表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/42

18話

 精神的血反吐を吐きながら続ける悲しい精神的マラソンに終わりはない。

 翌イベント日、わざわざノイエが会いに来た。

「……話がある」

 滅茶苦茶苛立っているのが丸わかりな顔だ。

 面構えだけが取り柄だと言われているのにこの表情。最早こいつは自分の取り柄を生かす気、或いは余裕はないらしい。

「そのようだな。どうした」

 とりあえず番犬じゃあるまいに吠えようとするリエルを引っ込ませつつ応接間に通して茶を出す。

 ……最近やたらと茶ばかり飲んでいる気がする。気のせいか。気のせいだな。気のせいに違いない。ああ茶が美味い。

「トレーニアに何を吹き込まれた」

「すまない、トレーニアというのは誰の事だろうか」

 そう返すとノイエは焦燥を強めたように、語調も荒く言葉を続ける。

「一昨日貴族街で会ったのだそうだな。一緒に喫茶店で話したとか」

「ああ、分かった。で、そのトレーニア殿がどうかしたか」

「その時何を吹き込まれたと聞いている!」

 ノイエは立ち上がって声を荒げた。

 お前は一体何と戦っているんだ。

 こういうイベントだから、別にバグりかけている訳では無いんだろうが落ち着いて欲しいものである。

「ああ、言いにくいだろうな!知っているぞ、ユグランスは所詮2代前の七光り、そして今度は下級貴族風情に頼ってその座にしがみつこうとしている、と、そういう話をしていたんだろう!」

 本当にこいつは一体何と戦っているんだ。

 いや、このイベントのイベント名は【プライド】だったか。

「そしてそのために魔族を扇動して戦を起こそうとしているだと!?馬鹿にするのも大概にしろ!私は……ノイエ・ユグランスはそこまで落ちぶれているように見えるか!」

「落ち着け」

「落ち着いていられるか!侮辱だ、貴様は……くそ、ああ、そうだ。いいか、私は二度と、下級貴族風情とは会わない。二度と私に近づくな」

 そして、ノイエは落ち着くことなく出て行った。

 ……急に静かになった。

 ちなみに、これは別に選択肢を間違えたりした訳では無い。

 何をどうやってもノイエはここで勝手に怒って勝手に出て行く。

 選択肢、というか、まあ、分岐はこの後の対応だな。

 こちらからノイエに会いに行く事もできるが、此処は放置で行こう。

 そうすると勝手に頭を冷やして謝りに来る。

 その時の対応によっては再構築不可能になるが、間違えなければいきなりデレッデレになりやがるので大丈夫だ。

 ……はあ、茶が美味い……。




 正直もう疲れたが、それでもユキノの為にもやらなければいけない。

 翌イベント日はエーリックに会いに行く。

 そしてそこで、「お前、エーリック・エルヴァラントだろ」とやってやらなくてはならない。

 うん、その時の顔は多少楽しみかもしれない。

 折角なら面白いリアクションを取ってもらいたいものだが、相手はあの爽やかポーカーフェイス腹黒野郎だから期待薄か。




「リック、聞きたいことがあるんだ」

「うん、なんだい?」

 そして翌イベント日、いつも通り市場でエーリックと遭遇し、屋台の甘味巡りに興じつつ、切り出す。

「いや、違うな。エーリック・エルヴァラント殿下、か」

 そう言ってやれば、エーリックはいつもの微笑を顔面に張り付けつつ、明らかに動揺している様子を見せた。

「……どうして?」

「あの壇上から話している分には戦士一人一人の顔なんて見ないだろうからな、知らないのも無理はない。私は過去に3度、魔物討伐軍に参加している」

 そう言ってやれば、「あちゃー」みたいな顔をした。こいつにしてみれば珍しい顔と言える。

「そ、っかあ、ダフネさんは……ああ、うん、そうだね。じゃあ結構前からばれてた、ってことかな?」

「そういうことになるな」

 エーリックは長く息を吐いてから、改めてこちらを見る。

「うん。今まで騙していたみたいになっちゃって、ごめんね。僕がエーリック・エルヴァラント。次期国王だ」

 空色の瞳が真っ直ぐ『ダフネ』を見つめてくる。

 やめろ。こっちを見るな。やめろ気持ち悪い。

「何か事情があるんだろう?そう思って今まで聞かなかったが」

 さりげなく視線を外すと、エーリックも少し困ったような顔をしながら視線を逸らした。

「ええと、ね。……一応、次期国王、なんて言ったって、まだ僕は……国王様に比べたら、天と地ほどの差がある位、自由なんだ。でも、王になったらそうもいかない。だから、王位を継ぐ前にこの国を見ておきたくて」

 つまり、自由への未練である、と。

 そういうことなんだろうが安心しろ。お前は王になる前に死ぬから。

 ついでに王も死ぬから。

 ……この国、どうなるんだろうな。

「それで、ちょっと羽目を外してた、というか……」

「まあ、気持ちは分かるような気がする」

 きっとエーリックの立場からは城の外がさぞ『自由』で輝いて見えるのだろうから。

「うん、それで、今まで騙してた手前、言いにくいんだけど……僕がこうやって市場に来ている、ってことは」

「誰にも言わないさ、『リック』」

 とりあえずそう言ってやると、エーリックは満面の爽やかスマイルなどというものを浮かべて、嬉しそうに礼を言う。

「ありがとう、助かるよ。……で、それから、こっちは本当に図々しいんだけど」

 これ以上図々しくなるのか、お前は。

「あの、もしダフネさんが良ければ、これからもこうやってお菓子を食べるのに、付き合ってくれないかな」

 ……うっとおしい。その捨てられそうな犬みたいな目でこっちを見るな。

「私でよければ」

 鍛え抜いた表情筋は内心を出すことなく綺麗に微笑みの形を作ってくれたと思う。




 結局、エーリックは非常にそれを喜び、ますます『ダフネ』に執着するようになる。

 腹黒というか、病みかけというか、そういうとんでもない奴に好かれてしまったものである。

 いや、好かれないと殺せないから仕方ないんだが。

 そして翌イベント日には、舞踏会イベントのフラグイベントが起きる。

「ところで、ダフネさんは貴族だよね?」

「下級だがな」

「じゃあ舞踏会にも出るんだよね?」

「そうだな」

「じゃあ、僕のパートナーを務めてくれないかな」

 と、こういう事だ。

 ……一応、普通に、常識的に考えて、だ。

 王位継承者が、下級の、ぽっと出の人間を舞踏会のパートナーにする、というのは大いに問題があるだろう。

 ……理由を付けるとしたら、他の有力な貴族達のどれかを優遇することなく穏便に済ませる為、という理由が付けられるだろうか。

 只の下級貴族なら面倒もないだろう、と。

 ……しかし、だ。

 こいつはそう言う事を考えて物を言っている訳では無い。

 考えていない訳ではないだろうが、それはあくまで言い訳として、である。

 本当にこいつが考える事は分からない。

 理由を付けろ、と言われたらできなくはないが、理解はできない。

 ……まあ、そんなものなのかもしれないが。




 そして舞踏会当日、立派な馬車がわざわざお出迎えに来なさった。

 そして恭しく馬車に乗せられて王城まで連行される。

 ……これ、やばくないか。


 やばかった。

 王城に着いてエーリックに迎えられてエスコートされ始めたら、いや、その前、馬車から降りた時点で視線がやばい。

 嫉妬と好奇でやばい。

 気まずいというレベルはとうに越している。

 ……そして、面白い視線も混じっている。

 壁際で歓談していたらしいノイエはこちらを見て唖然としてから、すぐその視線を険しいものに変える。

「ダフネさん?どうかした?」

「いや、知人を見つけたんだが……機嫌が悪そうだから挨拶は後にしよう」

 こちらをのぞき込んでくるエーリックに対してそう返すと、エーリックは少しきょとん、とした後でくすくす笑い出した。

「もしかしてその人に嫉妬させちゃったかな?悪いことしたな」

 そう言いつつも『悪いことした』という顔では無い。むしろ嬉しそうというか、なんというか。

 趣味の悪い奴である。

「まあ、でもダフネさんは今日は僕のパートナーだから。良いよね?……一曲お相手願えますか?」

 良くないが仕方あるまい。

「喜んで」

 視線が刺さる。凄く刺さる。

 痛い。視線が痛い。胃も痛い。胃が痛い!




 途中でノイエがエーリックに声を掛けてくる事案が発生したが、飲み物を取りに行く事でやり過ごした。

 イベント自体は2人がぎすぎすやりあうだけだから『ダフネ』がいなくても何ら問題ない。

 ……飲み物を持って戻ったらものすごい形相をしたノイエがものすごい速さで去って行く所とすれ違った。

 一方、エーリックはいつものポーカー爽やかスマイルが数倍の明るさを持ってにこにこ……にやにやしていた。

 これはひどい。




 帰りも立派な馬車に乗せられて帰宅。

「おかえりダフネ……ダフネ!?だ、大丈夫か!?」

 大丈夫じゃないがユキノが……ユキノが……。

 ……うん、まだ頑張れる。頑張れるぞ。


 さて。ここで決意を新たにする為、また『他プレイヤーの様子』を見る。

 ……死者は増えていない。良かった。

 しかし、『乙』勢……アイテムコンプ勢は、苦戦を強いられているようだ。

『シロツメクサの花冠』の他、『胡桃の髪飾り』や『蔦のブレスレット』といったアイテムが見られた。

 どういう取得条件なのかは分からないが、これはきつい。

 終点が見えないのに終点を目指すという苦しみはよく分かる。アイテムリストの無いアイテムコンプなんて不可能に近いだろう。

『乙』勢の中の1名は諦めたのか、『丁』に鞍替えしたようだった。間に合えばいいが。

『甲』のプレイヤーは割と順調だった。カジノで荒稼ぎしているらしい。……しくってくれるなよ。

『丁』のプレイヤーは……ばらつきが大きい。まんべんなく攻略対象全員の好感度を上げている人、1人ずつ落としていく人、と、やり方も様々だ。

 ……前者は共同イベントを起こしながら進められるので、イベントの節約になる。

 後者は攻略対象を攻略した時の特典……例えば、ノイエを攻略したら『グロリア―ナの杖』が手に入る、等の特典を他の攻略対象に生かせる。

 どっちがいいとは一概に言えないが。

 ……こちらが彼女らに対してできることは無い。彼女らがバグと出くわさないことを祈るのみだ。




 翌日からはまた決意も新たに街へ出る。

 レフェデ(7月)1日。この周も半分が終わったという所だ。

 今月はノイエに頭を下げさせつつエーリックとの共同イベントを1つ起こす。そして暇なときはサージスにちょっかいを出す。

 ……サージスのイベントは有難いことに、戦闘訓練的イベントが割と多い。

 その分多少は気がまぎれるだろう。『攻略』対象の戦い方を観察することは十分有意義だろうから。




 という事で、早速エーリックにちょっかいを出しに行って『自由とは何か』というこれまた酷く曖昧な話をして……ああ、デジャブだと思ったら、そう言えばリエルとも同じような会話をしたな。リエルとエーリックでは『自由』というか、『不自由』の質が全く違うが。

 そして翌イベント日はサージスに市場を案内するイベントを済ませ、そして翌イベント日はまたエーリックと会い、『エーリックが5歳の時に攫われてそれきり行方不明の従姉妹』の話を聞いた。

 ……つまり、『ダフネ』の事である。ちなみにエーリックと『ダフネ』は3歳差である。『ダフネ』は2歳の時に誘拐されたわけだ。

 しかし『ダフネ』自身はまだ自分が誘拐された王女であるとは知らないので、適当に相槌をうって済ませる。フラグはまだもう少し先だ。




 そして、翌イベント日。

 待ちに待った、サージスとの手合わせイベント【剣の示すもの】である。

 今プレイ最大の敵。今プレイのラスボス。魔王の右腕。ゲーム内第二位の男。

 バグったとしたらバグる前よりも余程強くなるはずだが、バグる前の強さは果たして如何程のものか。

 今の内に晒せる手は全て晒しておいてもらおうじゃないか。

 ああ、わくわくする。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ