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2話

 ……プロローグが始まる。

『16歳になった少女『アメリア』は、今まで自分が居た孤児院を辞し、一人立ちすることになった。そこで、王都エルフィーナの住み込みで働ける花屋を紹介され、そこで働くことになった』……というのが大まかな設定だろうか。

 ……まあ、誕生日がピネラ1日に設定してあるから、すぐに17歳になる訳だが……。


 最初のシーンは、花屋の中だ。

「あなたがバイトの子ね。おはよう。よろしくね」

 目の前で微笑む女性は、これから主人公の働くことになる花屋の店主である。

「はい。よろしくお願いします」

 VRのゲームとはいえ、何がどうなるか分からないので一応挨拶しておく。

 そう思わされる程度のリアリティがそこにはあった。

 花屋だけあり、店内には花が沢山並んでいる。

 そしてその並ぶ花の花弁の一枚一枚が現実のものと変わりない質感でそこに存在しているのだ。

 見た目だけでは無い。花の香りも、窓から入り込む風も、何もかもが現実のそれと比べても遜色ない出来栄えだった。

 そして、目の前の女性も例外では無い。

「私の名前はペロミア。あなたは?」

「アメリアです」

 自分の物ではない名前を名乗るのは違和感があったが、まあしょうがない。そういうゲームだ。

 ……自分のハンドルネームかなにかにしておいた方が良かっただろうか。

「アメリアちゃんね。よろしく」

 ……いや、自分のハンドルネームにちゃんづけされたらそれはそれで違和感まみれだろうからやはりこれでよかったんだと思い直す。『波エ門ちゃん』とか、ちょっと無い。

「それじゃあお仕事の説明をするわね」

 ……そして、プロローグというか、チュートリアルが開始した。


「……アメリアちゃんには1日おきに働いてもらうわね」

 ざっと説明すると、こんなかんじだ。

 プレイ期間はゲーム内時間で1年間。

 1年は12か月。

 1か月は30日。休日はその半分。(もう半分のシフトはもう1人のバイトが埋めているらしい。)

 ……まあ、つまり、プレイヤーが自由に行動できる日は1か月に15日間、という事になる。

 15日×12か月で、180日間の行動を行う訳だ。

 ちなみに今日はトメント(12月)の30日だ。つまり、明日から新しい年、という所。

 まあ、つまり今回は、180日間の筋トレと、180日間の花屋での労働を行う訳である。

 非・VR版では仕事の日はカットされていたので、花屋での労働は実際に何をやるのか全く分からない。

 そう。カット。無し。ゲームをやっていて『主人公が花屋でアルバイトしている』という初期設定が重要になってくることはあまり無い。

 プレイヤーにとって重要なのは自由に行動できる時間なのであって、花屋でのアルバイト等というものは別段無くても困らない部分だから、という事なのだろう。

 ……因みに、これはゲーム開始前に運営側から受けた説明の中にあった事だが、ゲーム内時間は現実世界の時間より2048倍速く進む。

 つまり、ノーカットで360日のゲーム内時間が流れたとしても、現実世界で流れている時間は4時間ちょっと、ということになる。

 まあ、妥当な所だろう。

 これ以上早くするとプレイヤーへの負荷が大きくなりすぎるし、ゲームとしても劣化していく、というのが一般的な見解だ。


「じゃあ、他に何か分からないことがあったらこのメモを見てちょうだいね」

 さて、手渡されたメモはいわゆる取説、という奴だ。……そう言ってしまうとかなりメタな言い方になるが。

「さあ、じゃあ開店するわよ!よろしくね、アメリアちゃん!」

「はい」

 ……まあ、とりあえずこれで360日間、か……。




 花屋の仕事は案外重労働だという事が分かった。

「アメリアちゃん、中身入ったまま運んで平気?」

「ええ、問題ありませ……っ!」

 鉢植えが1ダース入った箱を持ち上げ……しようとして、全く動かない事に気付いた。

 おかしい。このぐらい、普通に持ち上がるはずだ、と思って、気づいた。

『ステータス画面』を見る。

 ……ああ、成程。『筋力0』だ。

「ほらあ、無理しちゃ駄目よ。1つずつ出して運びましょ?」

 ……これは、鍛え甲斐があるな……。

 せめてもの抵抗として、一度に2つずつは持って移動した。

 これで筋力が上がれば……いや、無いか……。

 ……『ステラ・フィオーラ』では、自由に取れる行動は3種類ある。

 1つ目は、出かける、という事。

 これは、攻略対象とのイベントを進めたり、街に出て買い物したり、といったコマンドだ。

 2つ目は、パラメータを上げる行動。

『筋力・魔力・容姿』という3つのパラメータを上げることで、『戦闘力・魅力』という2つのステータスを上げていく。ステータスはイベントの進行に関係し、ステータスによってはゲームオーバーになることすらある。

 ……つまりこのゲームは、パラメータを上げつつ攻略対象を攻略していかなければならない、という、少々恋愛シミュレーションゲームとしては複雑な仕組みなのであった。

 ユキノが投げたのもそういう理由だ。

 そして3つ目が休憩。

 その日1日をのんびり過ごして『体力』を回復するというコマンドだ。

 ちなみに体力が0になるとゲームオーバーである。

 ……乙女ゲームとしては厳しい処遇なのだろう。過労死できる乙女ゲーム、『ステラ・フィオーラ』。ああ世知辛い。

 尚、このコマンドを使う意味はあまりない。

 公園に散歩に出たりしても体力が回復する。

 特殊なプチイベントが発生することもあるので、そちらの方がお得なのである。


 ……と、まあ、そういう仕組みなのだが、それらは全て、『自由行動』の範疇で、という事になっている。

 ゲームのシステム的に言ってしまえば、花屋の手伝いをしている日にはそういった事は起こらない、というのが暗黙の了解なのだが。

 ……ペロミアさんに貰った『取説』を読む。

 それは何も書いていないメモだったが、それを『見よう』とした瞬間に情報が目の前に浮かび上がる。

 ……ゲームシステム的な部分はこうやって再現されているらしい。

 ざっと取説を読んでみるが、『仕事日のスキップ』ができるという事は分かったが、仕事中に筋力が上がるかどうかといった部分には言及されていなかった。

 ……試すしかないか。




 結論から言うと、仕事中に力仕事をしていたら『筋力』が、接客をしていたら『容姿』が上がった。

 意識して行えばもっと効率もいいのかもしれないが、やり始めたばかりの仕事でそこまでの余裕は無かった。


「お疲れ様!それじゃあ今日のお給料ね!」

 というわけで、恙なく本日のバイトは終了した。単調だったが苦では無い。

 ……このゲームでは諸事情あり、給金は日払い制である。

 日給は2500ペタル。ペタルというのはこのゲームの通貨単位だ。

 服は『平民用』なら相場が3000ペタル程度だ。

 給料を高いと思うか安いと思うかは人それぞれだろうが、非・VR版では日給250ペタルだった。

 しかし、これを単純に賃上げと言う事はできない。

 VR、というからどこまでリアルになるのか疑問だったのだが、とことんリアルになっているらしく……この日給は、生活費込みの金額である。

 家賃は最初から引いてあるようだが、此処から食費等々を捻出しなければならない。

 勿論、仕事のスキップができる時点でそうだろうなとは思ったが、ここもスキップ可能だ。

 つまり、日給250ペタルにすることで、実際の生活の部分をバッサリカットできる、という親切設計だ。

 まあ、ゲームとしてはこのスキップシステムは妥当だろう。

 やりたいのは生活シミュレーションでは無く恋愛シミュレーションなのだ、という人が大半だろうし。

 フレーバー部分にそこまで労力をかけるのもどうか、とも思うし。

 ……まあ、折角なので、貰った給料を手に早速市場へ向かい、食料を調達してくることにしよう。

 仕事日なので、攻略対象とのエンカウントは無いはずだ。

 無いはずだが……一応、警戒して歩いた。




 無事何事も無く食料を調達して帰ってこれた。

 さて。

 返ってきたのは花屋の二階に当たる部分だ。ここが主人公の下宿となる。

 部屋はトイレと風呂と台所、そしてリビングルームとベッドルームに分かれている。親切設計だ。

 一応、ペロミアさんがちゃんとした家を増築したため使わなくなった居住スペース、という設定付けがされていたはずだ。

 部屋にはシンプルすぎるぐらいシンプルな家具が幾つか置いてある。

 可愛い家具が欲しかったら買え!という、ゲーム製作者からの有難いシステムだ。

 まあ、部屋を飾るのも楽しみの一環、という事なのだろう。

 街に出て買えるものは服やアクセサリー等々だけでは無い。家具も装備も買える。1つのゲームで2度3度と美味しい、というのが『ステラ・フィオーラ』の評価だった。


 シンプルな台所はファンタジー世界観相応の造りだった。

 ガスコンロに非常によく似た、『炎の霊水晶』を用いたコンロ。

『水の霊水晶』を用いた水道。

『氷の霊水晶』を用いた冷蔵庫。

 不便を感じない、かつ、ファンタジーな世界観を壊さない設計にゲーム製作者の濃やかさを感じつつ、買ってきた鶏肉をきつめの塩味のソテーにしてぶつ切りのトマトぶち込んで煮たものをバゲットと一緒にかっ食らった。

 ……味もする。トマトの酸味の中で鶏肉の旨味が解ける。バゲットも買った物を焼き直しただけだが、香ばしさと小麦の甘さが非常に美味かった。

 よくできてるな、このゲーム。この生活フェイズをスキップするのは勿体なさすぎる。現実世界で食えないような物も食えるんだったら食わないと損だろう。

 筋トレに飽きたら美味いものを食べる、というのもいいかもしれない。


 食事を終えて風呂に入ったりなんだりし、クローゼットにあったやたらとロマンティックな寝間着を着る気にはなれず、下着で就寝。

 ……シンプルな木のベッドもマットレスは至極真っ当で、寝心地も悪くない。買い替える必要は無さそうだ。ただ、服は……まともなのが欲しいかもしれない。動きにくくて仕方がない……。




 そして起床。

 朝6時に鐘が鳴るので、多少寝坊助でも起きられる親切設計。

 着替えて昨夜の残りのバゲットを焼き直して食べる。

 ……ジャムか何か欲しいな。


 さて。今日はピネラの1の日。

 ピネラ、というのは1月に当たる。

 ……ちなみに、12の月にはご丁寧に1つずつ名前が付いている。

 1月から順に、ピネラ、ムーメス、ケーラ、グリスタリア、イリア、ピオニア、レフェデ、エウラ、リザンテ、アルセノ、サティア、トメント……という具合だ。

 ピネラの1の日、つまり1月1日は『アメリア』の誕生日でもある。


「アメリアちゃん、お誕生日おめでとう!」

 階下に降りた所で、ペロミアさんにそう声を掛けられる。これで誕生日イベントは消化した。

 しかし、教えてもいないのに誕生日を知っているとは。

 こういう所がつくづくゲームチックである。

「今日はどこかに行くの?」

 さて。そしてここでペロミアさんにそう聞かれる。

 ……まあ、ペロミアさんに答える、という体で『今日の行動』を決定する訳だが。

「部屋で体を鍛えます」

 もうやることは決まっている。筋トレだ。筋トレ。外になんて出てたまるか。

「そう!頑張ってね!」

 普通なら突っ込みどころなのだろうに、流石、非・攻略対象のAI、別段突っ込むでもなく素敵な笑顔でそう言ってくれる。

 ……うん。悪くない環境だ。


 階下に降りたばかりだったがまた二階、つまりは自宅へ上がり、とりあえず邪魔な家具を動かしてスペースを作り、腕立て伏せから始める事にした。




 ひたすら筋トレしつつ途中で昼食を簡単に取り、また筋トレを続ける。そして気づくと夕方になっていた。

 市場は夜まで開いていない。夕方にはもう店じまいだ。慌てて市場へ向かう。

『筋力』が上がっているのか、昨日より体が言う事を聞く印象だ。……昨日の『筋力0』は、あれは、無い。

 ちなみに今の『筋力』は『30』だ。

『ステラ・フィオーラ』の訓練では1日あたり10~30程度、パラメータが上がる。

 今日上がった分は『27』で、つまりこれは1日のトレーニングの結果としては最高に近い。

 ジャムとパン、野菜と肉類、調味料類。それから米もあったので買ってみた。

 これで殆ど金が無くなったが問題ない。

 食材をこうやって買い込んでおけば買い物に出る時間が全体として短くて済む。つまりイケメェン共との遭遇の危険性を排除するとともに、筋トレの時間を増やすことができるという事だ。

 鮮度云々の問題もあるだろうが、そこはゲームだ。多分大丈夫なんじゃないだろうか。駄目だったらその時また考えればいい。冷蔵庫はあるんだから、まあ、なんとかなるだろう。


 ……そういえば寝間着を買い忘れた。

 今度買ってこよう。




 それからの日々は、花屋でのアルバイトと筋トレ、1日費やしての料理や、攻略対象達とエンカウントしないように細心の注意を払って散歩に勤しむ、という日々。

 日々を恙なく送り、筋トレに勤しみ……ケーラ……3月の始めに、それは起きた。


『筋力』がカンストした。


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― 新着の感想 ―
[一言] >結論から言うと、仕事中に力仕事をしていたら『筋力』が、接客をしていたら『容姿』が上がった プリンセスメーカーとは、なつかしい
[気になる点] >食事を終えて風呂に入ったりなんだりし 一言も特に触れないってことは主人公は女か…… [一言] >『筋力』がカンストした 早すぎwwww
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