15話
楽しい楽しい魔物討伐の時間がやってきた。
これが無かったらとてもじゃないがやってられなかっただろう。
心のオアシス。このゲームの良心。いっそ魔物討伐だけのゲームだったらもっと良かったと思う。
初日はエーリックの長くも短くも無い挨拶を聞くだけでイベントは終了し、2日目はレヴォルにイベント外で挨拶されつつも特に何事も無く魔物を狩りつくし、3日目はレヴォルと戦闘談義に花を咲かせるイベントを済ませ、4日目も楽しく魔物を狩りつくし、そして5日目。
「俺は村を滅ぼした魔物が憎い。その思いで俺は強くなれるんです」
……何故かレヴォルの身の上話を聞かされている。
「俺を今生かしているのは憎しみなんです」
こいつ中二病発症してるな。いや、知ってるけど。
「何かを憎むという事を悪く言う人もいますが、何かを憎むという事はエネルギーになるんです。それも、凄く強い」
これ、この先のイベントの伏線でもあるんだが、どうせ爆発するから関係ない。
適当に相槌を打ちつつ「早死にするなよ」と言ってやればそれで勝手に満足したらしいからこれはこれでよし。
そして、そんなレヴォルはどうでもいいが、また幽霊馬が現れた。2度目である。1度目は殆ど構ってやれなくてすまなかったと思う。
今回は前回の非礼を詫びるついでに魔法で戦ってみよう。
……これがデスゲームでなかったら剣をここに置いていって縛りプレイにするのだが。
まあ、慎重に行くしかないが、それでも練習は必要だ。いざという時に魔法で戦えなかったらどうしようもない。
まずは火の玉をぶつけてみると、それだけで案外ダメージが入った様子がある。
ここまでは復習、と言った所だな。
ここからが応用、練習だ。果たして実用に耐えうるか。
『魔剣・エクスダリオン』を媒介にして魔力を流す。
闇の剣が昏く、闇色の輝きを纏う。
さしずめ魔法剣、と言った所か。
その剣を以ってして幽霊馬に一撃くれてやれば、実体のないはずの体が斬れた。
……これはいい。
これなら必勝間違いなしなので少し遊ぶ。
火の球を飛ばすのと同じ要領で、剣に流した魔力を魔法の形をとらせないまま飛ばす。
それは『魔剣・エクスダリオン』の影響か、剣から切り離されても闇色をしたまま飛び、幽霊馬の頭を落とした。
……飛ぶ斬撃も再現できるのか、このゲーム。
なにこれ楽しい。
超楽しい。
これは嵌まる。
3Dアクションシューティングみたいでこれ楽しい!これ楽しい!これ楽しい!
その後、幽霊馬を倒した事そっちのけで、そこら辺の雑魚相手に剣から魔力を飛ばして倒す、という遊びを散々して満足した。
やっぱりこのゲーム、楽しい。
後でレヴォルに「なんですかあれは」との嬉しい評価と慄いた表情を頂いた。
満足。
その後1回、レヴォルとの不寝番イベントを挟んだりしたが概ね平和に終わり、またMVPをとった。
『その圧倒的な力でファントムホースを倒した『五月雨』ダフネを表彰したいと思う』
これでMVPが3回目。
2回の偵察イベントに『ダフネ』の名前、そして3回目のMVP。これで誘拐フラグに王手がかかった。
……5つ目は少し先になるのだが。
そして帰宅して、また『他プレイヤーの様子』を見てみる。
……1人、減っていた。
驚きはしたし、残念にも痛ましくも思うが、それだけだ。
まだゲーム終了まで1か月を切っている訳じゃ無い。このプレイヤーも生存の目はあるのだから。
早速死んだプレイヤーの状況を確認する。
減ったのは、『丁』で条件を満たそうとしていたらしいプレイヤーだ。
そのプレイヤーの起こしたイベントを一通り見る。
……最初から『容姿』を上げて、貴族の娘すり替えイベントを起こして貴族になっている。
その後ノイエに粉をかけつつリエルを買い、レヴォルともエンカウントし、そして、魔王の右腕、騎士サージスと接触……そんなところで死んでいる。
死因は『攻略対象に殺害された』。
……バグだろうな。
しかし、これを見る限りでは誰に殺されたのかも良く分からない。
アイテムは通常のプレイで手に入る、手に入れていて然るべきようなものばかりだ。
ステータスもそこまで異常でも無い。
……しかし、この人も生活ターン、仕事ターン等々はスキップする派のようだ。
ということは、イベント日にバグは起きた。
思えば、1周目のレヴォルのバグも一応イベント日に起きている。
……バグがイベント日にしか起こらないという保証にはならないが、頭に入れておいてもいいだろう。
他人事のように感じる一方で、ますます気が引きしまる思いがした。
翌々日、庭に出た所で大きな蝙蝠のような小さな翼竜のような変なものが襲い掛かってきたのでとりあえずマイブームの魔法剣で斬って捨てておいた。
……これ、一応、魔物討伐で3回MVPをとった時の魔王誘拐イベントフラグなのだが、呆気なさすぎる。
もうちょっと骨のあるやつ飛ばしてこい。
次のイベント日は『容姿』の訓練に充てて、そして次のイベント日、イリオ(5月)の19日。
遂にこのプレイのラスボスとのエンカウントである。
公園に出かけて、池の側のベンチに座っていると、声を掛けられる。
「すまない。隣端に座らせてもらってもいいだろうか」
藍色の髪と冷静さを湛えた目が印象的な男である。
こいつがラスボス……『魔王の右腕』、或いは『作中第2位の男』。
騎士『サージス』である。
『サージス』は魔王によって王都の様子を見に来た魔族の騎士である。
表向きはどこかの家に仕える騎士という事で通しているが。
忠誠を重んじ裏切りを嫌う。正義感が強い。よく言えば真面目、そのまま言えば堅物。
現在は誤った方向へ進み始める魔王『キルシス・カルディオン』を止めようか迷っている。魔王への忠誠と自身の正義感の間で揺れる面倒な人物である。
そんなことより特筆すべきは剣の腕前。作中では魔王『キルシス・カルディオン』に次ぐ強さ、とされている。
だが、殺す。
それでも殺さなければならない。
「ああ、構わない。どうぞ」
笑って少しずれてやれば、礼を言ってサージスは隣に腰掛ける。
……この時点でサージスの目的は1つだ。
『勇者を覚醒させる能力を持つ女を見に来た』。
その目は一見そうとは分からないが、確かに油断なくこちらを見ている。
……『ステラ・フィオーラ』の主人公は、『勇者』を覚醒させる能力を持つ。
身も蓋も無い言い方をすると、攻略対象と迎えるエンドの1つが、『攻略対象を勇者として覚醒させ、共に魔王を討つ』というエンドだ。
攻略対象は全員『勇者』として覚醒する素質があるのだ。
……あれだ。選んだ方の嫁が後から天空人だと分かる、みたいな。だからどっちの嫁を選んでも息子が勇者に……やめよう。
……とにかく、だ。
つまり、主人公、この場合は『ダフネ』には、勇者を目覚めさせる力があり、魔王はそれを危惧している。
魔王が今まで散々偵察を寄越してくれていたのは、勇者覚醒の能力を持つ女が目立つようになったから、である。
……まあ、散々魔物を討ち取りまくっているからな。うん。
そして、サージスは魔王の右腕として魔王の命を受け、『ダフネ』の偵察に来た、という事になる。
「……しかし、驚いたな。こんな所で『俊英』ダフネに会えるとは」
あ、また二つ名が変わったようだ。
……個人的には『五月雨』の方が好きだったのだが。
「私を知っているのか」
「これでも騎士を拝命している。強い者の噂には敏感なんだ」
ちなみに、サージスとのエンカウントをここまで後ろにずらしたのはMVPを3回取った後だと初期好感度が高くなるから、という理由もある。
こうしてイベントを削ればゆとりが生まれ、こいつを殺すための準備期間が増える、という訳だ。
「……ああ、すまない。こちらも名乗らねばな。私は『サージス』。騎士を拝命している」
サージスはそう名乗って、ややぎこちなく笑みを浮かべた。
と、こうしてサージスとのエンカウントも済ませた訳だが、今後暫くこいつの出番はない。
次の出番はレフェデ(7月)になってからだ。
……さて。
それでは明後日からノイエの好感度をひたすら上げる辛い仕事に入ることにしよう。
さもないと、ノイエが始末できないからな……。
翌イベント日、貴族街をぶらつくと、ノイエと遭遇する。
「ノイエ殿。奇遇だな」
にこやかに近づいてやれば、そこまで嫌そうな顔もされない。それほど親近感を持たれているという事だろう。最初期からは考えられない反応である。
「何か買い物か?」
「ああ、その……」
ノイエに聞かれて、少し言い淀む。
「……答えにくい買い物なのか」
「いや……その、だな……」
……恐らく、身長をもう少し低く設定し、『筋力』がもっと低かったりするならば、ここで言いにくそうに上目づかいでもすればいいんだろうが。
「ドレス、を、選びに来た」
……実に『ダフネ』らしくないので、視線をずらしながら言うに留める。
「……別段おかしな買い物でもないだろう。何か……ああ、そうか」
そして、ノイエはやや不審がってから、すぐに合点がいったように嫌な笑顔を浮かべてくれた。
むかつく顔だな。
「下級貴族とは言っても所詮は平民だからな。ドレスの選び方が分からないと見える」
「ああ、その通りだ。それで今困っている」
尤も、此処で何か言っても無駄なので素直に肯定すると、ノイエは若干面食らったような反応を見せる。
さしずめ、噛みついてくると思っていたら噛まれなかった、みたいな感覚なんだろうが。
「……お前は身長が高い。あまりボリュームのあるドレスを選ぶとますますでかく見えるぞ」
「そうか」
そして、何を思ったか色々とアドバイスし始めた。
「薄い色よりは濃い色の方が似合うだろうな」
「そうか」
「あまり薄い布地の物を選ぶと筋肉が浮くぞ」
「そうか」
「それから……おい、聞いているのか貴様は」
「聞いているが今一つ情報が統合されない」
心底困ったような顔で返すと、少し考えた後にノイエはこう切り出した。
「貴様は相当センスが無いと見えるな。それで恥をかくのは貴様だが、それをみて不快になるのは御免だ。私が選んでやってもいいぞ」
一々お前は憎まれ口を叩かないと死ぬ病気にでも掛かっているのか、と聞いてみたくなるような物言いだが、そう言うイベントなので仕方ない。
「有難い。よろしく頼む」
素直に頼むと、また拍子抜けしたような反応をしつつ、ノイエは手を差し出してくる。
それを見ていると、苛立ったように『ダフネ』の腕を掴んできた。
「エスコートされるという事も知らんのか貴様は!」
やめろ。顔を赤らめるな。やめろ。気持ち悪い。
その後ノイエにドレスを選ばれるという苦行を経て、帰宅した。
「お帰り、ダフネ……うわ、どうしたんだよ、そのドレス」
「買われた」
驚くべきことに代金はノイエ持ちであった。
なんというか、ご苦労様な事である。
「え、買われた、って、え?」
「気にするな。中級貴族の子息が貴族街を連れまわしてくれた結果だ」
適当に返すとリエルは何やら混乱しつつ「服を贈られるってことはなあ!」とかなんとか言ってるが、いい加減疲れた。眠い。お休み。