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16話

 気分が重い。

 今月残り4回は全てノイエのイベントだ。

 舞踏会もノイエが出張る。

 刺したい。非常に刺したい。しかし我慢だ。あれだってバグったら相当強いだろうから。

 ……そしてノイエの始末の為に魔王も出さなくてならず、そしてそのためにエーリックに粉をかけねばならない。

 ……なので、今月、来月、再来月は忙しい。

 どのぐらい忙しいかというと、魔物討伐に出られない程度に、忙しいのだ……。

 ……気分が重い。




 重い気分でも仕方ない。全てはこいつを殺す為だ。

 貴族街へ出て、喫茶店で少しのんびりしていると、ノイエがやってくる。

 こういうイベントだから仕方ないが、こいつにはレーダーでも付いてるのか。

「おや、奇遇だなダフネ嬢」

「そちらこそ」

 そして断りもせずに向かいの席に座ってくる。なんなんだこいつは。

「他に席が空いていないのでな、失礼する」

 事後承諾でも無いよりはマシか……。


 そして洋梨のタルトと紅茶を楽しみながら全く楽しくないノイエの愚痴を聞く羽目になった。

「剣も魔法も商才も中途半端でしかない。どう足掻いてもどこにも引っかからない」

 知らん。

「全く、この世に神というものがあるのならば、どうして俺をこんなにも中途半端に作ったのだろうな」

 それこそ本当に知らん。ゲーム製作スタッフにでも聞いてくれ。

「……お前はいいな。突出して美点があるのだから」

「鍛えたからな」

『筋力』はカンストしているからな。突出していると言わずして何と言おうか。

「……私の家は私の祖母に当たる人が戦で名を立てて貴族位を得た」

 これが次のイベントのとっかかりになるが、別に聞き流しても構わないだろう。

「私もお前のように突出して強ければ良かったんだがな」

 自嘲気味に笑うノイエの事なんてどうでもいい。勝手にうじうじしてろ、と思う。しかし、これだけは言っておきたかった。

「鍛えれば筋肉は付くぞ。男なら女より余程早く筋肉が付くだろう」

 つまりはお前に筋肉が付いていないのはお前自身の怠慢だ、と。

 そう言ったのだが。

「……そう、だな。こんな私でも努力次第で多少はマシになるかもしれないな」

 微妙に嬉しそうな顔をされた。

 ……励ました訳では無いんだがなあ。


 その後微妙に元気になったノイエの話に付き合わされつつその日は別れ、翌日は部屋でごろごろして体力の回復に努め、そしてその翌日。

 またノイエのイベントである。




「最近よく会うな」

「そうだな」

 お前はストーカーか何か。というか、この頻度で貴族街をぶらついているからお前は『能力も中級』とか言われるんだ。

「……ここで会ったのも何かの縁だ。家に来ないか。茶ぐらいは出すが」

 何を思ってこいつはこういう提案をここでしたのか、まるで意味が分からん。

「ではお言葉に甘えようかな。ユグランス邸の庭の美しさは私も知っている」

 しかしここで断るとまたしてもイベントが進まないので仕方ない、笑顔で誘いに乗ってやる。

「そうか。ついてこい」

 ということで、のんびり歩いてユグランス邸に向かう事になった。

 ……走りたい。




「あの絵が気になるか」

 そしてユグランス邸の応接間で茶と茶菓子を嗜みつつノイエと雑談などをしていた所、不意にそんなことを言われた。

 あの絵、というのは、応接間に掛けられた美しい女性の肖像画だ。

 ノイエはこの人の血を濃く継いでいる。金の髪と緑の目をしたその女性の面影はノイエに割と似ている個所が多い。

 ノイエが魔法を使えるのも、この人に似ているからなのかもしれない。

「あれがユグランス家に貴族位をもたらした祖母、グロリア―ナ・ユグランスだ」

 肖像画の下には杖が飾ってある。華奢で装飾的なそれは、飾り物と言われた方が納得がいく。

 ……あれがノイエルートを進めることで手に入る『グロリア―ナの杖』だ。

 そこまでの戦闘力補正は無いが、魅力補正が最も大きい武器である。今回は別に必要ないので関係ないが。

「私は祖母に似ているか」

「似ているな」

 即答すると、自嘲気味に笑いながらそうか、とノイエはカップを傾けた。

「似ているのは顔だけ、と言われることが多くてな。そのせいで会ったことも無い祖母を好きになれない」

 ノイエは……端的に言ってしまえば『器用貧乏』だ。

 剣も魔法も使えるが、どちらも一流の腕前では無い。

 それがこいつのコンプレックスな訳だが。

「別にいいんじゃないのか。死んだ人間をどう思おうと生きている者の勝手だろう」

 まあ、どうでもいい。

 焼き菓子を1つつまむと、胡桃のこくのある甘味と香ばしさが口に広がる。これ、美味いな。

「まあ、そうなのだがな。死んだら後は何を言われようが何も言えはしないのだから」

 適当に返した台詞なのだが、ノイエはまたしても満足したらしい。

 こいつの満足ポイントが良く分からん……。

「私が死んだら果たして一体何を言われるのだろうな」

「安心しろ、思い出は美化されるらしい」

 これ以上湿っぽい話なんてされても楽しくないのでそう言ってみた所、ノイエの顔が引き攣った。

「……おい、貴様、それは……私に対しての侮辱か?」

「冗談だ。……死んだ後の事なんて、それこそ気にしても仕方ないだろう」

 涼しい顔で返してやれば、渋い顔で、そうだな、と返してノイエはまたカップを傾けた。

 やはりこいつは顔を引き攣らせている時が面白くていいと思う。


 そんな茶会も恙なく終了し、帰りは馬車で送ってもらった。

 走りこみがてら帰ろうと思っていたのに残念だ。




 そして翌日はまた貴族らしくごろごろと過ごし、翌イベント日。

 ノイエがわざわざ自宅まで来て、舞踏会のパートナーとして参加しないか持ち掛けてきたのでOKを出す。

 ……こういう心配をしてどうする、とも思うが、こいつ、ちょろすぎないか。大丈夫なのか。




 そして舞踏会日。

 わざわざ迎えに来てくれたので馬車に乗せられて連行される。

 徒歩で行こうかと思っていたんだが。

「……着ているんだな」

 何を、とは聞かない。

 前のイベントの際にこいつが選んだドレスを着ている、というだけの事である。

 他にはとにかく動きにくいドレスと『宵闇のドレス』しかないので仕方ない。

 ……仕方ないのだが、妙に満足げな顔をされると非常にむかつく。


 ノイエを数度ダンスの相手にしたりなんだりしてその日はそれ以上特に何も無くイベントが終了した。

 なんというか、これは今回のプレイで起こす予定の無いイベントを起こすと分かることなのだが……今までこいつは地位の微妙さとその性格が災いしてまともにパートナーも得られなかった、というか……つまり、舞踏会ぼっちだったのである。

 だからか、終始妙に嬉しそうで大層むかついた。なんだこいつは。

 ……ちなみに次回の舞踏会イベントはエーリックで起こすのでこいつには歯噛みしてもらう事になる。

 その次はノイエを相手にしてエーリックに歯噛みしてもらう事になる。

 たのしい。




 ピオニア(6月)1日。

 魔物討伐に出ない月なのでもうやる気がダダ下がりであるが仕方ない。

 そしてピオニア1日は『ダフネ』の誕生日である。

 家で待機していたらノイエが花束持ってやってきた。そしてなんかデレられた。こわい。

 誕生日を教えた覚えは無い。なにこいつこわい。




 そしてピオニア(6月)3日。

 魔物討伐に出られていないので非常に元気が無いが、今日のイベントはそんな中の若干の清涼剤になるかもしれない。

 ノイエのイベント【戦闘訓練】である。

 その名の通り、戦闘訓練を行う、のだが。

 折角だし、剣の技術を磨くのもアリだろう。ああ、魔法剣なんてやらないとも。やらないやらない。ここでバグられたら面倒だし……。


 という事で貴族街でストーカー疑惑がますます濃厚になってきたノイエを捕まえて王立の訓練所に向かう。

 ノイエの家の庭とかでもいいかと思ったのだが、どうやらノイエは魔法の訓練をしたいらしい。

 下手したら家が炎上するから他所でやりたいんだろう。その気持ちは分かる。


「ここが王立訓練所だ。貴族位を持つ者や騎士位を賜っている者のみが入れる」

 ……ちなみに、サージスとのイベントを進めているとここでサージスとノイエの共同イベントに分岐してしまうので、サージスのイベントはここまで殆ど進めていない。

 サージスとノイエが戦うとノイエが一瞬で負けるからな。

「さて、お前も魔法を使うんだったな」

「たしなむ程度だが」

 ノイエは訓練用の剣や杖が掛けてある壁に向かっていき、杖を二本取って戻ってきた。何故か剣では無く杖を渡されながら、今回の訓練の内容を悟る。

「魔法に嗜むもなにもあるか。剣でまともにやりあってまた壊れたら敵わん。魔法での訓練といこうじゃないか」

 ……つまり、剣だと互角に持ち込むことはできたとしても勝てる見込みは無い、しかし魔法なら、というノイエの微妙な男心だろう。

 こういう小細工を持ち込む前に筋肉を付けろ、筋肉を。

「分かった」

 ……まあ、魔法の訓練も行うに越したことはない。

 それに、だ。

「治癒魔法の術士は常駐している。遠慮なくやってくれて構わないからな」

 ……ノイエは非常にむかつく顔をしているが。別に、全て避けてしまっても構わんのだろう?




「く、そっ!」

 ノイエが杖から圧縮された空気の弾丸を飛ばしてくるが、当たらなければどうという事は無い。

 そして避けながら小さな火の玉をスピード重視で飛ばしてやればノイエの構えは簡単に崩れる。

 苦し紛れにまた魔法が飛んで来るが、当たらない魔法に価値など無い。

 ……成程。魔法相手にもこういう戦い方ができるんだな。勉強になった。


「貴、様……っ!化け物、かっ!」

「何のことだ失礼だな」

 そして30分ほどでノイエがへばり、【戦闘訓練】はお開きになった。

「……全く、その細い体の何処にそんな体力があるというのだ」

「鍛え方が違う。お前は貴族だろうが、こちらは現役の戦士だ」

 そしてノイエ・ユグランスというキャラクターがいなかったなら今月の今頃はのんびり魔物討伐を楽しんでいたと思われる。

「……そういえば、魔物討伐軍でお前は3回連続で表彰されたのだったな……化け物に訓練の相手を頼んだ私が愚かだったという事か」

 ノイエの声は台詞とは裏腹にそこまで沈んでも苛立ってもいない。

「まあ、私とて己の本分程度、わきまえているさ」

「私は戦士だがノイエ殿は貴族だからな」

 ノイエ自身、そこらへんに踏ん切りがついたらしい。

 単純に今までこういう事を話す相手がいなかったから整理が付けられなかったというだけなのだろう。

 なんというか、そう考えると可哀相な奴ではある。

「……ノイエ、で構わない。今後私の事はノイエとだけ呼べ、ダフネ」

 ……こういうのが無ければ、な!




 思ったより勉強になったものの精神をすり減らすイベントもなんとか無事終了した。

 微妙に甘い空気になりかけて精神的血反吐を吐きかけたがなんとか立ち直った。

 ……さて。ここからますます辛く……甘ったるいイベントが増えていくわけだが……精神が、もつだろうか……。

 ああ、魔物討伐が恋しい。


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