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17話

 精神的血反吐を吐いている暇は無い。

 今度はエーリックに粉を掛け始める。

 理由は簡単、今月の舞踏会イベントをエーリックで進めるとノイエが勝手に嫉妬する。そして来月の舞踏会イベントをノイエで進めると勝手に満足する。

 その一連のイベントを起こせばノイエの好感度が大体80に到達する、という訳だ。

 そして80に到達すればあとは魔王に任せればいいだけ、となる。

 ……という事で、エーリックに粉を掛けるべく市場へ向かう。


「あれ、久しぶりだね」

 エーリックはお忍びのつもりなんだろうが、勿論こっちは魔物討伐軍出発に先立って『エーリック・エルヴァラント』様が挨拶するのを聞いているのでこいつの正体はもう分かっている。

「久しぶりだな、リック」

 しかしここではまだそれを明かさない。身分が分かってしまうと起こせるイベントが少なくなるためだ。

「この間は悪かったね。大丈夫だったかい?」

「何も問題無かった。こちらこそご馳走になってしまい悪かった」

 この間、とは言うが、3月近く前の事なんだがなあ……。何故こいつは3か月前に少し話しただけの人物を覚えていられるのか。普通なら忘れていて然るべきだと思うんだが。

「あの位ご馳走した内に入らないよ。……あ、そうだ。ケーキが美味しいって評判の店が近くにあるんだけど、よかったら一緒にどうかな?」

 そして何故ここでこういう誘いになるのかまるで理解できないが、そう言うイベントなのでそこの疑問を抱いても仕方がないだろう。


「美味しい?」

「美味しいな」

 喫茶店に入って出されたケーキは柑橘類のムースケーキらしかった。

 爽やかな酸味と香り、抑えた甘味と柑橘特有の僅かな苦みが上品に絡み合って、すっ、と溶ける。

 好ましい味だった。

「気に入ってもらえたなら良かった。ここのお店、気になってたんだけど来た事は無くて」

 そう言ってエーリックはにこにこ笑うが、心底こいつの考えていることが分からん。

 例え『ダフネ』が下級貴族であると知っていたとしても、それに媚を売る必要を感じない。むしろ他の貴族と軋轢を生むだけだろう。

 となれば、エーリックは『ダフネ』の素性を知らない、と考えるのが妥当である。

 その場合、一体どういう意図でこういう事をやっているのか、と考えると……単純に、女性とこういう事をしたいだけ、なのかもしれない。

 王城での窮屈な生活に嫌気がさしているにしろ、ますます訳の分からない奴である。

 ここらへんの理由は非・VR版をプレイしている上で全く分からなかった。只の気まぐれなのか、考えたような理由なのか、或いは。

「もしダフネさんさえいいなら、またこういうお店に付き合ってくれないかな。こういう所に一人で入るのってちょっと気が引けるから」

 ……或いは、こいつは只単純に甘いものが好きなのに、一人だと店に入りにくい、という事なのかもしれない。

 それなら理解できる。食欲というものは人間の3大欲求の1つだ。

 そして美味いものを食べたい、という気持ちは十分理解できる。

「分かった。私でよければ付き合わせてもらおう」

「わあ、ありがとう。嬉しいな」

 ……それでも理解できないのは、何故『ダフネ』なのか、という所だが……そういうイベントなので、としか言いようがない。

 イベントを進めていけば『ダフネ』がエーリックの従姉妹であることが発覚するわけだが、この状態でエーリックがそんなことを知る由は無い。

 運命、とか、そういう言葉で片付けてしまった方がいい問題かもしれない。

 或いは一目ぼれでもした、とか……まあ、そういうゲームだしな。その方が納得がいくか。



 その日はそれでエーリックとは別れ、翌イベント日。

 エーリックは4日に1回、つまりイベント日2回に1回しか外出できない。

 よってエーリックのイベントは基本的にイベント日2日につき1回のみ。……この隙間は勿論、他の攻略対象の攻略に充てるわけだ。

 ……とりあえず、最初はリエル。

 何故かというと、ノイエとの共同イベントを出したいからである。

 とりあえず今の所、ノイエの好感度と魔王フラグを最優先に進めている。

 ノイエの好感度を80以上、かつ全攻略対象中最大に保ち、フラグの最後の一本を立てて誘拐される。

 これが目下の目標だ。

 なので、とりあえず今日はリエルのイベントを進める訳だ。

 よし、気合を入れて臨もう。


「なあ、ダフネ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「どうした」

 食堂で魔術の本を読んでいた所、向かいに座っていたリエルが唐突に切り出す。

「あの……さ、ダフネは……何のために貴族になったんだ?」

 ……言いたくないんだが。

 言いたくないんだが、ここでこれを言えばこいつのイベント2つ分をカットできるレベルの好感度の上昇が……。

 ……。腹は決めたんだ。今更ぐだぐだ言っても仕方あるまい。

「リエルがいつまで経っても来なかったからな」

 つまり、お前の為だ、と。

 そういうことを、言う訳だ。『ダフネ』は。

 ……なんというか、いや、何も言うまい……。

「そ、れは……えっと、その……」

 しどろもどろになるこのヒモ野郎をどうにかしてやりたいが、今はまだその時では無い。

「あ、お、俺、庭に水撒いてくるっ!」

 ばたばたとリエルが出て行ったのを見て、とりあえずこのイベントは終了だ。時間としては非常に短かったが、ごっそりと気力を奪われたような感覚である。

 ……本当に、この先、こういうイベント群に対してやっていけるのだろうか……。

 胃が痛い。




 胃痛は続く。

 リエルのイベントが終わったら次はまたエーリックのイベントである。

 また美味しいお菓子の店に連れて行かれつつこちらの素性をそれとなく探られただけなので割愛。

 そして翌イベント日。胃痛ボルテージMAX。

【主従というもの】。リエルとノイエの共同イベントである。

 ……イベント名から察せる通り、リエルの奴隷らしからぬ態度にノイエが忠告する、というイベントだ。

 そして現在、応接間でティーカップと茶菓子を挟んでノイエと席に着いているが、ノイエの視線は『ダフネ』の後に背後霊のようにずっと控えているリエルに向けられている。

 ……本当に、胃が痛い。ああ、魔物狩りたい……。

「……おい、ダフネ。お前の所の奴隷は、なんだ。お前の保護者かなにかか。もう少し身の程をわきまえさせたらどうだ。お前の品格まで疑われるぞ」

「そうだな、後で言っておこう」

 好感度はノイエを優先したいのでここでリエルを庇ったりはしない。

 リエルが背後にいるのは良かったのか悪かったのか。

 その顔が見えないのは有難いが、気配がずっと背後にあるのは非常に居心地が悪い。

「……大体、奴隷を買うにしても何故女の奴隷にしなかったんだ」

 その途端、背後の気配が強張った。

 ……胃が。胃が……。

「リエル、大丈夫だから下がっていてくれ」

 居心地の悪さに耐えかねてリエルに指示すると、非常に不服そうな顔でリエルは部屋を出て行った。

 それを見てから、ノイエは『やれやれ、というような顔を作った』顔でカップを傾ける。

「……おい、ダフネ、お前は危機感が薄いのではないか?お前がどう思っているのかは知らんが、奴隷でもあれは男だろう」

 その表情の裏には焦燥が見て取れる。大丈夫だ、お前が心配するようなことにはならないから大丈夫だ。そしてお前が心配する事じゃない。やめろ、気持ち悪い。

「大丈夫だ。幾ら男女の体格差があったとしても、あいつに易々と寝首をかかれるほど軟な鍛え方はしていない」

「そ、そうか、ならいいんだがな」

 ノイエは不満と満足が入り混じったような微妙な表情で茶菓子をつまんだ。

 なんというか、本当にこのイベントは誰が得をするイベントなんだろうか。制作者を小一時間問い詰めたい。

 ……ああ、くそ、茶が美味いのが救いだ。




 そして翌イベント日、エーリックと街並みの変化について聞いて(『ダフネ』はまだこの町に来て半年経っていないので聞き役な訳だが)やはり菓子と茶を楽しみ、そして更に次のイベント日にはノイエと剣で模擬戦をやってわざと怪我をして心配され、更に更に次のイベント日はエーリックと市場を歩いていた所、花屋(ペロミアさんの店では無い)に水をぶっかけられ。

 ……そして、ピオニア(6月)19日。

 ノイエのイベントを進める為、久々にノイエの居ない貴族街をぶらつく。

「おや、これはダフネ嬢、ごきげんよう」

 そして以前あったようなあった事が無いような微妙な貴族に声を掛けられる。

「どうですかな、こちらで一緒にお茶でも」

 にこにこというかにやにやというか茶に誘われたのでそれを受ける。

 ……あまり楽しい会話にならないのはもう分かり切っているが、VR版になることでその楽しく無さ加減がどこまでパワーアップしているのか、不安通り越していっそ楽しみですらある。

 ああ楽しみだ楽しみだ。




 そして喫茶店に入って、貴族と油断できない雑談を広げていると、その内話題がノイエの事に移っていった。

「……ところで、ダフネ嬢は最近ユグランスのご子息と親しくなさっておられるとか?」

「ええ」

 ちなみにこの貴族は、ユグランス家と同じぐらいの地位・立場にいる貴族だ。つまり、やはり財政難で、親の七光り、長所も特にない、藁にもすがりたいがプライドが許さない、みたいな。

「そうですか。ユグランス家は必死なようですがな、あれと親しくなさるのはお勧めしません」

「それは何故?」

 いかにも驚いた、というように聞いてやると、満足げにその貴族は頷いて「ここだけの話」というように話し始めた。

「あの家は前回、魔王がこの王都を攻めようとした時の戦によって武勲をたててあの地位を手に入れはしましたが、所詮は親の……2代前の七光り、今はそれを維持するので精一杯、と言った所です」

 お前もな、とは言わないで神妙に黙って聞く。

「そして、近頃また、魔王の様子がおかしいとか。……また戦になると考えるのは妥当でしょう。そして、今のユグランス家の子息では、そこで大した武勲は立てられますまい」

 バグればいい線行きそうだが、とも言わないで黙って続きを促す。

「しかしダフネ嬢、あなたは武勇に優れた方だ。3回連続で魔物討伐の表彰台に登ったのでしょう?」

「ええ、まあ」

「ですから、ユグランス家は戦に備えてあなたを欲しているのですよ!ユグランスの子息……ノイエ殿は、中身はともかく顔はグロリア―ナ様に似ておられますからな。……いや、勿論あなたがそんな外面だけの人物に騙されるような方では無いと存じ上げておりますがね?一応、ご忠告を、と思いまして」

 そしてあわよくばうちの次男あたりの嫁に来い、と顔に書いてあるぞ、こいつ。

 ……ちなみにここの会話、魔物討伐で名声を稼いだからこうなるが、貴族の娘すり替えイベントで貴族になると普通に家柄のいい家の娘を娶りたがっている、みたいな話をされる。世知辛い。


 そしてまた貴族の話はあっちへいきこっちへいき、色々な話題に触れつつ自分の家のアピールを存分にして帰っていった。

 ……疲れた。

 しかしこれでノイエのイベント【プライド】のフラグを立てた。

 さてさて、次のイベント日はもっと胃が痛くなる。

 波乱に富んでいた方が物語としては面白いのだろうが、それにVRのリアリティを以ってして直面するとなるとまた話は別だな……。


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