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20話

 市場に行けば、いつものようにエーリックが待っていた。

「ダフネさん、こんにちは。今日はちょっと市場の外れの方まで行きたいんだけど、いいかな?」

「構わないよ」

 さあ、どんどん人通りの少ない方へ行け。できるだけ死角の多い所だ。ああ、刺客は一度に何人来てくれるだろうか。楽しみだ。とても楽しみだ。


「……あれ、おかしいな、この辺りにお店があるはずなんだけど……」

 エーリックはメモ書きのようなものと辺りを見比べながら困ったように言った。

 それも当然だ。その『とってもおいしいアップルパイが食べられるお店』のメモはガセである。刺客がここまで誘導するためにわざわざエーリックに掴ませたものだ。

 そしてエーリックはどんどん人通りの少ない方へと入っていくので嬉々として後を追う。

 と。

「危ない!」

 瞬間、矢が飛んできた。

 狙いは……ああ、分かってはいたが、やはり面白い。

『ダフネ』が狙いだ。




 右手に『魔剣・エクスダリオン』を出現させて矢を払う。

「リック、大丈夫か!?」

「う、うん。僕は大丈夫だけれど……まさか、僕を狙って」

 残念、外れだ。

「そうだろうな。とりあえずここから急いで離れよう」

 しかし、『ダフネ』はこの時点では、自分が誘拐された王女だという事も、勇者を覚醒させる力があるという事も知らない。よって、エーリックが狙われていると勘違いするのが正解だ。

「……そうも、いかないかもしれないね」

 踵を返したエーリックが、じりじりと後退するが、後ろからも来てるな、これは。

 ……見えてるのが3人、隠れてるのが5人、か。

 面白い!

「リック、伏せていてくれ」

「ダフネさん!?」

 正当防衛だ。殺してしまっても構わんのだろう?




 結論から言うと、刺客はあまり楽しませてはくれなかった。

 エーリックを狙っているのならばもう少し楽しかったのだろうが、完全にターゲットがこちらに向いている以上、戦い方もごく普通のものになってしまう。

 そして、悉く弱かった。

 蹴っただけで骨が折れるような軟な連中だった為、『魔剣・エクスダリオン』の出番は最初に飛び出してきた奴の首を斬る以外に無かった。

「リック!大丈夫か!?」

「だ、ダフネさんこそ!大丈夫?血が」

「ああ、気にするな、全部返り血だ」

 ……剣の出番が1回目以降無かったのは、その返り血に辟易したからである。

 このイベントの為に『宵闇のドレス』を着てきたので服が汚れる心配は無いのだが、その分体に付いた血は目立った。

「……そ、そう、ならいいんだけど……」

「……リックには刺激が強すぎたか、すまない」

 ……いや、一応エーリックも戦闘はある程度できる。

 強さで行けば作中の攻略対象の中で下から2番、という所だが。

 ……1番強いのは魔王、キルシス・カルディオン。次が騎士サージス。その次にノイエ・ユグランスかレヴォル・クレヴェールが来て、その後がリエル。そしてエーリック・エルヴァラント……最後に、自分の身長の半分の高さから落ちただけで死にそうな程に弱っちい奴がいる。

 ……まあ、だから、血を見た程度でどうにかなる奴では無いんだが、『返り血を浴びて平然としているダフネ』は別だったらしい。

 そんな軟弱なエーリックを慮って『水の霊水晶』で体の血をざっと流した。

「さて、リック。とりあえず人通りの多い方に行こう。第2陣が来ると厄介だ」

「そうだね」

 何処となくふらつき気味のエーリックを支えながらその場を離れるべく速足で歩きだす。

 が。

「待て。こいつがどうなってもいいのか?」

 ……お約束。実にお約束的展開。古典的、典型的、古き善きパターン!

 その名も、『人質』。

 刺客の1人が年端もいかない少女の喉に刃物をあてがって現れた。

 ちなみに少女はツインテール、刺客は黒づくめの恰好である。

 もうここまでお約束を守っているとなると、拍手して称賛したい気分ですらある。ブラボー。

 が、それは置いておいて。

「こいつの命が惜しかったら大人しく付いてきて貰おうか」

「……卑怯な!」

 普段温厚なエーリックが怒りを露わにするという珍しいシーンではあるが、こちらはこの一連のお約束っぷりに感動している所なので邪魔しないでほしい。

「で、どうするんだ。付いてくるのか、来ないのか」

 刺客が少女の首に刃物を押し当てると、少女はか細い悲鳴を上げた。

「くっ……分かった。付いていくからその子を離せ」

「ははは、話の分かる奴で良かったぜ。じゃあな」

 そして、刺客に注目していた所、背後から後頭部を強打され……るはずなんだが。

 ……エーリックは気絶した。だが、こちらはぺちん、と頭を叩かれただけである。

 ……。

 振り向くと、慄いた刺客さんがいらっしゃった。

「……もうちょっと強く殴らないと気絶しないぞ」

「ひぃっ!」

 あ、ごめんごめん怖く無いよー、怖く無いよー、よーしよしよしよし。

 ……ああ、逃げてしまった。

 猫に嫌われて逃げられる猫好きの人はこういう気分なんだろうか。

 切ない。

「……まあ、その子の命とリックが心配だからな。大人しく付いて行くさ。煮るなり焼くなり、好きにしてくれ」

 しょうがないので剣をしまい、エーリックの横にに胡坐をかいて座り込む。

 すると、暫く刺客たちは警戒していたが、人質がいる事を思い出したのか、じりじりと、十分に警戒しつつ、ゆっくりと、じっくりと、恐る恐る『ダフネ』とエーリックを拘束し、運んで馬車に積んで走り出した。

 ……刺客の不手際のせいでイベントが進行しなくなるところだったが、なんとか上手くいった。

 さて、エーリックが起きるまでは暇だ。寝ていよう。




「……さん、ダフネさん」

 囁く声に起こされる。

 地面がガタガタ揺れているのは、そういう道を走っているからか。

 寝心地は余り良くなかったが、それでも十分な睡眠はとれた。気分もすっきりしている。

 馬車の中は薄暗い。幌の隙間から差す光も弱くなっている。日暮れが近いのだろう。

「リック。大丈夫か」

「ああ、うん。まだ頭が少し痛むけれど、なんとか……」

 手足を拘束されている為、自由に体を動かせないようだ。

 ……ちなみに、こちらの拘束はもう解いた。縄なんかで縛って縛った気になっている方が悪い。

「そうか。……人質の子はもういないみたいだな」

「そうだね。無事に帰れていればいいんだけど……」

 口封じのために殺しておいた方が賢いだろうなあ、とは思うが言わない。

「さて、ここはどこだろうか」

「んっと、もう少し右に行けたら幌の隙間から外が見えそうなんだけれど」

「ああ、すまない。今縄を解く」

 エーリックの縄をすぐに解くと、小さな声で礼を言ってエーリックは幌の外を見た。

「……しまったな、もう王都を出ているみたいだ」

「どれどれ」

 見てみると、魔物討伐で来た事があるあたりだった。

「……国境に向かっているのか、これは」

「……かもしれないね」

 エーリックは頭の中で『次期国王の首を晒して宣戦布告する魔王の図』か何かを思い浮かべているんだろうが、狙いは『ダフネ』だから、心配しなくてもお前の首は晒されることなく捨て置かれるだろう。安心していいぞ。

「さて、このまま連れて行かれるのは少々癪だな」

「そうだね。……脱出しよう」


 御者を殺して馬車を奪え、と思うのだが、このイベント、何故か馬車から飛び降りる、という良く分からない手段で脱出する。

 馬車を奪ってしまうとこの後のイベントにもろ支障をきたすので、イベントの道を辿ろう。

「……じゃあ、いくよ」

 エーリックが『ダフネ』の手を取って荷台から飛ぶ。

 そしてうまく草が生えている、ふかふかした土の上に落下することができた。

 ……何故これで気づかない、とも思うのだが、御者は気づくことなく馬車を走らせ続けた。大丈夫か。居眠り運転じゃないだろうな。長距離の運転の際には適度に休憩を挟むべきだぞ。

「いてて……ダフネさん、大丈夫?怪我は無い?」

「大丈夫だ。この程度で怪我をする『俊英』ではないさ」

 笑顔で返してやれば、エーリックもほっとした様な顔をする。

「もう少しここにこのまま隠れて、馬車が見えなくなったら動こうか」

「そうだな」

 ……さて。ここから歩いて王都まで戻る、長い遠足の始まりである。




 暫くしてから動き始めることにした。

 夜は交代で眠り、魔物が来たら片っ端から斬り殺し、そして美味い奴が来たら捌いて食べた。

 最初こそエーリックも魔物肉を食べることに抵抗があったようだが、美味い奴は本当に美味いのだ。その魅力に抗えなかったらしく、1日もすれば普通に食べるようになっていた。

「でも、ダフネさんがいて助かったよ。凄いね、いつもこんなの持ち歩いてるの?」

「偶々買い物の帰りだったんだ」

 イベントの為に持ち歩いたの、とは言えないのでそう言う事で誤魔化した。

 まあ、魔物討伐に出る予定だった、ということなら全くおかしくないし、問題ないだろう。

「……凄いね。魔物討伐軍はこんな道をずっと歩いて魔物を倒すんだ」

「そうだな」

「知らなかったな。王になるっていうのに。僕は知らないことが多すぎる」

 微妙にエーリックが自己嫌悪タイムに入りかけている。面倒くさい奴だな!

「焼けたぞ」

 なので、とりあえず焼けた魔物肉の串を差し出す。

「あ、ありがとう。……うん、美味しいね、これ」

 ……とりあえずこいつは、美味いものが口に入ると一旦思考がリセットされるらしい。単純な奴だな!




 そして誘拐されて3日目。

 仕事日を挟んで翌イベント日になった訳だ。

「あ、見えた」

 遂に王都の城壁が靄の向こうに見える。そしてもう少し歩くと、街道の上に出た。

「あ……あー……やった、凄い、凄いね。こんなに『帰ってきた』って思うなんて思わなかった」

 何が楽しいのか、エーリックは疲れも吹き飛んだような様子ではしゃいでいる。

「凄いな。僕は……やっぱり、この王都が好きなんだね」

 そうか。それは良かった。

「ねえ、ダフネさん」

「どうした」

 王都の方を見ていたエーリックが、不意にこちらを見つめる。

「僕、ダフネさんがいなかったら駄目だったと思う。ダフネさんがいたから帰ってこれた。……ありがとう」

「お役に立てたなら幸いだ」

「……でも、巻き込んじゃって、ごめん」

 大丈夫だ。巻き込まれたのは『ダフネ』じゃない。お前だ。

「気にするな。私がいなかったら駄目だったんだろう?なら居られてよかったよ」

 そんな内心は出さずに笑顔で答えてやれば、エーリックは急に『ダフネ』を抱きしめる。

 暑苦しい。離れろ。

「……無事でよかった。ダフネさんが怪我とか、しなくて良かった……」

 あんなので怪我する程、軟じゃないが。

 ……感極まっているらしいエーリックの背をぽんぽん叩きつつ、今日の晩御飯にする予定の魚料理に思いを巡らせた。

 只焼くだけよりは煮込みたいな。アクアパッツァか。或いはフライにしてもいいな。蒸し物でもいいだろうか……。




 ……さて、翌イベント日は楽しいノイエとの再会である。

 面白い面を拝んでやろう。


活動報告にも書きましたが、来週あたりから更新速度が著しく低下する予定です。

更新速度が低下する期間は1月程度を予定しております。

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