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19話

「奇遇だな、『俊英』ダフネ」

「サージス殿こそ、どうした、こんな所で」

 以前ノイエと一緒に来た王立の訓練所で、サージスと会う。

 何というか、こういうイベントがあると知っているからプレイヤー側はこういう所に何の脈絡も無く来れるのだが……いや、やめよう。

「少し鍛錬を、と思ってな。最近はあまり剣を振っていなくて……そうだ、折角だ。お手合わせ願えないか?『俊英』の実力がどの程度な物なのか確かめさせてはもらえないだろうか」

 こういうように願ったりかなったり、という訳だ。ここにわざわざ理由を求めるのもあほらしいだろう。

「喜んで」

 模擬戦とはいえ、久しぶりの戦闘だ。楽しんでいこう。




 お互いそれぞれ向かい合い、剣を構えて、一呼吸。

 一瞬。

 そして次の瞬間、一気に時間が動き出し、激しい剣戟となる。

 観察どころじゃない。気を抜いたら一太刀もらいそうだ。

 一撃一撃が速くて重い。女の体の出力の限界を感じる。こんな攻撃、幾ら鍛えていたからって、そう何度も受けられるものじゃない。

 一度距離を置いてから突っ込んでいって腕を狙う。

 完全に不意を突いたと思ったんだが、それでもあっさり防がれる。

 ……流石に強いな。

 フィジカルの、出力の差だけじゃない。それを運用する能力、戦い慣れ、というか、そういう風に組まれたAIというか、そういうものが圧倒的な強さとなって立ちはだかる。

 ……これは、面白い!

 勢いをそのままに部屋の反対側まで間合いを取って、壁を蹴って天井まで飛び、天井を蹴って頭上から挑む。

 全体重を掛けた一撃は流石のサージスでも受けるので精一杯だったらしいが、だからと言ってこちらが優勢な訳でも無い。

 流石に、これが通らないであろう事ぐらいは分かっている。

 重力に従って体が地に落ちる前に剣を軸にして反転。ハンドスプリングの要領で宙に飛びながら、すぐ攻撃に転じてきたサージスの剣を受けて体が弾き飛ばされる。……一撃ここで入れられるかと思ったんだが。

 滑りながら着地して、すぐまた攻撃に移る。

 飛んで間合いを詰めて、そしてまた打ちあうその瞬間、剣はそのままに急に屈む。

 飛んだ勢いのまま懐に入り込んだため、剣は打ち合わさったものの、サージスからしてみれば手ごたえも無くするり、と抜けたように感じただろう。

 そしてそのまま剣の柄に近い位置できっちりと太腿の辺りに一撃、決めることができた。




「驚いたな、流石は『俊英』と言った所か」

 そういうサージスの表情に悔しさ等といったものは無い。

 手を抜かれていたらしい。

 ……まあ、そうなんだろうな。こいつの仕事はあくまで敵情視察。

 わざわざ手の内を晒す必要も無いのだから。

 そう思ってこちらも手の内を完璧には晒さなかった。

 魔法および魔法剣は……まあ、訓練だから、という理由でもあるが、一切使わなかった。

 しかし、本当にこいつは化け物か。まともにやりあったらきっと瞬殺されるに違いない。

 間違いなくこいつが最強、こいつがラスボスだ。

 ……ああ、くそ、楽しいな。

 悔しいけれどどうしようもなく楽しい。

 そしてそれが顔に出ていたらしい。

「戦うのが好きなのか?」

「ああ、好きだ」

 恐らくその点に関してはサージスも同じだろう、と思って満面の笑みで応えると、ふい、と顔を背けながら生返事、という微妙な反応を返された。

 ……そういえば、こいつも大概に初心な奴だったなあ。

 くそ、戦闘の興奮が冷めた……。


 その後もサージスと楽しく戦闘についての話をしたりしてそこそこ有意義に過ごした。

 こいつとは恋愛が一切絡まなければ仲良くやっていけそうだ。絡まなければ、な。




 そして翌イベント日。

 今日はアレを使う。

『雨の石』。魔物討伐で空飛ぶクラゲを出すために使ったが、今回もこれを使って雨を降らせる。

 サージスのイベント【雨に混じる血】を起こす為である。

 ……物騒なイベント名の割に、ただサージスが若干怪我をしているだけ、という非常に生温いイベントである。

 まあ、こんなんでも好感度の上がり方が大きいイベントなのだからやらなくてはなるまい。


 雨の街へ出る。

 傘は持ってきていない。びしょ濡れになっていないとイベントが非・VR版と食い違う為だ。

 諦めて雨に濡れながら街を歩く。

 雨が降っているからか、普段のような人通りは無い。露店も流石に雨の中ではやっていない為、通りがいつもより広く、がらんとして見える。

 花は雨に打たれて俯き、或いは地面に落ちる。石畳を雨による波紋と落ちた花弁が彩り、それを多くはない人通りがせわしなく踏み潰していく。

 昼間だというのに雨に煙り、街並みはがらりと印象を変えていた。

 嫌いじゃない。

 そして、普段の明るい瀟洒な街並みのイメージからは遠くかけ離れた香りがふと漂う。

 鉄錆の香り、血の匂いである。


「サージス殿、どうした」

 石壁に凭れている人影に声を掛けると、明らかにそれは動揺したように体を震わせた。

「『俊英』か。出先で雨に降られて、この様だよ」

 そして力なく笑いながら、サージスは左腕をさりげなく背に隠す。

「では雨に左腕をやられた、と。そういうことか?」

 あまりにも対人スキルが無さすぎるサージスに向かってそう言ってやると、またしても動揺した。

「……何故」

「匂いに気付かないとでも思ったのか。それから反応が分かりやすすぎる」

 そしてこちらは全てのイベントを把握している。分からない訳がない。

 生ける攻略本の名は伊達じゃないぞ。選択肢によるイベントの分岐、ステータスによるイベントの変化、アイテムの取得条件から攻略対象の台詞の細かい分岐に至るまで暗記しているようなものなのだから。

「……参ったな、全く」

「一体どうした。まさか本当に雨にやられたわけじゃああるまい」

 尋ねると、如何にも「嘘ついてます!」といった顔でぎこちなく返してくれた。

「少し町の外に出ていただけだ」

「魔物か」

「ああ、そうだ」

 気づかないふりをしながら会話を続けると、ほっとした様に肯定してくるが。

「サージス殿ほどの剣の使い手が、か」

「……雨で視界が悪かったんだ」

 ……まあ、一応言い訳にはなっているが、嘘を吐くならもう少し顔に出さずに嘘を吐いてほしいものである。

「油断は禁物だぞ」

「十分懲りたさ」

 ここで追及する意味も無いのでここは流す。

「……さて、サージス殿、まさかその傷をそのままにしておく訳じゃあないだろうな?」

 そして、イベントを進行させるのだ。


「私も治癒魔法が使えたら良かったんだが」

 とりあえず訓練所や治療院に行きたがらないサージスを自宅に連れ込み、また吠えるリエルを黙らせてから治療に当たった。

 治癒魔法は使えないが、ファンタジックな治療法ならいくらでもある。

 そういう魔法的な何かの効力を持つ薬を使えば治癒魔法同様に、たちどころにサージスの腕の傷が治った。便利な世界だ。

「いや、助かった。……高い薬だろう。すまない。幾らだ」

「気にするな。一応私は貴族だぞ?」

 薬箱を片付けてサージスの向かいのソファに腰掛ける。

 ちなみに、服は『風の霊水晶』なるもので乾燥済みである。全く、本当に便利な世界だ。

「……今は手持ちが余りないが、次に会った時に必ず返す」

 こいつのこういう部分には好感が持てると思う。だから何だという話でもあるが。




 ということで、サージスの怪我の治療をしてこのイベントは終了である。

 ……明日もサージスのイベントだ。

 ちなみに、今日をエーリックのイベントにしなかったのには理由がある。

 ノイエはああいう怒り方をして去って行った訳だが、20日経ってもノイエにこちらから会いに行かなかった場合、ノイエの方から22日目に謝りにくる。

 しかし、その22日目に強制イベント等で不在だと、ノイエがますますやきもきして大層面白い上に、好感度が微妙に上乗せされて上がる。

 そして、次に起こすエーリックのイベントは【刺客と発覚】。町でいきなり刺客に命を狙われて3日がかりの逃走劇になるという大きいイベントだ。

 ……つまり、これをノイエの『22日目』にぶつけてやろう、と、そういう話だったりする。

 あー楽しみだ。超楽しみだ。胃は痛くない、痛くないとも。




 翌イベント日。

 先イベント日とは打って変わってからりと晴れた空の下、市場に出てみれば菓子を片手にたたずむサージス、という奇妙な光景に出くわした。

「珍しいものを持っているな、サージス殿」

「……ああ、『俊英』か……」

 途方に暮れたような顔をしているのが非常に面白いが、笑いはこらえる。

「どうしたんだ、菓子なんか持って」

「……いや、出店のご婦人に頂いてしまったんだが……甘いものは……その、あまり得意では無くて、だな」

 サージスが手に持っているのは、何時ぞやエーリックが食べていて『ダフネ』の服を汚したあれ……たっぷりと糖蜜の掛かった揚げ菓子だった。

 一口齧った形跡があるあたり、律儀というか、努力家というか、アホというか。

「なら貰わなければいいのに」

「折角のご厚意を無下にするのも、と、思って、だな……」

 これが魔王の右腕だというのだから笑える。

「そうか。じゃあ私が食べてしまってもいいんだな?」

 サージスが言葉の意味を理解するより先にサージスの手からそれをひょい、と奪う。

 一応食うのは待っていると、サージスは何かに気付いたように顔を上げて、慌てはじめた。

「あ、いや、一口食べてしまったんだ。だから」

「私は気にしないが」

 ゲームのプログラム(サージス)が一口食べたプログラム(菓子)を食べるということに抵抗は無い。

 食べるという事すらゲームの中の出来事だ。

 つくづく、自分が潔癖症でなくてよかったと思う。

 菓子はひたすら甘くはあるが、不味くは無い。これも救いだったな。

「ご馳走様」

 やがてそれも食べ終わり、唇に付いた糖蜜を舐めつつ包み紙だけサージスに返すと、急にサージスは顔を朱に染めて視線を逸らす。

「あ、た、助かった。恩に着る」

 ……本当に、何故魔王はこんな奴を偵察に寄越したんだろうか。

 もう少し適任がいそうなものだが……。

 居ないとしたら、魔王城は人材不足にも程がある。求人募集しろ。そしてフリーターでもいいから雇え。

 多分こいつより潜入捜査が得意なフリーターなんてごまんといるだろうから。




 さて。

 翌日は霊水晶類や非常食を小さ目な鞄に詰めたり、のんびりして体力を回復させたりするのに充てた。

 翌日の【刺客と発覚】の為である。

 ……本当に、襲い掛かってくれる刺客がもう少し有能だったらここでエーリックを潰せるんだろうが、残念ながら刺客はあっさりエーリックか『ダフネ』によって撃退される腕前しか持っていない。

 なのでここは大人しく撃退してから人質を取られて誘拐されて、その後は脱出および逃走劇を繰り広げる事になる。

 その時、食料と火と水位は持っていたい。しかし、あまりにも大荷物になると始めからそうなることが分かっていたようで非常に怪しい。下手すると刺客とのつながりを疑われかねない。

 ……よって、小さな鞄に色々と詰めている訳だが。

 ナイフ……は『魔剣・エクスダリオン』があるが、一応小さいのを1つ入れておこう。

 ランプは要らない。『火の霊水晶』があるし、火の玉は一応自力で出せる。

 その代わり、パン一切れでは間違いなく足りないので、乾パンと氷砂糖という実に非常食らしい食料を携帯することにした。

 塩が足りなくなるといけないので岩塩もひと塊持つ。

 ……準備はこんなものか。

 さて、明日からが楽しみだな。

 刺客が少しでも楽しませてくれればいいんだが。



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