロリア―ナ・ユグランス関係の呪物等々を見せてもらう為である。
「こっちだ」
本棚の後ろに地下室への階段がある、という非常に浪漫溢れる屋敷の構造に胸を躍らせつつ、ノイエの後に続いて階段を下りる。
そこは、地下とは思えないほど明るい場所だった。
真ん中にあるのは霊水晶細工のシャンデリア。
魔法の光が星となって煌めき、地下を明るく照らしていた。
「驚いたか」
「驚いた」
壁際に並ぶ棚には、何に使うのか分からないような道具が所狭しと並んでいる。
「グロリア―ナは霊水晶技師でもあったらしい。武器から娯楽の為の道具まで、ありとあらゆるものを作って残した。こっちの棚は全てグロリア―ナの作った霊水晶細工だな」
そして、ノイエはその棚の中から1つ、手のひらに収まる程度の筒状のものを取り、手渡してきた。
「グロリア―ナは……祖母は、私が生まれる前に死んだが、生まれて来るであろう孫の為に、と、これを作ってから死んだんだそうだ。覗いてみろ」
言われてその筒を目に当てて覗く。
それは万華鏡だった。
ただしそれは魔法の代物である。
視界いっぱいに銀の星が無数に輝く。
やがてその星は色づき、綻び、花となって開く。
薄絹めいた花弁が風にあおられて舞い踊り、やがて蝶となって空を舞う。
……実に幻想的で美しかった。
「どうだ」
「素晴らしいな」
魔法の万華鏡をノイエに返すと、満足げにノイエは笑みを浮かべた。
「だろう。私はこれを作った祖母の事を、自分の立場や能力を知るまではずっと単純に好いていたんだ」
そしてそれを覗いて、口元を綻ばせる。
「そしてまた最近になってやっと、また祖母を誇らしく思えるようになった。これを思い出したのもつい昨日の事だ」
ノイエは魔法の万華鏡を棚に大切そうに棚に戻す。
「お前に会ったからだ。祖母もきっとお前みたいな方だったのだろう、と思えてきてな」
今まで割といい話だったのにお前がデレデレし始めたから色々と台無しになってるぞ。
「ダフネ、私はこれでもお前に感謝しているんだ」
そうか、分かったからデレデレするな。
やめろ。こっちに寄るな。これ以上気力を削ぐな。
不思議なもの、美しいもので回復した気力もデレデレした雰囲気で削られ、結局プラマイマイナスになった。
……まあ、勉強にはなったが。
霊水晶を自作する、ということも視野に入れて良いかもしれない。
霊水晶はかなり火力の高い攻撃手段になりそうだからな。
そしてノイエのイベントが2回続き……つまり、ノイエがデレてくるイベントが2回あり、そして【リベンジ】が発生する。
一体何のリベンジかというと、エーリックへのリベンジだ。つまりあれだ。舞踏会のパートナーだ。あれの事前申請的イベントだ。
……胃が!
「ダフネ、明後日の舞踏会ではもうパートナーは決まっているのか」
「いや、特には」
そう言うと、あからさまにほっとした様な顔をする。
そういう顔をする程度にパートナーが欲しいのならもう少し早めに申し出ておけば良かったんじゃないだろうか。
「ならば、私と行ってくれるか」
「ああ、勿論」
そしてそう返事をしてやれば、ノイエは満足気、かつ大層嬉しそうになった。
あれだろ。「エーリックざまあ!」とか思ってるんだろ。
別に構わないが、それ、お前の家の立場が危なくならないか?まあ関係ない話だが。
という事で翌イベント日、レフェデ(7月)29日。
ノイエに馬車で迎えに来られ、そのまま王城まで連行された。
そしてまた視線が刺さる。
先月は次期国王のパートナーだったのに今月は「能力も中級」と評判の貴族がパートナーとなれば、なんというか、色々と噂の種には事欠かないだろう。
しかしノイエはその視線すら面白いらしい。ずっとにやにやしている。なんだこいつ。
「さて、ダフネ。早速だが一曲お相手願えるか?」
「喜んで」
会場に入ってすぐに踊り出す。
……うん、こういうことやってる分にはこいつは完璧なんだよな。
なんというか、エーリックよりはノイエ相手の方がやりやすい。
噂の的が完璧なダンスを披露しているとなると、やはり視線がより集まる。
そして、こちらを見つめる目の中に空色の鋭い視線を見つける。
……エーリックだ。
胃が。
一曲終わった所でエーリックがこちらに寄ってきたので飲み物を取りに行くと言って逃げた。
……そして戻る時に、妙に早足のエーリックとすれ違った。
顔に出ない分怖い。
「ノイエ、飲み物を取ってきた」
「ああ、すまない。飲んだらもう一曲どうだ?」
「付き合おう」
そしてノイエはというと、大層上機嫌だ。
うんうん、よかったね。
……そして、これがノイエとまともに会話する最後のイベントになる。お疲れ様でした。ああ、これで一区切り、という所か。
さて、明後日……エウラ(8月)の1日にエーリックのイベント【指輪と証明】を起こせば魔王誘拐フラグの5つ目が建つ。
そうしたらエウラ(8月)3日には誘拐される、という訳だ。
魔王は一体どんな奴だろうか。
できれば戦闘の様子を観察してみたいものだ。
うん。ノイエとどうせ戦闘になるだろうからその時に見るか。
ノイエが魔王相手にどれぐらい粘ってくれるかで観察の濃さが変わりそうだ。頑張れ、ノイエ。




